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12月20日:Riotとは不条理な現実に晒された名もなき荒ぶる民衆の代弁者であり、その黒きヴェールの下で怪しく輝く牙は悪の血を(以下略)

そも、暗殺などというものは「気に入らない奴を殺る」を二字熟語にしただけのものだ。包丁の刃を横向きに寝かせて心臓を狙うだけでも立派な暗殺、大事なのは殺意(ガッツ)というわけだ。


三秒でタコ殴りにしてHPを削り切る。あまりにも容易いことだ……人間のHPは水晶群蠍と比較してあまりにも脆い。基本的にこのゲームの対人戦は「殴られながら殴る」ことを是としていない。

故に回復される前に削り倒す、という脳筋プランを実行すべく拳を振りかぶっていた俺に対してRiotが取ったのはまさに最善手、と言うべきものだった……


「………サレンダー、だ」


「うおっとぉ!?」


迷うことなく、身体が硬直した瞬間に口にされた降参の意思。それ故に、加害者たる俺の拳がギリギリのところで止まる。


「……もうちょっと余裕を持って降参して欲しいんだが」


「……これ以上は、割に合わない」


割に合わない……? ああ、そういうことか。


「別にいいんだぜこっちは。奥の手隠し球二の太刀銀の弾丸へそくり、全部つまびらかにしてやってもな……!」


「……………」


暗殺家業がしたい奴がこんな衆人環視の中で全てを出し切るのは愚策も愚策。手加減されてたわけではないだろうが、まだ何か隠したいスキルが魔法があったのかもしれない。

あるいは、単純に「初陣から黒星」というケチ(・・)をつけられたくなかったか、だな。


「まぁいいや。ルールはルール、降参したなら生かして帰す。それに……」


ちら、と最初からずっと気になっていたそれ(・・)に一瞬だけ視線を向けてからふぅ、と息を吐く。


未遂(・・)は仇討ちできないからな」


「…………………」


王権を証明するため、正義の戦争の名の下に殺人が正当化されてしまったが故に。自称暗殺者(・・・・・)状態のRiotには対PK特化の仇討人のスキルは使えない。

赤さのカケラもない名前表記のRiotは非常に複雑そうな雰囲気を発しながら、煙幕を起爆し……煙が晴れた時、そこには誰もいなかった。


「……まぁ、引き際を弁えてる暗殺者は長生きするんじゃないかな?」





煙幕からの転移魔法により隠れ家(・・・)に戻ったRiotは、質の悪いベッド(自作、機能性より雰囲気重視)に頭から飛び込み、呻くように言葉を漏らした。


「ガチ勢強すぎぃいぃ〜………」


Riotの「黒きヴェールに包まれし謎多き耽美系イケメン吸血鬼暗殺者の華麗なる初陣」という野望は、イベント期間中のPK無効化と光の速度で動き回るミニスカメイドに足を引っ掛けられ、盛大に転倒するというなんとも言えないスタートであった。


「感覚三つ潰す煙幕貫通して攻撃当てるとかほんと意味わかんないし! いきなり薄着になるし! パンチで人を吹き飛ばすし!!」


なるほど確かに、シャンフロにおいて非常に……非常に(・・・)名の売れているプレイヤーに勝負を挑み、あわよくば勝ってしまおうと欲が出たのは事実だ。だが、蓋を開ければ対プレイヤーに特化させた「殺し技」の悉くが突破される、あるいはそもそも出せない、という醜態を晒す羽目になった。

実のところを言えば、最後のスタン状態からでも逆転し得る"奥の手"自体はあった。だが───


「全てを出し切った激突とか、汗臭いぶつかり合いとかそういうのは"Riot"に求めてないぃい〜〜っ!」


───暗殺は迅速に。

奇しくも、暗殺という概念から最も遠そうな爆速ミニスカメイドの言葉は「荒ぶる民衆の代弁者"Riot"」を形成する上で最も重要な事項であったのは事実だ。

意図的に低く低くしていた声音を地声に戻し、薄っぺらな「睡眠が取れればそれでいい」という設定に忠実な粗悪なベッドの上でのたうちまわりながらRiotはロールプレイ中に何度も叫びそうになった言葉を遠慮なく叫ぶ。


「正論だし! 反論もないけど! アレ(・・)に言われたのがムカつくッ!!」


あのような、最終的に大爆発を背景にエンドロールでも流しそうなB級ハリウッド映画的存在に諭された、という事実。

それこそが謎多き凄腕暗殺者キャラを自らの手で顕現させるべくシャンフロに心血を注ぐRiotにとっては敗北以上の屈辱であった……





うーん、なんか不思議なことに時間差でRiotに勝った実感が湧いてきた。

どう見てもシケた勝ちより芸術的な敗北を是とするタイプだったからな。ああいう撤退をさせた時点でHPを削り切るより有効な勝利かもしれない。

まぁ、総合格闘技じみた殴り合いに持ち込んだ時点で既に俺の勝ちだった気がするが……あんまりいじめて粘着されても困る、普通に上から頸椎狙ってナイフ刺してくるような粘着されたらその内マジで暗殺されそうだからな。鬱蒼と生い茂る森でそれを繰り返すといつかは仕留められるのは自分で立証済みだ。

他人のロールプレイはまず尊重、実害が出たら首を斬ればいい。


「しかし危ないところだった……危うくメイド服が弾け飛ぶところだった」


「……自分で脱いだら変わりないのでは?」


「千古不易」を脱いで無装備状態の俺に、次の対戦希望者が恐る恐るといった様子でツッコミを入れる。バカだな、無装備状態(はんら)晒すのとオーダーメイド防具弾けさせて半裸になるのは天と地ほど違う。


「装備は……あーもういいや、替えが1番多いのこれだし」


「バ、バニースーツ……もしかして舐められてます?」


「舐める? ああ、舐めプかってことか。勘違いしてるようだけど……基本的に素のVIT一桁だから三回くらい被弾したら俺は死ぬし、防具効果に依存しないキャラメイクだから何着ても「おまけ」なんだよ」


VIT一桁、と口にした時に何故か周囲がざわめいた気がするが……避けタンクなんてそんなもんだろう。頑なにVITに振らないのはちょっとしたケジメみたいなもんだが。


「だから君と、これから続く挑戦者のやることは非常にシンプル……三発当てろ、死ぬまでにな」


手札を晒しすぎたが、逆に言えば気兼ねなく使える手札が増えたとも言える。

ギアを上げたら光の速度、トばしていこうぜ。

Q.奥の手って?

A.竜血鬼族の固有スキルに吸血ゲージを消費することで使えるスキルがあり、それをフル活用すれば少なくともあの時点での"詰み"は免れた。

とはいえ、そこから戦闘を続行するとなるとストックした血液ボトルをがぶ飲みしながら戦う必要があるため、「そういう汗臭い戦い方は解釈違い」なのと、本来は戦闘中に吸血を行うのが竜血鬼族ビルドの基本戦法であるのに「Riotは竜血鬼族であることを隠しているので人前で吸血なんてしねーーーーーっ!!」と自分で縛っているのであの盤面で生き延びるには降参しかなかった。

というか初撃が何より重要な暗殺アクションをサイナの首筋に刃を突きつけるロールプレイに使った時点で詰んでる。

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