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思わぬ遭遇

「こんにちは!」

「こ、こんにちは」


 工事現場帰り、と言われてもおかしくない風体の5人組だった。

 ツナギの上を脱いでタンクトップ姿になっていて、頭にはヘルメット、担いでいるのはツルハシやスコップだ。

 お互い姿を確認したら「こんにちは」。これがダンジョンの義務。だけど突然のことにびっくりしてしまう。

 ダンジョンの通路は幅が6メートルほどあり、互いに左端に寄るのもマナーだ。


「おひとりですか?」

「あ、はい。そちらはお帰りで?」

「そうです。お気を付けて!」

「ありがとうございます」


 首から提げた手ぬぐいで顔をごしごしやっているあたり、ますます工事帰り感がある。

 気持ちよい挨拶をして、彼らが去って行くのを眺める。

 5人のうちふたりがリュックを背負っている。荷物運びと、戦闘要員と分けているんだろうな。


(いいなぁ、チーム……)


 相模大野ダンジョンに来て、まだなにひとつ成し遂げていないというのにそんなことを思ってしまった。

 5人組と分かれてしばらくして、ついに最初のモンスターと出会った。


「……来たな」


 現れたのはめっちゃ大きいネズミだった。バスケットボールくらいある。

 誰だよ、カッパと狸が出るって言ったヤツ。

 ネズミはまだこちらに気づいていないのは、俺に背中を向けているからか? でも、だいぶ明るいんだけどな。

 背後を確認。誰もいない。前方を確認。左右から誰かが出てきそうな気配はない。

 俺はスラッグ弾を装填し、ハッとして胸ポケットに入れていた耳栓もした。100円ショップに売ってる蛍光色のヤツである。


「撃ちます!」


 銃を撃つときには必ず発声しろというのも、ダンジョン内の義務だった。

 でも、その声のせいでネズミが俺に気づいてしまった。

 こちらを振り返り、走り出す。


(うおっ、早っ)


 照準がブレる。引き金を引く。

 衝撃とともに銃口から光。

 爆音とともに音速の鉛弾がネズミに迫る。


『ヂイイッ』


 背中をかすめ、ネズミは足をもつれさせて横倒しに倒れる。


「撃ちます!」


 俺は転げたネズミに向けて銃を撃つ。

 弾丸はネズミの頭を爆ぜさせ、すぐさまネズミは灰に変わり、光に変わって消えていく。


「ふー……」


 やっぱりモンスターだったか。

 俺はネズミがいたところに近づいてみる。

 床にはスラッグ弾の跳ねた痕があったけれど、数ミリ、削れているだけだった。

 硬すぎな、ダンジョン。

 これも1か月程度で元に戻ってしまうというのだからすごい。


「キーン……」


 耳栓しててもキーンとするものはするんだよな。




「1層へ」、「3層へ」とチョークで書かれた壁を見て、自分の位置を確認する。

 このチョークは、NEPTの掃討チームが月に1回、書き込んでくれる。ダンジョンの壁面は付着したものを取り込む特性があるので1か月で大体消えてしまうようだ。

 逆に言えば、足元の汚れも消えるのでダンジョン内は基本的に清潔である。

 まあ、大きいものの消化はだいぶ時間が掛かるし、プラスチック類は残るので、スラッグ弾を撃った後の空薬莢などは自分で持って帰らないといけない。


「撃ちます!」


 緑色の、ぬらぬらした人型の生き物の腹に弾丸がめり込む。

 カッパは人型をしているというから、撃つのにためらったりしないかな……と不安はあったのだけど、よく考えればラミアもギリギリ人型なのに気にせず撃てたし、実際にカッパを見たら嫌悪感しか湧かなくて、まったく問題はなかった。

 順調だった。

 カッパを3体、狸は5体倒した。

 スラッグ弾があれば怖い物などない。

 小部屋にあった金平糖サイズの魔結晶を見つけ、一応拾っておいた。ほとんど灰色のヤツ。

 そして4体目のカッパを撃って——カッパが煙のように消えたときだった。


「あーーーーー!!」

「!?」


 背後からの大声に、俺は銃を持ったまま振り返る。

 まだ弾倉には1発残っている。

 だけど、


「わっ、ちょっ、銃!? 撃たないで!!」

「あ……す、すまん!」


 そこにいたのは人だった。正真正銘の。


「瑠璃! バカ、挨拶が先でしょ!」

「そ、そうだった。こんにちは!」

「あ、こんにちは……」


 3人組の少女。

 それは以前、252万円の魔結晶を換金してくれた少女たちだ。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 向こうは横の通路から出てきたところでぴたりと立ち止まり、俺と5メートルほどの距離を空けている。

 なんだ、この沈黙……?

 あっ。


「ご、ごめん。銃を向けたままだった」


 銃口を女の子に向けていたのだった。

 俺が下ろすと、明らかに安心したように少女たちが息を吐く。

 耳栓を外し、銃を折って空薬莢と実弾を取り出す。


「オジサン、銃持ってたの?」

「いや……ダンジョンのために免許を取ったんだよ」

「へえ、すげー!」


 瑠璃ちゃんは安心したようにこちらに近づいてくると——、


「敵!!」

「え?」


 俺の横をすり抜けて奥へと走っていった。

 横の通路から狸が出てきたのだ。

 狸、とは言ってもこれまたデカく、体長は1メートル以上あるだろう。

 ただ動きは相応に鈍いので銃があれば怖くはなかった。

 だけど、瑠璃ちゃんは、


「ちょっ、待て、君は——」

「うおおおおおっしゃあああああああ!」


 俺が頭に思い描いていた動きの、2倍の速度で彼女は突っ込むと狸の顔面に蹴りをくれた。

 その足の軌道は見事で、しかもとてつもない速度で、狸はキョトンとした顔をそのまま跳ね上げられるとグキリという音がして、首の骨が折れる。

 直後、狸は灰になって消滅した。


「え——え?」

「月野さん……でしたよね? すみません。瑠璃、敵を見ると見境なく飛び出して倒したがるんです……」


 リーダーっぽい子が謝ってくる。


「あ、そ、そうですか」

「横取りみたいな形になって」

「大丈夫です。別に倒したところで得もないですし」

「まあ、そうなんですけど。嫌がる人も多いので……というか他ならぬ瑠璃が横取りされるの大嫌いなんで」

「はあ」


 苦労してそうだな、この子。

 それはともかく、彼女たちもマイナーとして活動しているわけなので、モンスターが初めて登場するこの2層で手こずるわけないよな。


「それはそうと、オジサン!」


 気がつけば俺の目の前に瑠璃ちゃんがいた。


「今までどこ行ってたのよ!?」


 今までどこ、って?

 なんか会う約束とかしてたっけ?

 いや、してないよな。なんかビジネスマンっぽく「商談成立!」って感じで握手しただけだ。


「あれからウチらめっちゃ大変だったんだからね! オジサンの代わりに魔結晶を換金したせいで、NEPTのなんとかっていう外国人の研究員から根掘り葉掘り聞かれてさ!」

瑠璃ちゃんたちにもチーム名がありますがそれは次のうちどれでしょう?


(1)令和三羽烏

(2)仲良しさん

(3)ルピナス


ヒントはいちばん無難なヤツです。

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