「高校に入ったら隣の席の女の子と素敵な恋をするぞ! 何としても」と張り切って教室に入った俺、見事円卓の真ん中に配置

作者: quiet


「ど、どうなってんだ……」


 こうなっていた(図1)。



(図1)――――――――――――

←窓           廊下→

      教 卓

              

      ○ ○     

    ○     ○   

   ○       ○  

  ○    ●    ○ 

   ○       ○  

    ○     ○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

――――――――――――――――


 自分のことを『俺』と呼ぶ男子高校生くん略して俺くんに起こったことを順に説明すると、つまりこうだった。


 朝起きて、今日から通う高校の制服に袖を通した。そして思いを馳せた。最近流行りのラブコメみたいに自分にも輝かしい青春が待っているに違いない。間違いなく隣の席の女の子に恋して素敵な高校生活を送ってしまうに違いない。そうなってもらう。何としても。


 というわけで「遅刻遅刻~」と食パンを咥えながらありとあらゆる曲がり角を曲がって特に何もないまま三時間かけて登校して、本当に遅刻ギリギリの時間帯に教室に入り込み、教卓に置いてあった座席表を頼りに、自分の席に着いた。


 で、(図1)のようになっていた。


「ど、どういうことだ……隣の席の女子というものが存在していない……。囲まれている……かなり均等に距離を開けて……」

「おや。チャイムが鳴る前に全員席に着いていますね。感心です」


 すると、がらりと教室の扉が開いて、もうひとりが入ってきた。

 おそらく担任であろう人物である。担任はかつかつとやたらに底の硬そうな靴音を響かせながら、教卓まで歩いていった(図2)。



(図2)――――――――――――

←窓           廊下→

      教 卓

       ▲←――――(▲)

      ○ ○     

    ○     ○   

   ○       ○  

  ○    ●    ○ 

   ○       ○  

    ○     ○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


「せ、先生!」

「はい、どうしましたか」

 というわけで、俺くんは早速訊ねることにした。


「どうして教卓の前に立つんですか!? 普通担任の教師は教卓の向こうに立つのでは!?」

「ああ……確かに一般的にはそうですね」


 ではそうしましょう、と担任は柔軟な対応を取った(図3)。



(図3)――――――――――――

←窓     ▲     廊下→

      教↑卓

      (▲)

      ○ ○     

    ○     ○   

   ○       ○  

  ○    ●    ○ 

   ○       ○  

    ○     ○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


「はい、これでいいですか?」

「す、すげえこの人! 教卓の真ん中を突っ切って前から後ろに移動した! まるでマジシャンみたいだ!」

「マジシャンです」

「不審者?」

「兼業です」


 この学校ってすごい楽しそうだな夢みたいだ、と俺くんは思った。

 が、それはそれとして言うべきことは言っておかないといけないので、


「先生! 座席の配置が間違ってます!!」

「いえ、合ってますよ。えーっと……」


 担任は教卓の上の真っ二つに引き裂かれた座席表とこちらを見比べるようにして、俺くんの名前を呼んで、


「あなたを真ん中で固定して、他は(14-1)!通りの並び方のうちひとつを選んで適当に配置、というのがクラスの席順になっています」

「か、回転させて一致する並び方は同じと見做されるのか……。教室の前の方か後ろの方かって結構重要な要素な気がするが……」


 無慈悲なことを、無表情で言う。

 マジシャンを名乗るならもう少し表情豊かな方が良いのではないか、と俺くんは思った。表情に乏しいから教師と兼業している可能性にも思い至ったので、口には出さなかった。


「じゃあなんなんですかこの配置!!」

 だから正当な疑問から口にしていくことにする。


「こんな小学校のお楽しみ会とか結婚式とか円卓の騎士の会議中にしか見ないような配置が高校の教室に採用されてるっていうのはどういう了見なんですか! 普通はもっとこう……」

