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3層滞在

 裏庭ダンジョンはいつもどおりの裏庭ダンジョンで、毎回フル装備で警戒しながら入っていく俺を笑うかのごとく静まり返っている。

 2層への階段は使ったことがない。

 無駄なリスクは取る必要がないからね。

 1層の魔結晶の売却が済んでから考える予定だ。


「よし……これくらいだな」


 俺のリュックに、ラグビーボールほどの大きさの袋を3つ詰めた。それらには魔結晶が詰まっている。

 結構重たいが、十分持てる。この重さなら背負ったまま戦える。

 持ち込む道具類をチェックし、軽トラに乗せる。

 今日、警察に車を止められて中をチェックされたら確実にアウトだな……と思いながら、俺は国道を軽トラで走っていく。ハンドルを握る手にじっとりと汗をかく。朝は出勤のための車が多くて道は渋滞気味だ。早くしろよ。そう思いながらも無理な車線変更はしない。じりじりと進んでいく。

 走り慣れた道を行くと、なんのことはない、問題なく相模大野ダンジョンの駐車場に着く。


「……高級車が多い」


 いつもの月曜はもっと閑散としているが、今日は駐車場の自動車も結構な数があった。

 なにかイベントかと思ったけれど心当たりはない。そもそもダンジョンがイベントを実施するわけもない。

 日によって混雑具合はまちまちだし、大体、ダンジョン内で他のマイナーに出会うことも稀なのであまり気にしてもしょうがないだろう。


「おはようございます」

「おはようございます。精が出ますね」

「いや、まあ、ハハハ……身体が動くうちに稼がないと」

「なるほど」


 入口の自衛官とも挨拶をするようになった。今日ばかりは俺の声もうわずっていたが特になにも言われなかった。

 ダンジョンの建物に入る。

 午前中のロビーはやはり人がいなかった。時間も8時30分なので、9時から業務開始のNEPT職員もいない。

 俺は通り慣れた道を進み、なるべく知り合いに会いませんようにと願いながら自分のロッカールームから散弾銃を取り出した。

 見てなにがわかるんだよ、って感じではあるけれど、一応銃の状態を確認する。毎回使用後に汚れを拭き取ってあるので問題はなさそうだ。


「……よし、行くか」


 ダンジョンの入口ゲートを抜けると、24時間態勢の査定カウンターにNEPT職員の森川さんが眠そうな顔で座っていた。


「ああ、どうも、月野さん。今日は早いですね」

「はい。たまたま早く起きられたもので」

「行ってらっしゃい、お気を付けて」

「行ってきます」


 森川さんがここにいるということは、今日の夜は別の人が査定担当だろう。

 よかった。

 よく知る森川さんにウソを吐くのはちょっと心理的なハードルが高かったのだ。


「——あ、月野さん」


 ぎくり、としてダンジョンへと続く階段の前で立ち止まる。


「今日は深層に向かうマイナーが多いんですよ」

「そう……なんですか? どうして……」

「明日、NEPTの一斉点検がありますから。その前に採れるだけ採ってやるっていう」

「ああ……」


 そう言えばそんな点検があったな。

 ダンジョンを封鎖して、NEPTの精鋭マイナーチームが1層ごと点検していくのだ。

 ゴミがないか、死体がないか。

 もちろん魔結晶が落ちていたら全部拾っていく。

 この一斉点検の翌日なんて悲惨だ。なにも残ってないからな。


「マイナーの皆さんがいっぱい魔結晶を持ってきてくださることはありがたいんですが、月野さんもあまり無理はなさらないでください。最近、滞在時間も、査定額も増えてますでしょ」

「ありがとうございます。気をつけます」

「有名なマイナーさんを見つけても、サインをねだったりしちゃダメですよ」

「あはは……」


 俺は頭を下げて、階段を下りていった。

 今日、マイナーが多いことが俺の計画にどう影響を与えるかはわからない。ていうか、影響なんてないだろう。

 俺は4層に向かう。そしてそこで時間を潰してから5層に行ったことにして戻る。

 単純な計画だ。

 計画は単純であればあるほど失敗しない。

 リュックの中の魔結晶がいくらになるかはまだわからないが、億を下ることはないだろう。

 そうすれば銀行預金の残高を気にする生活は終わる。

 今日のために積み重ねてきた準備の時間を思い出せ。


「……絶対、成功させる」


 俺は、散弾銃を握りしめた。




 腕時計を確認すると、17時だった。

 ちょっと早いがダンジョン内の地べたに座り、夕食用に買っておいたパンをかじる。ベーコンとチーズを挟み、ブラックペッパーをたっぷりかけたこのパンは汗をかいた日に食べると本当に美味い。パンもハードタイプなので食べ応えもある。

 贅沢を言えば温められたらいいのだが、今日はリュックが最初からパンパンなので便利グッズを入れる余裕はない。


「……あと3時間。いや、2時間したら4層を目指そう」


 今いるのは3層で、天狗と宙に浮くナマズを撃ち殺したところだった。

 ダンジョンで食事をするのも、簡易トイレに用を済ませるのも慣れた。

 その辺に用を足しても、放っておけばダンジョンが消化してくれるのだがあまりに時間が掛かりすぎて次に来たマイナーに迷惑なので、簡易トイレの持ち込みが義務づけられている。

 無人の部屋で、部屋の外にランタンを置いておくと、「トイレ中なので入るな」という意味になる。それだけじゃなく突っ張り棒を使って布を垂らし、目隠しをするのも推奨されている。

 俺だって、オッサンの排泄シーンなんて見たくない。

 深層に向かうマイナーは大人用おむつを愛用する者も多いらしいけど、そこまで行くともはやアスリートの領域だ。


「4層にいる時間は短いほうがいいな、敵も強いし。でもあんまり短いと、4層で活動しているマイナーに遭遇したときにおかしな感じになるしな……うーん、いや、とりあえず4層を確認するか。マイナーがモンスターを片づけてくれてるなら、安全に、すんなり5層まで行けちゃうし」


 そんなことをぶつぶつ言っていると(ひとりで過ごす時間が長くなると独り言が増えるのだ。これ豆知識な)、目隠ししている向こうの通路からにぎやかな声が聞こえてきた。

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