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「秘密の小部屋」

「え……」


 理解がついていかない。

 どういうことだ? 魔結晶のことをNEPTに聞かれた?


「落ち着いて、瑠璃。こんなところで話しても落ち着かないよ」

「む……」

「終電にも間に合わなくなる」


 リーダーの子が間に入り、無口な子もツッコミを入れた。


「と、とりあえず帰ろっか……?」


 俺も、NEPTのことが気になって、それ以上ダンジョンを進む気にもなれずに彼女たちとともに出ることにした。

 拾った金平糖サイズの魔結晶を換金し忘れてゲートで探知機が鳴ってびっくりした。こんな小さいのでも見逃さないのかよ……。

 換金額は150円だった。




 相模大野中央公園はそこそこ広く、平日の昼間は閑散としているので会うにはちょうどいい場所だった。


「こんにちは」

「やあやあ」

「こ、こんにちは」


 平日の昼間から10代とおぼしき女子2名と会う。

 これ、巡回中の警察官に呼び止められるヤツでは?

 瑠璃ちゃんは柄物のTシャツにホットパンツ。長くすらりとした足がまぶしい。

 リーダーの子はおとなしめなワンピースに肩からポーチをさげていた。

 俺はと言えば、ワイシャツにジーンズというスタイルだ。


「オジサンって……無職(プー)なの?」

「ちょっと瑠璃!?」

「はは、痛いところを突くね。まあ、そうだね……一応ちょっと前までは働いてたんだけど。どうして?」

「平日昼間に時間が取れて、しかもスーツじゃないし。仕事中に抜け出してきたって感じじゃない」


 なるほど。意外と瑠璃ちゃんは鋭いな。


「改めて、月野宏だ」

「神田川瑠璃だよ」

「喜久田鮎美です。もうひとりの……あんまりしゃべらなかった子は、久宝羽菜(はな)。羽菜ちゃんって私たちは呼んでます。今日は大学があって来られませんでした」

「そっか。ふたりは学生?」

「ん〜〜、鮎美はそうだけど、ウチは休学中。本気でマイナーになろっかなって」


 するとリーダーの子……鮎美ちゃんが渋い顔をした。あまり賛成じゃないんだろう。

 俺だって自分の知り合いが、「大学辞めてマイナーになります!」って言い出したら「とりあえず卒業してからにしよっか?」って言うわ。

 だけど、それは個人の自由だし、無関係のオッサンが首を突っ込むことじゃないだろう。


「じゃあ、昨日の話の続きを聞いてもいいかな」


 俺たちはテーブルのあるベンチに座って向かい合った。

 話をまとめるのは瑠璃ちゃんはあまり得意ではないようで、鮎美ちゃんがもっぱら話し役だったけれど、とどのつまりはこういうことだった。


□ 俺が持ち込んだ魔結晶は、純度が極めて高いものだった。

□ NEPTの先端研究所(Advanced Research Center)、通称「ARC(方舟)」がそれを聞きつけて、研究員がやってきた。

□ 鮎美ちゃんたちは俺から聞いた話をした。つまり「拾った」。「『人生バラ色』が落としたんじゃないかな」と。

□「人生バラ色」が採掘した魔結晶は深層のものでそこそこ純度が高かったが、さりとて俺の魔結晶ほどではなかった。

□「どこで拾った」「いつ拾った」と根掘り葉掘り聞かれ、そのインタビューがウワサを呼んで、「人生バラ色」が「横取りしたのか?」と絡んでくる始末で、しばらく相模大野ダンジョンに潜れなかった。

□ 上溝ダンジョンの支援体制が整ったので、「人生バラ色」を始め、多くのマイナーがそちらに移ったので先月からようやくマイニングを再開できている。


「……ごめん、俺のせいで迷惑を掛けてしまったね」


 聞けば聞くほど、俺は彼女たちに申し訳ない気持ちになってしまった。

 俺の名前を徹頭徹尾出さずにいてくれたのだ。

 でも、これは厄介な問題だ。

 裏庭ダンジョンの魔結晶の純度が高いのは、売却額という点ではすばらしいけれど、売るたびにNEPTが首を突っ込んできたら……。


(いや、そんなことより)


 俺はテーブルに手を突いて、頭を下げた。


「ほんとうにごめん」

「い、いえ、いいんです。換金を引き受けると言ったのはこちらですし……」

「超迷惑だったんだけど〜? これは迷惑料もらわないとやってらんないっしょー」

「ちょっと、瑠璃!」

「いやさ、だってさ、『(じん)バラ』の連中に絡まれてる間、ウチら無収入だったわけだし」


 それはそうだ。

 こんな面倒ごとが起きるとわかっていたら彼女たちは換金を引き受けたりなんてしなかったろう。

 だけど……いくら出せる? 貯金の残りは、魔結晶の売却額と、元々の貯金と合わせて80万ちょっとしかない。


「ええと、10万、いや、20万くらいなら、なんとか……」

「えっ。安っ」

「そ、そうだよな。売却額は252万だもんな。それなら、40万……」

「もう一声!」

「瑠璃……月野さんをからかうのはそれまでにしなさい」

「え〜〜。おもしろかったのに……」


 え? からかう?

 俺が冷や汗をダラダラ流しながら残金の計算をしていたというのに、瑠璃ちゃんはけらけらと笑っている。


「お金なんて要らないよ、オジサン。ていうかふつうなら半額あげるとか言わない? もしかしてオジサン、お金使っちゃった?」


 鋭い。鋭すぎて俺のハートはぼろぼろだ。


「あの、月野さん。ほんとうにお金は必要ありませんから。先ほど言いましたとおり、軽い気持ちで引き受けた私たちにも責任があって——」

「待って、アユ」


 瑠璃ちゃんが不意に真顔に戻って、鮎美ちゃんを止める。


「……迷惑料代わりに、教えてよ。オジサン、相模大野ダンジョンで『秘密の小部屋』を見つけたんでしょ? 場所はいいから、それが事実かどうかだけ教えて」


 ん……「秘密の小部屋」?

 な、なんだって。俺はそんなものを見つけてしまったのか?

 俺が心底「わからない」という顔をしていたせいだろう、鮎美ちゃんが解説してくれる。


「『秘密の小部屋』というのはマイナーたちが勝手に言っていることなんです。ダンジョンは『通路』と『部屋』、『階段』、それに『魔結晶』と『モンスター』で構成されているのは月野さんもご存じですよね」


 俺はうなずいた。

 ダンジョン内に扉はなく、装飾品の類もない。


「ですが、中には『秘密の小部屋』なるものがあるという話で……それは継ぎ目のない壁を、ぐっと押すと隠された部屋につながっている、という」

「そこには純度の高い魔結晶があるんだって。実際、ARCの研究員もそれを聞いてきたからね。——ずばり、オジサンはそれを見つけたんでしょ!?」


 テーブルから身を乗り出してぐぐいと瑠璃ちゃんが迫ってくる。

 秘密の小部屋。


(そうだ。これだ……!)


 見えた、光明。

 俺が魔結晶を売りさばくための方法。


「あ、ああ、そうなんだ」


 俺が「秘密の小部屋」を見つけたことにすればいいのだ!


「俺は、壁の向こうに小部屋を見つけたんだよ……」


120億円が近づいたのか……!

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