「もっとこう?」

「もっとこう、こんな感じでしょう!!(図4)」



(図4)――――――――――――

←窓     ▲     廊下→

      教 卓

 〇  〇  〇  〇  〇


 〇  〇  〇  〇  〇


 〇  〇  〇  〇  〇


 ●  〇  〇  〇  〇


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


 なるほど、担任は頷いた。


「クラスメイトが5人ほど増えていますが」

「元の並べ方のスッカスカの部分をちゃんと埋めたら必然的にこうなるんですよ!!!」


 というかそれでも少なすぎるだろ学校統合ちょっと手前の少子化にあえぐそこそこ田舎の小中学校か、と言えば、確かにクラスの人数が学校統合ちょっと手前の少子化にあえぐそこそこ田舎の小中学校みたいだということは認めます、と担任は応え。


 それから、重々しく語る。


「あなたがこの配置を疑問に思うのももっともです。この特殊な配置には、この学校に特有の複雑な事情がありますから……」

「特殊な事情……?」


 ええ、と担任は頷いた。


「この学校が、ほんの数年前まで女子高だったということは知っていますね?」


 もちろん、と俺くんは頷いた。

 何ならその一点だけでこの学校を認識し、受験し、合格したと言っても過言ではない。この学校はほんの数年前まで女子高で、何ならそれがあまりにもほんの数年前すぎるので未だに学校名が『××女子高等学校』のまま据え置きになっていて、この間久しぶりに再会した幼馴染に「どこの高校に行くんだ?」と訊かれて素直に答えたところ「お、お前……女だったのか!」型のラブコメが始まりかけてしまったくらいだ。


 ちなみに、名前が据え置きなのも手伝って在校生の男女比率はものすごく偏っている。少なくとも俺くんは、クラスに男子が自分ひとりだけという状況に対しては特に疑問を覚えなかった。望むところだったし、それを見越して入学した。


「それが何か、今の状況と関係あるんですか? いやもう大体オチが読めてますけど、一応」

「そうですね。大体オチが読めているようですが、一応説明します」


 まず、と担任は言った。


「この学校は生徒会が絶大な権力を持っています」

「そんな漫画みたいな学校あるんだ」

「そしてある日、最後の女子高世代である生徒会の面々が、(図5)のように生徒会室に集まっていました」



(図5)――――――――――――

←窓           廊下→

       □

      □机□

       □


 □=生徒会役員

――――――――――――――――


「この何の情報量もない図要る?」

「そして、そのうちのひとりが『んじゃ私、塾だから帰るわ』と言って去りました(図6)」



(図6)――――――――――――

←窓           廊下→

       □

←―――(□)机□

       □


 □=生徒会役員

――――――――――――――――


「窓から!?」

「元気いっぱいだったんでしょうね」

「いや高校生にもなって窓から出入りするのは元気いっぱいとかで片付けていい動きじゃないだろ!!!」

「そして、生徒会室は(図7)のようになりました」



(図7)――――――――――――

←窓           廊下→

       □

       机□

       □


 □=生徒会役員

――――――――――――――――


「全然普通の状態なんだけど、同じ記号で表されてた人間がいきなり窓から退場したのを踏まえると妙な緊張感があるな……」

「そのうちのひとりが、こんな風に溢しました。『そういえば、来年からとうとう共学だね。まあうちらはもう卒業だから関係ないんだけど~アハハ』。そして状況は、(図8)へと移行しました」



(図8)――――――――――――

←窓           廊下→

       □

←―――――(机)□

       □


 □=生徒会役員

――――――――――――――――


「えっ!!?!! なんで?!?!?!??!」

「イラついて蹴っ飛ばしちゃったんでしょうね」

「机が可哀想だろ!!!!!」

「じゃあさっき窓から出て行った生徒会役員が外でキャッチしたことにしましょう。これなら可哀想じゃありませんね」

「ああ……伏線回収……」


 俺くんがあまりにも華麗なそれに感じ入っていても、全く担任はそれを意に介さず続ける。


「彼女たちは口々にこう言い合いました。『許せねえ……』『私たちは三年間この女子高とかいう男のいない意味不明な空間で苦渋を舐めてきたってのに……』『自分より若く、選択肢のある人間が憎い……』」

