誰の掌の上で踊っているのかを知るがいい
「ま、結論から言えば至極当然なんだけどあの三クランは私達のことを
あれからしばらくして、「黒狼」「ライブラリ」「SF-Zoo」の面々がそれぞれ帰って行った後、なんとご丁寧にエイドルトにも存在したNPCカフェ「蛇の林檎 水晶街支店」に移動した俺たちにペンシルゴンはそう答えた。
「クラン「黒狼」は完全にサンラク君の足元を見ていた。まぁウチの愚弟とはまた別方面に拗らせた選民主義の奴が多いから、モモちゃんもそこら辺の調整に苦心してるのは分かるんだけどねぇ」
「別にリュカオーンの行動パターンくらいタダでもいいんだけどな」
「それは違うよサンラク」
答えたのはペンシルゴンではなくオイカッツォ。
裏のカフェとでも言うべき蛇の林檎で出されるケーキをパクついていたオイカッツォはフォークでこちらを指しながら話を続ける。
「まぁ俺もプロゲーマーだし言わせてもらうけど、昔ながらのディスプレイ式ならともかく今のフルダイブで相手の動きが分かる、ってのはサンラクが思ってるよりデカい意味を持ってるんだよ」
なにせ対戦相手の最新情報が金になるくらいだからねぇ、とオイカッツォは忌々しげに顔を歪めながらも続ける。
「ストーリー上のボスならまだいい、それは最終的に全てのプレイヤーが関わるものだからね。でもユニークモンスターは違う、値千金なんて言うけどその通りだよ。状態異常解く程度じゃ釣り合わないでしょ」
「言われてみれば」
「そゆこと、次にライブラリ。あそこは他二つと比べたらまだマシだね、トップがあの人だから適正価格を見極めた上で二割引くらいのところを攻めてきてる」
考察クランはユニークを獲得したり、誰よりも先に未踏破エリアを攻略することを目的とはしていない。極論を言えば最後尾でもいいのだ、先に行った者達から情報を集め、零れ落ちた情報を集めて世界観を解き明かす。それこそが「
「とはいえ売る側である私達が値段設定できないのはなんか癪なことに変わりはないわけでぇ」
「本一冊で借金の二割返済した奴がさらに高望みしてるぜ」
「このゲームに三冊しか存在しないんだから妥当なお値段でしょ」
そうか、言われてみればそうだな。俺たち三人とも持っているせいで希少価値がないように思えたが、よくよく考えれば俺たち三人しか持っていないって凄まじい希少価値なんだな。
「そして最後にSF-Zooだけど……サンラク君分かってるでしょ、あれは
「…………」
まぁ分かってはいた。エムルに対して妙に遠慮がないな、とか微妙に「危害」の定義が食い違っているような感じがした、とか。
「ラビッツなら私も「兎の国ツアー」で行ったことあるけどさ、知ってる? あのクラン、シナリオガン無視でラビッツに居座ったせいで強制退国食らってるって」
「ギャグかな?」
「いやまぁまさか時間制限があったとはねぇ。後々のプレイヤー達に情報提供したって意味じゃファインプレーかもしれないけど、そんなSF-Zoo団体様に滞在権を与えたらどうなるかくらい分かってるでしょ?」
そこかしこでスクショの音が響き続け兎が手当たり次第にモフられる未来しか見えないな。
「サンラク君が
「それに関しては問題ないが断ったら断ったで粘着されそうだし、とはいえ俺の紹介できた奴らが粗相をしたら俺の好感度に響くからなぁ……」
エムルがまだ戻ってこないのは僥倖だった。回答までの時間を延ばせたからな。
とはいえ阿修羅会と違ってSF-Zooは何かモラル的なタブーを犯しているわけではない。極論NPC相手に何しようがプレイヤーに直接的な被害を与えていない分、厄介さで言えば阿修羅会よりもこちらの方が上だ。
「……とまぁ、そんなわけでこの私が一肌脱いだわけよ」
「それがあいつらと結んだ「クラン連盟」ってやつ?」
「その通ぉーり! これで私達は連盟相手のクランが保有する設備や権利を利用できるようになった。向こうからすれば色々便宜を図ってやるからユニークの情報を寄越せって事なんだろうけど、当然タダであげるわけないよね」
ペンシルゴンは俺たちに見せつけるように手を開く。
「私達は今現在五枚の切り札を持っている。それも一枚だけでも黒狼やライブラリ、SF-Zooがセコセコやってきたプレイ時間全てを上回るパワーを持ったジョーカーを五枚もね」
開かれた五指を一本ずつ畳みながらペンシルゴンは「
「一つ、私達は誰よりも先んじてユニークシナリオEXをクリアした事で「バハムート」という情報アドバンテージを持っている。
二つ、私達は墓守のウェザエモンを倒した事で格納鍵インベントリアとその中にある諸々の
