12月X-1日:能う証明は既に
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これでもそれなりにオンライン上での人間付き合いはしてきたし、見てもきた。
和気藹々としている関係もあれば、顔を合わせれば罵倒し合うのに十年来の友人という関係も見たことあるし、和気藹々だったのに一週間後には不倶戴天の憎悪を向け合って通報合戦……なんて破綻も見てきた。
だからこそ、分厚い化けの皮を面の皮として顔面に張り付けたディープスローターが愛想よく挨拶したのを……そして、それに対するレイ氏の反応を見てなんとなーくだが、察した。
───あ、この二人多分相性悪いな。
そもそもディプスロが大概なのだ、この俺とてたまに何でこんなのと? と思うのだから。
どうもこいつはツラの皮が分厚いというか、人によって対応を分けている。「え? ディープスローターさんが下ネタ? まさかぁ」とか言われたことあるからな。名前からして下ネタだろうがよーっ!!
それはさておき、リアルの本性は知ったことではないがゲームを遊ぶディプスロは「慇懃無礼」って感じの態度を取る時がある。
今の一瞬に、なんとなくレイ氏側もそれを察知したと思しき"間"があった。
「あー……とりあえずここからは離れようぜ。イベント期間が終わっていつ水晶群蠍がスポーンするか分かったものじゃねーし」
イベント中ゆえに、普段は死の大地……というより殺の大地と言っていい水晶巣崖はむしろ異常とも言える安全な静けさを保っていた。
だがそれがいつまで保つかわからないし、ここで呑気に会話をしているのは悠長が過ぎるだろう。
「……転移魔法が使えるようになってるねぇ。キミの望むまま好きなところに連れてってあげるよサンラクくぅん」
「…………」
「あー……じゃあサードレマで」
文字通りの場面転換でこの微妙に張り詰めた空気が消えてくれることを祈って……はいファストラ!!
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サードレマ。
聞いた話では普通にサードレマで戦闘が頻発していたらしいが……ファストラで到着した時にはイベントが終了したことで、張り詰めた空気が消え打ち上げ的なゆるい空気が広がっていた。
「つーか、なんかめちゃくちゃ街がボロボロになってないか……?」
「配信者グループが戦術機で奇襲してきたらしいねぇ……全員倒されたらしいけど」
「戦術機……」
プレイヤーと戦術機の組み合わせは、個人的にはこのゲーム最大のバランスブレイカーだと思っている。
確かにシャンフロにおいてプレイヤーは超人的かつ超常的な力を持つが、全てにおいて万能というわけではない。
あっちを伸ばせばこっちが引っ込む。純魔になれば物理を捨てることになるし、その逆もまた然り。
だが戦術機は、純魔をインファイターに変える事ができる。鈍重なタンクが戦術機を纏うことで高速戦闘を可能にすることもできる。
これはもはやセーブデータの切り替えに等しいアドバンテージだ。
つまり、リヴァイアサンが浮上したあの日からこのシャンフロ世界は現実よりも先に航空歩兵という脅威を抱えてしまったわけだ。
「戦術機なぁ、鍛治で作れるなら興味も湧いたんだがな」
「作るは作るでも建"造"の類だからなぁ」
全部手作りで作られた戦術機、題材としては面白そうだが実際に使ったら空中分解しそうでちょっと怖いな。
イムロンは武器や防具、最近だとアクセサリーにも挑戦しているらしいが口ぶりからして神代系のテクノロジーはやはり通常の鍛治職では生産できないのだろう。
………とはいえ、謎のメカメカしいペンでちょちょいと神代系の武器を作ったヴォーパルバニーの大親分を俺は見ているので、抜け道というか神匠になればそこら辺も行けちゃうんだろうな。
とはいえ「戦術機」「サードレマで戦闘」「配信者側が倒されてる」と三つ揃ったなら何が起きたのかはオチまで含めて分かる。
暴れたんだろうなぁ………汲めども尽きぬ泉の如きモチベーションで新型を作りまくっていたらしいルスト&モルドの二人が。
明らかに火器で破壊されなきゃこうはならんだろう、といった様子で崩壊した民家だったものを眺めつつ移動。ディプスロが余計なことを抜かす前に俺からレイ氏へと話を振る。
「レイ氏の方はどうだった? 結構乱戦のところに突っ込んだって話は聞いてるけど」
「いえあの、大変ではあったんですけど……その、悪い言い方をすると、烏合の衆と言いますか……緋鹿毛楯無もいましたから」
うーん。統率の取れてない敵軍に突っ込む物理も魔法もいける騎兵かぁ。しかも馬の方は普通に人間の頭を噛み砕く……呂布だってもうちょっと手心あるっていうか、完全にそういうボスなんだよな。
さりげなく人が集まっている場所は避けつつ、瓦礫の山や瓦礫になりかけの民家を自然隠しに使いながら【旅狼】の集合場所に向かうわけだが………いや、イムロンとディプスロは普通に外様だな。なんか忘れてたぞ。
「あーなんだ、王国騒乱イベントは終わったし、俺らも俺らで目論見は達成したわけだしここらで解散でいいか?」
「言われてみりゃそうだな、なんか流れで同行してた」
イベントが終わったからといって、別に本拠地であるサードレマで閉会式をやるわけでもなし。そもそも奥古来魂の渓谷上層に移動した時点で解散してよかったわけで。
「じゃあわた……俺ァラビッ……ゴホゴホッ、ホームに戻る。トラディション&レボリューションの実地試験を踏まえて新作のアイデアも湧いてきたしな」
「色々助かったよイムロン、あとエリュシオンにもよろしく言っといてくれ」
なんだかんだあのメイド服めちゃくちゃ助かったからな……
使い捨て魔術媒体を使用したイムロンの姿が消える。あの様子じゃラビッツに転移したのだろう。
……で、問題の人物がまだ残っているわけだが。
ディプスロはといえばなにやら笑みを深めながら俺に一歩近づいてくる。
「ねぇサンラクくぅん……」
「ンだよ」
「前々から聞きたかったんだけどさぁ……」
露骨な猫撫で声を出しながら、ディープスローターは上目遣いで俺を見つめて。
「……クラン【旅狼】って新規メンバーまだ入る余地あったりする?」
そう問いかけてきた。
ディープスローターが「清楚なお嬢様のような」時はある種の威嚇。これ豆知識です。
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