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12月17日:THICK JAM(MING) BREAD GIRL



『赤く、ねむり、たゆたい、赤く、めざめ、たわむれ、赤く、赤く、おちて……瞼無き赤き瞳は閉じて、赤い大地の底で眠りにつく。されど警戒せよ、眠りとは……目覚めを伴うものだ』


『モンスター急襲(レイド)……討伐(クリア)!』


『討伐対象:(にら)がる大赤翅(だいせきし)


『レイドバトルが終了しました』


『参加人数:サードレマ陣営所属プレイヤー』


『次レイド開始:719:59:43……』




「えっ、焠がる大赤翅クリアされちゃった……!?」


エイドルト。死の気配漂う渓谷を超えた先にある水晶の街は、今新王陣営と前王陣営による熾烈な陣取り合戦が繰り広げられていた。押しては押し返され、どちらかが一度は勝利しても油断した頃に負けた方が奇襲を仕掛けて再び膠着状態になる。

数日間も大規模なPvPを繰り返していれば飽きも来そうなものだが、王国騒乱中はモンスターが殆ど出現しない上にレイドモンスターは五人六人のプレイヤーが突撃したところでどうにもならない強力なエネミー。そして何よりもシャングリラ・フロンティアにおける初の超大規模対人イベントということもあってか、連日の陣取り合戦は激しさを保ち続けていた。


そんな戦場の一つであるエイドルトにて、サードレマ陣営側を襲撃していたレイドモンスター「焠がる大赤翅」が撃破されたというアナウンスは新王側のプレイヤー達にも伝わっていた。


そしてもう一つ。


密かに仕込まれた毒が今、新王陣営のプレイヤー達に浸透しつつあった。


「えぇ……どうしよう、焠がる大赤翅にも挑んでみたかったのに……」


彼女は徹夜騎士カリントウの名で活動する配信戦線(ライブライン)の一人であり、このエイドルトの争奪戦においては彼女のファンであるプレイヤー達と共に均衡を支えている新王陣営側の屋台骨であった。


「ううーん……どうしよう。やっぱり相手の人達もガッツがあるから拠点を確保しても油断できないし……」


その名が示す通り、カリントウはショートスリーパーである個性をフル活用して戦い続けていたが、今回の王国騒乱イベントにおいて拠点争奪には防衛の概念が付随する。

つまりどういうことかと言えば、今回の大規模イベントにおいて上から下までコンテンツを楽しみ尽くそうと考えていたカリントウは拠点を防衛するためにエイドルトに釘付けになっていたのだ。


そしてカリントウは配信者だ。彼女のファンは彼女を助けるために、あるいは彼女と一緒にゲームをしたいがためにカリントウと同じ陣営に所属し、そして連日のエイドルト争奪戦を支えていた。

カリントウが動けば当然彼らもそれについていく、それは即ちエイドルトの均衡を保っていた戦力がごっそり抜けることを意味する。


「ううー………私もレイドモンスターと戦いたかった……」


とはいえ、本音を言えばカリントウはこのエイドルトに留まり続ける事には忸怩たる思いがあった。わざわざこの街を選んだ最大の理由である水晶巣崖への突撃という目論見はたった十回(・・・・・)で前王陣営の襲撃によって中断をせざるを得なかったし、それ以降は押して押されでそれどころではなかった。さらに言えばたったの、たったの! 一度しか突撃していなかった嬲る縁大緑はまだ健在だが、一度も関わることが出来なかった焠がる大赤翅は倒されてしまった。

カリントウは一つの事にひたすらのめり込む、という事を好む。苦心する苦難を苦労して乗り超える、ゲームであればひたすらに死に続けて覚えるような”死にゲー”を特に好む。こういったFPS的なPvPも嫌いというわけではないのだが、若干琴線からズレているのも事実だ。例えばそう、敵陣営に「ボス」と呼べるような強力な一個人(プレイヤー)がいたならばまた話は違ったのかもしれない。

だがエイドルトを襲撃するプレイヤーは何故か(・・・)………言い方は悪いが、そこまで際立った強さを感じられない者達ばかりだった(カリントウが求める「際立った強さ」がモンスター寄りであることもあるし、カリントウ程連続でログインするプレイヤーが少数派と言うのもある)

前王陣営はエイドルトを重要な拠点として見ていない、という可能性もあるが前線で戦っているカリントウからすればひたすら遅延戦術に付き合わされているようなものだ。


「…………………」


結論から言えば、カリントウの我慢はそろそろ限界を迎えようとしていたし………カリントウ個人の思惑とは別に配信者として、クリアするためなら三日三晩(は、言い過ぎだが彼女の最長連続配信時間は39時間である)ひたすら死に覚えしながらボスに立ち向かう「徹夜騎士カリントウ」の配信を見に来たリスナーの要望に応えられていない、という問題もあった。


───だからこそ、カリントウは気づかないうちに大きな隙を曝していたのだ。


それはHPを減らすものではない。だが確かにずっと仕込まれていた埋伏の毒、そしてそれは「前王陣営側を襲撃したレイドモンスターの撃破」をトリガーとしてその毒性を発揮する。


「ねぇ知ってる?」


「え、何がです?」


それは、やけにあっさりと(・・・・・・・・)前王陣営を撃退し、カリントウ達が次の襲撃に備えていた時だった。


「ほら、前王陣営がレイド……モンスター?ってのを倒しちゃったでしょ?」


「そうっすね」


やけに目を引く美少女が、プレイヤーと会話をしている。ピンク色の髪の毛という現実ではちょっと悪目立ちするだろう髪色を自然に風で揺らしながら、小悪魔系という言葉がぴったりな表情で話す言葉はカリントウの耳にやけにはっきりと聞こえて来た。

いや、むしろ5メートルは離れているというのにはっきりと聞こえているという事実が既におかしいのだが、それに気づかなかったのかあるいは気づいていたがそれ以上に会話内容に気を取られたためか。


まるで”人形”のように整った顔の少女は、歌うように語っていく。

サードレマを危うく焦土にしかけた巨大なる赤子の話を。

豪雨の中幾多の死を経て団結し、その首を切り落とした開拓者たちの活躍を。

それはカリントウが求めていたものだ、人と人の戦いなど極論を言ってしまえばモラルルールマナーその他諸々の社会的道徳や常識を全てかなぐり捨てればリアルでも出来るものだ。だが人知の及ばぬ脅威、人の身を超える巨躯、なによりあり得ざる空想上の存在との戦いはゲームの中でしかできない。そしてそんな理想の戦いが自分を蚊帳の外に置いて行われ、終わってしまったという事実。


「…………………うぅ」


既にカリントウのキャパシティは限界に達していた。そして、少女はトドメとなる一言を………満ち満ちたダムにひびを入れる金づちの一振りを放つ。


「そういえばぁ~、焠がる大赤翅を倒したオイカッツォってプレイヤーが「このまま嬲る縁大緑を倒しに行く」って言ってたけど、連続ぶっ通しで戦うなんて凄いよねぇ~。もしかしたら本当に倒し(・・・・・)ちゃうかも(・・・・・)っ!」


「……………………………………………………………………………もう、行っちゃおっか」


ダムが決壊した。

インベントリアがあれば通話ができる。

征服人形はインベントリアと同期する。

あとは征服人形が備える指向性スピーカーでカリントウにだけそっと囁きかけるだけ………


オイカッツォって奴がレイドモンスターで食ってくつもりだからこんなところでもたついてたら嬲る縁大緑も食べられちゃうぞ?

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