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まあ

 相模大野ダンジョンに着いたのは夜の22時だった。日中はマイナーも多いので、遅めの時間帯を選んだ。

 ダンジョンから徒歩5分のところに専用駐車場があり、マイナーがダンジョンに潜っている時間に応じて無料で駐車できるようになっている。

 前回は電車で来たから見もしなかったけど。

 以前は県の庁舎があったらしい場所はすっかり開けたアスファルトの駐車場に変わっており、マイナーのライセンスをかざして進入する——と、


「うおっ……高級車多すぎる」


 ベンツにBMW、アウディといったドイツ車に、日本のレクサスや、日産やホンダの高級セダンもずらり。

 全体的にレクサス率が高い気がするけど。


「マイナーは金遣いが荒いっていうのはほんとうなんだな」


 BMWの7シリーズセダンとテスラのモデルXの間に俺の軽トラがそろりそろりとバックで駐車する。なかなかの緊張感は、ラミアに遭遇したときとタメを張る。

 マイナーは命をチップに博打をやっているような商売だ。だから、大金を手に入れてもすぐに使ってしまう人が多いという。

 高級車やハイブランドのアパレルといった、ラグジュアリービジネスはマイナーのおかげで潤っている。


「夜なのにムッとするなぁ」


 7月に入って急に夏めいてきた。

 相模大野ダンジョンの建物に入ると——ちらりと中の数人が俺に視線を送ったけれど、それだけで、注目は集めなかった。

 ふっふっふ。

 すでに裏庭ダンジョンでも着用している装備品は、マイナーたちから見てもおかしくはないようだな……。

 カウンターは無人だったがダンジョン入口にある魔結晶買い取りカウンターには相変わらず職員がいたので、背負っているガンケースと銃砲所持許可証を差し出し、ライセンス登録してもらう。

 ここのロッカーを借りるときにはライセンス登録が必要なのである。

 通路を引き返してロッカールームに入ると、無機質なクリーム色の壁と鋼鉄製のロッカーが整然と並んでいるだけだった。

 よく掃除されているのだろう。

 でも、なんか茶色い汚れが床についているんですが……泥かな? 泥だよね? ダンジョン内は土がないはずだけど泥だと俺は信じる。絶対に血じゃない。血じゃない。血じゃない……。


「怖っ」


 ロッカールームは無人で、ガンケースや軽トラのカギにスマホといったものを突っ込むと、身軽になった。

 よし、行くぞ……。


「ああ、月野さん。よかった、まだ入ってなかった」


 ふんすふんすと鼻息も荒くダンジョンに入ろうとした俺に声を掛けたのは買い取りカウンターの職員だった。

 小太りで鼻の頭が赤くなっているオッサンである。まあ、俺もオッサンだが。


「なにか?」

「いえね、見たところライセンスや銃の所持許可を取って日が浅いでしょう? 老婆心ながら忠告しとるのですよ」

「はあ……」


 職員は続けてこう言った。

 銃は確かに強いが矢先には十分注意して欲しいこと。

 散弾も禁止されていないができる限りスラッグ弾を使用して欲しいこと。

 銃は深層でも通用するが、それはチームに「異能持ち」がいるからこそであり、ソロで到達できるのはせいぜい5層が限界であること。


「……ご忠告ありがとう」


 ぺこりと頭を下げておいた。


「いえね、私と同年代の方が一念発起してがんばろうとしているので、どうも気になってしまって」

「…………」


 純粋に親切心から言ってくれたらしい。ますます俺の頭は下がった。


「あのー……職員さん」

「なんですか? ああ、私は森川と言います」

「あ、これはどうも」


 オッサン同士がぺこぺこと頭を下げる。名刺でも出しそうな勢いだが、さすがに会社を辞めて8か月も経つとそういう感覚は薄れている。


「森川さんは今『異能』とおっしゃいましたが……異能持ちかどうか、判別する機械でもあるんですか」

「そういうものはないですね。でも、すぐにわかるらしいですよ、持ってる人は」

「はあ……」


 なんだそりゃ。オーラでも出てるのか?


「『火の玉が出そうだな』と思って手をかざせば、バッと出るようです」

「へぇ。『発火能力(パイロキネシス)』ってヤツですか」

「私らの世代じゃ、『メラゾーマ』とか言ったほうがわかりやすいですがねえ」

「それを言うならせいぜい『メラ』じゃないですか」


 あっはっは、なんてふたりで笑った。


「異能はダンジョン内でしか発現しないんですよね?」

「はい。入口付近のここでも無理ですよ。なんなら現実社会じゃ、異能持ちより銃のほうがよほど脅威です」

「ですよねえ……。つまりダンジョンに入らないと、異能持ちかどうか、わからないと」

「そういうことです。入ればすぐにわかるようですよ」


 つまり、なんもわからんかった俺には異能がないってことか……。

 しょんぼり。

 い、いや、俺には裏庭ダンジョンと魔結晶があるからそこまで期待してなかったけどね!? うん、全然期待してなかったよ。うん……。

 しょんぼり。


「では行ってきます」


 俺は森川さんに左手を挙げた。その俺の手首には機械式の腕時計が巻かれており、ダンジョン内でも時間を確認できる。

 15万円もした……。

 これで俺の生活費は残金が80万円程度しかない。1年暮らせないっつうの。

 ちなみにこの腕時計、Wootubeでフォロワー数の多いマイナーが紹介してたブランドにしたんだけど、後々ちゃんと調べたところ、懐中時計とか、置き時計のタイプならもっと安いのがいくらでもあるらしい。

 大体、ダンジョン滞在を許可されている24時間を計るだけなら時計に限らなくてもいいわけで、なんなら借りれば1回500円だ。


「ダメダメ、つまらんことを考えるな。それ以上稼げばいいだけだ。美和ちゃんは正義だ」


 そのWootuber兼マイナーの「美和」ちゃんは、20代とおぼしき女性で、大変胸の発育がよろしい方だった。

 ボディラインを強調するような服をよく着ていて、首から上を見せないのだけれど、男としては首から下だけで十分でございます。

 美和ちゃんが、その独特な鼻に掛かるような甘い声で力説するたびに胸が揺れるので、俺も血迷って15万円の腕時計を買ってしまったのである。

 ま、しょうがないよな!

計画性があるようでない月野さん。


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