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12月17日:クライマックス・ヒートアップ 後

古戦場で宣伝されまくってて嬉しさもあるけど恐縮すぎる、だって個ラン一位ってもはや天上人ですよ?


地上より放たれた迫撃の軌跡が焠がる大赤翅の顔面へと届く。激突と同時、砕けたガラス瓶から伝わった衝撃が内部の薬品へと伝播し………


「Daaaaaaaaaaaaaaaaaa………?」


ぼむんっ、と小気味のいい音を立ててカラフルな煙の花を咲かせた。


「………何アレ?」


煙形花(スモークフラワー)、本当は虫型モンスターを引き寄せるちょっといい匂いのする色付きの煙なんだけど…………赤ちゃんなんでしょ? 好奇心(ヘイト)を向かせるならこういうので───!?」


ぎゅるん!! と灼熱の巨大眼球が空中で回転する。それは空中でほんのりとフローラルな香りを漂わせながら咲いた煙の花へと向けられており………


「ちょっとちょっとちょっと、どんどん咲かせないと攻撃飛んでくる奴じゃないのこれ!!」


「私だけじゃなくて他の人たちもなんでもいいから注意引いてよ! あんな宴会芸そう多く持ってきてないんだから!!」


連続する砲撃音と同数の煙花が空中に咲き、焠がる大赤翅は首の痛みも忘れて薄らいでいく煙の花を見つめている。だが動かない、まだ目線で追う程度の注意しか引けていないのだ。


「このままどうにかして火口まで誘導しないと………首が山を転げ落ちてサードレマに激突とかギャグじゃないんだから!」


「なんでもいいから目立つ攻撃で大赤翅の注意を引くわよ! この際歌うでも踊るでもいいから全員で注意引く!!」


火山の斜面を高速で転がってサードレマに爆進する巨大赤子の頭部、というホラーなのかシュールギャグなのか分からない光景を想像した何人かのプレイヤーが思わず噴き出したが自分たちの行動次第でこのあまりにも大規模なレイドバトルの勝敗が変わるとなればすぐにその表情は引き締まる。

そんな時、それを考案したのは一人のプレイヤーだった。


「なぁ、要するに赤ちゃんなら試しにキッズ向けのコンテンツ見せたら気が引けねーかな。俺、空中に絵を描くだけのネタ魔法覚えてるんだけど」


成る程、とプレイヤー達が声を上げる。

焠がる大赤翅は確かにゲームの怪物であり、人間ではない。だがその姿と行動原理が赤ん坊に近い、というのであるならば赤子をあやすために用いられるようなコンテンツは同様に焠がる大赤翅にも通用するかもしれない。

なにせこのゲームはシャングリラ・フロンティア、ことリアリティという点においては偏執的な程に高いクオリティを誇るのだから。


だからこそ、音もある方がなお良い(・・・・・・・・・・)と思い至ったその人物は……どこか、できれば誰にも聞き取られずに流されて欲しいとでも言いたげな小さな声でこう告げた。


「…………キャンディ・メイデンズのメープルなら声出せるわよ。あくまでも"声真似"だけどね」


「え? (すめらぎ) 美嘉(みか)の声まねできる人類とかいるの?」


「……………本人とかじゃないかしらね」


「なんて?」


その呟きは発案のそれよりもさらに小さく。しかしやるからには、とその人物………炸裂グリンピースは喉を整えるように、あるいは自分の「引き出し」の中にあるプリティメイデンでも屈指の人気を誇るキャラクター「メープル・ホットケーキ」の姿を自分に重ねるように、しかしほんの少しだけズラして声を出す。


「”あまーい魔法をかけるのはだぁれ? プリティメイデン、メープルちゃんっ☆”」


「えっ、めっちゃ似てるぅ!? よっしゃ任せろメープルちゃん描く!!」


空に描かれるは虚構の少女。あるいは大規模魔法陣を虚空に敷くための高等魔法が世界で最も無駄に、しかし世界でも屈指の正念場(・・・)に発動される。





「動いた!」


「下の奴らが踏ん張ってくれてるみたいだぜ」


大量の爆弾によって生じた爆煙が風で流れて綺麗さっぱり消えた頃。焠がる大赤翅の背中に上がっていたプレイヤー達は自身らに向けられていた敵意が180度真逆に………すなわち地上に残ったプレイヤー達に向けられたことを理解した。

あのままでは灼熱の視線によって殆どのプレイヤーは跡形もなく焼却されていただろう。故に地上班の奮闘はありがたい……のだが、その感謝を差し引いても気になることがあった。


