12月X-1日:精算無き過去
「……………………………………………」
咀嚼して、飲み込んで、そして消化するのに随分と時間がかかった。
何を言ってるんだこいつは? と思いつつもこいつの言いたいことは実にシンプルだ。
クラン【旅狼】に加入したい、極めてシンプルかつストレートな加入希望だ。
「どう……カナ?」
「まず大前提として俺に聞かれても、ってのはあるが……」
いじらしい仕草と上目遣いが擬態であることは秒で見抜ける程度の関係ではある。目をウルウルさせているのをスルーしつつ、さてどうしたものかと考える。
コイツの人間性に関してが最重要懸念点なので後回しにするとして………プレイヤー性能、つまり実益だけ考えれば困ったことにこいつは破格の人材と言ってもいいだろう。
他者にも適用可能な転移魔法を自前で使用できること、実現杖ザ・デザイアーなる武器(恐らくは勇者武器に匹敵するユニーク武器)を持っていること、それらを踏まえた上での圧倒的純魔性能。
さらに言えばモルドが最近純魔プレイヤーから航空歩兵になりつつあることを鑑みれば、純魔特化型……それも、地形を変えるレベルの魔法を行使可能なプレイヤー。
少数クランということも鑑みれば、人材としては喉から手が出るほど欲しいだろう。
が、
だが、
人間性が………な………………。
いや本当に、単なるプレイヤー止まりだったら俺は絶対にクランには紹介しない。俺自身の好悪関係なく、下ネタを連打してへらへら笑うような奴を未成年のいるグループに混ぜちゃダメだろう、利益以前の常識の問題だ。
ただ、信じられないことにこいつの主張を鵜呑みにするなら「俺が下ネタ好きだと誤解していたから下ネタを言っていただけ」という冤罪も甚だしい理由で下ネタを使っていたとのこと。
俺以外の他者への態度を見るに下品な言動を控えるだけの理性は残っているらしい……あくまでもディプスロの自己申告によれば、だが。
逃すには惜しい、と思わせるだけの肩書きがあるからこそ考慮しており……奴自身による更生の主張を却下しきれないからこそ悩ましい。
「んー………」
こうなってくると、俺一人の判断でどうこうできる感じではなくなってくる。そもそもこういう判断を俺一人でしないために、そして俺一人で責任を負わないために奴を頭に据えているのだ。
───ここは一旦ウチのリーダーに話を持っていく。
そう口にしようとしたその時だった。
ピピピピピピピッ!!
「うおっ」
「!!」
シャンフロという世界観にあまりにもそぐわない無機質なアラーム音。それは目覚まし時計のそれにも似た「人を夢から覚ます音」で。
俺ではない。音の方向的にレイ氏でもない。
となれば音の発生源は一つ。
「……………」
ディプスロだ。
「………アラーム鳴ってるぞ?」
「そうだねぇ」
……………いやそうだねぇ、ではなく。
「いいのか? 確認しなくて。ゲーム外コールだろ? この手の空気読まないアラームは大抵一大事だろ」
VRシステムは伊達に最新鋭技術の塊で作られてはいない。地震雷火事親父……内蔵されたセンサーは揺れ、停電、熱、親フラの全てを把握してユーザーに通知するシステムを備えている。
地震と火事はフルダイブ中にどんな状態だろうと爆速でログアウトさせられる、という話なのでディプスロをリアルに引き戻そうとしてるのは雷か親父、あるいは雷親父になる訳だ。
「…………そうだねぇ」
「どうせ俺一人で決めることでもないし、リアルを優先しろよ」
その言葉に。
ディープスローターはにっこりと、満面の無表情と言いたくなるような笑顔を見せた。
「イベント終了直後に振る話でもなかったし、これは私の間が悪かったねぇ……次会う時に、返事を聞くね?」
笑っているのに目が笑ってない、みたいなのはあるあるだが……こいつの場合は完璧に笑ってるのに絶対に内面は違う、と分かるのがあまり類を見ない笑顔だ。
俺とて見るのが「二度目」でなければもっとたじろぐか取り乱していたかもしれない。
「それじゃあサンラク君、またね?」
チュッ、と。
それはもう堂に入った投げキッスをこちらに投げつけ、ディプスロは転移魔法でその場から消え去った。
「うーむ………」
とりあえずこの場は切り抜けた、ということでいいんだろうか。いや、いいってことにしておこう。
「……んじゃ、とりあえず【旅狼】メンバーと合流しようかレイ氏」
「は、はい………………あのっ!」
ディプスロが離脱し、これで【旅狼】メンバーのみになったので集合場所に気兼ねなく迎えるわけだが、ここでレイ氏が声を上げた。
「ん? 何?」
「あの、その、あの……あの方とは、どういうご関係で………」
「あー…………うーん」
ロシアンルーレットでこめかみに銃を当ててるような顔でそう問いかけてきたレイ氏に俺はしばし言葉に詰まる。
どういう関係、か………
「偶然再会した腐れ縁……?」
「ヒュッ」
「なんでいうかな……向こうは俺を気に入ってるみたいだけど、俺はちょっと苦手かな」
「…………そうなん、ですか?」
「苦手、っていうか───」
ディープスローターというプレイヤーと、俺というプレイヤーの因縁は、シャンフロ以前からあるものであり……そして未だ精算されていない心情と共に持ち越されたものだ。
「……バカやらかした自分に対する戒めとかを思い出すから」
スペルクリエイション・オンライン。
奴の笑ってない笑顔を初めて見た場所であり、今はもう無い終わってしまったゲーム。
あのゲームから因縁を引き継いだというのなら、俺とディプスロの間柄はあのゲームを"荒らした"プレイヤー共の一員同士という「ド腐れの縁」なのだから。
それに……いや、それ以上に。
「昔の事とはいえ、なぁ……」
なんなら当時のあいつはハードウェアチートしてる疑惑あった、そこも含めてどうにも奴を気に食わない自分がいる。
何度垢BANされてもしれっとログインしてくるのはチート以外の何者でもないだろう……まさか都度ハードごとアカウントを作ってるわけじゃあるまいし、な。
ディプスロとサンラクを隔てる最大の壁は、過去にあるが故にもはや乗り越えられぬのです。
ディプスロの目からは壁が見えないのがタチ悪いね。