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部屋に入って来たシリルは、今から君の家族と合わせる、と雪乃に言った。

つまり、レヴァーゼの王と王妃、それに王子か王女も来ているのだろう。

明日到着、と言われた日から十日経っている。

前世で言う所の裁判めいた手続きが終わったか、まもなく終わるタイミングに違いなかった。


「承知いたしました」


 もう愛嬌を振りまく必要もないので、真顔でそう答えると、王子の合図で、たくさんの侍女たちが入室してくる。

入れ替わりに彼は出て行き、そして雪乃は、やけに飾り立てられた。

シンプルながら一目で高価と分かるネックレスは、イヤリングと揃いのものだ。

ドレスも、裁判に臨むにはやや華美だ。

何が狙いだろうか。


おそらく、雪乃の証言を通して、罪状を確定させたいのだろう。

協力は惜しまない。

どうせ、未来は変わらないのだから。








そこは謁見室ではなかった。

お城の地下にある、装飾のない広い部屋だった。

扉は頑丈で厚く、中には作りつけの長いすしかない。

いや、正面には王座がある。

そこに、王と王妃が座っていた。


「お呼びとうかがいました」


雪乃の礼に応えて王が口を開いた時、それを遮る大声がした。




「ウエンディ! ウエンディお前……我らを裏切ったな!」


入室した時から、気づいていて無視していたのだが、仕方なく目を向ける。

長椅子に座らされ、手かせをつけられているのは、レヴァーゼの面々だ。

簡素な服を着せられ、髪を振り乱した姿は、とても元王族とは思えない。


対して、きらびやかに着飾った雪乃。

なるほど、彼らの感情を刺激して、最後の情報を絞り出そうというわけか。


ならば応えましょう。

四方八方に爆弾をまき散らす気持ちで、雪乃は口を開く。





「王の御前で無礼なふるまい、感心しませんわね」

「なんだと貴様……ッ! 私が王だ! 私が……!」

「ええ、元王、国を滅ぼした王、他国の侵略に慌てふためき、まっさきに降伏した王、でしたかしら」


レヴァーゼ元王は、憎しみにたぎった目で、拳を震わせている。

並んで座らされている、王妃や、王子王女たちもだ。


「父上に向かってなんということを言うのだ!」

「そうよ、全部お前のせいなのに!」

「そうだ、お前のせいだ! お前がこの国で価値を示せなかった、それが全ての元凶だ、我が国を滅ぼしたのはお前なのだ!」


「ふふっ、そうですわね、おっしゃる通り!」


雪乃は高らかに叫んだ。


「この事態は、私が無能で無価値であったのが原因です。

 そして、その私を選んで送ったのが、あなた、という訳ですわね。

 つまり、おおもとのおおもとは、やっぱりあなたなのでしょう、違いますか?」


「その通りだ」


うんざりした声で割り込んだのは、今度こそ、アウリラ王だった。

雪乃は、あらためて礼をとる。


「よい、楽にしろ。

 ウエンディ王女、君を呼んだのは他でもない。

 彼らの減刑を望むかね?

 それを尋ねたかったのだ」


王の問いかけに、雪乃は少し言葉に詰まった。

それは予想外。

まさか、雪乃が助命を願うとは思っていないだろうに。


王の目を見る。

いかつい顔つきの目元が、ほんの少し、憐れむような形をつくる。


ああこれは。

ウエンディへの賠償のようなものか。

この国で雪乃を『王子妃候補』として正当に扱わなかった一年半を償うつもりだ。

等しく生まれた命のひとつを呪い踏みにじった父親に、お前が引導を渡せという慈悲なのだ。


そんな必要はないのに、と、冷静な部分で考える。

契約違反である存在をどう扱うか、とても難しかったはずだ。

おそらく王子妃にはならず、かといって、冷遇もできない。


それでも、ウエンディを抱える部分は、喜びを感じる。

あの簡素な部屋に押し込められた退屈が、ここで生きてくるとは。


アウリラ王は、雪乃が呪われていないことはすでに承知、その上で、大人しく泣き暮らすような性格ではないと見抜きさえした。

実の父との格の違いを感じる。

感情など捨てて国を守り、しかし、いざというときには優しさを与える。

飴と鞭は、シリルがこの賢王から受け継いだものなのだろう。




かたや、開口一番、雪乃を罵ったレヴァーゼ王はといえば、なっ、とか、あっ、とか声を震わせている。

自分の命を投げ捨てたようなものだ。

そう気づいたのだろう。


「ウ、ウエンディ、覚えているかしら、お母様よ」


その横から、レヴァーゼ王妃が立ち上がって声をかけてきた。


「産みの母ではありませんが、全ての子の母としてお前たちを可愛がってきましたよ。

 嫁ぐ時に、たくさんの扇を持たせたでしょう?

