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見られたくないものに限っていちばんイヤなヤツに見られるんだ

 腕6本、下半身は大蛇——俗に「ラミア」と呼ばれるそのモンスターは、6層より深い層で出現するという。調べてみると、特に欧米諸国での出現が多く、日本でも青森の八戸、兵庫の神戸、島根の松江ダンジョンにはいるんだとか。

 非常に凶暴で力が強い。稀に浅層でも出るが、その場合は多くのマイナーが犠牲になる。


(……見なきゃよかった)


 翌朝、フル充電になったスマホを持って通勤電車に乗った俺の鼻には大きめの絆創膏が貼られている。外傷はなかったのだけど、内出血を起こしているので見た目が悪いのだ。


(あんなモンスターがいるなら、あの山のような魔結晶採れないじゃん……)


 252万円と小さい魔結晶はポケットに入っていたから無事だったけども。

 俺はスマホでダンジョン情報を検索する。


(1層にモンスターは発生しない。しかし、発見されたばかりのダンジョンには1層にもいて、これを倒すと二度と出てこない……!? 日本のダンジョンでは自衛隊がすべて討伐した……マジかよ)


 なるほど。再出現(リポップ)はしない、1度きりのモンスターってことか。


「…………」


 クソッタレ! ウチに自衛隊はいねーっつーの!


(どうする。あれを倒さなきゃどうしようもないよな……その前に、換金方法も考えなきゃダメか)


 バッグの中の魔結晶。俺は250万円を運んでいるのだと思うと、なんだかぞくぞくする……。

 いや待て。

 なに俺は魔結晶運んできてんだよ!?

 ちゃんと家にしまっとけよ俺のバカ!


(今日はおとなしくしとこう……魔結晶が見つかったら懲役刑だもんな)


 どうやら相当浮かれていたらしい自分に反省する。


(あの3人の女の子も、1日で10万円ならいい稼ぎだよな)


 今のところ魔結晶による収入は、特別措置法によって非課税で、これはあと3年間続く。3年後は特別税になるらしいけど。


(まあ……ラミアのことは追々考えよう)


 今はこの魔結晶を現金化する方法を模索するのが先だ。




「松本さんNKBB社の常設バナーのパターン出しって終わってる? 先方が午後はNGだから午前中に欲しいって」

「はい。クラウドにアップしてあるのでいつでも大丈夫です。URL転送しておきます」

「サンキュ」

「月野さん、スケジュールが遅れに遅れてるサンガノコーポレーションのクリスマス企画ですけど……」

「まだ。先方の予算承認が下りてないって」

「はぁ……これ、また如月ちゃんに残業、休出してもらうことになりますよ」

「だよなぁ……。あそこは社長のワンマンでさ、細かい予算支出も全部見るんだって」

「見るだけならすぐできそうなものですけど」

「社長はお忙しいんだよ。今日もゴルフだって言ってたし……」

「…………」

「……松本さん、怒りがダダ漏れですよ」

「そりゃ怒りますって」

「そのゴルフの相手がうちの営業部長だとしたら?」

「……もっと怒ります」

「まあ、そこで『イエス』をもらってくる、という腹づもりらしいので……まあ……」


 営業のことは俺にはわからん。わかりたくもない。

 お金をもらうために頭を下げにいく仕事とも言えるし、いろんな人とつながって、日本を動かしていると実感できる仕事とも言える。

 営業が性に合っているヤツは、どうしたってガツガツしていて上昇志向なんだろうけど。


「前から、わたし疑問だったんですけど。ワンマン企業って、そのトップがいなくなったらどうするんですかね」

「あー確かに。でも、意外となんとかなるのかもよ」

「そうですか?」

「そうだよ。『自分は唯一の存在だ』って思ってても、代わりは必ずいるんだよ。ワンマン企業だって、総理大臣だって。もちろん俺なんかも」

「…………」

「松本さん?」


 話しながらもカタカタターンとキーボードを打っていた松本さんの手が止まっていた。

 今日はベージュのジャケットを着ていていつもよりもさらに、仕事がデキそうな雰囲気が漂っている。


「……月野さんの代わりはいないですよ」

「いや、俺の代わりなんかいっぱいいるって」

「もし誰かが月野さんの代わりに来て、仕事が滞りなく進んだとしても、その人はもう月野さんじゃないです」


 そうなのかな?

 まあ、多少なりともこの会社で働いていたという、存在証明(つめあと)みたいなのがあるのならちょっとは報われるのかもな……。


「だから、そんなふうに自分を卑下するようなこと言わないでください」

「いや、卑下したわけじゃ——」


 言いかけて、気づく。

 俺、無意識にも自分の仕事なんてたいしたことないと思ってるわ。

 それは同じ仕事をしている松本さんに対して、ものすごく失礼なことだ。


「——ごめんな。そんなふうに聞こえていたとわかっていなかった。謝る」

「あ、いえ! その、謝って欲しいわけじゃなくて」

「大丈夫。俺が悪かったと思うんだよ、ほんとうに」

「月野さんが悪いなら私も悪いですし、それにわたし、月野さんがいるから——」

「——サンガノコーポレーションの企画、ゴーが出たってよ!」


 そこへ大きな声が割って入った。

 だいぶ遠くからのしのしと歩いてくるのは営業の木村だ。


「いやーはっはっは、山村部長のゴルフ接待はさすがだよな。マジで憧れるわ〜。そう言えば恋佳ちゃんってゴルフやれる? 俺、ちょっとはレッスンできちゃうかもよ?」

「…………じゃないですか」

「ん?」

「サンガノコーポの件、Slickで連絡でもよかったんじゃないですか。大急ぎで動かさなきゃなので、こちらもSlickの画面開いてずっと待っていたので」

「えっ、俺のこと待っててくれたの?」


 すでにイベントページ制作作業を動かす連絡を、キーボードを叩いて出しまくっていた松本さんは、キッ、と木村を見たけれど、


「…………」


 なにも言わず画面に視線を戻してまたキーボードをカタカタ言わせ始めた。


「……月野さん、なんか恋佳ちゃん怒ってないっすか? なんか月野さんやらかしたの?」


 なんで俺?

 ていうか俺の横に来て囁くなよ。香水のニオイがキツイ。やたらキツイって。


「虫の居所が悪いんじゃないかな」

「……生理かな」


 お前、そんなこと絶対本人に聞こえる声で言うんじゃないぞ。

 やれやれ……と俺もパソコンの画面に視線を戻したときだった。


「あれ? 月野さん、ダンジョンマイニングに興味あるんですか?」

「え」


 やば。ブラウザのタブのひとつで開いたままだった。


『30代から始めるマイナー生活』

本日も2回更新予定です!

今日から新学期始まるところも多そうですが、オッサン作者には関係ありません。

踏み出したらそれは、いつだって始めの一歩なんだってバンプも歌ってた。

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