<< 前へ次へ >>  更新
861/864

12月20日:クライマックス・プレリュード

随分とお待たせしてしまい、申し訳ないです


新王アレックスと前王トルヴァンテによる、王権を巡る争いはエインヴルス王国を、ひいてはこの大陸のほぼ全てを巻き込んだ大きな騒乱となった。戦火は大陸の殆ど全土に広がり、双方が開拓者を戦力として起用したが故に情熱ある限り死なずの彼らによって戦いの火は衰えることなく燃え盛り続けた。

いや、それどころか突如として現れた二体の恐るべき存在………地上に羽ばたいた灼熱の太陽が如き赤い蝶と、戦いの記憶そのものが怨讐と実体を得て蘇り続けているかのような深く濁った緑の軍勢。人と、人と、人ならざる脅威が混ざり合った殺し合いはエインヴルス建国以前の歴史書を紐解いたとて前例のない大戦争であった。


だが何事にも終わりはあり、この王国に騒乱を齎した双王戦争にも終わりが近づきつつあった。そしてそれを理解してか、あるいは何事においても終焉の直前こそが最も盛り上がるのか……戦争の最後の日となったその日は、それだけで筆者は歴史書を一冊完成させられると確信を持っている。


───NPC「作家ダイモス」執筆戦記「双王戦争」324ページ目に書かれた文章





「さぁーて………いよいよクライマックスだね。サンラク君はちゃんと働いてくれるかな? まぁいいか、働かなかったらそれこそ素寒貧になるまでひん剥いて馬で引きずってサードレマ百周だね」


特定個人の人権や財産、その他諸々の尊厳を叩き潰すと気軽に呟く女は、夜空のような濃紺の長髪を夜風に靡かせながら遠く見える先……この国の王が本来あるべき場所を見つめる。彼女の使命は、玉座にしがみつく偽りの王を討ち、真に座すべき王をそこに導くことにある………というのが大義名分ではあるが。


「ぶっちゃけ”上”に用は無いんだよねぇ……地下さえ無事なら私的にはノープロブレム、大公サマと前王のおじいちゃんには悪いけど、私流(・・)でやると大体更地になっちゃうんだよね」


定期的な攻勢によって出血を強い、消耗させる……という考えそのものは間違っていないだろう。だがこれはゲームであり、なによりシャングリラ・フロンティア。やる気に満ち満ちたユーザーが疑似的な無限の兵力として運用できるのであるならば、女は出血を強いる戦法を最善とは考えない。


「やっぱ一撃で!スパっと!首を切っちゃえば過程の勝率はどうだっていいのさ!!」


一撃斬首、邪魔するものは火薬でぶっ飛ばす。それがこの戦いに勝利を求めた女……アーサー・ペンシルゴンが熟考(およそ十五秒)の末に導き出したたった一つの冴えた答えであった。


……その答えを十五秒で作り出した時点で、ペンシルゴンは次の解答を考える事は早々にやめたのだが。


「配信戦線はほぼ半壊! 野良プレイヤー達の戦況はほぼ膠着!んでもって……潜伏と奇襲を目論んでたのは君たちだけではなぁい!」


ごう、と風が吹いた。

それは夜風と真正面から激突し、その上で押し返してしまうほどに強く……それまで後ろに流れていた髪が前に戻ってくるよりも先に、その風の方へと振り返ったペンシルゴンは両手を広げ、彼ら(・・)へと語りかける。