 覚えていますか、貴婦人として必要な嗜みをあなたに譲り渡したのです、これが愛でなくてなんでしょうか」


そして雪乃は答えた。


「元王妃様。──初めまして、ですわね」


ざわり、と、囲んでいた貴族たちがざわめく。


「お隣の……第四王子様かしら? 皆様、お元気でいらっしゃいますか?

 いえ、王太子殿下でしたね、王妃様は、殿下以外には関心がございませんでしたもの、初めてお声をかけていただけるなんて、光栄です。

 私が嫁ぐ時、祝いの席にも見送りにもいらっしゃいませんでしたが、確かに扇は受取りましたわ!」

「そうでしょう、そうでしょう!」

「──毒入りの」


あっ、とでも言うように、王妃が目を逸らした。

まさか、今の今まで、扇に毒を隠して持たせたことを忘れていたのか?


「あ、あれは、王が采配なさったことです、私は関係ありません」

「な……、くそっ、だったらなんだ、なぜあの毒を飲まなかった、飲んでそして死んでいれば少しは状況も違っただろう!」


良い傾向だ。

次々と、雪乃への、いやウエンディへの苛立ちのせいで、余計な情報を吐き出し始めた。

送り込んだ貢物をはなから処分するつもりだったなんて、口が裂けても言ってはいけないだろうに。

これで、処刑への大義名分がどんどん整っていく。


「相変わらず面白いことをおっしゃいますのね、お父様」

「お前に父と呼ばれるなど虫唾がはしる!」

「あなたのお気持ちなどなんの意味があるのでしょう、呼ばれたくないその名で、私は王家に名を連ねたのです。

 それは、事実であり歴史なのですよ。

 だからこそあなたは、ダリア王女の代わりに私をここへ送り付けることが可能だった。

 今の発言は記録されています。

 この、国家間での重要な場面において己の感情をただただ怒鳴り上げる、あなたはその程度の王であると、後の世まで残りましょう。

 面白いですわね?」



あまり感情的になられては、支離滅裂なことか、または話にならなくなってしまう。

もう少し理性を保ってほしいと水をぶっかけるような発言をしてみたところ、レヴァーゼ王は、ぎりぎりと奥歯を噛みしめながらも、周囲をちらちら確認し始めた。

いまさらだがようやく、自分の立場が実感されて来たのだろうか。




ふと、彼は、何かに気づいたように言った。


「……ずいぶんと、弁が立つな、ウエンディよ」



そしてしばらく黙り、徐々にニヤつきだす。

いいことを思いついた、という顔だ。


「アウリラ王よ。我々の犯した罪というのは、なんだったか……そう、『外交に強い賢い王女を』という要求に『呪われた王女を送った』、でしたな。

 しかしどうでしょう、このウエンディ、どうも呪われてなどいないのでは?

 まっとうな言葉遣い、まっとうなマナー、そして腹立たしいが、まっとうな指摘。

 さてどうでしょう。我々は本当に、罪を犯したのでしょうか!」


アウリラ王を始めとし、他の面々も顔を強張らせた。

彼の言に、一理あることを無意識に認めてしまった格好だ。

レヴァーゼ王は勢いづき、声を張り上げた。


「今一度の審議を願おう! 我々は誓約を違えてなどいない!