「なんか巨大なプリティメイデン・メープルちゃんが虚空に表示されてるんだけど」


「なかなか味のあるイラストで結構好きだな……線画にすると魅力が減るタイプの荒い絵だ」


ライトブラウンのツインテールに、ホットケーキを乗せた10メートルほどの少女が空中に浮かんでいるのだ。否、よくよく見ればそれはあまりにも平坦でそして輪郭が荒い……絵だ。巨大な絵が山頂に表示されているのだ。当然絵であるならば瞬きもせず、身じろぎもせず、ただそこに停止状態で表示されているだけ……のはずだった。が、空中に浮かぶ少女の口ではなく、何故かその下の足元から声が響く。


『"ぽかぽかホットケーキにあまーいメープル! あの子もその子もあなたも! みーんな大好き!!"』


「てかメープルボイス付き? 公式から音声持ってくるのアウトじゃね?」


「そもそも音源持ち込めないでしょ、誰かが声真似してるんじゃないの?」


ミカどん(・・・・)の声帯って合成音声でも完全再現できない、みたいなオンリーワンボイスじゃないっけ……?」


空に浮かぶ少女プリティメイデン・メープルの足元から響く声は、きっと誰かが拡声器なりなんなりを使って声真似をしているのだろう。だがその少女の出典を知る者達からすれば、そのハスキーな声は驚愕に値するらしい。だが、果たして声か姿か………状況は動き出した。


「若干本家より声が高いし声真似だろ、めっちゃ似てるけど……って、動いた!?」


「ニラちゃんはメープル推しか………将来有望だな」


焠がる大赤翅も現実の赤ん坊と同様に分かりやすく、それでいて特徴がはっきりとしたキャラクターに魅了されたのか、あるいは単純に空中にでかでかと描き出された絵とそこから放たれる声に気を取られただけなのか。山頂に表示されたそれへと……ゆっくりと手足を動かして近づき始めた。


「よしよしよし……!あとはこっちが気合見せるだけなんだけど………」


「ちょいちょい、これやばない?」


「え? 何? しいたけさ………あ」


しいたけの指さした先、そこにはじわじわと傷口が埋まりゆく光景…………


「………………」


しばしの沈黙。


「そっ、総攻撃ーっ!!」


ここまで来て「再生されちゃって首切れませんでしたごめんなさい」では済まないのだ。オイカッツォが全員の音頭を取っているわけではないが、それでもオイカッツォが思わず発した攻撃の合図に大慌てで動き出したプレイヤー達の攻撃が爆発によって抉れながらもなおその奥にある骨を見せないエネルギーの塊のような”肉”へと叩き込まれる。


「破壊出来てる出来てる!」


「まぶしッ、なんだこりゃ!?」


「骨じゃね?」


肉の役割を果たしていた形ある力の塊が押しのけられ、露出したそれは焼けた鉄の棒の……否、そのサイズ故に焼けた「道」が如き太く巨大な……頸椎。


「へし折れへし折れ!!」


だが、巨怪を支える骨が尋常のものであるはずがない。既に刀身に罅が入った剣をせめて砕ける前に一撃をと叩き込んだプレイヤーが見たものは。どろりと溶けた………剣だったもの。さらにはクーラーの利いた部屋から炎天下の外に出た瞬間のような感覚と共に自身のHPの減少。


「あっつゥ!? ちょ、剣溶けたァ!?」


「まさか問答無用の武器破壊じゃ……」


「違う! 耐久力が多く減るだけよ! あとスリップダメージもそんな大したことない!!」


ここまで来たなら誰でも分かる。この露出した頸椎を断ち切った時こそが決着の瞬間なのだと。焠がる大赤翅は既に山頂へと手をかけている、もはや多少のダメージや損失を気にしている段階ではないと破損覚悟の攻撃が雨霰と叩き込まれていく。そしてそれらは確かに巨大な頸椎に確かなダメージを与えているが……


「いやどんだけデカいんのさこれ!?」


既に「屏風ノ虎(スクリーンティガー)」の活動可能時間は尽きた、ならばとオイカッツォは生身の拳を確かに削れつつある焠がる大赤翅の頸椎へと叩きつける。だが巨大すぎるが故に敵の弱点と言うよりは地面を殴っているような状態であるが故に、その拳には勢いがない。なにせしゃがみこむ(・・・・・・)という姿勢であるが故に、踏ん張ることも踏み込むこともできないのだから。


