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進む世界、明かされる英雄

大型アップデート、その内容で賑わうシャングリラ・フロンティア。それは本当に唐突な出来事であった。


カラーン、カラーンと荘厳な鐘の音が鳴り響く。殆どの新規プレイヤーが何事かと目を丸くする中、サービス開始初期からプレイしている者たちはこれが所謂ゲームマスターによるアナウンスであることを思い出す。



『シャングリラ・フロンティアをプレイされている全てのプレイヤーの皆様にお知らせ致します。』


「なんだ?」


「アプデ内容に不具合があったとかじゃないか?」


「あー、それか」


殆どのプレイヤーが先ほど実施されたアップデートになんらかの不備があったのではと予想する中、告げられた内容は全てのプレイヤーを驚愕させるものであった。




『現時刻を持ちまして、ユニークモンスター「墓守のウェザエモン」の討伐を確認いたしました。討伐者はプレイヤー名「サンラク」、「オイカッツォ」、「アーサー・ペンシルゴン」の三名です。さらにユニークモンスターの討伐に伴い、ワールドクエスト「シャングリラ・フロンティア」の進行を報告させていただきます』



「はぁぁぁ!?」


「ちょっ、ユニークモンスター!? 倒したってマジか!」


「たった三人で!? てか墓守のウェザエモンって聞いたことないんだけど!」


夜襲のリュカオーン、天覇のジークヴルムを始めとする七体のモンスター。所謂ワールドエネミーとして他ゲームで扱われるただ一種しか存在しない、そして例外なく強大なモンスターがたった三人のプレイヤーによって攻略された。その事実は瞬く間にシャングリラ・フロンティアのプレイヤー達に広まり、明かされたプレイヤー名の特定が始まる。


「アーサー・ペンシルゴンって阿修羅会のあいつだろ?」


「阿修羅会ってトップクランの連合に壊滅させられたんじゃなかったか?」


「サンラクって確か「兎連れ」の鳥面プレイヤーじゃ……」


「この前までサードレマにいたっていうプレイヤーがなんでユニークモンスター討伐に参加できるんだよ!?」


「ていうかオイカッツォって誰?」


「聞いたことない名前だ……追い鰹?」



さらには討伐者達の特定とは別の方面で賑わう者達も。


「おい誰か「教授」にリアルで連絡できるやついないのか!?」


「確か黒狼に奥さんいるんだろ、誰か奥さんに頼んで呼んで来てもらえ!」


「ここに来て「七つの最強種」の不明枠が明らかになるとは……」


「ジークヴルム、リュカオーン、クターニッド、オルケストラ、そしてウェザエモン……不明枠はあと二体か」


クラン「ライブラリ」。シャングリラ・フロンティアという世界観の考察を掲げるプレイヤー達は唐突に明かされた新たな考察要素に動きを活発化させる。


「今奥さんのところへ使いを出した、ログインしてればいいが……」


「というかユニークモンスターはこの大陸に全ているのか?」


「いや、出現したからって実際に倒すフィールドがこの大陸とは限らない。それにオルケストラとクターニッドはNPCの話から明らかになったユニークモンスターだから、どこにいるかも定かじゃないしな」


「実際に目撃されてるリュカオーンやジークヴルムもランダムエンカだし、新大陸にいても不思議じゃないか」


「いや、それよりもワールドクエストを調べるのが最優先だろう。グランドクエストとは別なのか?」


「普通のストーリーとは別扱いとみていいでしょうね、大まかなストーリーが「NPCと協力して世界を開拓する」なら、ワールドクエストは「世界そのものが次のステージへ進んだ」とも考えられるわ」


「だとすれば何らかの変化が起きている可能性があるな、黒狼辺りに頼んで調べてもらうか?」


「いやそれよりもまずは墓守のウェザエモンの考察だ、討伐したプレイヤーとのコンタクトを……」


「奥さん、教授を叩き起こしてすぐ呼んでくれるって!」


「よし! ありがとう教授の奥さん!」


「叩き起こされる教授可哀想……」











当然ながら、その情報は阿修羅会の壊滅に沸き立っていたトップクランにも届く。


「アーサー・ペンシルゴンがいないと思ったら……ユニークモンスター討伐だと!?」


「というかサンラクってリュカオーンの呪いを喰らったっていう……」


「団長!」


「団長!」


クランメンバー達が視線を向ける先、そこには動きやすさを重視しながらも、並の重装甲よりも防御力の高いVITと見た目の良さを両立した装備を身に纏う女性が静かに立ち上がる。