 愛する、そして能ある娘を、この国へ送り出したのだ、ここにいるこの娘が証拠だ!」


一人の文官が、冷静に指摘する。


「しかし、そちらの王家に関わる記録は全てさらった。

 病弱な王女というが、専属の医師を手配したようなこともなく、薬の購入記録もない」

「王女が病弱など国民が不安になるではないか、だから密かに手配したまでのこと。

 費用は……王妃の私的な財産を使った。彼女個人で実家から持参した金ゆえ、記録には残らない」


もっともらしい返答に、また別の大臣がかぶせる。


「家庭教師をつけたのは、嫁ぐ半年前ではないか」

「これは我儘で気が強い。家庭教師などつけてもうまく教えられるものなどおるまいと、これの姉や兄が代わりに教えておりました」

「ウエンディ王女にかかる費用は、16年の間、ほとんどないが、これは?」

「同じですとも、末の妹を可愛がる王子や王女が、たくさんの贈り物をしたからでしょう」


思った以上に頭の回る男だ。

たった十日の準備期間は、ほぼ結果ありきの証拠固めのようなもので、詳細まで把握できているわけではない。

レヴァーゼ王の言い分を否定できるほどの資料を、彼らは持たないようだった。



宰相の顔に、わずかな焦りが見られる。

このまま言逃れられてしまったら、これまでの経緯とは逆に、他国をいわれなき罪で告発し乗っ取った国、ということになってしまう。


貴族たちも小さくざわめき、その雰囲気を敏感に感じ取ったらしいレヴァーゼの面々は口々に父王の言い分に追従し始めた。



「そうよ、私の大切な娘に、私的に使っていた扇を持たせたのは、母の愛ですわ。

 高圧的に王女を差し出させるような国で、可愛い娘が冷遇されるのではないかと考えたのです。

 そうして、つらくとも逃げ出せない王女という立場を憐れんで、心が耐えられなくなればいっそ、と、毒を持たせた、そういうことなのです!」


「私もよく妹の部屋を訪ね、可愛がり、色々なものを与えました。

 彼女の予算が削られたのは、不要だったからですよ。

 兄である僕たちが、たくさんの贈り物をしたのですから」


「そうよ、わ、私だって本当は、外交を担う私をお求めだと気づいてはおりましたわ。

 けれど、当時すでに重責を担っていたため、ウエンディが自ら申し出てくれたのです!