「Daaaaaaaa……?」


『あ、やばっ』


メープル(声真似)が思わず、と言った呟きを漏らしたと同時。焠がる大赤翅が伸ばした丸々とした手が虚空に浮かぶメープルを掴んだ。

虚空に創りし叡智エアキャンバス・マギクラフト】は攻撃を受けると消失する。本来は魔法陣が完成するまでに如何に攻撃を受けないかを考えるべきなのだが、今回の場合は永続的に絵を残す必要があった。故に回避できない巨大メープルの絵はいともたやすくかき消される。


「Boooooo………Gyauuuu……………」


焠がる大赤翅は目の前にいたそれが、まるで最初からそこには何もなかったかのように消えたことが余程不思議だったのか、あるいはそれが”罠”であるのかを確かめるように腕を振り回していたが……何も起きないことを理解したのか、ゆっくりとその場から離れようとし始める。果たしてどこを目指すのか、それは既にサードレマへと照準を定めた巨大な眼球が文字通り目は口程に物を言っていた。


「これは詰んだか………!?」


もはや火口に首を落とすプランは崩壊しつつある。このままサードレマが攻め落とされるか、あるいは首を切ったとしても頭部だけが転がっていく都市崩壊ボウリングか。それすらも確定している「結末」ではない以上なにが起こるかすら実は未確定で………オイカッツォの思考がこんがらがり、叩きつける拳もいい加減なものになり始めていたその時だった。


「俺に任せな」


「いや任せるも何もいいから攻撃を………って、」


そっとオイカッツォの肩に置かれた手。この場においては場違いな程に優しいそれに振り返ったオイカッツォは、穏やかな笑みを浮かべる女性と目が合った。


「……どちら様?」


随分と、長身のアバターだ。しゃがんだ上で顔が随分と高い位置にある。立ち上がれば2メートルはあるのではないだろうか。モデル体型というよりもマッシブな女性プロレスラーのような体格だが、どこか包容力を感じさせる優しさも感じさせる笑みを浮かべた……そんな女性だった。


「聖杯を使用した性転換は各種パラメータによって転換後の体型が決定される」


「………ん?」


オイカッツォの疑問は、突然何かの解説を始めた女性の口ではなくさらにその上だ。もはや雨すらも焠がる大赤翅の熱量に打ち負けたのか、小雨になりつつある曇天よりは下………先ほどから今現在にかけて見ている女性の顔。その少し上だった。


アレ(・・)はプライベート……いや、ライフワークだがいかんせんフィジカルのディスアドバンテージは否めねぇ。だから俺は考えた、趣味と実益の両方を兼ねた到達点を見つけ出そう……ってな」


プレイヤーは等しく頭上にプレイヤーネームを表示させている。それはNPCでは絶対に言わないような現実(メタ)を感じさせる言葉からも分かるように、目の前の女性(プレイヤー)にも適用される。


「肉体改造は性別変更後のアバターに影響を与える。随分とレベルは下げちまったが………俺は見つけたぜ、到達点(バトルフォーム)を───!!」


女性の上に表示されていたのは、「エターナルゼロ」の文字。


「あとは任せろ、これが俺の…………親孝行だあああああああああ!!」


「いやお前かいッ!!」


オイカッツォの渾身の叫びもなんのその、走りだしたエターナルゼロ戦闘形態(バトルフォーム)の足が光に包まれる。左手を見ればウィンドウ操作の動き。そして光が散った時、そこには一見して戦術機が装甲として展開した姿の足以外を全て消したような、鋼の脚甲があった。


「決めるぜ! 「勝利宣言(フィニッシュホールド)」!!」


その叫びは単なる鼓舞ではない。ゲームシステムによって定められ、実装されたスキルである。


「俺は今からこいつの首に………「斬髄飛刃脚ゲットーメント・ブラスター」を決める!!」


その効果は口頭で次に当てるスキルを宣言し、そしてそれを成功させることで威力を上げる鎧闘士(アームドレスラー)の奥義。その名の通り、必殺を以て勝利を宣言するフィニッシュホールドの為のスキル。

そして「斬髄飛刃脚ゲットーメント・ブラスター」は対象の首に命中させることでダメージ補正が入る飛び蹴り技である。

だが焠がる大赤翅のサイズと体勢故に狙うべき首は半ば地面のようなもの。だがエターナルゼロの駆け足に迷いはない、何故ならば…………その答えは、かつて見たことがあるから。


「サンラク直伝!(直伝ではない) 空中ゥ………!!」


シャンフロには「無重律の恩寵(スペースチャージ)」というスキルがある。その効果はプレイヤーの思考によってプレイヤーアバターにかかる重力の方向を変更する、というものだ。元々は発見こそされていたものの、いきなり横に落ちたり上へ吹き飛んで行ったりと反射的な思考にも反応してしまうが故に使いづらいネタスキルとされていたそれは、しかしとあるプレイヤーの戦闘動画の流出によって使いこなせば恐るべき三次元殺法を可能とする高難易度の実戦スキルであると評価が塗り替えられた。


