12月X-1日:備え、訪れ、待ちわびて
───来たる12月24日
ユニークモンスター「無尽のゴルドゥニーネ」が大規模な行動を起こす、という情報が新大陸にて聖女によって宣託され……そして、旧大陸によってとあるプレイヤーがそれを「全プレイヤーを巻き込むユニークシナリオEX」の開催と周知させた。
ユニークシナリオEX、それは大多数のプレイヤーにとっては他人事だ。
新大陸の前線拠点を巻き込んだ大規模な戦闘となった天覇のジークヴルム戦ですら、旧大陸のプレイヤー達にとっては「向こうでなんかやってるけどこっちハブられたね」というものであった。
当然、それに対して不当な差別との批判も出た。
しかし攻略に熱心な初期からのプレイヤーは既にその大半が新大陸に到達していること。
新大陸ではなく旧大陸に残る、あるいはまだいるプレイヤーは開拓最前線である新大陸ではなく旧大陸に目的を見出している者や未だフィフティシアに至る途上であることが多いこと。
そして何より、レイドモンスターとエクゾーディナリーモンスターという、ある意味ではユニークモンスターに匹敵する存在の出現によって炎上の火種はかろうじて"大"炎上の手前程度で収まっていた。
とはいえ、ユニークシナリオEX。
大抵のプレイヤーはリザルト・アナウンスを聞くのみであったそれが、遂に全プレイヤーを対象として発生する。
ある者は「ようやく運営もユニークモンスターコンテンツを全プレイヤー対象にしたか」と言った。
またある者は「正直戦闘は得意ではないので強制参加は勘弁して欲しい」とぼやいた。
そしてある者は「クリスマスに開催するのは何かの嫌がらせなのか、自分は困らないが困る人もいるのではないか?」と批判した後、「そういう層が困るなら別にいいか」と漏らして周りから批判された。
それとは逆に。
新大陸に既にいる者、新大陸から出戻ったが故に戻ることのできる者、新大陸に行く術を見出した者。
新大陸に行くことが可能な者達はこぞって新大陸へと向かい、あるいは戻り備える。
既にゴルドゥニーネに仕える「四騎士」は一度その姿を見せている。アレと戦うのならば、人が武器を振るい魔法を放つだけでは不足だと。
誰が言い始めるでもなく、その考えは新大陸前線拠点の共通認識として広がっていた。
◇
「いやー、我ながらとんでもねぇモンに関わっちゃったねぇ」
「そうですね……というかそういうのやっていいんだ、って気持ちが大きいですけど」
前線拠点はNPCの協力こそあれど、殆どプレイヤーが資材調達から始めて作り上げた場所だ。かつては怒りと恨みによって積み上げられた魔城スカルアヅチもまた、来たる無尽のゴルドゥニーネの脅威へと備えていた。
スカルアヅチ建築に誰よりも心血を注いだがゆえに、実質的な城主の立ち位置にある笑みリア考案のもと、彼女の友人でありスカルアヅチという戦闘支援オブジェクトの成立において影の立役者たる餡ジュ、そして多くのプレイヤーの尽力によってスカルアヅチはついに最強の「矛」をその身に宿していた。
「変形天守閣決戦兵器スカルアヅチ・ファイナルキャノン……なんていうか、笑みリーとこのゲーム始めた時はなんかこうもうちょっと剣と魔法のファンタジーする気だったんだけどね」
「まさか城建てるとは思わないですよね……」
スカルアヅチ"天守閣"にて。
外見上は変化こそないが、内部はもはや別物と言って差し支えないほどに魔改造され尽くした天守閣の中で、笑みリアと餡ジュは最終調整を行っていた。
「これ、かなり無茶な設計してると思うんですけど使えるんですかね?」
「え、今更それ聞くの!? いやまぁでもリヴァイアサンが邪魔すぎて海の方にも試し撃ちできなかったけどさ………ま、そこはこの風水導師サマを信じてよね」
「餡ジュはそそっかしいですからね………引っ越しして冷蔵庫の電源入れ忘れて卵腐らせたり……」
「あ、あれは私の人生におけるちょっぴりお茶目ポイントだから……」
「お茶目な点、略しておて……」
「勘弁してよ笑みリ〜〜」
閑話休題。
「んー、リヴァイアサンで作った家具とかで回路作ったから家具配置が崩れるとかしなければ、基本問題ないよ。半壊したらヤバいのと、あとはスカルアヅチ・ファイナルキャノンの弾と燃料コストかな」
「そちらは「提供」があるので問題なさそうですね」
「あんな金銀財宝を焼いて撃つ大砲……ブルジョワすぎて涙出ちゃうね……」
「むしろアレを気軽に燃料提供する人こそ真にブルジョワな気はしますけどね……」
およよ、とわざとらしい泣き真似をする餡ジュを尻目に、笑みリアは「炉」の前に石炭の如く積み上げられたそれ……金銀財宝と呼ぶに相応しい輝きを放つかつては城だったものに視線を向ける。
「怪獣蛇だろうとなんだろうと、竜災の頃とは違うということを示しましょうとも」
◇
「旧大陸から輸送されるのは構わねえが……どいつもこいつも死にそうなツラしてるのはなんなんだ?」
「あの競艇擬き相当やばいらしいっすよサバさん」
新大陸。
ほとんど大陸と言って差し支えないリヴァイアサンを抜きにしても「港町」と言っても笑われないほどに随分と発展してきた前線拠点だが、「港町」を名乗るにしては船の出入りが少ない、という面があった。
フィフティシアに停泊する船の大半は漁船であり、中には海賊船もあったりするが……新大陸まで到達可能な船は長距離航海に耐えうるリソースを積載可能な新大陸調査船のみだった。
だが今は違う。征海船という少人数かつ短時間での大陸間航行を可能とする革新的小型艇の登場によって、新たに第一歩を踏み出すプレイヤーたちが続々と新大陸に上陸していた。
───ただひとつ問題があるとするならば、今現在征海船は航行ではなく航行でのみ運用されている、ということだろうか。
「り、陸だ……穏やかな風だ……」
「はい、私は歯車です……歯車は意思を持ちません……」
「も、もう死に続けて積載量の節約しなくても……いい……?」
一体何が起きたのか、それをサバイバアルが聞いても征海船組は頑なに語ろうとはしなかった。
きっとあの「レース」に参加すれば分かるのだろう、つまり何が起きたのかをサバイバアルが知ることは無いということだ。
「でもよぉ、わざわざサバさんが出迎えなんて誰待ちなんだ?」
そもそも。
本来は待ち合わせ場所でプレイヤー達の到着を待つ側であるはずのサバイバアルがわざわざ移動して待っている、という現状。
「暇だから」と同行したサバイバアル率いるクランに所属するプレイヤーが何故と問う。
「あん? そりゃあ……この祭りの"首謀者"がVIP同伴で来るらしいからなァ、出迎えなきゃ失礼だろ?」
「はぁ……なるほど?」
数分後、彼らは近海に出現するイカ型モンスターを真っ二つに切り裂きながら猛スピードで突っ込んでくる鋼鉄の征海船と、その船の「船長」に引き摺り出される死にそうな顔をしたエインヴルス王国の後継者となるはずだった男を目撃することとなる。
◆
「大丈夫っスか王子、遺言言い終えて死ぬ寸前みたいな顔になってるけど」
「……………」
ダメだ、気絶してるわこれ。いやまぁうっかり王子にシートベルトつけるよう言うの忘れて部下の人ごとシェイクしちゃったのは俺のミスだが………これワンチャン不敬罪かな。