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混乱

「あ、あう、あ……」


 や、ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ。

 奥の部屋はナイフが出しっぱなしだし、なんなら魔結晶までテーブルにごろんと置いてある。

 裏庭に続く縁側の窓は閉じられているけれど、カーテンは開いているからその入口が見えてしまうかもしれない。仮に見えなかったとしても、踏みならされた草の向こうになにがあるのか、警察は興味を示すはずだ。


「月野さん?」


 ごま塩頭の警察官は、私服警官というのか、つまり刑事なのか。

 舗装されていないウチの前の道路に停まっている車は黒のミニバンだ。若い男が運転席に座ってこっちを見ている。スモークガラスの後部座席にも何人かいるのか?

 どうして。

 どうしてバレた。


「月野宏さん、ですよね?」

「あ……は、はい」


 バレたかどうかなんてどうでもいい。

 俺は頭の中でどうしらばっくれるかについて考え始める。あるいは逃走経路を。

 ちょっとトイレ、みたいな感じで一度奥にいこう。そして魔結晶をダンジョン内に放り込む。そうすれば「なんか穴があるな〜とは思ってたんですけど、ダンジョンだとは知りませんでした」で通せる……通せるか?

 だって俺、ここに引っ越してきてからマイナーのライセンス取ったんだぞ。

 ちょっと調べればすぐにわかるはずだ。

 あ〜〜〜〜チクショウ! 取らなきゃよかった、ライセンス!


「ええと、形式的な質問なんですが」

「違うんです。ライセンスを取ったのは広く社会勉強のためで、魔結晶で大もうけなんて思っては——」

「は?」

「……え?」

「いえ、マイナーのライセンス取得になにか問題があったわけではないですよ」

「…………」


 なに。なんなの。そうだよな。ライセンスに問題があったんじゃないよな。

 問題は魔結晶をガメてるってことだよな?


「ご存じですか、月野さん」

「な、なにをですか」


 魔結晶を不法に所持していると懲役刑を食らうことをか? とっくにご存じだよ!


「マイナーになる方は、攻撃的な性格を持っている傾向が高い、というのはすでに統計的に明らかになっているんです。……確かこれ、マイナー講習でやりますよね」

「……はい」

「はははっ。その顔を見ると、ちゃんと講習を聞いていなかったようですね。ダメですよ、あの講習内容の把握は必須ですから」


 なんだ? なんかフレンドリーな感じだぞ。

 確かに講習内容はぼんやりしていて聞いてなかったけど。

 このフレンドリーな感じは、俺を油断させる作戦か? ちらりとミニバンを見ると、運転席の若い男は相変わらずじっとこっちを見ている。怖い。若い男怖い。後部座席に動きはない……ないと思う。俺をここに引きつけている間に裏庭を確認してやろう、みたいな感じもない。

 油断するな、月野宏。ここが正念場だぞ。


「あの、ええと、近藤さん? でしたっけ? す、すみません、ちょっとトイレに行きたいのですが……」

「あ、ごめんなさいね。2、3分で終わるので後ちょっとだけお願いします」

「……はい」

「そんなわけで、攻撃的な性格を持っている人かどうかの確認を一応しようと。これは警察署ごとの判断で、こういう調査をやっているところはそんなにないんですけど、伊勢原署はやるんですね」

「……はい」

「見たところ月野さんは問題なさそうですが」


 それからいくつか質問があった。

 仕事は? その会社に何年勤めてる? 家族は? 家族や友人に反社会的勢力の人は? 過去の犯歴は? 最近引っ越してきたようだがそれまでどこにいた? 引っ越してきた理由は?

 2、3分?

 ウソだね!

 もう10分くらい経ってるね!


「はい、はい……了解です、と。我々としてはダンジョンだけでなく、山にも入ってもらいたいもんなんですけどねえ」

「山」


 山っていうか裏庭か? 裏庭のことを言ってるのか?

 頭がくらくらする。早く帰ってくれ。頼む。


「最近鹿が増えすぎて、駆除の手が足りてないんですよ。農家の食害も多いんですが、山から下りてきた鹿の苦情が警察にまで来るほどでねえ。猟友会の高齢化も進んでいますし、月野さんくらい若い方なら歓迎されます」

「わ、若い? 俺、もう40ですよ」

「猟友会の方はその1.5倍くらいの年齢の方が多いですから」

「あ……そうなんですね」

「そうなんです。せっかくの引っ越しの目的が『静かなところで暮らす』ということでしたらもっと自然に入っていくのもよろしいのではありませんか?」

「考えて……みます」

「はい。質問は以上です。ご協力ありがとうございました」


 そうして刑事はミニバンに戻ると助手席に乗り込んだ。向こうが会釈したので、こちらもぺこりと頭を下げるとミニバンは去って行く。


「…………」


 カラカラカラと引き戸を閉じ、カギをかけ、俺は居間へとダッシュした。

 魔結晶はテーブルに転がって紫色の光を発しており、裏庭を見やるとさっきまでと同じくダンジョンが口をぽかりと開けたままだった。

 なにも、変わっていない。


「ふぅ——……」


 その場にへなへなと座り込んでしまう。

 悪いことなんてするもんじゃない……するもんじゃないよ……。

悪いことはするものではない(ダンジョンを捨てるとは言っていない)。


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