12月18日:人事尽きる、天命下る
◇
「し、死ぬ、死んじゃう……」
果たして、ヒイラギは生きていた。
爆発の寸前、封雷の撃鉄・災による一か八かの高速前進によって、大ダメージは免れなかったものの、致命傷からは逃げ切っていたのだ。それはヒイラギがHPに多めにステータスポイントを振っていた事もあるだろう。
「か、回復……回復しなきゃ。っ、もう! この炎消えないんだけど!!」
「それ呪詛系だからね」
「ひっ」
回復ポーションを呷ろうとしたヒイラギの喉元に紫炎の刃が突きつけられる。口に届く前に傾いた瓶からポーションが地面に溢れていくのもそのままに、恐る恐るヒイラギが横を向けばそこにはにっこり笑顔の京極が。
「俳句……じゃなかった、遺言くらいなら聞くよ?」
「…………して、」
最早抵抗は意味を成さない。故に、ヒイラギに残された最後の手段はただ一つ。
「うん?」
「どうして……ひぐっ、こんな……っ! 酷いことするのぉ………?」
泣き落としであった。嘘泣きではない、
赤子の道理を今の今まで貫き通せば、失うものもあれば得るものもある。人生で何度かあった交友関係の悉くを
何故わけも分からないままに自分を襲うのか。
自分はPKとして記録を伸ばしている最中だというのにそれを邪魔して何が楽しいのか。
そもそも他人を襲って心が痛まないのか。
というかまず謝って欲しい。
限りなくドス黒いが故に純粋で本気の涙を流しながら京極が如何に酷いことをしたのか、自分が如何に被害者であるかを懇切丁寧に説明するヒイラギ(ついでにイスナがどこかでサボっている事に対する怒りもちゃっかりぶつけた)。
常人であればそろそろ手が出てもおかしくない暴論のオンパレードであったが、京極はおだやかな笑みを浮かべてそれを聞いていた。
「ねぇ、ねえっ! 聞いてるのっ!?」
「うん、ちゃんと聞いてるよ。つまり悪いのは全部僕ってことでしょ?」
「え……う、うん」
至極あっさりと自分の非を認めた京極に、ヒイラギは拍子抜けの表情で返事をする。とはいえ理解しているのならその責任を取ってほしい、とりあえず何か現物で……そう口にしようとしたヒイラギだったが、続く京極の言葉がそれを遮る。
「でも実は悪いのは僕じゃないんだ」
「……え?」
肯定して、即座に否定する。手のひら返しにしても早すぎる振る舞いに思わず惚けた声を出すヒイラギ。もしや裏に己のPKを依頼した者がいるのか、と身構えたヒイラギだったが……さらに続いた言葉は予想外、というよりも理解の外にあるものだった。
「
「………んん?」
てん、Ten、点?
「えっ、と………そういう名前の、プレイヤー?」
「ううん、
くいっ、と刀を突きつけながらも京極が指差したのは上……空だ。
つまり京極の言葉を額面通り受け取るなら、空から「ヒイラギをPKしろ」と言われて京極は襲いかかってきた、ということになる。
それはもう………依頼を受けただとか恨みがあったとか利益を求めてだとかそういう話ではなく本当に"なんとなく"殺しに来た、ということではないだろうか。
「……頭おかしくなった?」
「いや? 正気だけど」
ヒイラギという人間は度々「話が通じない」などと失礼な言葉を向けられたことがあるが、その時点で会話が成立しているのだから何を言ってるんだろう、とせせら笑っていた。
だがヒイラギは今日初めて本当の意味で「話が通じない」という言葉の意味を理解した。視線を合わせて、意識を向けて、言葉を交わして尚……致命的に食い違っている。
「は? え、ちょ、ちょっと待っ」
「じゃあ、やろっか」
さく、と喉に切っ先が食い込み、そこでようやくヒイラギは自分が王手をかけられていた事実を思い出した。思わず両手で刀を握りしめて止めようとするが、紫炎で焼かれると同時に刃が食い込んだ指がボトボトと落ちた。
「待って待って待って待って!アイテムあげるからマーニあげるから待って待って待って待って待って待って待って待っ───」
随分と字余りな辞世の句だ、そんなふうに考えながら京極は手向けの言葉と共に刀を振り抜く。
「───天誅」
「て、」
すぱ、と首を三分の二ほど断ち切られたヒイラギの声が止まった。そしてその身体の動きが不自然にぴたりと止まると同時………
「うわっ」
ヒイラギを構成していたグラフィックが崩壊し、砕け散る。そして代わりにヒイラギのいた場所には様々なアイテム、武器、防具、アクセサリーが溢れるように撒き散らされていく……その量はインベントリアの類を持っていないにしてはあまりにも多い。
「うわ、わ、わ……何かインベントリ拡張アイテムを使ってた? いや多い多い多い……」
もりもりと積み上がっていくそれを呆れたように眺めていた京極だったが、ぴくりと耳が震える。
「……誰?」
獣人族に"改宗"した恩恵として五感に強化補正が入っている京極の耳は、確かに背後で何者かが息を吐く音を聞き取った。
ちゃき、と改めて力の込められた"断噛走狗"が小さく音を立て、しかし不必要な力を除きながら振り返る。
「アー………こウいう時ハ、両手ヲ上にスればイイ。で、アってル?」
暗い樹海、積み上がる財貨。紫炎の尾と純白の鱗が秘密の邂逅を果たす───
自らの手で問題を取り除きたい、確実な安心を「渇望」してるのであって、無駄に騒動に首突っ込みたいわけじゃない
傍観は裏切りではなく最後の慈悲、ここで勝ってれば少なくとも見放されなかった
・
賊王と謳われた大盗賊が大いなる財宝を秘したとされる不思議な指輪。多くを失い、ついには命をも喪った賊王バルディールがしかし最後まで手放さなかったもの。
この指輪はもう一つのインベントリであり、その容量はプレイヤーの基礎インベントリと同量でありこの追加インベントリ内に入れたアイテムは重量に影響を与えない。
あるいは、彼が本当に求めたものは財宝そのものではなく、この秘密の指輪を飾る為の輝きであったのかもしれない。