12月19日:ハイライトは終わらない
このご時世においてE-Sports選手、プロゲーマーの選手生命は意外と長い。ディスプレイを凝視し、指先の動きでキャラクターを動かす前時代的なプロゲーマーとは異なり、フルダイブという脳からの指令がダイレクトにキャラコントロール・クオリティに直結する現代では現実のフィジカルスポーツと比較すれば選手生命の平均は40〜60と言われている。
特にリアルタイム・ストラテジーのプロリーグともなれば齢72歳のプロゲーマーまでいる程だ。
だがしかし、ありとあらゆるゲームカテゴリのプロリーグにおいてそれ程までに現役でいられるわけではない。特にフルダイブ格ゲーの世界は世代の入れ替わりが激しい。
無論、格ゲーをプレイし続けるなら生涯現役で居続けることは出来る。それこそ隔絶した力量を持っていたならば、加齢など跳ね除けて最強のプロゲーマーで居続けることもできるだろう。
───ただ、改崎 速手はそうではなかった。ただそれだけの話なのだ。
中堅。それが自他共に認める改崎 速手のプロゲーマー人生におけるポジションだ。
弱くはない、少なくともその実力を疑う者はいない。だが上を見ればキリがない……そういう場所だ。
特に現日本最強と名高い魚臣 慧は改崎と同じ理論派のゲーマーでありながらも異様なまでの対応力の高さから上位互換とまで言われている。
そこは別にいいのだ。魚臣に勝ったことが無いわけではないし、中堅であることに甘んじず上を目指し続ければ挑戦の機会を得ることは出来る。
だが、それはあくまでも日本国内での話。視点をさらに広く、日本最強の格ゲーマーですら見上げなければならない世界の頂。全米一にして事実上の世界最強の格ゲーマー、シルヴィア・ゴールドバーグまでの距離は……改崎にはあまりにも遠すぎる。
シルヴィア・ゴールドバーグだけではない。アメリア・サリヴァンやアレックス・テイラー、レオノーラ・ロジャーにクォン・シウ……日本国内で「上の上」と評されるプレイヤーですら、あるいは世界において「上の上」と評されるプレイヤーですら惨敗を喫する事も珍しくない世界というフィールドで戦うには、改崎の実力はあまりにも不足していた。
何故そうなのか、何故挑めないのかは誰よりも分かっている。だからこそ、いやあるいは
故にこの場に来ている、故にこの場に来てもらっている。
だが───
◇
(速すぎる……っ!?)
加減されていたのではなく、アージェンアウルというキャラクターが最高のパフォーマンスを可能とするまで向こうが耐えて、待って、機を伺っていたのだと気づいた頃にはもう遅く。
先程までとは次元の違う高速戦闘にカイソクは心の中で悲鳴を上げる。口からは息しか出ない、声を出す暇すら無いからだ。電脳の世界の、いわば夢の中で何をと思うが実際にそうなのだから仕方がない。
蹴り、殴り、跳躍、蹴り……と見せかけて虚空を踏んで虚を突いてからの殴り。そして渾身の蹴り。
(単純な速度じゃない、対応が速すぎるんだっ! これが頂点に立つラッシュか……ッ!)
誰もがシルヴィア・ゴールドバーグへの対策を考え、しかしそれを成さぬまま……あるいは為して尚、勝てずに敗北してきた。その理由がこれだ、あまりにも激しい変幻自在にして怒涛の攻めだ。動き自体はそう速いものではなく、目で追えないわけでもない。だが行動と行動の間にある空白が極端に短い、さながら舞のように最初から何をすべきで次に何をするのかが決まっていたかのようなコンボ。
一流のプレイヤーが十秒で十発のパンチが出来るとするなら、シルヴィア・ゴールドバーグは十秒の間にキックとパンチを五回ずつランダムに仕込むことができるとでもいうべきか。
あらかじめ台本があるかのような、しかし徹頭徹尾アドリブの攻勢。これにハマれば最後、全米二位のアメリア・サリヴァンが本気で防御を固めても削り切られる。これに対抗するなら、やはり”あの凶星”や魚臣 慧のように同じだけのアドリブを叩きつけるしかない。
(だが……対策は用意してある!)
