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エピローグ それぞれの今と次

「ん、くぁぁ……はー疲れた、一週間後までには調子を取り戻さないとなぁ」


 サンラク……陽務 楽郎が自室に設けたゲーム設備よりも、価格も規模も上位互換な部屋で、オイカッツォ……魚臣 慧は身体を起こす。伊達や酔狂でプロゲーマーをやっているわけではない、日本のみならずアメリカやヨーロッパにも名を知られたプレイヤーたる慧ともなれば、ゲームの為だけにマンションを一室借りる程度造作もない事だ。


「しっかし、本当良くできたゲームだよシャングリラ・フロンティア……ほんの暇つぶしのつもりだったんだけどなぁ」


 理路整然と並べられたゲームソフト棚。一週間後に大会を控える身としては今回のようなエナジードリンクも用いた強行軍はあまりやるべき事ではないが、友人二人の不敵な笑顔に自分も乗せられてしまったのは事実だ。慧はスポーツドリンクを一息に呷りつつ、携帯端末を操作しながらバスルームへと向かう。


「対戦相手は「アイヴィ・エクスプレス」……あいつらメタるの下手くそだからまぁ何とかなるか。となると……ん?」


 携帯端末に表示された朗報と悲報、それを見た慧は眉を顰めて思案する。思い浮かべるのは先程まで共に激闘をくぐり抜けた二人の人物。


「いやでもそれは流石に……いやしかしアイツ(・・・)にぶつけるならあの二人は割とアリでは……ま、なるようになるか」


 携帯端末を放り投げ、慧はバスルームへと入る。スリープモードに入る直前、携帯端末には「GGC」の文字が表示されていた……













「大躍進、大躍進だよ私……!」


 ヘッドギアを外し、家政婦が置いたのだろうペットボトル入りの緑茶(市販品ではなく作ったものをペットボトルに移した自家製)で乾いた喉を潤し、斎賀 玲は小さくガッツポーズを取る。

 すれ違う事幾たび。あくまでも彼のプレイするゲームに慣れる前段階として始めたシャングリラ・フロンティアであったが、今では手段が目的になってしまった事に何も感じないわけではなかった。だがそれが功を奏し、かつてないほどに彼とコミュニケーションを取ることが出来ている。半ば強引にとはいえプレイヤーの先輩として自分のクランに玲を入れた姉の(もも)には感謝の言葉しかない。


「こ、このまま仲良くなってゆくゆくは……」


 ゆくゆくは現実でも交友を。

 普通にリアルで話しかければ良いではないか、と言われるかもしれないがそれが単純なようで非常に困難であることを玲は知っている。それに玲が機嫌の良い理由はもう一つあった。


(最初あの女の人を見た時はとても驚きましたが……ゲーム友達、そうゲーム友達ですから……)


 アーサー・ペンシルゴン。同性だからこそわかる彼女の自然な身のこなしと、姉の態度からほぼ確実に「天音 永遠」本人であろうプレイヤーが彼と親しいと知った時は、今にも崩落しそうな吊り橋を渡っている最中に上から炎を纏った肥満体の巨人が降ってきたかのような絶望感を感じたものだが、フレンドならセーフ、セーフである。


 現状で玲が目指しているポジションの数手先を進まれているような気もするが、その点からは目をそらす。


「がんばれ私……いや本当に!」


 斎賀 玲(サイガ-0)、自身が彼……陽務 楽郎(サンラク)から「PKとはいえプレイヤーを容赦なく消し飛ばす危険人物(やべーやつ)」扱いされていることを知らないのは、幸か不幸か。
















 サードレマでオイカッツォと別れ、ペンシルゴンからかっぱらった最後の転移魔法入りスクロールでラビッツへと転移する。


「さて…………何してんのエムル」


「ふひゃあ!! サ、サンラクサン!?」


 なぜかベッドの上で枕に頭を突っ込んでいたエムルに話しかける。俺の声に跳ね起きたエムルは俺の姿に目を見開く。あ、そういえば頭装備を変えてなかったな、鳥面どこだ……あったあった。


