嗚呼魔法職、嗚呼紙装甲
「ビィラック、なんか来るぞ」
「見りゃあわかる、あとこんだけは伝えとく。今のそいつぁ死神だって切り裂く……じゃが多くて八回、それ以上振り回したら
ビィラックへと警告を送りつつも、受け取った喪失骸将の斬首剣を手早く確認する。特に何かステータスが変わった様子はないが、実際に持ってみればその違いは歴然だ。
「軽い? それに随分とまぁ切れ味良さそうな刃に……」
「炉も金床もないけぇ、雑な仕事じゃが
成る程、確かビィラックが持つ魔法の中に【
「八発以内で倒せと……チャレンジクエストみたいだ」
八発か……流石にそこまで体力の少ないボスじゃないよなぁ。
今の手札でどれだけダメージを叩き込めるか、どうすればダメージを算出できるのか。警戒と同時に思考を巡らせ、情報と制限を纏めて勝利の為の条件を導き出す。
「八発で勝てると信じてやるか!」
「はいですわっ!」
視線の先、
「グギ、ガ、ギギギギギ……」
「クケケケケケケッ! ケケカッ! カカッ!」
「イイィィィィィィ! ギィィィィィィイイイイ!!」
「ゲガガガッ! ガガグッ、ガガガガガ!」
「グゴォォォォァァァァァァァアアアアアアアア!!!」
「ア、ガ————ラァ—————!」
呻く髑髏、嗤う髑髏、叫ぶ髑髏、嘆く髑髏、吠える髑髏、そして唄う髑髏……成る程、だから
「ふ、増えましたわぁぁ!?」
「……いや、好都合かもしれないぞ」
そして炎は煙となり、煙は瘴気となり、六つに分かたれる。現れたのは
パターン1、分身自体は一発でも攻撃を加えれば消失するパターン。大体この手の分身は本体を見つけ出すことがメインであるので、一見して本体と区別できる特徴がないことが多い。だからあからさまに本体と異なる分身である今回は当てはまらない。
パターン2、分身は一発で消えるがある程度の攻撃性能を持つパターン。これの場合は分身というよりも固定砲台だ、徹頭徹尾妨害に特化したこのタイプはタイムアタックでは無視して殴るのがベター……話が逸れた、とりあえずこの場においてはある理由から当てはまらない。
パターン3、分身自体が独立したエネミーである正真正銘の分身攻撃。そしてこのタイプは割と少なくない確率で……
「本体と体力ゲージを共有している……と、信じたい……!」
要するに本体である
「ふぅー……大体八分くらいは経ったか……?」
俺が使える攻撃はあと八回、それら全部を最高火力で叩き込む。俺の現時点でのスキルには結構な数の発動条件つきのものがある。それらの発動条件を満たすまでに調べられることは全部調べる。
「諸々込みで検証だ……エムル! ビィラック!
「はいなっ!」
「おうよっ!」
ゲーム開始初期は色々とステータスを捨てていたが、今のステータスなら兎一匹と幼稚園児程度の重さはそう苦ではない……ハンマーはしまってくれ、重い。
こちらへと殺到する五体の分身、そして後方から支援攻撃を行わんとする分身一体と本体。状況は良くない……が、悪くもない!
「杖、剣、槍、弓、斧、双剣……た、盾?」
分身含めてそれぞれが持つ武器を確認するが、一体だけ良く分からない武器を持っている。なんだ、盾にしては小さすぎる。
「グゴォォォァァアアアア!!!」
「どぉお!?」
そんな小盾……どう見てもドラゴンの首にしか見えないそれを持つ分身髑髏が吠えた瞬間、竜の首から火炎放射器よろしく炎が吐き出される。とっさにドリフトステップで回避行動を取り、距離を離すが気づいたことが二つ。
一つは避けた先に武器を構える分身が待ち構えていたこと、小癪にも俺は狩りで追い込まれる兎扱いらしい。
そしてもう一つは、俺が思っていたよりもドリフトステップというスキルの汎用性が高いという事だ。
「うっははは! 足がタイヤになった気分だ!」
振り下ろされる剣、突き出される槍、それらを本来人の足では出来ないはずの摩擦と慣性を利用した機動……まさしくドリフトを行い滑るように避けていく。ドリフトステップと言うよりもこれではドリフトスリップだな、だが気に入った。
「め、目が回るですわぁ……!?」
「ぶん回るなら先に言えぇ!?」
「すまんすまん…………もっと振り回すぞ」
馬鹿ではない、だが飛び抜けて
「そんな中途半端な偏差射撃じゃなあ!」
遠方より飛んできた矢と瘴気玉、まだLv.1故に真価を発揮しきれていないリコシェット・ステップで後退から前身に切り返し、分身達の隙間を抜ける。瞬間的に俺達と分身達の位置が交換され、遠距離攻撃は分身達へと命中する。
「……見た?」
「今確かに……」
「ぐらつきましたわ!」
確定、分身と本体はHPを共有している。しかもあの攻撃だけで怯みモーションってことはそこまで体力が多くないのか? そりゃそうか、俺の場合は「呪い」あってこその単なる魔法使いとの戦いだが、本来ならデバフと呪いの中で戦う妨害地獄なんだ。だが状況は一気に好転したぞ、敵七体、人数三人、自発攻撃八回、前準備……オッケー、勝ちの目は見えた。
「エムル、ビィラック、手っ取り早く作戦説明するぞ」
「お、おぉ、今この状況でか!?」
「はいなっ、どうすればいいんですわ?」