「く、おおぉ……! 【ショック・パリング】!!」
「!?」
ガリガリと削られていくなけなしのMPを消費し、カイソクの胸元にシャボン玉のような球体の空気が生み出される。それは空気をぼやけたレンズを通したかのように歪めながら爆発的に膨張し、アージェンアウルとカイソクの双方を勢いよく吹き飛ばした。
互いを怯み状態にしながら強制的に距離を離す魔法によって二者は体勢を崩したものの、覚悟してそれを放った者と不意打ちでそれを受けた者とでは衝撃に対する覚悟の備えが違う。すぐさま立て直したカイソクは双剣にスキルを纏わせながら未だよろけた状態のアージェンアウルを見据える。
「ここだっ!!」
スキル「
「決めさせてもらう! 【
詠唱を破棄した微弱な雷撃。しかし怯み状態にあったアージェンアウルの立ち直りを阻害するには十分すぎるほどの発生の速さ。その一瞬はまさしく値千金の価値がある。
自身への反動ダメージと共に加速力を得るスキル「アウトバースト・アクセル」によって一気に距離を詰めたカイソクは二刀を振り抜く。それがカイソクの残ったスタミナで出来る行動の全てだった。だが、スキルによってヒット数は2から6となり、同時に放ったことで武器の効果によりダメージに補正が入り、さらにアクセサリーの効果によりさらに補正が入る。
「あ…………」
それは、どれだけプレイヤースキルを磨こうとも抗い切れないシステムによる硬直から未だ抜け出せないアージェンアウルへと吸い込まれるように叩き込まれ…………そのHPを間違いなく0まで削り切った。
「やっ…………」
やった。成し遂げた。
叶わぬ願いに手を伸ばし、年甲斐もなく夢にまで見たこの一瞬に、勝利を掴んだのだ。
だが、カイソクの心を満たしたのは歓び以上に………失望と、疑念と………期待。
シルヴィア・ゴールドバーグが
だが現実は確かに
「…………やったか?」
「今のは効いたわ、間違いなくネ」
全ての街を己が足と、命への敬意を抱いて巡り切った者。最後の巡礼を終え、全ての力を使い切った者にこそ奇跡は起きる。奇跡とは天命、人事を尽くした先にあるいは降り注ぐもの。己の意志でどうにかなるものではない。
故に、それは大聖者を象徴する”奇跡”であり、己が意志にて律せられぬ
「蘇生……した………?」
確かにHPはゼロになった。だがアージェンアウルの身体は砕け散ることなく……否、厳密には砕けたはずのその身体が
「
「ははは……………てっきりミーティアスしか使わないものかと」
その
「”私”はミーティアスじゃなくてアージェンアウルだもの、そっちの私と戦いたいなら……
【
何故ならば、この魔法は発動した時点での残存MPがMPゲージごと
「残り15秒、まだ踊れるかしら?」
「…………………生憎と、誰かのせいでスタミナが無いんだ」
「それはゴメンナサイ、じゃあ全部私の時間ねっ」
大聖者は元を正せば
「……「
カイソクの目には白い劫火がアージェンアウルを燃やし尽くしたようにすら見えた。だが違う、それは火に焚べられた燃料ではない。それ自身が煌々と熱を生み出す……熱源。
「さぁ、リーサルよ!」
己が体力を減少させ続けながら全ステータスを爆発的に強化する大聖者三つ目にして最後の切り札。回復系魔法職としてのMPがHPに加算され、その役目をも引き継いだアージェンアウルのHPが燃え上がりながらも炎を力に変える。
もはやカイソクに抗う術はなく、それ以前にアージェンアウルから告げられた言葉はカイソクに圧倒的な敗北感を齎していた。
──────”私”はミーティアスじゃなくてアージェンアウルだもの、そっちの私と戦いたいなら……
(ああ、まさに…………………)
ボクシングの天才に相撲で勝ったからといってだからなんだというのか。シャングリラ・フロンティアでシルヴィア・ゴールドバーグと対決したところで…………それは、見上げ憧れ続けた格ゲーマーとの対決とは言い難い。
カイソクはアージェンアウルに勝つつもりで勝負を挑んだ、シャングリラ・フロンティアでだ。
公式の場ではなくプライベートな場で対戦を望んだのであるなら、GH:Cでプライベートマッチを挑めばよかっただけのこと。それをしなかったのは本来挑めない筈の相手にズルをして挑むのはプライドが許さないから、という以前に………「どうせGH:Cでは勝てないから」と心のどこかで思っていたからではないのか?
(それは、要するに………
MPが削り切られ、さらにスタミナのゲージがさらに短くなっていく。HPはこの窮地において驚くべき程に多く残っている。だが聖者の拳が砕くのは命ではない。
『特殊状態:調伏』
闘志だ。
「Good Game!!」
戦う意思も、そのための力をも砕かれ切った敗者が地面に倒れ伏し、勝者は白炎を纏いながら立っていた。
・「
大聖者の専用スキルにして三つ目の切札、自身のHPを秒間基礎最大HP(要するに加算前のHP上限)の5%ずつ消費しながら自身の全ステータスパラメータを上昇させる。
別に【
要するに強化バフの延長+ダメージ置換+HPの疑似回復兼疑似増強+ステータスバフによる超短期決戦を仕掛ける。少なくともこの全盛り短期決戦に直撃して調伏されないプレイヤーを探す方が難しい。
対策としてはそれぞれの効果時間が終了するまで攻撃を避けて逃げ切るか、物理もしくは魔法的な防御で防ぎ切る事。まぁ今回はこれをかましてきたのが対人における頂点存在なのがどうしようもない。
ちなみにこれで仕留め切れなければ「いくつかのスキル・魔法が15分以上使用不可かつ、アイテムによるHP回復量が半減し(聖なる大志のデメリット)、そもそもMPゲージが無いので魔法を使えなくなった多少しぶといやつ」になってしまう。
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