三つ、現状ビィラックちゃんのみしか確認されていないジョブ「古匠」、それを私達が実質独占している。
四つ、ラビッツへ行くための条件は実質的にサンラク君が握っている上に、ケット・シーの存在そのもの。
五つ、諸々を含めて「次の」ユニークシナリオEXに王手をかけているのが私達である事。」
補足して言えばさらに俺が何枚か切り札を隠しているわけだが、クランとしての切り札であるならばおおよそこの五つだろう。
「切り札ってのは、その存在を匂わせるだけで力になる。情報で人は殺せる、たった三人だけで私達はこのゲームにおける最高峰のクランに
「悪い顔してるよペンシルゴン」
「ユナイト・ラウンズじゃちょっと家畜に厳しくしすぎたからね、今度はもう少し上等な餌で生かさず殺さずを維持しつつ対外的視点のイメージ安定を……」
「これ最終的に俺たちが全部悪い流れになって討伐される系の黒幕っぽくない?」
その時はお前らを売って俺はラビッツに亡命するから安心しろオイカッツォ。
あからさまに悪巧みを始めたペンシルゴンを他所に、俺はこれからのことを考える。とは言ってもペンシルゴンのように数手先を見据えた戦略という程上等なものではなく、もっとすぐ先の予定についてだ。
(とりあえずビィラックに会ってリアクターを修理してもらって、なるべく引き伸ばしつつもSF-Zooをどう処理するか考えて、ああエムルとの約束も果たさないとな……)
軽はずみな約束でも好感度にはしっかりと響く、明確なパラメータによって成り立つゲームであればその影響はより顕著だ。
となれば必要なものは金だ、世知辛いが俺には引き下ろし無制限の銀行がある。後で水晶群蠍君の所に遊びに行こう。
「とりあえず俺は夜に備えて飯食ってくるから落ちるわ」
「あいよー、なんか進展あったら連絡お願いね」
「次呼び出す時は逃げないでよサンラク」
「はいはい」
ヒラヒラと手を振って俺は蛇の林檎水晶街支店を後にするのだった。
さて、エムルがラビッツにいる以上俺がラビッツに戻る方法は死に戻りしかない。であればその死は実入りのあるものであった方が良い。
MP回復アイテムを買い込んで水晶巣崖へと到着した俺は、早速採掘ポイントへと駆け出す。
「こんばんわ蠍君、土足で悪いが踏み込ませてもらうぜ」
起動した水晶群蠍は二体、おおよそ十数秒後にはこの十倍の数の増援がやってくる。
とはいえインベントリアを持つ俺にとってはそんなものは脅威たり得ない。
ギリギリまで引きつけて格納空間へと転移、絶対的安全圏へと退避する。
何度見ても壮観な神代文明の道具の数々ににやける顔を抑えながらも、水晶群蠍のヘイトが解除されるまでの暇を潰す。
「ああそうだった、一応装備は外しておいて……よし、そろそろヘイトも分散しただろう」
MPを回復し、水晶平原へと戻る。
格納空間から出る直前、なにか嫌な予感が頭を過ぎった気がするが、考えても何に対しての予感であるのか思い当たらないし特に問題はないとスルーする。
水晶広がる崖の上へと戻った俺を迎えたのは夜空と静寂。そして十メートルほど先に水晶が積み上げられた採掘ポイントを目視で確認。
「さて、まずは蠍の素材……ん?」
素材が落ちていない、何故? 地響き? 衝突していない? タイミングにミスはなかった、蠍が衝突する前に止まった? 行動パターンの変更、システム的介入、全部足し引き掛け割りイコール……
「修せ……ぃぃい!?」
俺が今いる座標を中心に四方向の水晶が動き出す。非アクティブからアクティブへ移行するゆるやかなものではなく、それはまさしくアクティブ状態で行う
次の瞬間、今度こそ己の身体の破損を厭わぬ激突によって俺の身体はミンチへと変換されたのだった。
連盟
所謂フレンドシステムのクランバージョン。
例えばクランAが馬車の無料搭乗権を持っていた場合、クランBもその恩恵に預かることが出来る。
基本的には互いの利益を共有する、合同でレイドボスに挑むなどで利用されるシステムであるが今回の場合は「こっちで色々便宜を図ってやるからユニークの情報をくれ」的な意味合いで旅狼は最大手クラン三つの恩恵を受けられるようになった。
ちなみにそれに対する「旅狼」クランリーダーの返答は「餌はくれてやるからせいぜい働け家畜ども」、こりゃ魔王ですわ
水晶群蠍「土足で家に踏み入って抜け毛とかを持っていく変態を殺すために待ち伏せを覚えました!」
公式サイトの修正項目に追加されてるからサイレント修正じゃないよ、善意と悪意が半々の初見殺しだよ