「さぁさ!いざ決戦の日だよレッドペンシルエージェンシー諸君!」


ペンシルゴンの視線の先、そこには飛行ユニットを装備した何体もの戦術機達が己を浮遊させつつもより高い空と、目標へと飛翔するその瞬間を今か今かと待っていた。


「私らはサードレマの一等地を貰うってのに、大公サマの城より良い一等地があったんじゃあ私らの別荘が霞んじゃうよねぇ!」


『そうだそうだーっ!』


『ゲームでくらい最強の一等地に住みたーい!』


戦術機を通して拡大された声が、ペンシルゴンの言葉に同意の叫びを返す。飛行能力を兼ね備えた機体で統一された彼らは、その上でさらに皆一様に似たような武装である。


「だったらどうすればいい!?答えは簡単!私らよりイイトコに住んでる奴らの一等地を火薬と暴力で耕して二等地にしちゃえば私らが繰り上がりで一等地!」


『『うおおおおおお!!』』


すさまじい暴論、だがしかしこの場にそれを否定する者はいない。なにせ彼らはRPA、何かを奪い取ること以上にぶっ壊す(・・・・)事が大好きな一団なのだから。


「情報提供があったから王城は滞空防御ザルなのが確定!思う存分”爆撃”したまえよ諸君!!」


ああでも、とペンシルゴンはウィンクをしながら付け足す。


「あくまでもメインターゲットだけ更地にしようね、サードレマの一等地に住むのは前王と大公サマに勝利を捧げるべく身命を賭した「英雄」なんだから……ネ?」


あくまでも今から為す全ては”忠義”と”正義”故である、と言い放ったペンシルゴンに、RPA機械化爆撃強襲部隊のある者は苦笑いし、またある者は爆笑した。


『同志! さっき言ってた話じゃ結構ヌルゲーかもって言ってましたけど流石に決戦想定でいいんすよね!』


「うーん、どうだろ。ちょっと相手に申し訳ないくらい仕込み(・・・)があるし……多分、今日一番注目されるのは”ここ”じゃないよ」


王国騒乱イベント最終日の、本拠地への奇襲作戦であるというのにもかかわらず、「これは決戦であるか?」との問いにどこか含みのある否定を返したペンシルゴンにRPAの面々は疑問符を浮かべる。中には、その理由を知っているが故に苦笑いを浮かべる者もいたが。


「本命が必ずしも一番目立つとは限らないからね、主人公より目立つ脇役なんてそう珍しいものじゃない」


『そりゃ一体どういう………』


簡単なことだよ、とペンシルゴンは風に揺れる髪を抑えながら答えた。その顔には……正体を隠すかのような………仮面。


「このゲームで一番目立ってる奴を一番目立つように囮にしたからね」







◇◇


一騎当千、人馬一体、鎧袖一触。

比類なき鎧武者がそれに勝るとも劣らない巨馬に跨り巨大な武器を振り回し、駆け回り暴れ回る様を形容する言葉はいくらでもある。

とはいえ、その全てが当てはまるような光景を目にすることはこの現代社会を生きていく中でそうそう無いことだろう。


「頑張ろうね、緋鹿毛楯無」


「ヴォルルルルルァッ!!」


鍛えられた鋼の如き外殻を持つ巨馬、この旧大陸においては知る者の無き鎧馬アルマアロゴ・ヘタイロンが牙の覗く口を開いて咆哮の如き(いななき)を上げる。その上に跨る異形の鎧戦士。恐らく男性アバターなのだろう巨体を覆う鎧は、本来あるべきはずの視線や呼吸を通す隙間すら存在しないのっぺらぼう(・・・・・・)の如きつるりとした未知の材質であるが故、その姿から無機質なマネキンと見間違えた者も少なくはない。

だがアルマアロゴ・へタイロンの咆哮が響くとき、それは蹂躙の合図。サードレマより始まり鐵遺跡を越え、シクセンベルトの制圧をもって王都ニーネスヒルにとの間に横たわる翔風楼結(しょうふうろうけつ)の大河に陣を敷く前王陣営が誇る最強の一騎。

これまで敗戦を続け、ニーネスヒルまで追い詰められた新王陣営のプレイヤー達にとってはまさしく絶望の巨影。


「いやマジであれどうすんだよ!」


「ガッチガチに固めた戦術機すらぶっ飛ばされたんだぞ……人間で止められないだろ」


「なんかあの人に対抗できる奴いないのか!?」


「【最大防御】呼んで来いよ誰か……」


「聖女ちゃんがいるのに新大陸から帰ってくるわけないでしょ!」


ニーネスヒルから出撃し、大河を挟んだ先に並ぶ前王陣営のプレイヤー達の中にあっても頭三つは抜けたその姿に新王陣営のプレイヤー達はどうすればよいのだ、とどよめく。

あるいは、上に載っている異形の鎧なれど中身は(まだ)人類であるはずのプレイヤーのみであったならば。新王陣営側にも対抗の術はあったかもしれない。

だが、前王陣営が取った戦法は非常にシンプルなものであった。


「よーし、強化支援一通り付与完了~、じゃあ強化延長よろしく」


「了解了解……栄華よ、尽きる事なかれ。栄光よ、陰る事なかれ。輝きは色褪せず、憧憬と羨望の光を背負いし汝よ、その輝きの消えぬを願う。【律よ、限り無く輝けリミテッド・エクステンション】」


ありったけの強化支援を一騎当千たる単騎に集中させ、さらにその効果時間を延長する。千対千であるとしても、九百九十九の兵と一騎当千の兵が連携を為せばそれはもはや二千に匹敵……否、それすらをも凌駕する一群となる。


「その……何度もありがとうございます」


「おう、気にすんなよ【最大火力(アタックホルダー)】! バッファーは最強のアタッカーを作るのが趣味で仕事みたいなもんだ、【黒剣】……ああ、今は【旅狼】だっけ? あんたらほどガチってないからクランには混ざらないけどプレイヤー最強の火力持ちを強化出来てウチらも結構楽しんでるしな!」