「すごい負のオーラだ……。なんでこんな人間が生徒会選挙を経て役員に就任できたんだろう……」


「『うちらは合コンに行ってもちょけてばっかで何のアレもないのに……』『鼻眼鏡をつけて場を盛り上げるうちらを「ウケる~」とか適当な言葉で消費する人間が憎い……』『体育祭をめちゃくちゃ盛り上げたところでよく考えると何も恋愛的なプラスにはならない……』」

「ああ……同性受けは良いタイプなんだ……」


 合コンに行ってずっとちょけてるのはそれはそれで自分の責任だろ、と俺くんは思った。場が温まった後にどうするかが大事なのであって、場を温めるまでだけを得意としているなら、それはホットプレートとかと同じだ。


「それから四時間にわたり、彼女たちは恨み言を吐き続けました」

「その時間を通塾に充ててたらもう2ランク上の志望校が狙えただろ」

「するとその結果、あなたの言う通り負のオーラが溜まり、状況は(図9)へと移行しました」



(図9)――――――――――――

←窓           廊下→

       □

       闇□

       □


 □=生徒会役員

――――――――――――――――


「どういうこと?」

「闇のエネルギーです」

「いや所与のものじゃない。詳しく成り立ちの説明とか意味の定義をして貰えないと何も呑み込めない」

「するとその結果、闇のエネルギーを媒介に悪魔が現れました」

「いや何も呑み込めないんだって!!!!!」

「現れました(図10)」



(図10)―――――――――――

←窓           廊下→

       □

―――――→■闇□

       □


 □=生徒会役員 ■=悪魔

――――――――――――――――


「窓から入ってくるんだ!!?!?? 闇から生まれたとかじゃなくて!??!?!」

「礼儀正しかったんでしょうね」

「礼儀正しいんだったら廊下から入って来いよ!!!」


 俺くんはさらに「自分とクラスメイトの表記方法が●と〇の色違いである一方、生徒会役員と悪魔も□と■のカラーバリエーションで済まされているのは何らかの伏線なのか、伏線でないとしたら流石に無理筋なのではないか」と言い募ったが、担任は決して答えなかった。決して。


「悪魔は訊ねました」

「喋るんだ」

「『彼氏が欲しいか……』」

「思いのほか女子高生に順応した話題振りだな」


「生徒会役員たちは答えました」

「平然と対応するよりもっと先に気にすることがあるだろ」

「『いや正直そこまででも……』『どうせ今年受験だし……』『いま普通に楽しいし……』」

「なんなんだよ面倒くせえなあ!!!」


 そのとおり、と担任は頷いた。

 彼女たちは特に実体のある恋人を求めていたわけではなく、何となく素敵な何かが目の前に現れてくれないかなそれで自分の人生がこんな風に変わっちゃったりしてそれにしてもなんで私たちはこんな冴えなくも楽しい日々を送っちゃってんのかねナハハハハというテンションで友人とわちゃわちゃやりたかっただけで、本当はそれは別に恋人の話ではなく宝くじの話でも温泉の話でも大きすぎる犬の話でも何でもよかったのです、とも言った。


