責任の取り方
一体なにが起きているのかわからなかったが、とにかくその情報の把握だけでもと山村部長とともに向かったのは役員会議室だった。
一般の会議室とは違ってイスがゴージャスで、内装も木目を生かしたおしゃれなデザインになっている。
そこにいたのは営業部のチームリーダーが4人(木村もいる)と、取締役兼営業本部長の金村さんだった。
金村さんは山村部長と同い年くらいだけど、眼光鋭く、恰幅もいい。スーツのジャケットをイスの背に掛けて営業のリーダーたちをにらみつけている。
「取締役、現場がわかる者を連れてきました。制作進行の月野くんです」
「座れ」
凍えるような空気の中、俺は入口に近い末席に座った。
広い役員会議室はデスクがロの字に設置されていて、金村さんは俺の向かいに座っていて、営業たちは右手に座っている。
なんだなんだ、なにがあったんだ?
「サンガノコーポの社長をしっかり
え?
なにそれ、どういうこと?
プロジェクターに映された画面は、サンガノコーポのキャンペーンページだ。
木村から送られてきた指示のとおり、リッチなデザインで、不動産業者であるサンガノコーポの手がける新しいマンション——どこの層に向かって刺そうとしているのかわからないが、結構売れているらしい——のごてごてしたデザインをアピールしている。
「サンガノの社長が言うには、『太古の昔のバブルを彷彿とさせる、吐き気を催すデザイン』だと! なんの目的でこんなデザインを出したのだね!?」
「え……あの、その、それは営業から——」
「営業として得た情報は! サンガノコーポは豪華さと静謐さを兼ね備えた、まさに日本の高級車をイメージしているために、すっきりとした新しいデザインをと伝えています!」
俺の言葉を遮って木村が声を上げた。
……は? いや、お前の指示書に「サンガノコーポはまさに成金趣味なので、ごってりごてごてと行きましょう!」とあったんだが? 俺も見たぞ。
「つまりだ、君、我々営業本部が持ってきた大型案件を、君たちのデザイン力不足でむちゃくちゃにしたと、そういうことだな!?」
憤懣やるかたなし、という感じでドンと拳をテーブルに叩きつける金村さん。
いや、待って待って。
なに言ってんのよ。
責任をこっちになすりつけるなよ。
「違います、金村さん。ウチは営業の指示通りに——」
「結果として」
そこへ山村部長が重ねて言う。
「君たちの出したデザインが、サンガノコーポの社長を大いに怒らせ、自尊心を傷つけたのだ。君は、仕上がったデザインを見てなんとも思わなかったのか? これが今の時代に合うものだと思ったのか?」
「それは……」
思わなかった。でも、それを「いい」と言う人もいるのがデザインというものだ。
だから顧客とコミュニケーションを取って、ニーズを探るのが営業の仕事じゃないか。
「…………」
金村さんは怒り、営業部長はむっつりして——この人はたぶん、
「すぐに、作り直します。3日、いや、2日あれば」
「明日中だ」
「……わかりました」
ごめん、如月ちゃん。あとで電話します。徹夜で仕事してください。俺も付き合うから。
「だがそれだけでは足りん。私が、もうサンガノの社長と電話で話したときにこう言ったんだ。『担当者はクビにする』とな」
「——は?」
俺は木村を見たが、木村は相変わらずへらへらしていた。
頭、壊れたのかコイツ。責任の重さに。
「君のところの松本くんだったか、すぐに辞めさせろ」
「——いや、ちょっと待ってください。それはおかしいでしょ!」
「月野くん、聞き分けなさい」
と、営業部長が言う。
聞き分ける? なにを? 木村をクビにするんじゃなくて松本さんがクビになることを喜べとでも言うのか?
「このプロジェクトは来年いっぱいで数億から10億円ほどになる予定なんだ。結果がよければその後も続く。社長も注目しておられるし、業績にも深刻な影響が出るんだよ。松本くんには私のツテを使っていい会社を紹介するから、聞き分けなさい」
「いやいや、そうじゃなくて! 松本さんはなにも悪くないじゃないですか!」
「そうか。それなら誰が悪いんだね? 誰でもいいんだよ、これを
「じゃなくて——」
「営業は明日、向こうに行って全員で土下座をするくらいのつもりだ。デザインにだって責任の取り方というものがあるだろう」
「…………」
木村は相変わらずへらへらしている。
土下座。
土下座ね。
土下座して、「この会社にいさせてください」とお願いするようなものか。
ここはなんなんだ。
金村さんは神様なのか。
サンガノの社長が神様なのか。
ふざけんなよ。
「……俺が辞めます」
「む?」
「平社員より、一応肩書きがついている俺が辞めたほうがまだ先方の溜飲も下がるでしょう」
「それは……そうだが」
営業部長が金村さんの顔色をうかがうと、金村さんはムスッとした顔で「勝手にしろ」と言った。
は?
勝手に辞めさせようとしてきたのはそっちだろうが。
「……デザインは明日中に提出します。先方の要望を、
俺は立ち上がると、会議室を出た。
「……というわけなんだ。ごめん、明日いっぱいで。うん。ほんと助かる。如月ちゃんの評価をめちゃくちゃ上げてもらうよう頼んでおくから」
『んー。仕事は別にいーんですけど、なんか月野さん暗くないですかぁ?』
「い、いや、そりゃね? ゼロから作り直しとか発生したら、そりゃ暗くなるよね?」
電話越しだというのに如月ちゃんが鋭い。
俺が辞めることはわざと言わなかったのに、伝わるものがあるんだろうか。
ちなみに役員会議室からの帰り際に人事チームの島を通りがかったら、すでに話が通っていたらしく段ボールをくれた。俺じゃなくて松本さんが退職するって聞いてたようだけど。
これで私物を持って帰れってことか。まるでアメリカの映画みたいだよな……。
「なにかあったら電話して。会社にいるから」
『え? 今、10時過ぎっすよ。ヤバくないっすか?』
「ヤバイよね」
乾いた笑いが出る。
今から最後の深夜残業だ。
朝までに引き継ぎ資料をまとめなきゃな。
「…………」
電話を切ってから、松本さんの席を見る。
おそらく俺の次のチーフは松本さんだ。彼女に迷惑を掛けないように資料は用意しておかなきゃな。
「……飯食いに行く約束、宙ぶらりんのままだったな」
すでに俺以外退社したフロア。
俺たちの島にだけ蛍光灯の明かりが点っている。
俺はPCをロックから解除し、黙々と仕事を始めた。