ついに第4層へ
瑠璃ちゃんは興奮気味に、どこにあったのか、どれくらい魔結晶があったのかと矢継ぎ早に聞いてきたけれど、あの小さな魔結晶しかなかったこと、その小部屋はほんとうに小さくて、一度閉じたらもう開かなかったことなどを適当に話した。
瑠璃ちゃんが目を輝かせているので——もう開かなかったと聞いて一瞬しょんぼりしたけど——そこは罪悪感があったけれども。
(でも話を聞く限り、そう簡単に見つかるものでもないっぽいな……『秘密の小部屋』とやらは。やるなら1回で決めなきゃ。1回で、なるべく多くの魔結晶を売りさばく。2回3回と『秘密の小部屋』を見つけたらさすがに怪しまれる)
その日から、俺は毎日相模大野ダンジョンに潜り続けた。
NEPTの職員さんからも、1度風邪を引いて3日ほど空けたときには「月野さん、いよいよダンジョンで死んじまったのかって話してたんですよ。その割に入場記録もないから『あれ〜?』って首をかしげてましたけど」なんて言われたほどだ。
居酒屋の常連かな?
急に来なくなると「死んだか?」って言われるヤツ。
ともかく、できれば深層に行きたいと思っていた。
浅いところで見つけたら、「あの辺、昨日自分が調べたけどなにもなかった」とか言われかねない。なるべく人のいないところまで行くべきだ。
2層のカッパを銃で消滅させまくり、3層に出現する天狗と、宙に浮くナマズの対処にも慣れた。
4度、体当たりで吹っ飛ばされて、ひやりとした。
1度、衝撃でオイルランタンが消えてヤバかった。その事態は想定していたのでオイルライターを取り出してすぐに火を点けたけど。
そんなギリギリの毎日を送りながらも、弾丸の消費と、魔結晶の収入が割に合わず、貯金はじりじり減っていく。
夏はダンジョン通いに費やした。
家では畑をいじり、ダンジョンに関する知識をつけた。
瑠璃ちゃんたち、チーム「ルピナス」——という名前らしい——とは何度か会ったけれど、ロビーで金髪の男に、
「お前、瑠璃ちゃんのなんなん? 近寄るなよ。次瑠璃ちゃんに話しかけてるの見たら殺すから」
とあからさまな脅迫を受けた。それがエース「人生バラ色」だというのだから、実力(異能)というものは人格に伴わないものだなと実感する。
その内容を一言一句違わずに瑠璃ちゃんに伝えてからはなるべく彼女たちと接点を持たないようにした。
どうも、彼女たち「ルピナス」のような若くて可愛いマイナーはアイドル扱いされるようで、勝手に「ルピナス親衛隊」みたいなのが立ち上がっているようだった。直接「ルピナス」になにか言ってくるわけでもなく、さらには「人生バラ色」に彼女たちが絡まれていても助けてくれないという連中なので、瑠璃ちゃんたちも迷惑だし気味が悪いようだ。
その一方、俺はソロで潜っているらしい青年やオジサンたちと知り合い、軽い世間話をするようになった。また、初日に声を掛けてきたハゲマッスルマンとも言葉を交わすようになり、
「お前もいっちょ前の顔をするようになったな」
とか言われた。まだ潜り始めて2か月程度なんだが。
そんなこんなで残暑が薄れ始め、9月も後半となった。
「着いたぞ……着いた!」
俺は、ついにソロで4層にまで到達した。
4層に流れている空気は——これまでと違った。
濃密な気配というか、ニオイもなにもないのに、空気の密度だけは違う——その感覚に、身体中から汗が噴き出した。
冷や汗だ。
これ以上は無理だと思った。ひとりでは無理だ。
つまり、
(そろそろ売り時だ)
と思ったのだ。
4層、いや、5層に行ったことにして、そこで「秘密の小部屋」を見つけたことにしよう。
で、24時間ぎりぎり掛けて、地上に戻って売却する。
あとはいつ決行するかだな——そんなことを考えつつ、ほどよい疲れと、興奮する頭をもてあましながら軽トラで家に帰りついたのは、ちょうどお昼時だった。
俺は夜に潜り、明け方に戻る生活をしていたのだが、今日ばかりは足を伸ばして4層まで入ったために時間を大幅に食ったというわけだ。
「ん……?」
俺は、宅配と勧誘以外、誰も来ることのない家の前にひとりの人物がたたずんでいるのを見た。
遠目には女性。
白のTシャツにスキニージーンズという服装は、年齢も20代というところだろう。
ははーん、これは宗教勧誘だな?
「月野さん!」
違った。
「えっ、松本さん……?」
10か月前に退職した、アドフロストの同じチームにいた松本さんがいた。
瑠璃ちゃんたちのチーム名は「ルピナス」でした。
響きだけで決めたのですが、Wikipediaを見たら吸肥力がすごくて貪欲なオオカミにたとえ、オオカミの名前から由来している名前のようです。
瑠璃ちゃんは貪欲です。