 俺くんは人生に関する何らかの示唆を受けているような気分になってきた。


「それを聞き、悪魔はこう言いました」

「……はあ」

「『だろうな。我にも汝らの心が理解できる』」

「『だよね~わかる~』って悪魔はそういう感じで言うんだ」

「そして状況は、(図11)に移行します」



(図11)―――――――――――

←園内    城城城  駐車場→

    噴水     観覧車

       □▲□

       □■□


 □=生徒会役員 ■=悪魔

 ▲=マスコット

――――――――――――――――


「――あっ!? こいつら受験生なのに遊園地に行ってる!!」

「気が合ったんでしょうね」

「しかも人数的に塾を理由に退場して外で机をキャッチしてた人まで参加してる!!」

「通塾よりも大切なものを見つけたんでしょうね」


 待てよ、とそのとき俺くんは思った。

 何か自分が想像していたのとは違う流れになってきている、と。


「先生、ここからこの四人と一魔って……」

「ええ、」


 担任は頷き、


「(図12)のようになりました」



(図12)―――――――――――


    __________

   |   永  我   |

   |_  久  等  _|

     | 不    |

     | 滅  友 |

     | 也  情 |

     |______|


――――――――――――――――


「知ったことかよそいつらのクラスTシャツのデザインは!!!!!」

「気が合ったんでしょうね」

「気が合ってなくてもこんな感じになるだろ!!!! クラスの中に服飾デザインに明るいやつがいない限りは自動的に!!!!!」


 そういうことが聞きたいのではない、と俺くんは思う。

 別に生徒会役員と悪魔の友情についてはどうでもいい。いやどうでもいいというのは嘘だけれど、別に今一番聞きたい話というわけではない。重要なのは、そう、一般的に(図4)のようになるであろう教室の席順がなぜ(図1)~(図3)に表されたような形になっているかということで――、


「――あっ!!」

「どうしましたか。急に世紀の大発見をしたかのような声を出して」

「せ、先生――(図3)と(図11)を見比べてみてください!」


 というわけで(図3)と(図11)を再掲すると、以下のようになる。



(図3)――――――――――――

←窓     ▲     廊下→

      教↑卓

      (▲)

      ○ ○     

    ○     ○   

   ○       ○  

  ○    ●    ○ 

   ○       ○  

    ○     ○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


(図11)―――――――――――

←園内    城城城  駐車場→

    噴水     観覧車

       □▲□

       □■□


 □=生徒会役員 ■=悪魔

 ▲=マスコット

――――――――――――――――


「――▲表記が被ってます!!! 別にそれぞれ異なる図だからいいんですけど――なんかこういうの、もやつきませんか!? この世にはまだまだたくさんの記号があるのに!!!」

「どっちも私なので大丈夫です」

「…………えっ、あっ、だから表記被ってるんですか!?!?!?」

「そうです。マジックショーの合間の時間は着ぐるみに入っていました」

「伏線がどんどん回収されていく……なんて華麗な会話術なんだ!!!」


 さてそれでは話を戻しますよ、と担任は言い、


「そのあとの彼女たちの生活については言うまでもないでしょう。無事第一志望に合格し、友情も途切れることなく続いており、共学キャンパスライフをエンジョイしているそうです」

