12月17日:戦いは終わらない
◇
「わ、ジャックポット」
アーサー・ペンシルゴンが見つめる先、冗談のような光景が繰り広げられ続けていた栄古斉衰の死火口湖だったが、巨大な赤子の頭が見事火口に入ったのをサードレマから観測しつつ………オイカッツォ(だけではないにせよ)が成し遂げたのを確信する。
「いやー、素っ頓狂な無茶はサンラク君の特許感あるけどなんだかんだ大概カッツォ君も無茶難題振っても普通に成功させるんだよねぇ………」
焠がる大赤翅の討伐………否、厳密には
『赤く、ねむり、たゆたい、赤く、めざめ、たわむれ、赤く、赤く、おちて……瞼無き赤き瞳は閉じて、赤い大地の底で眠りにつく。されど警戒せよ、眠りとは……目覚めを伴うものだ』
『モンスター
『討伐対象:
『レイドバトルが終了しました』
『参加人数:サードレマ陣営所属プレイヤー』
『次レイド開始:719:59:43……』
「720時間……大体一か月後くらい? またあの規模なのかな? まぁいいや、今は目の前のことに集中しないと……っと」
遠くで首の断面から血潮の如くマグマを噴き出しながら崩壊する巨大な赤い赤子の胴体を眺めながらコンコン、とペンシルゴンはかつてウェザエモンを共に倒した二人と同様に腕と一体化したインベントリアを軽く叩く。それを合図にしたかのように表示されたウィンドウをすいすいと操作し………ある項目を選んで決定を押す。
~~~~♪、~~~~♪
軽やかなメロディが繰り返し流れる。それはまるで、電話のコール音のようで……果たしてそれは正解である。
『も、もしもし……』
「あ、カッツォ君お疲れ~。元気してる?」
『ははっ、命がけでパラシュート無しのスカイダイビングしてる最中に電話がかかってきた以外は元気だよ』
「へー、災難だったね。ご冥福ご冥福」
『死んでないし犯人キミだよねぇ!?』
遠くにいて何も分からないから電話するのだ、掛けた先で何が起きようとそれはこちらの責任ではないだろう。いけしゃあしゃあと合掌しているペンシルゴンの姿は見えない筈なのだが、どうせ念仏でも唱えているのだろうと言わんばかりにインベントリアから響くオイカッツォの声は怒気に満ち満ちていた。
『あーもう、ほんっとうにしんどかった………暖簾と相撲してた方がまだ有意義だった』
「ところでカッツォ君」
『いやぁー、本当激戦だった。しばらくはやりたくないね、じゃあ俺はこれで───』
本当に疲れた、といった様子のオイカッツォに対して…………ペンシルゴンは、コンビニにちょっとした買い物を頼むような気楽さで、ただこう告げた。
「じゃあ
『……………マジで言ってる?』
オイカッツォにとってそれは今初めて言われた言葉ではない。焠がる大赤翅に挑む前から、「計画」としてオイカッツォに言われていたことではあった。だが、焠がる大赤翅というあまりに屈強に過ぎたレイドモンスターをどうにかして撃破からこそ、続けざまに同格の存在を相手にしろという無理難題に拒否の色を込めた疑問を返す。
「だってサンラク君来ないしぃ?」
『あいつマジで何やってんの? 連絡は取れたんだよね?』
「なんかサンラク君、あっちもあっちでユニークモンスター関連でごたついてるっぽいよ」
『……………まぁいいけど。で、マジで言ってんの? 今から? めちゃくちゃ長期戦できつかったんだけどそこらへん加味してくれてる? 文章にまとめたら大長編になるくらいの大苦戦だよ? 明日じゃダメ? というか俺じゃないとダメ?』
「今じゃないとダメなんだよカッツォ君。ついでに言うとキミじゃないとね。んふふ………この私に電撃戦術を仕掛けて来たことを後悔させてあげないと」
