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世界の暗闇を拓く者

うーん仮眠のお陰ですっきり! なんだか悪夢を見ていた気がするけど気のせい気のせい! とりあえず携帯端末の電源は切る。


「さーて……まぁ奴らの話を聞くのは明日でいいだろう」


今日中にビィラックに古匠を取らせておきたい。別に緊急でも義務でもないのだが、人生(プレイ)を生き急ぐのはゲーマーの特権だ。

本音を言えば関われば最後、結構な時間を持っていかれそうな気配がヒシヒシと感じるので後回しにしたい。


「サンラクサン! おはようですわ!」


「夜だけどな……さて、んじゃまぁ去栄(きょえい)残骸遺道(ざんがいいどう)だっけか? ちゃちゃっと攻略しちゃおうか」


「あー、その件でサンラクサンに伝えることがあるんですわ」


伝えること? なんだろうか。

エムルは遠い目をしながら目を逸らすという器用な真似をしながら、そっと手で一点を示す。


「嗚呼っ! 乙女のっ! 僕を踏みしめる足っ! 悪くない……っ! と言うか普通に痛い痛いいたたたたたぁぁぁぁ!?」


「頭ぁイカれちょおとは思っとったが、被虐嗜好まで拗らせとったとはのう……この際、こんまま踏み潰すんが世の為じゃけぇのう」


「おっほぉ背骨ぇぇぇぇぇぇえ!!」


あー、うん。そら遠い目をしながら目を逸らしたくもなる。

ちなみに別にログインしていなくてもゲーム内の時間は進む為、聞いたところかれこれ一時間ああしているらしい。


「ていうかアラミース普通に帰ってなかったか?」


「宝石を預けて戻ってきたんですわ。なんでも……げほげほ、あー、あー。「成る程っ! 乙女が新たなる境地に至る為の冒険! であればこの僕が力を貸さぬわけにはいくまいっ! 安心したまえ、この「吹き荒ぶ旋風(ワイルドウィンド)」が手を貸すからには如何なる敵をも切り裂いて御覧入れようっっ!!」って」


人参をレイピアに見立てて仰々しい口調にポーズ、どうやらアラミースのモノマネであるようだ。

要するにアラミースもパーティに加わる……と、そういう事なのだろう。


「まぁそれは構わないが……ううむ、攻略は攻略で別にすべきか? いやしかし……」


レベル90クラスのNPC二人を引き連れていれば、恐らく今の俺が適正レベル(・・・・・)であろう去栄(きょえい)残骸遺道(ざんがいいどう)の攻略はなんというか……普通にヌルゲーと化すだろう。

目的はあくまでも「魔力運用ユニット」の入手であるからして、それを手に入れたら戻ってしまうのも手かもしれない。


「んー、よしっ。そこの夫婦漫才(めおとまんざい)コンビ」


「おどりゃ誰が夫婦じゃ!」


「おおっ! サンラク殿の眼光はまさに真実を見抜く慧眼であらせられ……んにゃあぁぁ肋骨ぅぅぅぅぅ!?」


猫も啼かずば踏まれまいに……

げっしげっしと背中にフットスタンピングされながらもどこか幸せそうなアラミースへと俺は話しかける。


「エムルから聞いたけど、協力してくれるんだって?」


「ええ、ええ。これは僕のみの判断ではなく、キャッツェリアの意向と捉えてもらって結構。我等が王はサンラク殿からの「贈り物」に痛く感謝しております」


「贈り物? いやあれは全部あげたわけでは……」


「ワリャ、ちょい耳貸しぃ」


トドメの一踏みを食らわせてアラミースを悶絶させたビィラックがちょいちょいと手招きをするので、身を屈めれば、ビィラックは俺の耳元に口を寄せる。


猫妖精(ケット・シー)は種族レベルで大の宝石好きでな、特にキャッツェリアの宝石匠は腕は確かなんじゃが材料をちょろまかす事でも有名でじゃな……)


(え、マジで?)


(じゃからワリャが集めてきた宝石を全て押し付けてやったんじゃ、わちの見立てじゃあれだけありゃアクセサリーを八つは作れる。そんな量の宝石をダルニャータに独占させることをそこんバカミースが見逃すとも思えん)


ビィラック曰く、恐らくアラミースはまずケット・シーの王に俺が激レア宝石を使って宝石匠ダルニャータに依頼を出したことを伝える。

そして俺がヴァッシュの舎弟であること。七つの最強種(ユニークモンスター)相手に怯まず立ち向かい、あまつさえ打倒した事も伝える。


(オヤジの舎弟って肩書きはな、ラビッツと盟友関係にある種族にとっちゃデカイ意味を持つんじゃ。多分、今頃はキャッツェリア総掛かりでワリャの為にアクセサリーを作っとるけぇな)


(なんかえらい大事になっちゃったなぁ)


俺の言葉に、何故か呆れ顔のビィラック。


「……ワリャ、七つの最強種の一角を張っ倒したっちゅー事実がどんだけの影響力を持つか、分かっとるんけぇ?」


「ちなみに例えばどんな影響が?」


「下手すりゃ戦争が起こる」


「えぇ……」


俺は人畜無害……あーいや、見た目的には有害かもしれないが、清く正しい開拓者なんだが?