「なんか嵐のようにやってきて嵐のように幸せになっていったな……」

「しかし問題は残りました。生徒会室に再び視点を移してみましょう(図13)」



(図13)―――――――――――

←窓           廊下→


       闇



――――――――――――――――


「――あっ!? 闇だけが決して消えることなくそこに残ってる! 現代社会みたいだ!!!」

「そう。彼女たちが健やかな生活を始めてしまったので、本来悪魔がその力を利用して色々するつもりだった闇がその場に残ってしまったのです」

「片付けていけよ…………」

「そこで(図14)が起こりました」



(図14)―――――――――――

←窓           廊下→


―――――→☆闇


 ☆=校則が書かれたプリント

――――――――――――――――


「戸締りもしていけよ!!」

「そして融合します」

「しないだろ!!」

「します(図15)」



(図15)―――――――――――


   __________

  |××女子高等学校校則|

  |第1条       |

  | 共学化後も、男女は|

  |一定の距離を取り高校|

  |生活を送るべし。  |

  |第2条       |

   ~~~~~~~~~~

  |        以上|

  |__________|

 

――――――――――――――――


「ということで、この校則を守るべくしてこの席順が生まれました。だいたいオチは読めていたと思いますが」

「オチ以外何も読めてなかったからびっくりしました!!!!!!!!」

「あなたはすごく元気ですね」


 てっきり、と俺くんは思っていた。

 てっきり最後の女子高世代の生徒会が未来の共学世代に対する怨念によってそういう厄介な校則を制定したのだと思っていた。いや大筋としては完全にその通りなのだけど、大筋以外が完全に意味不明だったので何も当たっていない気がする。本当に悪魔のくだりとか遊園地でマスコットをしている担任のくだりは必要だったのだろうか。


 考え込むが、しかし重要なことに目を移して、


「――ということは、校則で禁止されているからダメという、ただそれだけのことなんですね!?」

「そうなりますね」

「わかりました! じゃあ校則を無視すればいいだけだ!」

「元気いっぱいですね」


 完全なる名案だ、と俺くんは思った。

 別にそれ以上の理由がないなら校則を破ることに一切の躊躇がない。特に何の大義もない規則は誰によって守られる必要もない、と彼は考えているからだ。


「うおおおおおおお先生!!! 今後一生すべての教科書を忘れるので他の人に見せてもらいますね!!!!!!」

「いずれあなたが苦しむことになる宣誓だと思いますが……」

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!! この後起こることはすべて俺の責任で他に誰の落ち度もありません!!!!」


 そして彼は、勢いよく(図16)の状態になった。



(図16)―――――――――――

←窓     ▲     廊下→

      教 卓


      ○ ○     

    ○     ○   

   ○       ○  

  ○ ●←(●)   ○ 

   ○       ○  

    ○     ○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


「…………ん!?」

「どうかしましたか」

「い、いや――おかしい! これ以上進めない!!」


 ぎぎぎ、と俺くんは身体を重々しく動かしながら言った。


「な――なんだこれは!? 何らかの力によってこれ以上クラスメイトに近付けないようになっている!!!」

「闇の力ですね」

「闇の力ってなんすか!!!!!!!」

「闇の力ですね」


 うおおおおおおお、闇の力に負けてたまるか、と俺くんは必死で身体を動かした。

 冷静に考えるとこのくらいの距離感は普通の席配置の場合と大して変わらないのですでにこの時点で何の不満も生じる余地はないのだけれど、欲に目が眩んだのでそのまま力を込め続けた。


「うおおおおおおおお!!!!!」

 すると(図17)のようなことが起こった。



(図17)―――――――――――

←窓     ▲     廊下→

      教 卓


      ○ ○     

    ○     ○   

   ○       ○  

  ○(●)―――→● ○ 

   ○       ○  

    ○     ○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


「ぐああああああああああっ!!!」


 反発する闇の力によって、彼は逆側に吹き飛ばされてしまったのである。

 しかもそれまでに何としてもクラスメイトに近付かんとして圧倒的な力を出していただけに、反発する力も強い。強すぎて逆側のクラスメイトに突っ込んでいく。


 そして当然、突っ込めば突っ込む分、反発する闇の力が作用するわけで。

 事態は、次のように移行する(図18)。



(図18)―――――――――――

←窓     ▲     廊下→

      教 卓


      ○ ○     

    ○↘↓↓↓↙○   

   ○↘|/|/―↙○  

