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一大決心(ようやく)

     □□□



「さっきの月野さん、なんか怪しくないですか? どう思います、近藤さん」


 舗装されていない道を進み、ようやくアスファルトにたどり着いたミニバンは持ち前の乗り心地の良さをようやく発揮して進んでいく。


「怪しい? どこをそう思った?」


 質問票を読み返したあと、バッグにしまった近藤は運転席の若い刑事に顔を向ける。


「いや、なんかあたふたしてましたよね。あんなにびびりますか、ふつう?」

「警察に慣れてない人は、たまにいるよ。直接家に来られたらなおさらね」

「引っ越しの理由だって変じゃないですか。市内でもあんな辺鄙なところに家を買って、さらには車も持ってないんですよ。引っ越してすぐ、マイナーのライセンスを取ったりとか」

「取ったその日に相模大野ダンジョンに行ったみたいだね」

「どう見てもアクティブなタイプじゃないでしょ、あの人」

「疑って掛かればそうだけど、私はちょっと違う見方をしてるよ」

「どういうことですか?」


 新東名の巨大な高架を支えるこれまた巨大な柱の横を通り抜けると、伊勢原市を突っ切る主要道路、国道246号が見えてくる。

 その手前、信号でミニバンは停まった。


「同じ会社に10年も勤め、年齢も40を迎え、結婚もしていないとなると、いろいろと考えることがでてくるのさ。自分の人生はこれでよかったのか、ってな……。その結果、月野さんが出した答えは引っ越しと、ダンジョンマイナーだったんじゃないかな」

「…………」

「…………」

「……なに近藤さん黄昏れてるんですか。それ経験談ですか、もしかして」

「…………」


 ばつの悪そうな顔をして、近藤は、


「ほら、信号青だぞ」


 と言った。

 ミニバンが動き出す。


「ともかく、今日の訪問調査がもう2件あるんだ。いちいち疑って掛かってたら時間なんていくらあっても足りないぞ」

「……なにかあってからじゃ遅いじゃないですか」

「それはそうだな。だけど、あの人は他人に危害を加えるような人じゃないのは前野、お前も同意するだろ?」

「そうですね。やるにしても、魔結晶の闇ルートへの横流しくらいですか」

「闇ルートの捜査は所轄の仕事じゃなく、本庁案件だ。それに伊勢原にはダンジョンがないからなおさらな」

「……わかりました」


 不承不承、といった感じで前野はうなずいた。

 それを見た近藤が、


「若いなあ……」

「……なにか言いましたか」

「いや、別に」


 刑事をふたり乗せたミニバンは伊勢原の町を走っていく。



     □□□



「これでよし……」


 俺はベッドの前に立って満足だった。

 魔結晶をベッドのマットレスに埋め込んだのである。

 警察が本気で家宅捜索すれば見つかってしまうが、本気で家宅捜索されている時点で終わりなので日常でボロが出ない隠し場所としては申し分ない。


「次はダンジョンだな」


 先ほどネットで調べたところ、ごく少数ながらマイナーライセンスを取った人間の調査を行う警察署があるということで、これは警察署ごとの判断に任されているんだとか。

 統一しろよ。一応役所だろ。

 おかげでめっちゃビビったわ……。

 マイナーが近くに住んでいると怖い、みたいに騒ぐ住人がいるところの警察はやってるんだとか。

 それはそれでまさにお役所仕事だけどな。

 とりあえず魔結晶は隠した。

 後は、ダンジョンの入口が丸見えなのが問題だ。


「どうやって隠すかな……」


 この、道のどん詰まりの家まで人が来ることは、宅配以外にはあるまいと思っていたのにいきなり最終兵器ポリスメンがやってきた。

 用心に用心を重ねたほうがいい。


「……でも、隠すってことは」


 ダンジョンを報告「しない」ということだ。

 俺は明確に、報告義務違反を犯す。


「いいのか、ほんとうに……。こんな危ない橋、今まで渡ってきたことなかったのに」


 トラブルや犯罪とは無縁だった、大多数の日本人と同じ人生だった。


「……同じじゃなかったかな」


 40歳になっても結婚してないしな。

 最近じゃ、一生独身、という人は増えているんだろうけど、古い日本の価値観や一応多数派は「結婚するべし」なんだと思う。

 俺はもう、はみ出し者なんだ。

 いや、単に世の中に自分を合わせられなかっただけかもしれない。

 大卒だけど就職もうまくいかず、親族のコネで市役所の契約職員になったものの正規職員に採用されるわけでもない。

 俺は元々、はみ出していたんだ。

 どこがはみ出してるのかはわからないけど。

 わかってたら、直してたっつう話だし。


「どうせなら派手に、はみ出してみるか」


 上手くいけば一攫千金。

 可能にするのは俺ひとりの才覚。

 誰かを傷つけるわけでもない。

 これをチャンスと言わずになんと言う。


「よし、そうと決まれば」


 俺はパシンと両頬を叩いた。


「軽トラを買うぞ!」


 軽トラは最高だ。

 小回りは利くし、4駆なら馬力もあるし、なにより経済的!

 さあ、中古車ショップにレッツゴー。




 おい。

 なにが軽自動車は「経済的」だ。

 4駆の軽トラで、そこそこ状態のいいものだと100万近くするんだが?

 とりあえず古さや走行距離は我慢して、60万円のものをニコニコ一括現金払いで購入してきた。

 車庫証明や車両登録が済んだのは翌週。

 あっという間に1週間が経った。


「マニュアル車じゃなくてよかった……」


 車の運転自体が久しぶり過ぎて、おっかなびっくり動かしていく。カーブとかぐりんぐりん曲がれるのは面白いけどな。

 次に向かったのはホームセンターだ。


「始めるぜ、農業!」


 俺の頭がおかしくなったのではない。

 ダンジョンで農業をやるとかそういうことでもない。

 裏庭で畑をやる(・・・・・・・)のだ。

ついに本気でダンジョンに取り組む——前の農業。

ちなみに所轄によって対応がまちまちというのは警察あるあるです。


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