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12月18日:人間万事塞翁が馬


新大陸樹海。木々の海の中で二人の少女が………走っていた。


「ちょ、ちょっとタンマ! タンマ! ねっ!?」


「ふふふふふ………時にポーズボタンは無いよ」


否、徒競走をしているわけではない。一方が襲い、一方が逃げる生存競争だ。

空気を切り裂く鋼の一閃を後退しながら回避した少女は、一旦の戦闘停止を申し出るが攻撃を仕掛けている少女は微笑を浮かべながら攻撃の手を止めることはない。


(まずいまずいまずい! 脳みそ辻斬りジャンキーの京極ちゃんとこんなところで遭遇するなんて!)


逃げている方の少女……ヒイラギは襲い掛かっている方の少女……京極を見ながら何故こうなったのかを思い出す。そう、あれはサンラクから奪った装備を人のいないこの新大陸大樹海で試した時の事………(回想開始)



……


…………



『やぁヒイラギ』


『えっ、あ………京極ちゃん? こ、こんばんは?』


『じゃあとりあえず天……じゃないや、()ろうか』


『えっ』



…………


……



「(回想終了)……いきなり襲ってくるとか頭辻斬りに浸りすぎだよね!? ね!?」


「いやぁ、返す言葉も無い」


曲がり角から飛び出してきた猪が横っ腹に突進してきたような理不尽である。ヒイラギはあまりにも卑怯な不意打ちを仕掛けて来た京極に対して憤慨したが、京極が言葉の通じるようなマトモな頭をしていないことはかつて【阿修羅会】に所属していたころから知っている。


「どうしたの? 別に僕は構わないけど無抵抗のままPKされたいの?」


「くっ………」


嘲笑うような京極の言葉に、ヒイラギは短刀(ダガー)を取り出して構える。とはいえ、普段は一撃必殺にすらなり得る刀身がこの時ばかりは京極がゆるりと構える刀と比べるとあまりにも短く頼りない。

ヒイラギの基本戦術はジョブとエクゾーディナリースキルなどを併用した隠密からの先制攻撃、及び敗北時の逃走保証だ。だがその完璧とも言えるキルプランには一点、致命的と言っていい欠点が存在する。


「い、いきなり不意打ちとか酷くない!? 私たち元同じクランだよね? ね?」


ヒイラギのステータスビルドは先制攻撃と、そこからの攻めの”暗殺”にこそある。相手が対応する前にHPを削り切る、その為に隠密からの一撃にリソースの殆どがつぎ込まれている。さらに言えば職業「殺戮の鬼札(キリングジョーカー)」の固有魔法【笑えるような死を!(キリングジョーク)】は非戦闘状態(・・・・・)であらかじめ復活するセーブポイントで発動しなければならない。


結論から言うと、


「いきなりの不意打ちは君の十八番じゃないかヒイラギ、もしかして自分で体験したことはなかったの?」


皮肉にも、自らの戦法をそっくりそのまま返してくる敵こそがヒイラギにとって最大の天敵なのである。


「そっ、そもそもなんで私をPKしようとするの!? 別に私は京極ちゃんに何もしてないよね!? ねっ?」


「え? なんでって……………」


そこでふと京極はノータイムで殺しにかかるのは世間一般のゲームでは非常に失礼、というか非常識ではないか? ということに思い至る。それがまかり通る”非常識”なゲームに慣れ過ぎたか、と京極が若干凹んでいる間にヒイラギは短刀をしまって別の武器を構える。


「えいっ!!」


「…………うーん、まぁ運が悪かったってことで」


「な……!?」


必勝の先制ほどではないにせよ、踏み込みを加速させるスキルと音を消すスキルを併用した不意打ちの一撃(・・)。それを身体を捻るだけでいとも容易く回避した京極の動きと言葉にヒイラギが目を丸くしたと同時に刀が振り下ろされる。


「おっと?」


ガイィン! と金属同士がぶつかり合う甲高い音が樹海に響き、今度は京極が目を丸くした。ヒイラギの腕を斬り落とすつもりで振り下ろした破壊属性持ちの刃は、しかし漆黒の籠手(・・・・・)によって弾かれたのだ。