「特にワリャの場合、夜の帝王に認められた証も貼っつけとるからの……半狼ワーウルフ蜥蜴人リザードマンの嫁が出来るかもしれんな、くかか」


「えぇ……」


流石にそこまでケモ度が進行した種族はちょっと……俺が見当違いな事で悩んでいるのを見抜いたのか、ビィラックはため息をついて首を横に振った。俺の頭は手遅れですってか、はははぶっ飛ばすぞこいつめ。


「まぁ英雄になるのも世界の敵になるのも慣れてるし別にいいか……んじゃまぁ、行こうか」


「あいよ……さっさと起きんか!」


「頭蓋は! 頭蓋は勘弁してほしい乙女よ!」


ならなんで笑顔なのだアラミースよ。












名前的に八つ目の街「エイドルト」。時間帯が夜ということもあるが、夜道を照らす水晶のランプが道に沿うように規則正しく並んでいる光景は中々に幻想的だ。

近くに水晶巣崖(トラウマスポット)があるためか、エイドルトの建物には全体的に水晶が多く使用されている。店の軒先には水晶を掘って作られた像が置かれているし、建造物の屋根など水晶瓦とでも言うべきもので覆われている。

果ては石畳代わりに水晶、柱の代わりに水晶、防具屋には水晶の鎧、武器屋には水晶の剣……水晶づくし水晶まみれ、どんだけ水晶好きなんだこの街は。


「放っておくと水晶群蠍は延々と水晶を作り続けるんですわ。だからこの街の人間は崖から溢れそうになる水晶を間引いて活用してる……っておと、カシラが言ってたですわ!」


「へぇ、世界観に基づいた根拠があるってのはいいねぇ」


若干狭い視界から薄明かりに照らされた水晶の街を歩きながら進んでいく。ちらほら見かけるプレイヤーが遠目に俺を見ているが、もう気にしない……というか気にするだけ不毛なのではと最近気づいた。


「サンラクサン、もうコソコソしないですわ?」


「なんつーかさ、見つかったところでシラを切ればいいんじゃないかなって最近気づいた。ていうか普通に街の設備使いたいのに使えない状況に自分から突っ込むのは本末転倒じゃね?」


「とはいえ今の状況では目立つべきじゃないと思うけぇのう……」


「ふはは、今の僕はまさに借りてきた猫! 吹き荒ぶ旋風は今ひと時は頬を撫でる夜のそよ風……!」


「暴れんなって」


まさかこの手をまた使うことになるとは思わなかった。祭衣・打倒(フェスタ・メ)者の長頭巾(ジェ・カフィエ)の中では後頭部にエムル、背中にビィラック、両手でアラミースを抱えている状態であり、三匹が暴れると白頭巾がその、内側で何かが暴れている化け物のような動きをしているのだ。

プレイヤー達が話しかけないのはこれが理由かもしれないが、とにかく有難い。

まさかこの中にヴォーパルバニーとケット・シーが隠れているとは誰も思わないだろう。時折スクショしても良いかと問われるが、下手に断ってまた無断スクショされても困るし、ついてこられても困るのでそう言ったプレイヤーには適当に応える。


「あの、そのアイテムどうやって手に入れたんですか?」


「なんかサードレマの路地裏にいた怪しい露天商から買いましたね。ランダムエンカなのか、毎回はいなかったけど」


「そうなんですか、ありがとうございます!」


スクショと白頭巾の出所を問うてきたプレイヤーが離れたのを確認し、俺は小声でエムルに確認を取る。


「ピーツってサードレマで人化して露天商やってるんだよな?」


「はいな、サードレマは人が多いしちょろい開拓者が多いから割り増しでふっかけられる、って前言ってましたわ」


「商魂たくましいな」


さて、そろそろエイドルトを抜けて去栄の残骸遺道に辿り着く頃だが……ここでついに俺が想定していた最悪を引いてしまう。


「あー、サンラク……とは君のことかね?」


「……何か?」


やけに渋いシルバーな声に引き止められ、俺は後ろへと振り向く。その際後頭部、背中、手元の三匹に喋らないよう身振りで合図する。

振り向いた先、そこには誰もいない……かと思えば、視線の少し下にピンク色の頭頂部を視認する。


「私は考察クラン「ライブラリ」のリーダーをしているキョージュと言う者でね、ユニークモンスター「墓守のウェザエモン」を倒したと言う君と、あと二人にも是非話を聞きたいと君を呼び止めたのさ」


ピンク髪のツインテール、碧眼に陶磁器のように白い肌。魔術師と言うよりは魔法少女と言うべきフリルを多用した衣装。

そしてその口から放たれるは声だけでも知性的(インテリジェンス)な気配をひしひしと感じる、老成した男性の声。


「ぷふしゅっ」


「ん?」


「失礼、クシャミです」


馬鹿野郎エムル、堪えろって! 俺が必死になって耐えてるのに!


