加速する会議、迸る欲望、そしてそれぞれの糸口
「夜襲のリュカオーンに関しての情報だけど、ぶっちゃけ俺もそう知ってることは多くないぞ?」
「構わない、行動パターンだけでも貴重な情報だ」
「そうだなぁ……」
夜襲のリュカオーン、このゲームにおいて俺にとってのトラウマであり目標。
最序盤で酷い縛りを課したクソッタレの元凶ではあるが、今この瞬間に至ることができたのはこの「
あの時はがむしゃらに戦ってろくに行動分析なんてしていなかったし、さらに言えばウェザエモンという同党の存在のインパクトが鮮烈であったこともあってはっきりと断言できるような情報は多くないが、それでもその暴れようは記憶に焼き付いている。
「まず物理攻撃、予備動作が少なく発生も並のボスよりはるかに速いが、基本的に前足攻撃は斜め、縦、横振りの三パターン。ディレイも当然の権利の如く多用してくるけど安全地帯が結構多い。噛みつき攻撃は、というか物理攻撃はデフォルトで破壊属性を帯びてるから食らったら普通に食いちぎられる、というか俺は両足をむしゃむしゃされた。次に影を槍状にしたフィールド攻撃、これに関しては影に潜ってからの奇襲攻撃、これは後で話す分身を絡めてきたりするのでほぼ初見殺しに等しいが影から飛び出す直前に音がするのでそれで出現場所を判断するしかない。基本的に夜間戦闘だから当たり前のように足元からも奇襲を仕掛けてくるので走りながら出現位置を特定するのがノーダメのベター。ちなみに出現時の音だけど分身は沼に石を落としたような音で本体はそれをもっと重くしたような音って感じかな。それで分身だけど確認した限りでは最大二体、少なくともシナリオ外でのエンカウント時は分身展開中の動きはチョロかったかな、ディレイ使わない素直な挙動ばかりだったし潜伏奇襲も三体同時で場所さえ分かれば安全地帯の特定簡単だったし、分身自体は時間経過で消失するから極論逃げ回っていれば大して脅威じゃない。一番厄介なのは……」
「……すまないが、文章化してもらえないだろうか」
いけない、思い出したら口がフルスロットルで回り出していた。最初の辺りはまだ聞き取ろうと構えていたサイガ-100氏が眉間を抑えている姿に、案外覚えているものだな、と思わず覆面の下で苦笑する。
「まぁ基本的にはでかい狼、ってのが戦った感想。ただ最後に食らった技だけがよく分からない」
「最後に?」
思い出すのはあの時、リュカオーンに足を食い千切られたあの攻撃だ。
それが
「少なくともあの時点で俺は攻撃を食らうようなヘマはしていなかった、というか分身と本体の攻撃範囲からは完全に出ていた」
だが気づいた時には足を食い千切られていた。リュカオーンが何かした、という事は分かっているのだがそのネタが分からない。
「座標指定の回避不可能攻撃かと思ったけどどうもそれとは違うようだし、まさしく当たり判定がバグったみたいな感じというか……」
何だろうな、もう一回見ることが出来れば分かりそうなんだが、それは現実的ではないだろう。
なおも聞く姿勢を見せるサイガ-100氏に俺が知りうる情報はこれくらいだと伝えると、彼女は何やら考え込みそして俺をまっすぐに見つめる。
「情報提供に対してこちらも返礼しなければフェアではない、であればそうだな……リュカオーンによる
「え、マジで?」
「と言っても方法自体は割と知られたものではあるんだがね、「黒狼」であれば君達が一からやるよりも数倍楽に済ませられる」
俺の胴体と足に纏わり付いたリュカオーンによる
サイガ-100の言葉に俺はクラン「黒狼」の評価を三段回程上げる。
「とわ……ごほん、ペンシルゴンがつるんでいるプレイヤーと聞いてどんな人物かと実際に目にして確信した、君達は今後も
「ねぇ「黒狼」さん、その
と、ここで俺とサイガ-100の会話に水を差す一声。
ペンシルゴンはキョージュと真理書に関する値段交渉中、あそこだけ別ゲーをしている気がしないでもないがこちらには目もくれていない。自称進行役が全く進行役してないが、この際目を瞑ってやろう。
オイカッツォは逃げようとしてもどうせ捕まると観念したのか、追加でケーキを注文しては味が薄い薄いと愚痴り中。あいつ何しに来たんだ……あっ、ユニークに縁がないから手持ち無沙汰なんですねぇぇぇ! 何も言ってないのにフォークの投擲姿勢に入るとかやべーやつだなオイカッツォ。
サイガ-0氏は寝落ちでもしたのかというくらい不動かつ無言。これはあれだろうか、クラン「黒狼」による示威行為的な。
であれば消去法で誰が口出ししたのかは絞られる、このタイミングで割り込んだのは一人しかいない。
「少なくともそれは当初の質問には含まれていないでしょう?」
「む……まぁそうだな、それにこれに関してはあいつと話すべき内容か……」
俺からすれば主語のない会話はちんぷんかんぷんなのだが、当人達の間では意味が通じているらしい。あっさり引き下がったサイガ-100に代わってアニマリア氏が次の会話相手としておどり出る。
「サンラクさん、まず先にこちらが提示する条件を伝えさせてもらうわ。端的に言うと、私達クラン「SF-Zoo」は可能な限り貴方の要望を
「へ、あ、はい」
