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12月20日:摂理を曲げるはかくも容易く、されど懐はかくも厳しく

書き終わるまでの時間、四十分……!!


ガル之瀬は、今この瞬間にサンラクを仕留められなかったことを悔やんでいた。

この「奇襲」はガル之瀬が持っていた切り札の中では、最も強力なものと言っていい。対人戦というルールそのものに対する反逆に等しく、何よりもサンラクという一撃を当てるのにも難儀するような超光速アタッカーに対する貴重な「完全先手」の一撃だったのだ。


(あそこから初撃を避けるのは冗談と疑いたくなるな)


あるいはガル之瀬自身の思考を察知したのか? と疑いたくなるような超反応。そこからブリッジで光の速度を出して逃げる、という光景にガル之瀬はもはや笑えばいいのか呆れたらいいのか分からなくなっていた。


だが、一つだけ断言できることがある。


俺が有利だ(・・・・・)圧倒的に(・・・・)


今この状況、間違いなくアドバンテージはガル之瀬が握っている。それはもはや確信に近い。

サンラクというプレイヤーのキャラクタービルドは凄まじい。速度に特化しつつ攻撃力を外付けで補強、なによりもそれを使いこなす本体性能はサンラクの正体が実はどこぞやのプロゲーマーではないか、と疑いたくなるほどだ。


だが、その装甲の薄さだけは誤魔化せない。「防御を犠牲に速度に極振りした」と言えば聞こえはいいが、僅かな被弾で墜ちるという事実は変わらない。

そして今、ガル之瀬のメイスは空振り……しかしそれに続く「斬首凶技」の二連は掠めたとは言え確かに命中した。

さらにあの「レーザーじみた速度で動くスキル」を逃走のために使わせた。優れたスキル程……あるいは人の限界を越えるようなスキルほど、再使用までの時間は長くなる。


(ツチノコさんは「愚者」の神秘をつけている……だったか)


神秘、大きな代償を得る代わりに相応のメリットを得るサブジョブもどき(・・・)。対人掲示板が議論の末に突き止めたサンラクの神秘は「愚者」。HPの増減に関してデメリットを負う代わりに、スキルリキャスト時間が半分になる、というもの。


(いや……あるいは「愚者」を得たからこそあそこまで防御を捨てたのか?)


同じ防御力であっても、「愚者」の神秘をつけてしまえばタンクとしての価値は単純に半減する。できる限りを突き詰めた防御力であっても、回復無しで戦えるわけではないのだ。

ならば防御そのものを捨てる、という考えは理に適っている。


だからこそ、「自分を守り、攻める」というソロタンク(・・・・・)とでも言うべきガル之瀬の攻撃力で、HPが危険域まで達した……否、


(受けるのを徹底的に避けた……食いしばりを使わせたか)


体力が尽きる際、一度だけHP1で耐える食いしばり。一定の幸運(LUC)があれば備わる耐久は一度しか発動しない。ガル之瀬よりも遥かに耐久が脆いサンラクにそれを使わせたのならば、奇襲の戦果は大なりと言える。


(とはいえこちらも、消耗は無視できない……)


「光の斬撃」と、響く打撃、そして雑な蹴飛ばし……そのコンボは確かにガル之瀬のHPをゼロにしていた。食いしばりも使わされている。

にも関わらず、ガル之瀬が負けていないのはあるスキルによるものだ。


エクゾーディナリースキル「綺憶像失ロストメモリー」。

効果は実に単純、「HPがゼロになった時、三度までHPを半分まで回復して蘇生する」というものだ。

ガル之瀬が最初このスキル説明を見た時、我が目を疑ったのは彼の記憶に新しい。

蘇生は基本的に魔法か、アイテムによるものとされているシャンフロにおいてスキルでの蘇生がついに発見された。そしてその発見者が自分たち(・・)であるという事実に……しかしガル之瀬は、仲間達に頭を下げてまでこのスキルを秘匿した。


───本来は、アーフィリア暗殺のための最後の切り札としてであったが、この場においてサンラクへの最大の奇襲としてそれはついに日の目を浴びたのだ……奇しくも、このスキルを得るために打ち倒したエクゾーディナリーモンスター喪失骸将(ジェネラルデュラハン)綺憶喪失(ロストメモリー)」が現れるこの場所で、だ。


しかしながら、なんのデメリットもなく三度の蘇生ができるほどこのゲームは甘くなく、またこのスキルは都合の良いものではなかった。


(参った………マクセルスキルが丸ごと消えた(・・・・・・)


「綺憶像失」は蘇生する毎に、二つのデメリットを受けることになる。

まず最初に、HPの回復ができなくなる。これはアンデッド系のモンスターから獲得できる素材などを使った装備、アイテム、あるいは魔法などではよくあるデメリットであり、エクゾーディナリーといえどその制限の例に漏れなかったということだ。

そしてもう一つ……


(攻撃スキルはほぼ無傷、防御系も……よし、よし。盾系が無事なら継戦可能!)



もう一つのデメリット、それは発動する毎に発動者が習得しているスキルと魔法の総計、その三分の一がランダムで使用不可能になる。



シャングリラ・フロンティアは戦いの中で得たスキルと魔法によって人類の限界を超えた力を発揮し、モンスターに立ち向かうゲームだ。その力を蘇る毎に三分の一ずつ失う。

まさしく己の記憶を代償に死から逃れ生にしがみつく。己の首を完全に失ったことで愛すらも忘れ去り、脳もないのにただ暴力を振るうしか能のない彷徨える首無し騎士の成れの果て。

そんな間違っていながらも確立されていた本来の有り様からすらも捻れたエクゾーディナリーモンスターが遺すに相応しいスキルであると言える。


今、ガル之瀬のスキルと幾つかの魔法は綺憶像失の効果ではない、システム的なリスポーンするまで使えない状態になっている。

三度、このスキルを使えば武器を持っているだけのただの人間に成り果てる。もしそれまでにサンラクを倒せなければ……あるいはもう二度の蘇生の中で戦闘に必須のスキルが消えてしまったなら。ガル之瀬に勝ち目はない。


故にガル之瀬は笑う。


(上等だ……上等な対人戦だ)


そしてガル之瀬は気付き、さらに笑みを深める。

同じく笑みを浮かべるサンラクも、同じような気持ちだと理解したからだ。

なんらかの理由で悪姫霊との"縁"が切れたことで「首があるはずの場所」が無くなってしまった喪失骸将、それがエクゾーディナリーモンスター「綺憶喪失(ロストメモリー)」。

綺麗な記憶すらも無くなり、ただ妄念と恨みだけで動く暴力。仮に黒死の天霊と相対したところで、愛を取り戻すことはない。撃ち倒すことのみが唯一の救い。




コミカライズ版シャングリラ・フロンティア10月17日発売です!

漫画は17日!アニメは1日!1日……? き、今日やんけ〜〜〜〜!!


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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