跳躍し、空中ジャンプを可能とするスキルを併用することで横向きに着地したエターナルゼロ。即ち地面であった焠がる大赤翅は壁となり、そしてそれは直立してうなじをさらすサンドバッグに等しい。


「【超過機構(イクシードチャージ)】……!」


さらに重ねて脚甲………遺機装(レガシーウェポン)「キネシス・ブースターL(レッグ)」の超過機構が賦活醒(リベレト)の機能を発動。装着者の”蹴る”動きを外部補強で増幅し、人の身に担うにはあまりに強力すぎる出力が解放する。


「延髄ィィィィィ……斬りいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」


本来、【超過機構(イクシードチャージ)】には魔法やスキルによる補正は入らない。だがエターナルゼロが対巨大始源眷族、あるいは眷属を想定して開発した「キネシス・ブースター」に関してはその制限は適用されない。何故ならば、その名が示す通りキネシス・ブースターは直接的な攻撃手段ではない。


「おおおおおおおおおおおおおおお!!」


自身の足が破裂することを許容した上で神をも打ち倒す力を発揮する、二号人類(プレイヤー)の性質を倫理を超えて最大利用した「補強手段」であるが故に、「超過機構にスキルを乗せている」のではなく、「スキルを放つ肉体を超過機構で限界を超えて強化している」のだ。


「ぶった斬れろ!!」


捻じ曲げられた重力な中で跳び、叩きつけられたその音は、肉と肉がぶつかり合う音ではなかった。

エターナルゼロの右足を覆っていたキネシス・ブースターは衝撃によって木っ端みじんに砕け散り、その内部にあった右足もまた水風船の如く消し飛ぶ。だがそのあまりにあっけなく消え去った右足から放たれた一撃は…………


「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!?!?」


焠がる大赤翅の頸椎全体に致命的な亀裂を走らせた。


「やれェッ! しいたけ(・・・・)!!」


右足だけではなく、全身に走った衝撃によって体力の殆どを消費した状態で焠がる大赤翅の背中よりもさらに遠く……地表へと落ちていくエターナルゼロ。だがその叫びは断末魔でも遺言でもなく、あらかじめ決めていた”作戦”の遂行を叫ぶものだった。


「………………えぇ?」


目の前で一部始終を見ていた上で、あまりにも全てが無茶苦茶だったが故に呆れと感嘆と混乱に襲われていたオイカッツォだったが………グッとエターナルゼロが吹っ飛んでいった方向にサムズアップしたしいたけの姿、その手に握られたレンガのようなそれ(爆弾)を見れば、残された自分達が何をすべきかはもう分かっていた。己もまた、インベントリアの中にあった手投げ弾をありったけ取り出しながら……叫ぶ。


「トドメだッ!!」


亀裂に叩き込まれる最後の総攻撃。灼眼球が命の危機に慌てて目を動かすが………もう遅い。

焠がる大赤翅は死なない。尽きせぬ力はあらゆる脅威を上回り、そしていともたやすく圧倒する。

だからこそ人という不完全な形になったこと、巨大な形になったこと、鈍重な形になったこと………無垢に、無邪気に、何よりも”無知”になってしまったこと。

その全てが焠がる大赤翅に傲慢な後手を選ばせ、そして今焠がる大赤翅は”詰み”を迎えたのだ。


「Vooooo………Aaaaa、Da、Ma? Wu?」


ごろん、と。



巨大(おお)いなる頭が、墜ちた。

・エターナルゼロ戦闘形態(バトルフォーム)

赤子に近づく、というライフワークはしかし深刻な戦闘力の欠如と伴う。それを逆手に取り、既に獲得していたクターニッドの性別変更効果の聖杯が各種パラメータを参考にすることを踏まえ、通常時の五歳児相当の未成熟な肉体とは真逆の成熟しきったマッシブな女性の姿に変身する。

これによってフィジカル・ディスアドバンテージを解決することに成功したものの次はその代償にレベルが下がりすぎたため、ベヒーモス内で開発した遺機装によって出力を無理やり補強した。

最終的に完成したのが「勝利宣言(フィニッシュホールド)」などのダメージ上昇スキルで攻撃スキルを強化し、そしてそれを「キネシス・ブースター」によって半ば自爆に近い過剰出力で叩きつけるという特攻に近いバトルスタイルの確立であった。


ちなみに本人はサンラクを参考にしているのだが、もしサンラク本人がこれを見たらドン引きすると思われる。

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