 代わりに私が行きますと、声をあげてくれたのです!」


愛どころか、侮蔑の言葉しか投げなかった兄姉が、わざとらしい笑みを浮かべて口々に言う。

ダリアに至っては、何度も雪乃を痛めつけたこと、忘れたわけではないだろうに。



もちろん、彼らの言う内容が本当だとは誰も考えていない。

だが、嘘だと断じる証拠がないのだ。


ないものをないと立証するのは難しい。

じわじわと形勢逆転しはじめている。

アウリラ王も、顔をしかめていた。

さすがに、雪乃がここまで『呪われていない』ことをあらわにしてしまうとは思わなかったらしい。


この事態を引き起こしたのは、雪乃だ。

呪われた王女の役をやめ、まともであることを示してしまった。

けれど、なにも良い待遇を与えてくれたアウリラを追いつめるつもりではない。


なぜなら。



「ふふっ」


しんとした部屋に、雪乃の漏らした声が響き、全員の目が注目する。


「ふふふふふっ!」

「……家族が助かるのが嬉しいか、ウエンディよ。

 父はお前を許す。

 だから共に、アウリラの暴挙を他の国々へ訴えるのだ、さあ、国に帰ろう」





「ふふふふふっ、これ、なーんだ?」





胸の谷間から取り出して見せたのは、たったひとつの、雪乃の切り札。

扇を叩き落とされ、ドレスをはぎとられ、私物を全て取り上げられても、これだけは絶対に死守してきた。

ここの侍女たちが、下着を脱がせたりしないつつましさをもっていてくれて助かった。


これは、手紙だ。

蝋で封がされ、そこにはレヴァーゼ王の正式な印璽(スタンプ)が押してある。




「それは……?」


どうやら、嫁ぐ娘への最初で最後の手紙さえ、忘れてしまったらしい。

雪乃はかさかさと中身を取り出し、大声で読むことにした。



『余計なことはするな、お前はただ愛想よく笑っているのだ。

 何もせず、口を閉じ、その後のことは侍女の指示に従え。

 嫁いだからにはこの国とのつながりは断たれたとし、アウリラに骨を埋めよ。

 呪われた娘であるお前にも、使い道があったこと、誇るがいい』



「ああっ……貴様ウエンディ、やめろ、それを寄越せ、寄越すのだ!」


喚きだしたレヴァーゼ王を無視し、雪乃は、近づいて来た騎士にそれを手渡し、騎士はそれを宰相へと差し出した。


「間違いなく」


彼の確認の言葉に、雪乃はまた、ふふっ、と笑った。


「それこそが、レヴァーゼが呪われた王女を意図的に嫁がせ、さらに、無能であれ、アウリラに価値をもたらすなと私に命じた証拠でございます。

 そして私がここでこのように弁舌をふるっているのは、シリル第二王子のお心遣いのおかげ。

 私に本を与え、庭を与え、動物との触れ合いを与えてくださいました。

 王子殿下のお心により、私は呪いを解かれたのです。

 これをもって、彼らのさきほどの言がいかに偽りに満ちていたかを白日の下にさらしたものと思えますが、いかがでしょうか」


宰相と王は、しばらく小声で話していたが、双方がやがて雪乃の方を見て深く肯いた。

雪乃は、淑女の微笑を以てそれに応える。


「慈悲深き国王陛下、私に、彼らの減刑を望むかとお尋ねくださいましたね。

 いいえ、とお答えいたしましょう。

 私は、王妃への愛の名のもとに、判断力をなくし己の気持ちばかりを優先し、結果、無辜の民を戦争という危険にさらしたこの父に、命を以て償ってほしいと願います」


アウリラ王は、肯いた。


「相分かった。

 そなたが守った証拠により、連合国の承認も得られよう。

 王の筆跡はたっぷり残っておるし、この印璽も本物かどうかすぐ確認がとれる。

 全てを揃え、彼らへの処罰方法とともに、すぐに本国へ送ることとする」


そしてわずかに息をつき、最後の裁定をする。


「謝罪と賠償を願い出るべきだという宰相以下の言葉を切って捨てた王と王妃、直系である第四王子はもとより、民の陳情を握りつぶし、災害の折には国庫を閉じるよう指示した残りの王子、王女も含め、ウエンディ王女を除き全員が死罪となるであろう!」


下された結末に、手かせをした面々は一斉に喚きだす。



「やめろ、やめてくれ、触るな!

 ああ、間違っていた、ダリアを送るべきだった、私は、ああ……!

 ローレンスさえいれば良かったのに!」

「なっ……ひどい、ひどいわお父様!」


兵士が彼らを押さえつける。

ウォーカ宰相が、その兵士らに近づき、指示を出し始めた。


「ああ、そなた、王に進言してちょうだい!

 私は役に立つわ、あなたたちが求めた優秀な王女とは私のことよ!

 王子殿下に、私が……今度こそ私が嫁ぐわ、私をお望みなのでしょう……!」

「そうだ、お前、俺をこの国に迎えるがいい!

 我が国の治世は間違ってなどいなかったぞ、俺のおかげだ!

 くそっ、あの大型飛蝗の大繁殖さえなければ……たかが一国の輸入制限などなにほどでもなかったのに!」


ウォーカは呆れた顔をした。

いつも微笑んでいるイメージの彼の、初めての顔だ。


「自国の立場が常に上であるうちは、外交官として優秀でございましたが……それは強者の理屈でございましたでしょう?

 現に、輸出入を封鎖した後、貴国に援助を申し出る同盟国はなかった。

 外交というのは、弱者となった時に活路を見出す最後の砦でございましょうに、それが分からなかった王女は、当国に不要でございます。

 また、歴史に学ぶことのできぬ王子などというものも、同様に役には立ちますまい。

 どうぞ、全ての手続きが終わりますまで、静かな牢でわが身を振り返ってご覧になるが良いでしょう」


王女と王子は、顔を真っ赤にして立ち尽くす。


さて、大事な手紙は、数人の大臣たちが運び出していった。

これで終わり。

雪乃の復讐は、達成された。



「なぜだ、ウエンディ、なぜ父を、母を、兄弟を殺すのだ!」


絶望に染まった顔で、もはや王ではない男が叫ぶ。

雪乃は満面の笑みで答える。


「あら、理由など明確ですわ。

 私……あなたたちが、大っ嫌いですもの。

 城の片隅で忘れられて生きていた頃も、突然呼び出され嫁げと言われた時も、今まで与えようとしなかった教育とマナーを押し付けられた時も。

 まともになれと扇で打ち据えられ、蛮族に嫁ぐ哀れな妹と蔑まれた時も」


目を逸らしたのは、第四王子だけだ。

他の面々は、だからどうした、と騒ぎ、まだ雪乃を睨んでいた。


「ええ、きっと、生まれた時も、あなた達を嫌いだったわ。

 だからどうぞ、心おきなく」


アウリラ王の与えてくれたチャンスを、今果たす。


「──死んでしまえば良いの」


当たり前のように言われたせいか、彼らはいっせいに黙り込み、青ざめた。

雪乃が、ウエンディが、始めからずっとこの時を狙っていたのだと、思い知ったのだろう。





ああ夢のようだ。

これできっと、小さなウエンディも救われる。

雪乃が現れなければ、彼らの思い通り、呪われたまま毒を飲んで死んでしまっていたはずの彼女は、その死を回避したのだ。


「お前……お前だって同罪だろう!