「やれやれ、まさか我々より先んじてユニークモンスターを倒すプレイヤーがいたとは……トップクランも形無しだな」


「どうしますか? 新大陸行きの件もありますし……」


「新大陸行きは変わりないが、私を含めた何名かはこっちに残そう。リュカオーンの呪いの件もあるし俄然彼らに話を聞きたくなった」


「アーサー・ペンシルゴンはどうするんだ? 逃げたオルスロットよりも厄介な厄介だけど?」


クラン「黒狼」のリーダー、サイガ-100は話題に上がった人物の一人、今しがた壊滅させたPKクラン「阿修羅会」の副リーダーであり、恐らくは情報屋を介して阿修羅会を売った(・・・・・・・・)犯人である、激しく見覚えのある顔をしたプレイヤーを思い出す。


(奴め、阿修羅会を売ったのはこれが目的か……となると、阿修羅会はユニークモンスターを秘匿していたのか。我々は体良く使われたわけだ、まんまと一杯食わされたな……)


今でこそ攻略最前線を行くトップクランとしての座を欲しいままにするクラン「黒狼」ではあるが、その最終目的は「夜襲のリュカオーンの討伐」である。

いいように利用され、あまつさえ先んじてユニークモンスターの討伐という栄光を取られた挙句、重要人物たるサンラクなるプレイヤーすら手元に置くアーサー・ペンシルゴン。

サイガ-100とも因縁浅からぬ彼女が数手先を取っているという事実にサイガ-100は歯噛みするが、すぐさま思考を切り替える。


(とりあえずどうにかしてやつとコンタクトを取れればいいが、場合によっては「ロンダリング」による交渉も視野に入れて……ふふふ、楽しくなってきたじゃないの……!)


肉食獣じみた笑顔を浮かべるサイガ-100にクランメンバー達は怪訝な顔をする。そこでふとサイガ-100はこの場にいるはずの人物がいないことに気づく。


「ん? れい……ゴホンゴホン、サイガ-0はどこに行った?」


「そういえばいないっすね」


「なんかさっきフレンドがピンチだからとか言って【朋友救助(フレンドワープ)】してましたよ」


「フレンド……? あぁ、確か気になる人とフレ登録したとかなんとか言ってたな……」


今までゲームとは無縁の生活をしていた妹が自分がやり込んでいるゲームを始めた、と聞いた時には年甲斐もなく大はしゃぎしたものだが、それが気になる男性に近づくため、と知った時には男日照りな自分よりも先んじている妹に愕然としたものだ、と斎賀 百(サイガ-100)は少しだけ遠い目をするが、素直に妹の恋を応援することにして、クランメンバーには気にしないように、と告げておく。


まさかサイガ-0のフレンドがサンラクであるとは、この時点ではサイガ-100は知る由もないのだった。












呆然、唖然、愕然……それを表現する言葉は多々あれど、要約すればオルスロットは茫然自失としながらGMアナウンスを聞いていた。


「墓守のウェザエモンを……倒した?」


プレイヤーキラーとして、シャンフロでも屈指のプレイヤーであると自負していた自分を数秒で斬り殺したあのウェザエモンを、認めたくはないが自分よりも優れた姉ですら一分持つかどうか微妙であったあの鎧武者をたった三人で討伐した?

その事実はオルスロットの怒りを困惑とショックで吹き飛ばす程には衝撃的なものであった。


「サンラクって確かあの……」


「なんでペンシルゴンさんとそいつが?」


ざわめくクランメンバーを気にする余裕もない。オルスロットはただただ口を開けて呆けたようにへたり込む。

今まで積み上げてきたものが一夜にして崩壊し、トップクラン「黒狼」や考察クラン「ライブラリ」ですら把握していないユニークモンスターを知っている、という優越感は木っ端微塵に粉砕され、オルスロットは感情が表現に追いつかない。


とその時、秘匿の花園の中心に歪みが生まれる。そしてそこから現れる三人のプレイヤー。


「おー、ペンシルゴンの予測が当たったね。アレが二人が言ってた「赤点のオルスロット」?」


「なにそのショボそうな二つ名、ウェザエモンかよ」


「あはは、ウチの愚弟にそんな仰々しい名前はいらないよ」


明らかに消耗しきった様子で、ペンシルゴンに至っては武器すら持っていない。だが三人の顔には確かな達成感が浮かんでおり、更に言えば普段はウェザエモンに敗北すればセーブ地点でリスポーンする筈が、三人がこのエリアに出てきたということはウェザエモンの討伐が事実であることを再確認させられる。