ペンシルゴンの脳裏に思い返される初日の光景。配信者ぱやぶさの音頭によってサードレマの門前にまで肉薄した配信戦線の一団。結果だけ見れば迎撃に成功こそしているものの…………計略において先手を取られ、有利を取られ、そしてなにより………一番やられたくないな、と思っていたことを見事に
「こぉーの私に喧嘩を売ったんなら代金丸ごと袋に詰めて水引巻いて熨斗つけてフルスイングで支払いしてあげないとねぇ………!」
憎悪とは違う。シンプルに先を取られた、上を行かれたという
「美味しい美味しい見せ場を敵陣営に先に持ってかれた挙句、自分達が取れるものまで浸食されたらどういう顔してくれるんだろうねぇ……! アーカイブ見るの楽しみだよねぇ?」
『性格悪いってよく言われない?』
「顔が良い、とは三歳のころから言われ続けてるかな」
『じゃあ俺達がもっと言ってあげないとダメだね。性格悪いよペンシルゴン』
「ど・う・せ、焠がる大赤翅みたいな殴るだけ損するみたいなタイプには武器ケチったでしょ? じゃあガンガン殴れる方で使ってあげなきゃ宝の持ち腐れってやつだよ」
『むぐ、』
図星であった。ユニークが自発出来ない自発出来ないと煽られ、事実自発出来ていないオイカッツォではあるがユニークコンテンツと完全に無縁というわけではないのだ。そもそも、サンラクやペンシルゴンに張り合って”未発見の”ユニークシナリオを自発することに躍起になっているからこその自業自得である。
であれば例えばそう、発見と獲得そのものにはユニークシナリオが絡まない……試行回数と情報アドバンテージこそが重要な
「まぁそれに絶対に倒す必要はないよ、重要なのは焠がる大赤翅を倒した勢力が縁大緑に速攻で挑んでるって事実だし」
『どちらにせよキツいことに変わりないんだけど……ていうか
「ゼロちゃんと秋津茜ちゃん達の事? あの二人なら陽動と実益を兼ねて街獲り合戦の最前線だよ、京極ちゃんは全く連絡取れないしサンラク君はさっき言った通り」
忠実な手駒であるRPAも様々な裏工作やサードレマでの決戦に備えて奔走している。少なくとも、自由に動かせる駒はお前くらいだと暗に告げられたオイカッツォは沈黙し……やがて、諦めたように長く息を吐いた。
『はぁー……………少なくともサンラクと京極は一発ずつ入れても文句ないよね?』
「私も一発ずつ入れよっかな」
少なくとも、王国騒乱開始前に想定していたプランにおいてサンラクは特記戦力と言っていい駒だった。とにかく不規則に暴れまわってそのくせ対処が面倒、という点では一度に2手動く龍王駒に桂馬の機能を搭載したキメラ駒くらいには考えていたのだ。
それが蓋を開けてみれば「ちょっと色々ユニークモンスター関連で忙しいのと修行中なので最終日くらいしか参加できないわすまんすまん」である。一発で済ませるだけ有情というものだろう。
『………で? 大軍師ペンシルゴン様的には状況はどうなのさ?』
「んー、
『リーク、ねぇ………』
「
『はいはい………まぁ、こっちも話は通してるから大丈夫だよ』
二人の間で交わされる他愛のないようなその会話は、しかしこの戦争そのものを根底からひっくり返す程の爆弾情報。それが爆ぜるのはいつになるのだろうか?
あるいは、その爆弾を解体してもっと悪辣な兵器を作り上げるのか?
レイドモンスターなど所詮は乱入者。この戦いは、人と人による愚かな共食いに他ならない。
であれば、人の手には余るほどに巨大な神の眷族ですらも掌の上で転がす。アーサー・ペンシルゴンは焠がる大赤翅討伐に沸くサードレマを見渡しながら………どう見ても悪の首魁の如き笑みを浮かべるのだった。
え?カッツォの描写長すぎだって?
うんうんそうだね、じゃあ同じくらい苦戦するような相手に
配信者のみなさん、戦争に夢中なのは良いけど同じくらいでっけぇコンテンツに関われなくて大丈夫?(ニッコリ笑顔のペンシルゴン)