見よ、これが慣れた兎と慣れてない兎の違いだ。なにせエムルは戦いながら作戦会議は当たり前、逃げながら、跳ねながら、転がりながら落ちながら……俺の即興作戦構築に付き合ってきたんだ、慣れてもらわなければ困る。
「…………って段取りで俺とエムルで分身を片付ける、ビィラックは本体付近で待機しててくれ。魔法職とはいえ仮にもエリアボス、トドメの火力はお前に頼らざるを得ないわけだ」
やろうと思えば使い切った喪失骸将の斬首剣をビィラックに修復してもらって、と戦う手段もあるが、折角裏方NPCのビィラックを表に引っ張り出したんだ、戦ってもらわなければなんだかもったいない。それにそもそもレベルが上がりすぎた俺はこのエリアの適正攻略レベルを超えてしまっているだろう。
「だったらいっそさっさと通った方がいいかもな」
今の俺には明確な目的があって、ここは通過点も通過点、門前でしかない。こんなところでうだうだ時間潰すのもあんまりだし、何よりレベルの高いNPCの力を頼るシチュエーションはあまり好きではないがそれを嫌厭するのはまた別の問題だ。
「しかし……わちが武器を壊すような事をせにゃならんとは……」
「違うぜビィラック」
「む?」
「武器はいつだって勝つために振るうんだ、ぶっ壊しても勝てないならそれこそ武器に失礼だろ?」
なにやらハッとした様子で目を見開くビィラックだがすまん、これ別ゲーのセリフで俺自身の言葉じゃないんだなこれが。ちなみにこれを言ったキャラはそれはもう全身全霊で戦うキャラでな、AIの融通が利かないせいでどんな敵だろうが自分の装備が壊れる事を代償とした必殺技を初手でぶっ放す超脳筋だった。台詞に忠実にしすぎて木の枝持たせるのが一番コスト的に最適解ってどうなんだそれ。
「というわけで……こっからはノンストップで駆け抜けるぞ!」
「はいな!」
背中にくっついていたビィラックが分離し、聖水入りの瓶を握りながら黒兎が遠回りに本体へと近づいていく。エムルは俺の頭にしがみつきながらマジックエッジを放ち、ビィラックへとヘイトを向けさせない。
「十分経過……ゲームお約束のモリモリバフをやっていこうか!」
「もりもりー!」
戦闘開始から十分経過を条件として発動するスキル、オーバーヒート。実に五分間全ステータスに補正が入るという破格のスキルではあるが五分経過した時点で全ステータスが半減する……まさに一時的にエンジンを暴走させるかのような短期決戦用スキル。
重ねてニトロゲイン。リキャストタイム驚異の一秒、その効果は体力の二割を削る事でSTRとAGIをブーストする自傷版アクセルとも言うべきスキル。むしろこいつの真価はダメージコントロールにある。
そして重ねて体力減少をトリガーにクライマックス・ブースト、体力を調節できる上にバフもつく、ニトロゲイン様々だね。
「
「エムル、あの五体を各個撃破するから……一体ずつ弾くぞ。威力はいらん、連射してくれ」
「はいなぁ!」
攻勢に転じた俺は、まず最初のターゲットとしてあの火炎放射野郎を狙う。回り込むように位置を調整し、火炎放射分身が一番最後尾になるように俺を分身達に追いかけさせる。
「むむむ……【マジックエッジ】!」
「ふっ!」
魔法の刃にタイミングを合わせて六艘跳び起動。銃弾とまでは言わないが、本来は走って追いつける速度ではない魔法の刃を盾にこちらへと迫る分身達へとこちらから肉薄する。
「接近まで二歩……ここっ!」
効果適用歩数は六歩。二歩を接近に用い、残り四歩で横縦縦反転の四コマンドで最後尾でこちらを追っていた火炎放射分身の背後を取る。
「その首暑いだろ、取っ払って涼しくしてやるよ」
攻撃スキルはまだ温存して、両手持ちで握った斬首剣を横一線に振るう。首を失くしたドジっ子デュラハンが生も死も分け隔てなく首を斬り続けた刃は、この渓谷を瘴気に沈めた元凶にすら届く。
頚椎を打ち据える
「バフ盛りクリティカル弱点補正確一……! エムル、次は斧以外!」
「了解ですわぁー!」
この場の分身は残り四体、こちらの攻撃は残り七回。火炎放射分身が消えた事で振り返った四体に新たに放たれた魔力の刃、それに応対している隙を突いて次のターゲットは斧持ちの分身だ。俺の接近に気づいた斧持ち分身はこちらへと斧を振り下ろすが、ここでセツナノミキリを起動する。
元々はパリィスキルから派生したこのスキルはどうもウェザエモン戦をトリガーとして妙な方向に発展したようで。恐らくカテゴリとしてはパリィスキルのままではあるのだろうが、このスキルは攻撃を弾くのではなく……
「後に出しても先に当たれば則ち後の先、をシステムでやってくれるとはね……」
発動直後に放った攻撃を相手の攻撃よりも先に命中させ、瞬間的な硬直状態を与える。まさに後攻から先手を取る攻撃的なスキルへと変貌したセツナノミキリによって、首を断たれた斧持ち分身が瘴気と散る。この場の分身は残り三体、攻撃回数残り六回!
ちなみに本来であれば常時スリップダメージとステータスデバフ、ついでに水を吸いきったティッシュが全身に張り付いたような感覚を感じながら戦うことになる。鬼のようにデバフを叩き込んでくるが、実は本体も分身も弱い。
かつての戦争に参加した魔術師の成れの果て。噂では「性別が男のキャラと女のキャラで結成されたパーティ」の場合分身の攻撃が激しくなるらしい。