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親愛なる我が黎明へ 其の六


私が嫌いだから、あなたが嫌いなのです。












現実の日本と季節までリンクしているわけではないが、夜の九時ともなれば空気というものは冷たくなるものだ。少なくとも、うだるような熱帯夜ではない……そんな夜九時。

聖女ちゃんの予言は必中の精度を誇る。なにせ公式メッセージだからな………即ち、聖女ちゃんが夜九時に戦い(イベント)が始まると言ったのならば、奴は必ずこの時間に現れるということ。

イベント開始に合わせて初期位置(・・・・)に戻ってきた俺は、イベントの開始時刻となった樹海の中で静かにその時を待つ。


「っ!!」


───地響き。

あのゴルドゥニーネは、サイズそのものは人間で言うティーン程度の姿をしているわけで、あれがいきなり巨大化したとかでもなければこんな地響きを立てるとは思えない。

となれば、だ。奴の保有する「戦力」の中でこんなことを出来るのはただ一つ………否、一つにして四体!!


「でっっっっか!!?」


「なんだありゃあ!?」


「うおおおおお蛇デッキがTierGODになる日が来たぞおおおおおおお!!」


大地を貫くが如く、深く地に根付いたはずの大樹をその根っこごと吹き飛ばしながら現れた直線の巨影がとぐろを巻く(・・・・・・)

夜闇がその姿を隠そうとも、見間違える筈もない。”奴”が従える四体の眷族……単なる蛇と呼ぶにはいかつすぎる顔面に、鱗の一枚一枚がナイフの如く触れた者を殺傷することに特化しすぎている巨大蛇モンスター、龍蛇(ナーガ)だ。


「出たな………」


……心なしか、記憶よりデカくなってないかあれ。向こうの決戦仕様か?

似たフォルムで言えばアルクトゥス・レガレクスだが………あれも大概電車サイズだったのだが明らかにアレよりも一回りは大きい。

夜の中にあって爛々と輝く眼光は、少なくともクリスマスを一緒に楽しもうというわけではないらしい。眼下に群がるプレイヤー共を見下ろす様は、敵意と傲慢に満ちたもの……要するに、かなりナメた視線ってことだ。


……とりあえず、本隊の目の前に出現ってことはなかったようだな。それだけが懸念だっただけに、数の多いこっちに現れてくれたのは非常に助かる。

とはいえ油断はできない。なにせ、あのバカでかい蛇はあと三体いるわけで……それに加えて。


「来たぜサバイバアル、お客さんだぜ……!!」


木々の狭間、夜闇の深奥。一つ、また一つと笑顔(・・)が浮かび上がり、輪郭をはっきりとさせる。

それは異形の乙女、上半身のみが空中に浮いているという異形でありながら、それ以上に全身が毒々しい一色で構成されているという人ならざる人の形未満。

しかも今回はそれだけじゃない(・・・・・・・・)


「知らんパターンがいるな……」


あの日のエンカウントでは毒乙女共は基本的には下半身の無い人型、という姿をしていた。そしてそれがボスドゥニーネの号令で全身を取り戻して蹴り技を解禁してくる……という流れだったはず。

だが下半身の無い宙に浮く毒乙女に混ざってその真逆……下半身だけ(・・・・・)の毒乙女や、首と右腕が無い、とか首だけが無い……要するに、毒乙女の姿にバリエーションがある。

何をしてくるのか分からない、って意味じゃ相当に厄介だが……今回ばかりはその上で調子こかせてもらうぞボスドゥニーネ……!!


「おうサンラク、お前「イベント開始時に派手に”号砲”をブチかます」とか言ってなかったか?」


「ん? ああ、まぁ見てろって……」


すすす、と今回の旗振り役……ウィンプの所まで近づいた俺は、小声で話しかける。

流石のプレイヤー達も異形のポイズン乙女軍団と超巨大蛇に注意が向いているが故に、限定的な野次馬のいない会話が成り立つ。

仁王立ちしているようにも見えるが、拳を握りしめ震わせる様は……十中八九、武者震いではないだろう。


「ようウィンプ、こっから先は後戻りできないぞ。言っちゃああれだが……ケツまくって逃げるならここが最終地点だ」


「………な、なによ。わたしがにげだすっていうの?」


「いやまぁ正直その可能性はあるだろ」


こいつはただひたすら逃げ特化で今まで生き延びてきたゴルドゥニーネだ。俺の手引きによりいち早く人里に紛れる事が出来たからこそあのボスドゥニーネの無差別同一人物(どうぞく)キルに巻き込まれるのを逃れられたと言ってもいい。

ウィンプとボスドゥニーネ。同じ「無尽のゴルドゥニーネ」でありながら、同じユニークモンスターとは思えないほどに戦力差がある。さらに言えばウィンプのパートナーであるサミーちゃんはあの日のエンカウントで死んでしまった。ウィンプを庇護しながら逃走を可能とする保護者は消え、こいつの手にはもう何も残っていない………


だが、


「お前がここで踏ん張ってるのは俺はちょっと嬉しいぜ」


「……え?」


「握った拳を自分で緩める時ほど萎える瞬間は無い。握ったからには……最低でも一発、ぶん殴らないとな」


手の中に何もないなら、無を握りしめればいい。そうやってできた手の形を拳と言うのだから。

復讐に必要なものなんて、それさえあればいいのだ。


「お前が立ち向かうと覚悟を決めたのなら……逃げないと決意を固めたのなら!」


俺はウィンプに語り掛けながらも、インベントリアから取り出したそれ(・・)を片手で操作しながらもう片方の腕で今まさに戦闘を始めんとする龍蛇を指さす。


「打ち合わせ通りだ、お前が号令を出すんだよ!」


「っ!!」


啖呵の切り方なら教えてやったじゃあないか。

俺の言葉に、ウィンプは目尻に涙を浮かべ………しかし目を瞑る。強く、強く、瞼で目玉を圧壊させんばかりに強く、目を瞑り………涙を振り払いながら強く龍蛇を睨みつけた。

そして大きく息を吸ったその瞬間、


───風が吹いた。


夜風がウィンプの首に巻かれた透明のマフラーを強く巻き上げる。所詮は強風とも呼べない少し強めのそよ風、わずかにマフラーを靡かせる程度のものでしかないが……泣き叫ぶ(・・・・)ばかりだったウィンプは今、明確に怒りと戦意で叫ぶ。


「………わたしが、わたしたちがあいてよっ!かかってきやがれーーっ!!」


タイミングは今。


「こちらサンラク、笑みリア氏……派手に頼む」


『ええ喜んで……スカルアヅチ・ファイナルキャノン、点火(イグニッション)!!』

囮でも壁でも犠牲でも、いくらでも使い潰せばいい。そのために集めた、そのために用意した。

だから代わりに”意志”をくれ。握りしめ、振り上げたその無力な拳を彩るのが俺達の役目。





Q.博士!スカルアヅチ・ファイナルキャノンとは一体……!?

A.彼女達は拳ではなく金槌を握った。悪い顔して資金援助する半裸のスポンサーもいるしな

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