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ウォーキング・オブ・ザ・エアクリーナー

 奥古来魂(おうこらいこん)渓谷(けいこく)。曰くそこは神代よりもう少し先……今の人類がまだ今の文明レベルまで達していなかった頃に起きた大きな戦争、その決戦の地となった場所なんだそうな。

 皮肉にもモンスターの介入によって強制中断を余儀なくされた戦争ではあるが、大量の死者を生み出したその場所には瘴気が蔓延しており、生者を憎むアンデッドの巣窟となっているらしい。

 そうして月日は流れ、今ではかつての戦争で死んだ人間のみならず、迷い込んだモンスターや勇敢にもここを開拓しようとした人間をも呑み込み、今もなお死と呪いを撒き散らす危険地帯なんですわ…………




 と、言うのが怪談でも話すかのようにわざとらしく低くした声でエムルが説明したエリア「奥古来魂の渓谷」の内容である。

 残念だが俺はホラー耐性はそれなりに高い、逃げる系のホラーゲーも後半ショットガンが手に入る系のホラーゲーという名のゾンビシューティングもな。ただでさえ素で理不尽が多いホラーゲーというカテゴリのクソゲーは凄いぞ、陸上選手並みの速度で加速する悪霊とかな、殺意高すぎてギャグゲーだよもはや。

 いや、そんな事はどうでもいいのだ。問題は奥古来魂の渓谷というエリアの特性だ。


「エリア全体にエリアボスが放つ瘴気が漂っており、長時間エリアにいると「呪い」状態になる。さらに言えば出現するモンスターの半数がデバフ呪術を使用する、所謂ボスに到着するまでに徹底的に嫌がらせをするタイプのエリア……」


「だから聖なる力を持つ道具や聖職者を連れて行く必要があるんですわ!」


 フォスフォシエで結構なお値段のする「聖水」を購入するか、呪い状態を解除できる「浄化」魔法を使える聖職者系ジョブを持つ者とパーティを組まない限りは延々と呪いに体力を削られ、恒常的に不快感を身体に塗ったくられながら攻略する事になる。なるほど確かに厄介なステージだ、だがな……


「……なぁエムルよ、俺はちょっと強くなりすぎちまったみたいだなぁ」


「そのようですわ……」


「ワリャの周りだけ空気がやけに綺麗じゃのう」







 夜襲のリュカオーン以下の力による魔術、呪術の干渉無効という効果。

 当人のレベル以下のモンスターは「呪い」保持者から逃げ出すという効果。


 この二つのデメリットとメリットの双方を内包するリュカオーンの「呪い(マーキング)」を胴体と足のダブルで保有する俺の周囲は、瘴気が弾かれる事でやけにフレッシュな空気に満ちている。さらに言えばオイカッツォやペンシルゴンのように特にレベルダウンを受けずにウェザエモン戦の経験値で存分にレベルアップした俺はこのエリアの攻略適正レベルを軽々と超えているわけで……


「見ろよエムルあの一糸乱れぬ動き、生前はさぞや規律に厳しい軍隊だったんだろう」


「もしかしなくてもあれは満場一致で逃げてるだけですわ」


「夜の帝王を恐れちょるとはいえ、ワイバーンゾンビすら飛ぶことを忘れちょるわ」


 どったどったと覚束ない足取りで逃げ去って行く腐敗したワイバーンを見送りながら、俺たちはまるで散歩でもするかのように渓谷の底を進んで行く。


「なぁ思ったんだけどさ、これわざわざ渓谷の底に降りなくても上を崖っ淵に沿って進めば良かったんじゃ……?」


「ワリャが自殺志願者ならそれでもいいかもしれんがの、わちはごめんじゃ」


「奥古来魂の渓谷の()にはたーっくさんの水晶群蠍クリスタル・スコーピオンが潜んでいるんですわ。一匹にでも見つかれば、十秒もしないうちにその十倍の数の水晶群蠍が……」


 ちなみにレベルは100超えだとか。ははは、レベル100オーバーのモンスターが袋叩きを仕掛けてくる? このエリアの背景ストーリーよりよっぽどホラーだぜ。

 まぁメタ的な事を言えば、プレイヤーが横着しないようにする対策であり、水晶群蠍とやらよりも強くなった時に憂さ晴らしとショートカットを兼ねた要素なのだろう。少なくとも時間を短縮してフォスフォシエと次の街「エイドルト」との往復する事はできるのだから。


「ううむ……あくまでもここが通過点なのは承知しているが、こうも楽々過ぎるとなんかこう……喧嘩を売りたくなる」


 視線の先、パッカパッカと蹄の音を立てながら近づいてくるモンスターは、俺の姿を見ても逃げるそぶりを見せない。いや、果たして奴らに俺の姿は見えているのだろうか?