 そうだ、お前は、誰も望んでいないとしても、お前の言う通りレヴァーゼの王女には違いない!

 そして呪われたお前を誰も愛さず、誰も欲さない。

 どのみちお前は、もう幸福な人生など望めないのだ!」


最後の最後まで、雪乃を傷つけようとする男に、静かに微笑みかける。

挑発に乗らないことに、誰もがいぶかし気な顔をした。


「あなたがたの顔を見るのもこれが最後でしょう……この世では。

 でも寂しくありませんよ。

 すぐに私も……追いかけます」


幸福どころか、もうこの身に価値はかけらも残っていない。

しかし雪乃は怖くはない。

なにしろ、一度転生を経験しているのだから、それが二度ないとは言い切れないではないか。


ウエンディはまた生まれてくる。

そして今度こそ、幸福になる。

そうでなければ──あまりに悲しい人生ではないか。





「どこへ?」


退室しようとした雪乃をさえぎったのは、シリルだった。


「あら……まだ何か、私にすべきことが?」

「いや、君の出番は終わりだ」

「では」

「次に、私の贈り物を受け取ってほしい」

「……今? ここで?」


ぽかんとする雪乃の前で、シリルは突然跪いた。


「王家と重鎮たちの許可は得た。私は今ここに、正式に君に婚姻を申し込む」

「……私にどんな役を当てはめたいの? もう、どんな役どころも残っていないわ」

「他の皆には、君を人質ではなく正式に王子妃にすることで、連合国の信頼が高まり、他国の交渉が上手くいくはずだと訴えた。

 まあ、建前だ。だが、説得力のある建前だ」

「本音は?」

「一年と半年、君を見てきた。君の賢さと誇りを見逃してきた私が言うのもおかしな話だが、少し普通じゃない君と一生を共にしたいんだ」


よくよくその言葉の意味を考えた。


「喧嘩売ってます?」

「言っただろう、愛だって。愛は素敵なのだろう、君にとって」

「あなたは私を愛してないし、私もあなたを愛してないわ」


シリルは嬉しそうに笑う。


「ああ、これは愛ではないと君は言うだろう。もしかしたら、不遜な憐れみなのかもしれない。

 それでも、君が私の知らないところで生きて行くことに耐えられないのだ。

 哀れでそして強い君。

 君をこの先、今までの分まで幸せにするのは、私でありたい。

 それが愛でないというなら、それでもいい。私が知っていればいい」

「傲慢ね。私のほうには、あなたを受け入れる理由がないわ」

「そう」


なぜか、シリルはまた嬉しそうに笑った。


「君が私を受け入れてくれる理由をずっと探していたが、見つからず困っていた。

 しかし、ついさっき、見つけた」

「……この裁きの場で? どうかしてるわ」

「さっきの手紙を思い出すんだ。君が読み上げた一節。

 『嫁いだからにはこの国とのつながりは断たれたとし、アウリラに骨を埋めよ』」

「……それが?」

「私の妃になれ。その瞬間……君と祖国の縁は切れる。

 元王が王であった頃の、絶対的な言葉だからね。

 つまり、唯一死罪から逃れた君は、レヴァーゼという国と無縁になり、自由に羽ばたくのだ」


雪乃の、頑なな心に、その誘惑が忍び込む。


「今死ねば、君はレヴァーゼの王女として名を残す。

 だが、君は、唾棄すべき父親の言いなりに死ぬのではなく、生きてその目で、レヴァーゼ王国の未来が断たれる瞬間を見るべきだ。

 ほら、見てごらん」


シリルの指さす先を見る。

そこには、絶望と悔恨と、ほんの少しの羨望をないまぜにした顔をした、かつての家族が雪乃を見ていた。


雪乃にとって、死は甘く、優しい。

果てない未来は、この生の終わりのその先にある。

それでも、シリルの誘いは抗いがたかった。


「……なるほど。ならば……それならば……私はあなたの求婚を受け入れます」


そう答えた瞬間の彼らの表情は、『ウエンディ』の悲しい人生を押し流し、消し去ってくれた。




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