親愛なる我が黎明へ 其の四
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合縁奇縁、良いも悪いも縁は縁。蜘蛛の巣へと不躾に腕を突っ込めば、巣は崩れども糸は絡みついていく。
取っても取っても剥がれない蜘蛛の巣の残骸を、人は”因縁”と呼ぶのだろう。
───黙っておけばいいんじゃない?
”因縁”を聞き、彼女はそう答えた。ゆらりと揺れる、狐の尾と共に……
◆
め、面倒くせェ~…………
思わず喉から出かかった言葉を飲み込む。
「私、覚えてるんだからっ! あ、あのヒイラギと一緒にいたやつでしょ!?」
「…………」
京極が連れてきたゴルドゥニーネ「イスナ」、その正体は例のPK……ヒイラギが契約していたゴルドゥニーネ個体だったのである!
………ぶっちゃけ、だから何という感じなのだが。
そもそも、あそこでヒイラギの介入を受けたことで直接的に損を受けたのは俺だけだし、ではヒイラギがいなかったら全員生存ハッピーエンドだったかというと………ジリ貧試合がもう少し続いたかそうでないか、くらいの差しかなかった。不本意だけどな。
とはいえ事実と許容は必ずしもセット運用されるわけではない。受け入れがたい事実というものは存在し、それ以上に納得がいかない事実というものを受け入れるのはありのままを許容するよりも難易度が高い。
イスナを剣呑な目で睨みつける王我星。見た目が見た目だけにかなり絵面が危ないのだが………さてどうしたものか。
こういうのは理屈じゃない、これがプレイヤーだったら一発殴らせるのもやぶさかではないが……流石に重要NPCをパワー特化のプレイヤーにフルスイングパンチさせるわけにもいかない。下手すりゃ死ぬ。
となれば、今は理屈での説得が通らない王我星をどう宥めるか、なのだが……
「……まぁ任せてよサンラク」
「あん?」
ここで我こそは、と俺を制したのは京極であった。
ゆらゆらと揺れる尻尾は心なしか、この場をなんとかする自信を反映したかのような力強さだ。
とはいえ、下手に着火したら怒りのままに巨大ハンマーを新たなゴルドゥニーネ……イスナに叩きつけそうな勢いの王我星をどう宥めるのか。
「まぁまぁ、落ち着きなよ王……おうわれ………」
「………王我星な」
小声で補足。ファーストインプレッションから名前を間違えるのはまずいだろう。意図的にやるならともかく。
「ごほん、王我星さん。君の怒りはもっともだけどさ………」
「あんただってプレイヤーキラーじゃないの! あいつの仲間なんでしょ!?」
怒り過ぎてもはや泣き出しそうな勢いの王我星の鋭い問いに、京極は微笑みながら言葉を紡ぐ。
「このPK表記はあの子……ヒイラギをPKしたからだね」
「えっ…………………」
「ははは、こうスパっとやっちゃってね」
やっちゃってね、ではないだろやっちゃってね、では。
京極の話を聞く限りでは、あのヒイラギとかいうPKはてっきり高飛びしてるもんだと思ったがこの新大陸、しかも樹海に潜伏を続けていたらしい。そこに”偶然(本人申告)”居合わせた京極がスッパリとキル……ドロップアイテムを回収していた際にイスナの方から契約を持ち出してきた……とのこと。
「聞けばイスナはヒイラギに酷い目に遭わされてたらしくてね、放っても置けないから僕が新しく契約した……ってワケなんだ」
「アー……無理ヤり戦わサれたリー……あンたらみたイなのを襲ウのに協力、サせらレたりー……色々、ネ」
成程成程…………
よよよ、とわざとらしく目元に手を当てるイスナを半目で眺めながら、しかし俺は心の中で率直な感想を呟く。
棒演技~……………
全部が全部嘘、というわけではないだろう。だが明らかに被害者寄りに話を盛っているだろこれ。
シャンフロのNPCは基本的にそれぞれがモラルや危機意識を持っており、地獄の果てまで同伴してくれるNPCというのは早々いない。
特に「ゴルドゥニーネ」というNPCは基本的に性格の割合が負の方向性に偏っている。さらに言えば、その負の性格の中でも攻撃的か否かで分けられるが………どう考えてもこのイスナというタイプは負の感情を攻撃力にするタイプだ。
目を見ればわかる、もう本当にこの場にいること自体が不本意で出来る事なら今すぐどっかに行ってしまいたいという顔だ。そしてその癖、誰かに縋ろうという顔じゃない。ウィンプと比較すればよーーく分かる、加害手段を持っていて自分で何とか出来るって顔をしているんだこのイスナってやつは。
あの腕に巻いた蛇………なんか怪しいよなぁ。俺の見立てでは暗器のように噛んで毒を流すタイプの敵と見た。となれば射程範囲は蛇が飛びかかってくる可能性を加味しても2メートルは距離を保てば対処は可能だろう。
こっそりと脳内で戦闘分析を行っていた俺だが、イスナの棒演技はどうにか王我星のメンタルにダメージを与えることに成功したようだ。
「う、うぅ~…………」
武器を降ろしたら終わりだぜ王我星。感情で振り上げた武器を感情で下げてしまったのなら、もう一度振り上げるのは相当に難しいものだ。あれはもう絆されてるようなものだろう……そもそも、ゴルドゥニーネは髪型や表情による多少の違いはあれどみんな同じような顔をしている。そもそもイスナの泣き落としがなくとも攻撃できていたのかは怪しいもんだ。
ので、王我星ではなくもう一方の因縁持ちへと俺はこっそりと話しかける。
「あんたは拳を振り上げなくていいのかよ?シユー」
「まぁ、思うところがあるのは僕も同じだよ。ただ………あのプレイヤーキラーの子は君の知り合いなんだろう?」
「まぁな………少なくとも、土壇場で背中から刺してくるような奴じゃあないのは保証するぜ」
「僕は………君を信じてみようと思った。だから君が太鼓判を押すなら僕も彼女達を信じるよ」
担保は俺の信頼かぁ……もし京極がやらかしたら泣くまで幕末で無限粘着天誅だな。
ちら、と視線を向ければ京極もこちらに視線を向けていたので視線と視線が虚空でぶつかり合う。
「……………」
何とも形容しがたい笑ってるのか顔をしかめてるのか分からない表情を浮かべる京極に、俺は肩をすくめるゼスチャーで返す。
わかったわかった。その嘘に乗ってやるよ、今からここで殺し合いを始めたところで本番が不利になるだけだからな。
◇
肩をすくめるその姿に京極は若干の申し訳なさと、それと同じ量の安堵を覚える。自覚的に隠してはいるつもりだが、果たして表情はそれに従っているだろうか。
きっとあの男は気づいていないのだろう。この場に持ち込んだ「嘘」は、眼前の大男ではなく他でもないサンラクたった一人を対象としたものであるということに。
話を聞いた限り、あの場にいた面々は蛇モンスター達も含めて皆殺し以外の結末は無かったのは明白であり、死を齎したのが誰だったのかはさほど重要ではない………………
が、「トドメを刺した張本人」が目の前にいるという事実を、結末に大差はなかったという理屈だけで許容させられるかは大分怪しい。
───なにせ理屈じゃないのが天誅だから。
悪いね、と京極は心の中でサンラクへと詫びる。
どうかこの嘘はバレることなく眠り続けてくれ、と柄にもなく祈りながら。