「デュラハンってやつか……いいね、「馬と剣士」ならつい最近その究極系と戦ったばかりだ」


 騎手、騎馬共に首の無いそれは、生前はさぞや名のある騎士だったのだろう。辛うじて防具としての原型を保っている鎧を纏い、威風堂々とした姿で首なし馬を操りこちらへと近づいてきている。


「せ、先制攻撃するですわ……?」


待て(ステイ)待て(ステイ)。もしかしたら理性を残した話せばわかる(NPC)かもしれないだろ?」


「たわけぇ! デュラハンに口などありゃせんわ!」


「うびゃぁあ! 剣を抜いたですわぁぁ!」


「はははご尤もで! ゴーゴーゴー! デュラハン狩りだ! 悪いが瘴気対策は各自でよろしく!」


 ちゃんと修復して耐久度を回復した帝蜂双剣を構え、猛進してきたデュラハンへと俺もまた飛び込む。さぁ、新スキル諸々の検証を始めようか!




「点火していこうか、イグニッション!」


 戦闘開始時のみ使用可能という非常に使い所の限られる、しかしいかなる戦闘でも確定で使用できるまさしく点火(イグニッション)にふさわしいこのスキルは、戦闘開始から三十秒経過するまでに段階的にDEXとSTRが上昇する。効果時間は一分であるので三十秒でエンジンを温め、残り三十秒で温まり切ったエンジンを解放する……そういうスキルなのだろう。


 発動から三十秒間はフルパワーではないとはいえ、ステータスが上がり続けていることに変わりはなく、デュラハンが丸めて固めたような瘴気の球体を放ってくるが、走りながら横に一歩ずれてそれを回避する。

 デュラハンにも馬にも首がないので、(いななき)すら聞こえないが予備動作で馬がなんらかのモーションを取ったのは分かる。そして俺を轢いてしまうつもりなのか、減速なしで突っ込んでくる首なし馬とそれに乗るデュラハン。


「大体速度が……発生が……三、二……飛んで今!」


 タイミングを合わせ、バックステップで三歩後ろへ跳びのきながら致命刃術【水鏡の月】……参式? に進化したそれを放つ。

 突っ込んでくる首なし馬の数秒後の座標と、【水鏡の月】の当たり判定の位置をバックステップで調整して当てる。ウェザエモン戦でプレイヤースキルが上がったのか、それともステータス上昇による身体のスムーズな動きが理由か、はたまた乱数が良い方に傾いただけなのか。

 馬という生物の身体の作りからして、背後からのヘイトに無理やり振り返ろうとすればどうなるか。それも走っている最中に、真逆の方向に注意を向けようとすれば。


「うわ、御愁傷様」


 あまりにも無理な体勢で振り向こうとした首なし馬が横転し、慣性と遠心力のダブルコンボで吹っ飛ばされたデュラハンが宙を舞う。それだけならやったぜ、と喜ぶところなのだが、俺がデュラハンを哀れんだ理由は彼? が吹っ飛んだ方向にスレッジハンマーを振りかぶったビィラックが……


「おどりゃ、吹っ飛びやぁ……メガトンスイング!」


 ボゴォン! と明らかに生半可なダメージでは出せない打撃音が響き、首なし馬から放り出された際の諸々のエネルギーを相殺してなお上回るパワーによって胸部が粉砕されたデュラハンがさらに宙を舞う。他人事ながらこっちまで胸が痛くなってきた……だが容赦はしない。少なくとも「呪い」で逃げなかったということは俺よりレベルが高い相手なのだ、油断していたら死ぬ可能性は十二分にある。