  ○→―|\―←(●)○ 

   ○↗|\|―\↖○  

    ○↗↑↑↑↖○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


「うぐわあああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」


 俺くんはものすごい速度でスーパーボールのように教室の中を駆け巡る羽目になった。


「畜生!!!! 動きが速すぎてもはや自分でも自分がどこにいるのかも全くわからない!!!! 図解されてなおさっぱりだ!!!!」

「私もわかりません。さようなら」

「先生!!!! 生徒の命を諦めないで!!!!!」

「いや、出会った初日で愛着も何もないので……」

「職業意識でそこを何とか!!!!!」


 はあ、と気のない返事を担任はした。

 最近は不況なのもあり、誰も彼も仕事に情熱を向けられなくなってきているのだ(なぜなら報われない努力をずっと続けているとやがて心が壊れてしまうので)。


「最初に座るときはどうしたんですか」

「えっ……なんか適当に、真ん中の辺りを通ったら別に反発とかなくいけました!!!」

「じゃあ抜けるときもそれでいけるのでは」

「なるほど! 真ん中の辺りを抜ければいいんですね! うおおおおおやってやる!!!!」


 そして十五分後、そのチャンスが訪れた(図19)。



(図19)―――――――――――

←窓     ▲     廊下→

      教 卓

       ●

      ○↑○     

    ○  |  ○   

   ○   |   ○  

  ○   (●)   ○ 

   ○       ○  

    ○     ○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


「うおおおおおお!!! 何とか抜けたぁ!!!! しかし勢い未だ止まることなし!!!! 加速し続けている!!!!」

「あぶなっ(図20)」



(図20)――●――――――――

←窓     ↑▲    廊下→

      教|卓

      (●)

      ○ ○     

    ○     ○   

   ○       ○  

  ○         ○ 

   ○       ○  

    ○     ○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


「ぐあああああっ!!!! 黒板にめり込んでしまったあああああっ!!!!」

「そこ黒板だったんですね」


 ちゃっかり回避した担任から驚きの目線を向けられながら、俺くんはバトル漫画のやられ役のように黒板に磔になっていた。


 しかし何とか脱出できた……彼はそのことに安堵の息を吐く。ありとあらゆるチョークが粉々になってしまったのだけが心残りだが、なぜかどこの学校にも必ずひとりくらいやたらに短いチョークで豪快な字を書く教員がいるものなので、その人物が有効活用してくれることだろう。


 ゆったりとそこから身体を離し、俺くんは床に膝をつきながら、しみじみこう言った。


「ハア……ハア……酷い目に遭った……半分くらい自業自得だが……」

「よく今の運動の後に普通に話せますね。内臓が破裂してもおかしくないのでは」

「Gに強いのかもしれません……自分でも全く知りませんでしたが……」

「宇宙飛行士に向いているかもしれません。念のため猛勉強しておきましょう」

「しておきます……将来自分の体質が宇宙開発のキーになるかもしれませんから……」


 そして高校入学の初日である程度の進路指導をしてもらった。


「先生……俺は、気付きました」

 その上で、俺くんは言う。


「この学校は……狂っています」

「気付きましたか」

「しかし狂い具合では俺も負けていない! 五分五分と言ったところです!!!」

「マズいのでは」


 持ってはいけない自負を持ちながら、俺くんは、


「そして俺はさらに気が付きました……先生! 今の状況を見てください!」

「(図21)ですか」

「そうです! (図20)の黒板にめり込んだ状態から解放された現在の状況、つまり(図21)を見てみてください!!」



(図21)―――――――――――

←窓     ●▲    廊下→

      教 卓


      ○ ○     

    ○     ○   

   ○       ○  

  ○         ○ 

   ○       ○  

    ○     ○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


「見ましたが、これがどうかしましたか」

「気付きませんか……?」


 ククク、と俺くんは笑い。

 ここです、と教卓の奥のところを指差した。


「この部分……俺と先生が隣り合っています!!!」

「はあ。それが?」

「これで隣の席の女子と始まるラブコメの前提条件が揃いました!!!」

「無茶では」


 そんなことはありません、と俺くんは大きく胸を張った。


「これが共学世代に対する怨念による謎の校則なのだったら、その穴を突けばいいんです!! これから俺の青春ラブコメは先生の隣で送らせてもらいます!!!」

「なるほど」



(図22)―――――――――――

●←――――(●)▲   廊下→