【最大火力】の看板は、あるいは当人が思っている以上に大きな力を持つ。あるいはそれは負の感情を引き寄せることもあるが、それだけであるわけでもない。現に、「【最大火力】をもっと最強にして突っ込ませたら大体勝てるんじゃね?」という眼前のバッファーの言葉を端に発したこの戦法に参加するプレイヤーは勝利を重ねて進軍するほどに数を増しており、今やアルマアロゴ・ヘタイロンも含めて人馬双方が凄まじい量の強化魔法のオーラを纏っている。

その補正量はただでさえプレイヤーの中でもトップクラスのステータスを持つその者をさらに……もはや過剰と言えるほどに強化しており、ただの突進で人の群れが塵芥のように吹き飛ばされることはこれまでの戦闘で誰もが理解していた。


「サイガ-0さんっ!」


そして、この一団……最初はサードレマの防衛を担っていた「防衛軍」改め、今や王都にまでその手を伸ばす「侵略軍」にはもう一人旗頭がいる。あるいは、知名度と人気の”質”においては【最大火力】をも上回りかねないプレイヤーが。


「秋津茜さん」


「ペンシルゴンさんから伝言を預かって来ました! 「ボコボコにしちゃって」だそうですっ!」


「そ、そうですか………」


「私もアシストに回りますねっ!」


「よ、よろしくお願いします」


【最大火力】……サイガ-0が思っていたよりも対人戦に積極的な姿勢を見せる少女に、サイガ-0は若干困惑しつつも改めて前を見る。

翔風楼結(しょうふうろうけつ)の大河は一言で言ってしまえば、飛び石のように設置された足場、あるいは大河を直接渡って進むエリアである。轟々と流れる大質量の水流は常人であれば踏ん張る事すら叶わず流され、さらに大河の中心深度は有志の調査によれば「軽く10メートルはあるっぽい」とされている……即ち、泳いで渡ることは現実的ではない。

故に、飛び石の如き足場を使用して渡るのが基本的な攻略方法であるわけだが………


「秋津茜さん……足場を渡る時は気を付けてください」


「どうしてですか?」


「恐らく……地雷的な魔法などが仕掛けられているかと」


「なるほど! 了解です!!」


今やサイガ-0達が攻め手に転じた以上、新王陣営が防衛策を張り巡らす側である。あるいは水中にも機雷が仕掛けられているのでは、と警戒しつつもサイガ-0は如何にしてこの戦いを攻略するべきかを考える。

以前までであれば姉がそういったプランを提示していたが、今の上司(リーダー)はどうにも、大局的な方針こそ示すが一局面においては放任、というよりも「まぁ流れで」と雑に任せるパターンが多いようにも思える。

本人が現在行方知れずで王国騒乱イベントに殆ど参加していないために仕方がないのは承知しているが、さらに言えば24日に一緒に遊ぶことを約束しているので今無理に合流する必要もないのは分かっているがそれはそれとしてやはり一緒に王国騒乱イベントが出来れば最上であり、別に武将として進撃したかったわけではなく……………


「………………」


色々と思うところ(・・・・・・・・)があるため、無言で考え込んでいたサイガ-0の隣で”黒い武器”の調子を確かめていた秋津茜であったが、ふと思い出した「伝言」をサイガ-0に伝える。


「あっ、そうでした! ペンシルゴンさんからもう一個伝言がありました?」


「え?」


「連絡がついたからサンラクさんも王国騒乱に参戦するそうです!」


「!!!……あの、それは何処に……」


「確か………あ、そうです! 奥古来魂の渓谷だそうです!」


成程、とサイガ-0は軽くうなずいた。あるいはサイガ-0をあくまで視力的に見ている者にはそう見えた。


「……正面突破で片を付けます」


あるいは、戦線離脱を招きかねないその情報をサイガ-0に伝えるよう指示した者の狙いはこれ(・・)であったのかもしれない。

親友の妹が人並みの責任感を持っていることを知っているからこそ、その責任感に発破をかけるための魔法の言葉を与えればどうなるかを。


「申し訳ないのですが、急用ができました。ここを攻略したら………ちょっと、離脱します」


「お、おう……」


サイガ-0に強化支援を行っていたプレイヤーはのちに語った。


───呂布ってああいう感じだったんだろうな。

・ニーネスヒル

王都。今回の王国騒乱においては新王陣営の旗頭である新王アレックスがいるのはサーティードであるため、最優先で守るべき本陣ではない………が、「王都なんだから重要拠点だろう」と勘違いしているプレイヤーは両陣営ともに案外多い。


あるいは、王都が攻められているという事実に浮足立つのはプレイヤーだけではないのかも?

<< 前へ次へ >>目次  更新