 一体どれ程のSTRがあのスイングに込められていたのか、飛距離だけなら首なし馬に吹っ飛ばされた時よりも高い弧を描いてこちらへと飛ばされてきたデュラハン。落ちてきたところを攻撃してもいいが、スキルの試運転も兼ねてちょっとばかしチャレンジしてみようか。


「ムーンジャンパー、そして六艘跳び……!」


 「艘」が増えた事で飛距離とスキル補正が付与される跳躍の回数が増加した六艘跳びと、上方向への跳躍に補正の入るムーンジャンパーを使い、重力に捕まり落下し始めたデュラハンの高さまで一息で跳躍する。正直わざわざ空中で攻撃する理由は薄い、だがこういうチャレンジの積み重ねがスキルの新たな発展に繋がるのではと思うのだ。


「目指せ空中ジャンプ……!」


 インファイト起動、そして吹っ飛び中の……即ち怯みモーション中のデュラハンに対してヘイト・スタンプルを使用したドロップキックをお見舞いする。傷口に塩を塗り込むようにビィラックによって粉砕された部位にドロップキックが命中し、真下へと叩き落とされるデュラハン。俺もまた空中で体勢を戻して着地……落下ダメージは無視だ無視! 首なし馬はまだ起き上がれてないな、先にデュラハンを片付けるか。

 最早エムルのレベルを上回った以上、エムルの力を借りてもそれは寄生プレイではない。


「エムル! 魔法スタンバイ!」


「はいな!」


 エムルが加算詠唱(アッド・スペル)を発動したのを確認し、俺はビィラックの位置を確認する。なんか大リーガーよろしく再びスレッジハンマーを構えてるんだが、その顎クイはこっちへ飛ばして来いという意味なのか。


「上等じゃねーか、NPCに華を持たせる介護プレイはクソゲーの必須技能だ……!」


 NPCにトドメを刺させないとクリア扱いにならない、NPCしかエネミーに対しての有効打を持っていない、などはクソゲー以外でもザラなのでアシストプレイというものは重要だ。特にNPCが倒れるとゲームオーバーになるタイプの戦闘はAI次第では地獄の様相を呈する事があるので戦場の制御は嫌でも鍛えられる。


「吹っ飛ばし判定、位置、距離……よしチャート完成!」


 詠唱中のエムルを回収して左手で持ち運び、立ち上がるデュラハンへと肉薄。インファイトを起動し、握りしめた右拳で狙うはデュラハンの鳩尾。


「喰らえ、三桁の力を!」


 ハンド・オブ・フォーチュンがデュラハンの鳩尾に突き刺さる。痛みに疎いアンデッドと言えど弱点への三桁幸運パンチは無視できないのか、デュラハンの身体がくの字に折れ曲がる。そして左手に持ったエムルをハンドガンを構えるように突きつける。


「名付けて兎銃(ラビットガン)掌銃座(タレットパルム)】……!」


「っ……! 【マジックエッジ】!」


 激しく何か言いたげな様子のエムルであったが、グッとこらえて魔力の刃をデュラハンへと放つ。なんだかんだ俺とオイカッツォのレベリングに付き合っていたエムルもそれなりにレベルアップしている。

 至近距離から放たれたマジックエッジはデュラハンへと外しようもなく命中し、加算詠唱で威力が倍増した衝撃がデュラハンを吹っ飛ばす。そして三度宙を舞うデュラハンの軌道の行き着く先は。


「タイタンブラスト!」


 さっきのメガトンスイングがボゴォン! だとすれば今のタイタンブラストは……そうだな、


「グワァラゴワガキィィン! ってところだろうか」


「サンラクサン! なんかアタシの扱い雑ですわ!?」


「ほうれ人参だぞー」


「わぁい」


 適当にエムルへ人参(ワイロ)を差し出しつつ、清々しいまでにかっ飛ばされたデュラハンを見送るのだった。


実際レベルと似た動きの再現がスキル習得のトリガーなので、色々なアクションを試みることはプレイとしては正解です。


とりあえず「オブ・ザ・デッド」ってつけておくと問答無用でゾンビ出てきそうですよね


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