会話の主導権を完全に取られてしまった、実質無条件でなんでもする、と言う言葉に先攻でアッパーカットを喰らった気分だ。
「そしてもう分かっているとは思うけれど、私達からの打診はただ一つ……ヴォーパルバニーの国「ラビッツ」を複数回訪れる方法、それを教えて欲しいの」
「まぁそれだよなぁ……」
強いて言うなら「喋るヴォーパルバニーの関連するユニークシナリオの開示」を求められると思っていたが、概ね予想通りの内容に俺は黙り込んで思考する。
「あー、それに関してだが当人……当兎? に聞いた方がいいだろうから、ちょっとエムルを返して貰いたいんだが」
数分後、名残惜しげなSF-Zooのクランメンバーから返還されたエムルはと言えば、まるで救いようのないダークでシリアスなストーリーを見せられたかのように光のない目をしていた。一体何をされたんだ……
「エムル、しっかりしろー傷は浅いぞー」
「人間怖いですわ……だぶるぴーすってなんなんですわ……女豹のポーズって、アタシ兎ですわ……」
人参を目の前でチラつかせてみるが、彼方へ旅立った正気が戻ってこないな……仕方ない、切り札を使うか。
「ラビッツパイ」
ぴくっ(耳が動く)
「スペシャルラビッツパフェ」
ぴくぴくっ(耳がさらに動く)
「食べ放題、代金は俺持ち」
「も、もう一声……」
「前々から欲しがってた魔術書もつけてお値段なんと全部俺のオゴリ」
「本当ですわ!? アタシ今欲しい魔術書が三冊くらいあるんですわ!」
やっぱ
スクショの被写体として揉みくちゃにされていたエムルが復活し、ぺしんぺしんと俺の頭を叩き出す。若干いつもより強めに叩いているのはゾンビへの生贄にされた恨みだろうか。
「はぁ……かわゆい…………あ、お気になさらず」
「えぇ……」
何やら水晶のようなアイテムを構え、物凄い勢いでエムルを撮影しまくっているアニマリア氏を半目で見るが効果はないようだ。もうこの際気にしないことにするとして、俺はエムルへと問う。
「なぁエムル」
「なんですわ?」
「確かラビッツってさ、開拓者を招いて蛇退治させてたよな?」
ラビッツを訪れるためのユニークシナリオは二つ。
一つは俺が発生させたヴォーパル魂なる謎の条件達成がフラグとなる「兎の国からの招待」、これに関しては正直明かしたくはない。
そしてもう一つが攻略サイトにも記載されている、通常のヴォーパルバニーの案内で始まるユニークシナリオ「兎の国ツアー」だ。
「あれ結構定期的にプレイヤー……いや、開拓者を招いてるみたいだけどさ、ラビッツって別に人間立ち入りお断りってわけじゃないんだよな」
「うーん、多分そうだと思いますわ」
実のところ、「兎の国ツアー」でラビッツを訪れたプレイヤーが立ち入ることのできない兎御殿に滞在している俺は、御殿の窓から城下町にいるプレイヤーをちょくちょく見かけるのだ。人間の城下町と変わりない様子で商売をしたり騒いだりしているヴォーパルバニーを眺めてはしゃいでいるプレイヤーや、何をトチ狂ったか兎に攻撃を仕掛けて袋叩きにされて死んでいくプレイヤーなどなど、ある種の神的な視点で見ているからこそなかなかの暇つぶしになるのだが、少なくとも「兎の国からの招待」以外で複数回来ているプレイヤーは見たことがない。
「単刀直入に聞くけど、ぶっちゃけあいつらが再びラビッツに行く方法とかある?」
「むむむむむ……アタシはラビッツのせーじには関わってないからはっきりとは答えられないですわ……でも、多分サンラクサンがお願いしたらなんとかなるかもしれないですわ! エードワードおにーちゃんはじゅーなんな思考のインテリーなんですわ!」
ヴァッシュは隠居というか大親分というか、例外的別格なので除外するとしてそのエードワードお兄ちゃんとやらがラビッツにおけるナンバーワンなのだろう。
「んー……今から聞いてくることってできるか?」
「是非とも今すぐ迅速に! それでかつじっくりと慎重に丁寧にお話を聞いてくるですわ!」
そう言うなり一瞬で転移していったエムル、よほどもみくちゃにされたのがトラウマであったらしい。
「ああ……」
そしてこっちもこっちで見ている分には反応が面白い。リトマス試験紙みたいだな、エムルがいると
「わざわざ「時間を作れ」的なゼスチャーしてきたんだから、何か言いたいことがあるんだろ?」
「ほぼアイコンタクトで理解してくれて助かるよ」
「随分ご機嫌だが一体どれだけふっかけたんだ?」
「ふふふ、借金の20%」
本当えげつないなこいつ……それをポンと出すライブラリもライブラリだが、双方が満足した結果なら部外者が口を出すことでもないか。
「さて、エムルちゃんが戻ってくるまでにクラン「
ペンシルゴンがそう三人へと問いかけると同時、三つのエンブレムが虚空に表示される。一つは剣を咥えた黒い狼のエンブレム、もう一つは栞が挟まれた本のエンブレム、最後の一つは肉球と羽のエンブレム。
三つのエンブレムを眺めるペンシルゴンの顔は、かつてユナイト・ラウンズのサーバーに君臨した暴君「鉛筆戦士」を彷彿とさせる非常に悪どい笑みであった。
結構無茶言って新大陸組から外してもらって会いに来たのに緊張してロクに喋れないまま瞑想しているヒロインがいるらしい
いい加減彼女もいいところ見せなきゃですねぇ……