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親愛なる我が黎明へ 其の八


毒乙女。

毒が”欠けた”人間の形を得て動き出す、ボスドゥニーネの厄介極まる能力。

あれが繰り出す攻撃もそうだが、あれそのものが毒攻撃(・・)………どこに触れようが毒判定を相手に強いる。そんな奴が上半身だけで浮いてひょいひょい軽快に動き回る、そして何よりそれが数十数百という数で押し寄せてくる。

いちパーティの編成上限数が15であることを加味しても、明らかにプレイヤー個人の単位で対処できる敵ではない。


だから人を募った。レイド戦を気取るならこっちもパーティ単位で頭数を揃えて対抗するのが礼儀というもの。そしてこの場に集ったプレイヤーは………俺とは異なるプレイングを、俺とは異なるプレイヤービルドを、そして俺とは異なる意志で動く個性の塊だ。


「こっちの五倍くらい来てないかこれ!?」


「一人一殺で終わったら流石につまんねーだろ!」


「うわっ、マジか毒った!」


全身毒判定の変な挙動する人型集団、という的に手こずる悲鳴もちらほらと聞こえてくるが、それは追い込まれた窮地の断末魔ではない。


「はっはァーっ! 状態異常でステータスブーストは新大陸じゃマストスキルだぜーっ!!」


「毒付与はうぜーけど全部物理判定な時点でなぁ!!」


「あーっはっはっは! キルスコアすんごい勢いで溜まってく! ステータスがもりもり上がっていく! サイコー!」


ある者は全身を毒に侵食されながらも、毒を焼き尽くさんばかりに強化(エンチャント)を燃え上がらせながら毒乙女をまとめて三人吹き飛ばす。

またある者は構えた円盾で冗談のように毒乙女の攻撃を弾き、跳ね返し続けていた。

またある者は、小杖(ワンド)から生み出した魔力の刃で毒乙女を次々と斬り伏せ、時に巨大な炎で毒乙女をまとめて焼いていく。


そんな開拓者たちの戦闘があちらこちらで発生していて、それら全てを総合すれば戦局は……有利(・・)とすら言ってよかった。


「頼りになる烏合の衆だなオイ……!」


「そりゃあそうだよサンラク」


「ヤシロバードか」


絶対こいつは嬉々として参加するだろうな、という予想通りに嬉々として「動く(テキ)」に三十秒ごとに別の銃をぶっ放しまくっていたヤシロバードがこちらへとやってきていた。


「なにせサバイバアルの交友関係から檄文を飛ばしてるんだからね。あれでもシャンフロじゃ結構人望あるんだよ彼」


「人望………………………………?」


「そ、そこまで疑ってあげなくても………まぁほら、あんなアホみたいな(・・・・・・)縛りについてく奴らがいっぱいいただろ?」


サバイバアルも今はあんなのに成り果てたが、元を正せばシャンフロにおいてかなり嫌われているPKでありながらも色々あっていちクランのリーダーをしているプレイヤーだ。

あの島(・・・)においても野蛮人の群れのリーダーをやっていたワケで、あれで人を惹きつけるカリスマ的なものはちゃんと持っているようだ。


「シャンフロって結構なぁなぁで対人システムのバランス取ってるからさぁ、遠慮なくぶん殴ってきて遠慮なくぶん殴れる人同士のネットワークって結構広く繋がってるんだよね」


「嫌な横の繋がりだな……」


とはいえその繋がりに助けられてる以上……というか俺もそのネットワークの一部である以上は自嘲ばかりしていても仕方ない。


「さぁて……そろそろ始めるか」


「お、やるのかい?」


誰の人望で集まろうが、所詮は知り合いの知り合い。ほぼ他人と形容される関係の一団。人はそれを烏合の衆と呼ぶ。

個々の戦略が高いからこそ、毒乙女の「軍団」に「集団」で対抗できているが……それで勝てるなら多分あの日の俺らももう少しマシな善戦ができていただろう。


「あーあー、聞こえるかペンシルゴン」


『聞こえてるかを尋ねるのは私だよサンラク君、この私の美声をね!』


「あーはいはい、美声美声。それじゃ"エスコート"を始めるぜ」


『オッケー、こっちは今のところちょいちょいあの全身毒ガール軍団が数人来てる程度だから……こっちからも「お出迎え」を出すよ』


インカムでの通信を終え、俺は緊張した様子のウィンプへと向き直る。


「それじゃ、楽しい遠足の時間だウィンプ……」


「じ、じょうとうよっ!」


ウィンプはここにいるプレイヤー達が集まった最大の理由だ。少なくとも「開会式」には絶対にいなくてはならない。

だが、同時に「ゴルドゥニーネ」の一人でもある以上は……別に行動し、先行している本隊に最後尾から追い付かなくてはならない。


単純に追いつくだけなら俺が背負うなり担ぐなりして全力で走ればいい、と楽な道を選びたくもなるが……これに関してはそういうのが(・・・・・・)得意なペンシルゴンとも話して結論が出ている。


誰にも知られずウィンプが消えたなら、プレイヤーの何割……下手をすれば半数近くが萎え落ちしかねない、と。


であるならば解決策はただ一つ!!

ウィンプ自身が先頭になって、旗振り役のまま戦線を前に前にと押し上げる! 人知れず逃げるような離脱ではなく、誰も追いつけないような堂々たる前進で、な……!!


「元気に行こうか!」


プレイヤー達によって作られつつあった戦線を上手いこと潜り抜けた毒乙女の一体がこちらへと飛びかかる。

腕を変形させ、刃の如く鋭利な腕による抱擁を仕掛けてきたそいつを………


「ふんっ!!」


殴り飛ばした(・・・・・・)

触れれば命を蝕む猛毒から拳を守ったのは……右拳を包み、肘までを覆い、肩まで続く漆黒の金属。

ともすれば右腕だけ防具をつけているように見えるが、これでも立派な拳武器。


「まさか煌蠍の籠手(ギルタ・ブリル)が無事戻ってくるとは思わなかったからなぁ……!」


モノがモノだけに、本命が戻ってきたからお疲れと死蔵するのも勿体無い。

それに…………


「ハッ、「象牙」お手製、再利装(リサイクルメイド)……雄弁ナル拳(プラトニズム)!」


サバイバアル程じゃないが、俺だって憂さ晴らしに暴れたくて仕方ないんだ。

正式名称は「遺機装(レガシーウェポン):ベヒーモス・特注(カスタム)再利装(リサイクルメイド)雄弁ナル拳(プラトニズム)II-VI(トゥー・シクス)

遺機装(レガシーウェポン):ベヒーモス・特注(カスタム)までが武器種、開発者、製造方式。

再利装(リサイクルメイド)雄弁ナル拳(プラトニズム)II-VI(トゥー・シクス)がシリーズ名、個別名、識別番号。

もう超ややこしい。名前がややこし過ぎて象牙をして「呼称名は雄弁ナル拳(プラトニズム)だけで良いと思いますよ」と言い出す始末。


右腕のみの拳武器なので左手には別の武器を装備可能。片手剣ならぬ片手拳。

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