←窓    教 卓


      ○ ○     

    ○     ○   

   ○       ○  

  ○         ○ 

   ○       ○  

    ○     ○   

      ○ ○     


 ●=俺 ○=クラスメイト

 ▲=担任

――――――――――――――――


「ぐわあああああああああああっ!!!!! 事前に図解の番号を示されることもなく不意打ち気味に窓に叩きつけられてしまったああああああっ!!!!!!」

「まあ生徒同士の恋愛が禁止されているのに教員・生徒間の恋愛だけは許可されるとか、そんなことは考えられませんよね。そもそもこの学校じゃなくても許可されません」

「ぐわああああああっ!!!! 常識的な感覚の暴力に全身を晒されている!!!!! 接写で表すと(図23)のような状態になっている!!!」



(図23)―――――――――――

←外           教室→

       ∫ ≡

       ∫●≡

       ∫ ≡


 ●=俺 ∫=窓

 ≡=闇の力

――――――――――――――――


「お、押し潰される!!!」

「窓が独創的な形をしている上に、あなたの身長の三倍くらいありませんか?」

「窓が独創的な形をしている上に、俺の身長の三倍くらいあるんです!!!!」

「変な学校だなあ……」


 負けてたまるか、と俺くんは頑張っていた。

 勝ってしまうと色々と問題があるので、特に勝ち目はどこにも残されていないのだが、それでも何となく頑張っていた。そういう状況は人生において往々に存在し、人生の中で起こることは教室の中でも起こりうるということで、その体験を強いられていた。


「あ、ところで私は40代後半です」



(図24)―――――――――――

←外           教室→

       ∫ ≡≡

       ζ●≡≡

       ∫ ≡≡


 ●=俺 ∫=窓 ζ=凹んだ窓

 ≡=闇の力

――――――――――――――――


「うおおおおおおお結構な年齢差の知らせによって闇の力が増している!!! まるで二段式ロケットみたいだ!!!!!!」

「宇宙飛行士の伏線が回収されましたね」

「このままでは宇宙まで飛ばされて二度と帰ってこられなくなってしまう!!! 負けてたまるか!!!!」

「水平方向に吹っ飛んでいくならそれほど心配することもないような気がしますが……」


 それから、「あ」と言って担任は手を叩いて、


「あと、私は既婚です」



(図25)―――――――――――

←外           教室→

       ∫ ≡≡≡

●←―――――Σ(●)≡

       ∫ ≡≡≡


 ●=俺 ∫=窓 Σ=割れた窓

 ≡=闇の力

――――――――――――――――


「うぐわあああああああああああああああああああっ!!!!」

「さようなら、お元気で…………」



(図26)―――――――――――

←国道          学校→

     犬

●←――――――――――――――

            バス停

 ●=俺

――――――――――――――――


「うぐわあああああああああああああああああああっ!!!!」



(図27)―――――――――――

←ホームセンター     国道→

   ファミレス

●←――――――――――――――

         うどん屋

 ●=俺

――――――――――――――――


「うぐわあああああああああああああああああああっ!!!!」



(図28)―――――――――――

←駅      ホームセンター→

   うどん屋

●←――――――――――――――

         公民館

 ●=俺

――――――――――――――――


「うぐわあああああああああああああああああああっ!!!!」



(図29)―――――――――――

←駅ビル          →駅

   駐輪場     バス停

●←――――――――――――――

  ロータリー     うどん屋

 ●=俺

――――――――――――――――


「うぐわあああああああああああああああああああっ!!!!」



(図30)―――――――――――

←駅ビル内映画館      外→

       ∫

●←―――――Σ――――――――

       ∫

 ●=俺 ∫=窓 Σ=割れた窓

――――――――――――――――


「うぐわあああああああああああああああああああっ!!!!」



(図31)―――――――――――

←映画館外      映画館外→


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ◇  ◇  ♡  ●←―――


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ●=俺 ♡=映画好きの誰か

 ◇=空席

――――――――――――――――


「うぐ……おっと、上映前か。映画館では静かにしないと」

「あの…………」

「え?」






(図32)―――――――――――


       ♡ ●

  _____人_____

 |映画、好きなんですか?|

  

 ●=俺 ♡=君

――――――――――――――――




~HAPPY END with YOU!~