「ゲーム内でくしゃみ、ねぇ……まぁいいとも。で、今から時間は空いているかね?」


「……今はちょっと」


「ほう!」


見てくれだけは可愛らしい少女のキョージュなるプレイヤーの目が輝いた瞬間、俺は自分の言葉が失言であったこととこのキョージュがペンシルゴンと同じタイプのプレイヤーであることに気づく。

「今はちょっと」という断り方はミスったな、これだとキョージュの誘いに対する拒否は「今」しか通用しない。故にここから続く言葉は……


「ふむ、では差し支えなければ空いている日時を教えてもらえないだろうか?」


やっぱりそう来るよなぁ。今は無理と言ってしまった手前、別の日に会う約束に繋げるのは自然な流れだ……俺とした事が選択肢をミスるとは。

しばし考え、結論として他になすりつけることにした。


「あー……「墓守のウェザエモン」に関しては俺よりもアーサー・ペンシルゴンってやつの方が詳しいと言うか」


「成る程、彼女か……黒狼が接触すると言っていたし便乗してしまうか……」


すまんペンシルゴン、俺の快適なゲーム生活のための生贄となってくれ。


「成る程、とはいえ君にも聞きたい話はある。今ここでとは言わないが君の時間が空いたのなら、是非話を聞かせてほしい……君がその頭巾?の中に隠しているだろうものについてもネ」


「ははは……」


バレてら。

日本人の特殊スキルである「曖昧な笑顔で流す」を行使するが効果は薄いだろう。キョージュはその見た目とはあまりに不釣り合いな、老獪な笑顔を浮かべるとウィンドウを操作する。



『キョージュさんからフレンド申請が来ました。

「この世界の未知を解き明かすため、是非君の話が聞きたい」』



「ではまた(・・)


軽い足取りで去っていくどピンク少女の後ろ姿を眺めながら俺はため息をつく。


「中身が紳士的なシルバーなのに見た目魔法少女なのは狙ってやってるんだろうか」


しかし考察クランか……正直に言うと考察を主とする者達とは繋がりを持っておきたい、という気持ちはある。

それなりにこのゲームをプレイして分かったが、シャングリラ・フロンティアというゲームはなんと言うか、根本的にこれまでのゲームと異なる点がある。

基本的にゲームというのは過程は何であれスタートとゴールが定められている。それはMMORPGという実質的にサービス終了のその瞬間までゴールの存在しないゲームであっても同様だ。

例えば新エリアと新ボスが実装されたとしよう。普通であれば新エリアに行くためのフラグがあり、イベントがあり、プレイヤー達は新ボスへと導かれていく、それら全てを総括して物語(シナリオ)というわけだ。

だがシャングリラ・フロンティアは違う、このゲームは全てが手探りなのだ。

このゲームは最初から全てのフラグが巧妙に隠されている。それは隠しエリアであったり特殊な条件であったりと様々であるが、兎にも角にもプレイヤー自身が自分でフラグを見つけ出さなければならない。

真っ暗闇の中をカンテラ一つ持って宝探しをするようなものだ、そして真っ暗闇(せかいかん)を明かす為には考察というカンテラの光でアプローチをかけなければならない。


あの時、消えゆく遠き日のセツナが残した言葉「バハムート」「二号計画」……ただ敵を倒してレベルを上げるだけでは、その終着点はただのストーリー攻略最前線でしかない。

世界観に深く根ざしているユニークモンスター……あの夜襲のリュカオーンのシナリオフラグを立てる為には情報が要る。


「それに世捨て人プレイも飽きてきたしな」


そう誰に言うでもなく呟いて、俺はエセ魔法少女からのフレンド申請を承認したのだった。

「クッソ渋い声の魔法少女」で通じるプレイヤー、ちなみに本人の趣味ではなくキョージュの現実での妻が犯人。

ちなみにキョージュの奥さんはクラン「黒狼」でゴリゴリマッチョのめっちゃ濃い顔のアバターでブイブイ言わせている。


エイドルトは「水晶系武器防具が驚異的安価で購入出来る街」として有名であるが同時に「交通の難易度が高すぎて辿り着くまでに武器防具が充実してしまっている」という矛盾を孕んだ街です。

後々描写するつもりですが街間を「縦」ではなく「横」に移動する場合、エイドルトのみ尋常ではない難易度のためです。


水晶群蠍「おはよう! 死ね!」

歌う瘴骨魔「リア充死ね」

???「ハイジョシマス」

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