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相模大野ダンジョン 第2層

 ダンジョンのなにがイヤって、明かりが乏しいことだよな。

 銃は両手で扱うので、常にフリーにしておかなければいけない。ダンジョン内で電気製品は使えないために明かりになるものは基本的には火しかなく、それらは当然熱い。

 ここで出てくるのがダンジョン用に開発された便利グッズだ。

 そのうちのひとつが「ランタンホルダー」で、リュックの左右にオイルランタンを固定できるものがある。


「ヘルメットでも買って、頭にくくりつけるって手もあるか? いや、頭がフラフラするかな……」


 ダンジョン内でも見映えを重視するエンジョイ勢は、効率は度外視なのでヘルメットなんてつけないが、深層へ向かうガチ勢は当然のように装備する。視野を確保するのか、安全を確保するのかのせめぎ合いらしい。


「俺も深層を狙えるようになったらつけるか」


 そんなことをひとりでつぶやいているのは心細いからである。

 第1層を歩いていくが、誰ともすれ違わない。


「そういや、最近は上溝ダンジョンがアツイんだっけか」


 この、同じ相模原市内でも相模大野ダンジョンは駅前にあるが、上溝ダンジョンは車でないとアクセスできないような場所にある。

 そんな上溝ダンジョンだったがマイナーチーム「人生バラ色」が、5千万円を超えるような魔結晶を持ち帰り、大いに話題になっているのだ。

 ふつう、査定額は公表されないのだが、本人たちが公開すればNEPTも追認し、それは「真実だった」ということになる。

 あるいは「人の口に戸は立てられない」なんて言葉もあるとおり、NEPTの職員が仲のいいマイナーや、メディアの記者にポロッと話したりもする。

 大金をつかんだマイナーはどうしても有名になってしまうのである。

 まあ、夢を見せることでマイナーを増やしたいというNEPTの戦略も透けて見えるんだけどな。マスコミにリークするのも戦略のひとつなんじゃないかっていう。


「『人生バラ色』はNEPTからもかなり支援受けてそうだな」


 上溝ダンジョンはNEPTのバックアップ体制が整っていなかったが、ビルを一新して強力にプッシュすることになった。

 基本、ダンジョンには24時間しか潜れないが、「実績のある」——とNEPTが認定する——マイナーは特別に48時間、72時間と「滞在時間延長」の許可をくれる。「人生バラ色」は確実に延長許可をもらっているはずだ。

 だって、「深層」と言われる5層以上に行くには片道で3時間掛かるらしいぜ?

 歩きっぱなしでも3時間は結構つらい。

 それが8層や9層にもなれば、戦闘時間も込みで6時間とか掛かるわけだ。

 人間、24時間ずっと活動的でいるなんてのは不可能だ。

 帰りの時間を考えれば、9層に到着しても採掘できる時間はごくごく限られてしまう。

 そのための、「滞在時間延長」だった。


「ダンジョンで寝るなんて、ちょっと怖いけどなぁ……。異能持ちがいるとその点強いのかな」


 上溝ダンジョンは先月ようやくその「滞在時間延長」システムを導入した。

 つまり、深層はほぼ手つかずだったのだ。

 そこへ多くのマイナーが殺到したというわけだ。

「人生バラ色」に所属するメンバーの異能には「結界」というものがあって、これを使うと気配も希薄になってモンスターに見つからないそうだ。ぐっすり眠れて休息を取れるという。強い。ていうかそんな内容も公開されてるし、マイナーたちはみんなチェックしてるんだよな。世は大マイナー時代。この世のすべて(魔結晶=金)をそこ(深層)に置いてきた。


「……階段だ」


 相模大野ダンジョンの地図を片手に進むと、10分ほどで2層に向かう階段が見えた。1層はどこも狭めで、2層以降から広くなる。

 地下鉄や下水管、通信ケーブルやガス管のメンテナンス用に掘られたとう道(・・・)といったものが都市の地下には張り巡らされており、ダンジョンはそれらにぶつからないように構築されている。

 そのためにダンジョンを「アリの巣」に例える人も多い。

 ダンジョンの大半は町や町の周辺に出現するが、東京都内は地下も混雑しているので、都内、特に23区内にはダンジョンがほとんどない。

 皇居にはあるけど。

 ダンジョンは恐れ知らずだよな……。

 そんなわけで1層は狭く、遮るものの少なくなる2層以降が広い。


「ここからが勝負だ」


 階段を下りきると、2層が始まった。

 相模大野ダンジョンの2層からはカッパと狸が出現する。

 いきなりの「漫画日本昔話」感があるが、出現するのだから仕方ない。

 とはいえ見境なく人間を襲うという点においては凶悪極まりないので、倒すしかない。

 俺はリュックを背負い直し、ランタンホルダーにきっちりとオイルランタンが固定されているのを確認。登山するならペットボトルを入れるようなサイドポケットに、ランタンが入っている。

 中折れした散弾銃を持って、いつでも弾込めできるよう散弾を2発、手に持っている。

 ツナギのポケットのあちこちには2発ずつのスラッグ弾を入れていて、すぐに2発取り出し、装填できるようにしていた。

 ちなみに散弾ではなくスラッグ弾なのは、散弾を撃つと弾が広がって他のマイナーがいたら巻き添えにする可能性が高いからだ。逆にスラッグ弾は飛距離があるんだけど、浅層には数百メートルなんていう直線通路はない。

 接近戦になったら散弾銃を下ろして鉈で切る。ベルトにぶら下がっている鉈は、実は今まで使ったことがない……。

 庭の木の枝を払うのには使ったけど。


「大丈夫かな……? いや、大丈夫だ。大丈夫大丈夫。きっと大丈夫。接近戦なんてない。絶対ない」


 俺は見た目1層と変わらない、2層を進んでいく。

 マットな質感ながら水平が保たれている床に天井、垂直の壁。

 これらはどう見ても人工物なのだが、人間が手を入れたわけではない。それがダンジョンというものだ。

 俺は2層のマップを頭に思い浮かべながら進んでいく。

 相模大野ダンジョンは深層の5層に至るまで、すべてのマップが書き起こされている。

 それはWeb上で公開されているが、スマートフォンを持ち込めるわけもないのでポケットサイズのマップが販売されている。1部200円である。

 マップはワイヤーを通してベルトに結んでおく。これならマップを確認しているときに襲われてもすぐに対応可能だし、なくしたりもしない。

 ちなみに5層以降は、6層が95%、7層が90%、8層が75%、9層が40%、10層が15%の判明率らしい。

 これらは「探索進度」と呼ばれ、ダンジョン攻略の進み具合として参考にされる。

 全容が把握できていないのになぜパーセント表記できるかと言うと「100%判明している5層から見て、どれくらいわかっているか」という基準でしかない。深層に行けば行くほど広いので、実際にはもっと判明していないことになっている。

 逆に言うと6層のマッピングが進めば「105%」とかになるわけだ。

 ちなみに相模大野ダンジョンが何層まであるかはいまだ不明で、と言うよりも最深部まで到達されたダンジョンは今のところひとつもない。

 日本で最も攻略が進んだ練馬ダンジョンは13層まで。

 世界でも、アメリカが15層、中国が17層、ロシアが18層まで攻略したと発表している。

 まあ、そこまで行ったことを誰にも証明できないんだけどね。


「!」


 通路の向こうに明かりが見えて、ぎくりとした。その明かりは光を増していき、やがて曲がり角から5人のマイナーが出てきた。

いくら銃があっても暗闇の恐怖には勝てないのです。

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