ラミア、再戦
今日、ようやく所轄の警察署の許可が下りて——うちに聞き取り調査に来ていたあの刑事さんが担当でびっくりしたっけ、「おお、猟もやってくれますか」なんて喜んでて——その足で銃砲店に行き、予約していた散弾銃を受け取り、また警察署に行って銃の登録をした。
クソめんどくさかった。
講習会と試験に始まり、技能講習をやって、警察署に所持許可申請書を出して……精神科医の診断書なんてものも必要で。
その都度金が掛かる。
これ、ハンターに若い人がいないって当然だよな? 金掛かり過ぎな。
弾薬の購入も全部記録に残るし、なんなら家にガンロッカーと弾薬専用の装弾ロッカーも置かなければならず、警察が訪問調査までする。
厳重にもほどがある。
あとダンジョンがバレやしないかひやひやしたけど、大丈夫だった。むしろ前回の質問調査のほうが時間が掛かったくらいだ。
まあ、銃は「それくらい危険なもの」ってことなんだろうけど。
だけど、ようやくだ。
ようやくこれで。
「ラミアをブッ倒せる!」
俺は散弾銃(中古、11万5千円)と弾丸(スラッグ弾)を持って裏庭へ向かった。
季節は梅雨。
雨がしとしと降っていて、銃を撃つには音を消してくれてちょうどいい。傘を差して物置に駈け込むと、中に入り扉をぴったりと閉めた。
LEDランタンを点けると、物置内が浮かび上がる。
カムフラージュ兼、趣味として始めた家庭菜園用の用具が置かれている。
裏庭は今やそこそこの畑になっていて、トウモロコシ、枝豆、トマト、ナス、ジャガイモといった作物を植えている。
会社を辞めて、就職もしていない俺には時間があるからな。ちょうどいい。
「いよっと」
物置の床は改造してあり、開くことができる。
そこにあるのは——なんと漬物桶だ。ちなみに本物である。
これをどかすとはっきりとわかる、ダンジョンの階段。
「……ここに入るのも6か月ぶりか」
会社を辞めた俺は、転職という道を選ばなかった。
それは——どうせ勝負するなら、全部を賭けてやろうと思ったのだ。
マイナーとして一旗揚げる。
そのために散弾銃も手に入れた。使用用途は「標的射撃」と「マイニング」である。「狩猟」を入れたかったけど、まだ第1種狩猟免許を持っていないのでこれからだ。
手元に高濃度魔結晶があっても売る場所がない。ただのオッサンが毎回「拾った」と言って売るには魔結晶の量が多すぎる。
だったらダンジョンの深層まで潜れるようになればいい。
深層にソロで潜るには、運動神経的に厳しい。
だから銃の使用で乗り切るしかないと思ったのだ。
苦労はしたけど、苦労の甲斐はあった。
「行くぞ」
漬け物桶をどかす。前に設置したときより楽にどかせたのは中身が蒸発しているからか、あるいは俺がちょいちょい食っているせいか。
散弾銃の脱砲を確認し、弾薬をウェストポーチに入れてダンジョンへ続く階段を踏み出した。
左手に持ったオイルランタンがぼんやりと階段を照らし出す。
空気が、変わった。
その感触すらも懐かしい。
「大丈夫。大丈夫。ここは大丈夫……」
ラミアに襲われたときのことはいまだに夢に見る。
それほどの衝撃だったんだ。
だけど「ダンジョンからモンスターが出てきた」という例は今までにないので、そこは安心している。もしそんな事例があったらダンジョン付近に住めないよな。ましてや裏庭にダンジョンなんて放置できない。
「殺す。殺す。絶対殺す……」
散弾銃を握る手がじとりと汗ばむ。
技能講習で撃っただけの俺が、当てられるのか?
銃砲店の店員も、俺が散弾だけでなくスラッグ弾も欲しがったので、「しっかり射撃場で練習してから猟に出てくださいね」と言っていたっけ。
俺がイノシシを撃つと思ったのだろう。
散弾はその名の通り、鉛玉が散る。
スラッグ弾は、散弾銃なのに弾は1発なのだ。
そのぶん強力で、鹿やイノシシ、熊を撃つのに使う。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」
階段が、途切れた。
目の前にダンジョンの通路が現れる。
「殺す殺す殺す殺す」
ずり、ずりり……。
遠くでなにかのこすれる音がする。
「殺す殺す殺す——」
そいつはゆっくりと……暗がりから現れた。
「——殺す!」
距離は30メートル。
撃つには絶好の距離だ。
俺は散弾銃を構えて引き金を引いた——引けない。あっ、
『シャアアッ』
すごい勢いで走ってくる!
あわててセーフティを外し、構える。
引き金を引く。出ない。え? 引く。引く引く引く! 出ない。
あ。
弾丸。弾入れてねえ!
『シャアアアアア!!』
ウェストポーチをまさぐって弾を出す。散弾銃に込めている間に目の前にラミアは迫っていた。
「あ……」
やべえ。
死んだ。
これは、死んだわ。
「————」
俺は目を閉じた——のだが、いつまで経っても痛くない。
「…………?」
『シャアアアア』
ラミアは俺から3メートルほど離れたところで立ち止まっていた。
「……え?」
もしかして、ダンジョンから出られない……つまり、階段のある程度手前で止まる、ってこと?
俺の心臓がばくばくいっている。
わからん。
だけど、今が絶好のチャンスなのはわかる。
「殺す……」
俺は散弾銃を構え、引き金を引いた——。
破裂。
光。
爆音。
「————」
技能講習で、散弾銃を初めて撃ったときの衝撃はずっと忘れないだろう。
これが「銃」なのだとはっきりわかる。わからざるを得ないほどの音、衝撃。
支えている肩にめり込む銃床。
それを知っていたのに。
バカだ、俺は。
(耳栓……つけてなかった……)
耳栓をつけててなお、耳がキーンとするほどの音だ。
暗いダンジョンを一時明るくした直後、視界が白くなり、足元がふらついた。
『…………』
だけど弾丸は、ラミアの左目を貫いて、顔面にぽっかり穴を開けていた。
そこから血が出ることはない。
質感があって、体温もあるらしいのだけれど、モンスターはこの世界にあらざる者。
残った右目を見開いたまま背後に倒れながら——どさりとなる前に、身体は燐光とともに黒い灰に変わっていき、その灰もまた溶けるように消えた。
「…………」
俺は、その場に座り込んだ。
「……殺した」
今日は、多少マシな夢が見られるかもしれない。
つきのは レベルが あがった!(精神面)
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