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12月20日:拳と鎧、火花散る

今の一連の動き、間違いなく俺がアドバンテージを保持し続けていた。後の先を取られた、だとかそういう間抜けも晒しちゃあいない。

二段構えの不意打ちは間違いなく決まっていたし、手抜かりも手こずりもなく完璧なパンチだったと自信をもって言える。


だが事実として、俺のパンチは奴の肘で弾き飛ばされ……そして今、奴の反撃が俺へと叩き込まれようとしていた。


「んのっ」


スローモーションの世界、その中で加速する俺。だがそれはあくまでも認識の内であり実際の俺は一秒で一秒分時間が進む世界を他のプレイヤー達と足並み揃えて動いている。

どれだけ早く動いたところで一秒は一秒。一秒で三秒分の動きをする相手であっても向こうが捉える事それ自体は不可能でもなんでもない。

だが、その前提の上で後ろからの攻撃に対して肘打ちパリィはもう曲芸とかそういうレベルの話じゃないだろ!?


パリィはシャンフロにおいてはリスクに対してそれに見合う、あるいはそれ以上のリターンをもたらす防御手段だ。タイミングさえ完璧に合わせられたならリュカオーンの引っ掻きですら人の膂力で弾くことができる。

あくまでも物理攻撃かつ「弾ける攻撃」であることが前提ではあるが……だからといって、人間の攻撃だから肘で弾けます! というのは十分トンチキだが。


そして、パリィを「受けた側」は一定時間被弾部位が動かせなくなる。時間換算で言えば……二秒くらいか。だがこの距離、そして向こうも完全武装していることを加味すれば二秒は死ぬまでの時間としては長いくらいだ。


「出オチしてたまるか!」


肘で弾かれた右腕側から首へと叩き込まれんとする片手斧。それに対して俺は左手を握らず(・・・)その刃へとぶつける。


ギャギイン!!


「っ!?」


一応"切り札"だったんだ。開始早々に使わされた以上、驚いてくれなきゃ困る。

黄金を纏った俺の左手(チョップ)が人体の皮膚よりは明らかに硬く鋭いだろう斧と鍔迫り合いをしている、という状況にガル之瀬の目が見開かれる。

名刀左手が斧と押し合いをしている間に、右手に動きが取り戻される。弾かれたことで(りき)みの抜けた手のひらを、再び力強く握りしめる。


五指を曲げ、固めた骨と肉の塊が敵対者の身体を容易に破壊せしめる光景はこの組み手の中で何度も見せてきた。故に、ガル之瀬が後退を選んでくれたのはこちらにとっても願ってもないことだった。

さっきの肘パリィで思ったよりメンタルが揺れた、こちらも一息つく時間が欲しい。


「さて………」


互いにバックステップを入れたことで、3メートルほどの距離が空く。

改めて右手からパリィの影響が完全に無くなっているかを確認しつつ、今度はスキルではなく頭を回す。連戦の中で相手のバトルスタイルを見た目だけで判断し始めていた、危ない危ない……とはいえ、あんなドン亀みたいな重装備でまさかこっちの速度に合わせて弾いてくるとは思わなんだ。


……いや、よくよく見ると防具そのものは言うほど重量級、って感じじゃないな。クソ、よく見ておけばさっきみたいなカウンターは喰らわずに済んだかもしれない。さらに言えば隠していたもう一つの「御業(アヴァタール)」もこんな早期に使う事には………全く、


「厄介だなオイ……!!」


ガル之瀬、思っていたより強いぞこいつ。










(……「竜喰いのヴァルンバラ」? いや、あの速度は「黄昏の刃レリーシャ」か? だが遠距離もある……「門()きスケルトン」……いや、どれか一つに当て嵌めるのが間違いか)


互いに距離を取り、ガル之瀬は気付かれないように肺に溜まり喉に詰まっていた息を大きく吐き出した。

プレイヤー「サンラク」……その戦闘力を過小評価していたつもりはなく、また過大評価していたつもりもない。

ファーストコンタクトも「恐らく正面から突撃と見せかけて後ろに回り込むのでは」という予想は完全に当たっていたし、事前の対策も完全に成功していた。


だがその上で、ガル之瀬は冷や汗が流れるリアルな感触を知覚していた。冷や汗の感触など、普通ゲームを作る上で気にする部分ではなかろうに、どれだけの執念が込められているのかと改めてシャンフロというゲームへの評価を上げつつ……


(最速で近づいてからの背後に回って効果力打撃。理論値(・・・)だろう普通は……)


ゲームシステムによる「補強」があるとはいえ、一瞬で数メートルの距離を詰めた上で澱みない回り込みと外さない打撃……それが出来る相手である、という事実にガル之瀬は口の端を歪める。

考えうる限りの「一番やって欲しくない動き」を全て過不足なく実行してきた上に、おまけとばかりに口からレーザーを吐き出してきたのだ。そんな相手と今から戦うともなれば笑いたくもなる。


(火は噴く、素手も武器もお手のもの、銃火器もある……それに加えて口からレーザー、果ては斧と素手で鍔迫り合い? 無茶苦茶がすぎる、ボスキメラめ……!)


ボスキメラ(・・・・・)。それがガル之瀬が「サンラク」という人物のバトルスタイルを分析して弾き出した結論だった。


素手、近距離武器、中距離武器、遠距離武器、速度、パリィ、非人間的攻撃手段……部分的にいずれかの要素を備えた対人、対モンスター、対ボス経験はある。

だがガル之瀬の経験の中にそれら全てを兼ねなえた存在、というものに該当するものはなかった。

強いて言うならばボスラッシュだが、今相対する相手の場合はそれがいちキャラクターに詰め込まれている。まさしくボスキメラとしか言いようのない相手であった。


Lone Wolf(ローンウルフ)』。

ガル之瀬が最も愛したゲーム、そこでの対人経験こそがガル之瀬を支える屋台骨。一度のクリアでは飽き足らず、何十回もの周回を繰り返し続編が出れば当然そちらも同様に。しかし時折無印にもログインする……間違いなくガル之瀬の人生の中でもそれなりの割合を占めている、と断言できる。

そのLone Wolfに登場したボスキャラ達の中から、眼前の敵対者と似たタイプを参照して戦う……それがガル之瀬のやり方。


ドラゴンを喰らい、その力を人の身に宿した蛮人「竜喰いのヴァルンバラ」。

シリーズ最速とも名高く、徹底的なヒットアンドアウェイを仕掛けてくる「黄昏の刃レリーシャ」。

雨の如き連射と、要塞の門をも貫く一射を使い分ける「門()きスケルトン」。


サンラクの戦闘を見る度に別のボスのイメージを想起しては、また別のボスのイメージが上書きされていく。


(たまらんなオイ………)


なんて無茶苦茶な、と思う反面「本当にこんなものが存在しうるとは」という感心もある。

故にガル之瀬は「笑うしかない」と歪めていた口の端を、「笑うしかない」と笑みを浮かべる。


「重畳……!」


一度は夢見た”全部乗せ”。作品も違えばメーカーも違うシャンフロの地で、ガル之瀬は『Lone Wolf(ローンウルフ)』のもしかしたら(・・・・・・)に挑む。

互いに「バッカじゃねーのこいつ」って思ってる

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