「ほうら鳥の人サンラクさんがリスポーンせずに戻ってきたぞー」


「ふぇ………ふびぇぇぇぇぇぇえええ!!」


「おぐふぅ!」


 兎の……それもヴォーパルバニーの跳躍力で腹に飛び込んできたエムルに倒れそうになる身体をなんとか踏ん張って耐える。


「じゅごいでずばぁぁぁ! じんばいじでだでずわっ! ザンラグザン、ウェザエモンを倒じだでずわぁぁぁ!?」


「なんて?」


「おどーぢゃにづだえできばずわぁぁぁぁ!!」


 行っちゃった。どうでもいいことだが「でずわー……でずわー……でずわー……」と若干汚い山びこが響いているのにデジャヴを感じて少しだけクスッときた。





 そして数分後、俺は頭でえぐえぐ泣いているのか笑っているのか分からないエムルを乗せてヴァッシュの前にいた。


「うぇぐっ、えぐっ、ぢぃーん!」


「待てお前何で鼻かんだ!?」


 ハンカチだよな? ハンカチだと言ってくれ、ハンカチだといいなぁ。


「おう……いいかい?」


「あ、うっす」


「そんじゃあ聞かせてぇもらおうかい……あの「死に損ない」はどうだったぁ?」


「強かった、少なくとも……えーと、そうルーザーズ何とかとは比べ物にならないくらいには」


 バグ抜きなら今までプレイしてきた全てのゲームの中でもトップクラスの強さだったと断言できる。バグ有りだと断風(たちかぜ)以上の理不尽攻撃とかがデフォルトになるので強敵ランキングは複雑になる。


「はっはっは、だろうなぁ……あいつぁ、満足して逝けたかい」


天晴(あっぱれ)と、褒めてもらいやした」


「そうかぁ……そうかぁ……」


 深く、深く頷いたヴァッシュは瞑目すると、ポツリと呟く。


「育み、拓く……そろそろかもなぁ」


「そろそろ?」


「今ぁまだ俺等(おいら)ぁの話だぁ。そうさぁな……おめぇさん、世界の真実を知りてぇかい?」


「……そりゃあ願っても無いことで」


 致命兎(エピック・オブ・)叙事詩(ヴォーパルバニー)……誰よりも早く、俺はこの世界(シャンフロ)の先へと足を踏み入れるのだった…………!


「そのためにゃあちぃとばかし必要なもんがあるんだけぇどな」


「ウィッス」


 足を踏み入れる前にお使いクエストかぁ。



















 随分と身軽になったものだ、と苦笑しながらも駆け足でファステイアからサードレマ、そして千紫万紅の樹海窟を訪れたペンシルゴンは迷いない手つきでサンラク、オイカッツォ以外の全てのフレンド関係を破棄する。


「さぁこれで真っさらなプレイヤーペンシルゴンとして再出発かぁ」


 もはやその場所にロケーション以上の価値はない。だがそれは第三者の価値観であって、ペンシルゴンにとっては依然として大切な場所である。光を失い崩れた苔の先、暗いトンネルを抜ければそこは彼岸花の花畑。ペンシルゴンは彼岸花の絨毯の先、枯れた桜の木の根元へと辿り着く。


「文字通りの素寒貧だからね、ここに来るまでに適当にゴブリンやらでお金稼ぎして買ったけど……今度来る時にはもう少しマシなものを用意するよ。NPCの花屋とか初めて利用したよ、あはは……」


 枯れて生命を感じさせない、しかしそれでも崩れ落ちてはいないその枯れ木の、いつも彼女がスポーンしていた場所にペンシルゴンは白い花で作られた花束を置く。


「見たことない花だからどんな花か聞いたらさ、笑っちゃうよね……セツナトワって言うんだってさ」


 自然発生したそれは五分で満開となり、五分で枯れ落ちる地味に入手が困難なレアアイテムではある。しかし一度アイテムとして採取すればその花は破壊しない限りは枯れる事がない。刹那を生き、永遠に残る……故にセツナトワと名付けられた虚構(ゲーム)の花は、ペンシルゴンをして実は運営が個人情報を覗き見た上で全部裏で手を引いているのでは、と疑ってしまうほどには「出来た」展開であった。


「貴女は自分の事を写本、って言ったけど。私にとってはそれが原典で、それが本物だったんだよ」


 例えそれがたかが(・・・)ゲームの一キャラクターであっても、ペンシルゴンの言葉に喜怒哀楽を示し、応えてくれた彼女はされど(・・・)ゲームのキャラクターである。


「セッちゃん、私もう少しこの世界(ゲーム)を楽しんでみるよ……セッちゃんに出された「宿題」もある事だしね」



 ──────もしも貴方達が自身のルーツを、世界の真実を知りたいと願うのなら「バハムート」を探しなさい。



「上等だよ、バハムートだろうがなんだろうが骨の髄まで白日に晒してあげるよ」


 決意新たに、天音 永遠アーサー・ペンシルゴンは本気でゲームへとのめり込む。









 墓守のウェザエモン。誓いで己を縛り、永劫を墓守として過ごした男が眠った。恋人の不器用を知るが故に、世界に刻まれる程の願いを抱いた女性の残滓が役割を終えた。

 世界は次のステージへと進み、開拓者達は新たな未知に心躍らせる。新天地は開かれ、「大航海」が始まる。


 シャングリラ・フロンティアはさらなるヒートアップを迎えるのだった……

これにてプロローグから墓守編まで一旦終了でございます。

一週間ほどお休みさせていただきますが、ちょいちょいキャラ紹介や度々感想欄で尋ねられる「墓守のウェザエモンの適性攻略ってなんなの?」「天晴のダサい攻略方法ってなんなの?」について書いていきたいと思います。

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