「ふ、ふふふふふ! すっごい防御力!」


「それは………」


京極はそれに見覚えがあった。それは神代の流れを汲む、とあるプレイヤーを語る時に高確率で話題に上がる武装だ。

白竜ブライレイニェゴを腹パンで吹き飛ばした恐るべき”超排撃”の拳、あるいは神の代の御業を現代の鍛冶師が甦らせた甦機装(リ・レガシーウェポン)


「いいでしょ京極ちゃん、私の(・・)新しい武器なんだよね、ねっ!」


甦機装:ビィラック「煌蠍の籠手(ギルタ・ブリル)」を構えたヒイラギはこの漆黒の拳であれば京極の薄っぺらい刀程度、如何様にも砕くことが出来るとほくそ笑んだ。

対する京極はといえば、何故サンラクの切札の一つでもある黒金の籠手をヒイラギが持っているのかと考える。二秒ほど考えた末、本人に聞けばいいと刀を構えながら口を開く。


「その甦機装、どこで手に入れたの?」


「………………………あ、京極ちゃんこれ知ってる感じ? そうだよ、私が(・・)PKして手に入れた戦利品!」


「へー」


嘘半分、真実半分といったところだろう。京極は僅かに硬直したヒイラギの態度からそう結論付けた。

かつてヒイラギと京極は同じクランに所属していた………初期【阿修羅会】、と呼ばれるそのクランはPKに実利を求める者やPKというコンテンツそのものに惹かれたもの、ロールプレイの形としてアウトローを選んだ者など…………オルスロットを頭にアーサー・ペンシルゴンが手足となって集めた、良くも悪くも様々な動機の集まりだった。

その中でもヒイラギは特に度し難い手合いだった。PKによる実利を求め、不意打ちでプレイヤーから装備やアイテムをせしめる事を楽しみ、そして何より誰に何を言われようが一時間もすればきれいさっぱり忘れているような強靭なメンタルを持つなんというか、度し難いプレイヤーキラーだ。

断じて友達(フレンド)にはなりたくないがあまりにも突き抜けすぎていて、逆にこの人物がどういう末路を辿るのか? という好奇心を集めるある種カリスマのようなものを持っていた(珍獣のドキュメンタリーとも言えるが)。


だからこそ京極はヒイラギという人物の人となりをある程度は把握している。そしてヒイラギが本当にサンラクをPKして装備を奪ったというならば、こんなに謙虚(・・)であるはずがない。恐らく武器を出した時点でこちらが聞かなくても自慢を始めるだろう。

なにより、もしサンラクがヒイラギにPKされていたとするなら、恐らくサンラクは即座に報復を始めているだろう。現役のPKである自分にも事情を話すにせよ話さないにせよなんらかのアプローチはするはず。それが幕末志士というものだ、復讐を忘れる幕末志士は存在しない………自分よりも古株の志士であるサンラクであればなおさらに、だ。

とはいえサンラクがヒイラギにあれをプレゼントするとも思えない、この時点で京極はおおよその推測を立てていた。


(王国騒乱イベント中は死ぬと装備全部その場にドロップするからね、大方サンラクが死んで落としたのを偶然拾ったってところかな)


殆ど正解に近い不正解であったが、過程がなんであれ結果としてサンラクの武具を使ったヒイラギが敵である事実は揺るがない。京極はゆらりと尻尾を揺らしながら刀を構える。


「……………」


「……………」


薄氷の如き沈黙、現役のプレイヤーキラー同士の共食いが始まる。

そんな中、ヒイラギは…………


(なんで何も起きないの(・・・・・・・)!?)


沈黙が維持されている事実に、苛立っていた。

(ほーら!私今すっごいおとり役頑張ってるよ!?ね!?イスナちゃん何やってんの!?冬眠!?ねぼけてるのかな!?)

(仮想サンラク戦か………どうせなら幕末での恨み晴らしちゃお)

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