「お、おま、お前ら……!」


「なによ愚弟、文句があるなら言いなさいよ。あんたがクソつまらない方法ばっかとるから私が先に倒した、それだけよ」


「………!……っ!」


あまりに理不尽な物言いに、口から出る筈の文句も罵倒もあまりの怒りに喉に詰まってしまう。


「クラン陥れてその物言いは酷くね?」


「いやいやサンラク君、こいつらはPKの()を理解していないイキ(・・)ってるだけの三流だよ。やったらやり返される、ぶくぶく太って痩せるのが怖いからってチキンになっちゃってさぁ……だから私が腹パンして腹の中のもの全部吐かせた、それだけだよ」


「うわぁ、ガチギレペンシルゴンって割とレアじゃない……?」


「PKに一家言姉貴怖いですわぁ」


「黙って聞いてりゃクソ姉御……! もういい、この場でお前ら全員ぶっ殺してやる……ウェザエモンのドロップアイテム根こそぎ接収してやるからな…!」


その言葉を合図に阿修羅会の残党達は武器を構え、三人を取り囲む。しかしくだんの三人はと言えば、それは予想通りであると言わんばかりに落ち着いた様子を崩さない。

その一々がオルスロットの癪に触る。特にあの半裸だ、明らかにナメた格好でありながら誰も知らないユニークを持ち、さらにウェザエモン討伐のメンバーに入っている、という事実の一々が気にくわない。

元々数多のクランに狙われつつあった阿修羅会の戦力増強、さらに言えば初心者が廃人も知らないユニークを持っている、という事が気に食わなかった。シャンフロのシステムもろくに把握していない初心者なら少しばかり脅しつけてやればどうとでもなると思っていたが、それが間違いであったとオルスロットはようやく気づく。

一番の敵は身内で、水面下で広げられた蜘蛛の巣に気づいた時には何もかもが手遅れで。抜けていったメンバー達は「なんか違う」と言う意味不明な理由でクランを去って。


何もかもが思い通りにならない事実についにオルスロットがブチ切れ、オルスロットが持つ「殺戮者の魔剣(スローターブリンガー)」に強化の魔法を付与する。


(まずはあの半裸(サンラク)、次にオイカッツォとかいうやつ、そして最後はクソ姉御を全員で袋叩きにしてやる……!)


オルスロットは気づかない。(ペンシルゴン)がため息をついている事に。ペンシルゴンがこの場にオルスロット達がいる事などとっくに気づいていて、それでもなお出てきたという事がどういう意味なのかを理解していない弟に。


「全く……大局的な視点を持てといつも言ってるのに、目先の利益に釣られるんだから……」


「ありゃFPSとかで砂のスコアにされまくりながら味方が無能だとキレるタイプだな」


「あー、なんかわかる」


何故この三人はこんなにも冷静なのか、なにを理由にこの状況でその態度が取れるのか。頭に血が上りきったオルスロット以外のプレイヤー達が怪訝な表情を浮かべた直後。


「いやはや、まさかのサンラク君の意外な交友関係ではあるけど、この場合は好都合だったね」


三人の、厳密に言えばサンラクの眼前に魔法陣が発生する。本来ここにいないはずの存在が、足の先からこの場所へと存在を固定していく。その装甲は半端な攻撃では傷一つつくことのない堅牢さと、同時に神々しさを備えた白金の鎧騎士。その姿にオルスロットのみならず、他の阿修羅会メンバーも驚きに目を見開く。


以前のアップデートにより追加されたPK対策の一つ。プレイヤーがPKに遭遇し襲われている場合、そのプレイヤーのフレンドに「救難信号」が送信される。

そして、フレンドの中に【朋友救助(フレンドワープ)】を会得している者がいれば……


「MMOで何もかも思い通りになるわけないでしょ? だからあんたはオフラインの一人用ゲームがお似合いだって前々から言ってるのよ」


「あ、一人プレイでゲームするならフェアリア・クロニクル・オンラインってのがオススメだぜ」


「サンラクお前、鬼かよ……」


「サイガ-0……!?」


忘れもしない、つい先ほど派手に阿修羅会の拠点を吹っ飛ばした悪夢が、まごう事なき本物の最大火力(アタックホルダー)が目の前にいる。


「………「アポカリプス」」


阿修羅会がアーサー・ペンシルゴンを抜いて全滅するまでおよそ五十秒。それが牙の抜けたプレイヤーキラー達の限界だった。


多分この話の中で一番の被害者はいきなり拠点チクられた上に、最高クラスの火力と物量で蹂躙され、挙げ句の果てに情報アドバンテージも無に帰して最後はトラウマにボロ雑巾のようにボコられたオルスロット君だと思います。職業:殺人鬼になるレベルでPKしていたツケを払わされたとも言えばそこまでですが。

ぶっちゃけ彼は悪役というよりペンシルゴン側の話を進める舞台装置です。

なおペンシルゴンこと永遠さんは独り立ちしてるのでいきなりリアルで弟が強制切断! とかはないです。

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