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刹那に想いを込めて 其の十六

 墓守のウェザエモン。

 ほぼ全ての攻撃に対して怯み無効……所謂スーパーアーマーを持っており、さらには戦術機馬【騏驎】による撹乱、僅かな間しか観測できなかったとはいえ自壊をトリガーとする第三形態の存在からペンシルゴンは「時間経過によるウェザエモン自身の自滅」こそが攻略方法であると当たりをつけていた。


(最初の十分はウェザエモンから生き延びる、次の十分は騏驎にメンバーを割いて双方の合体阻止、そして全体攻撃をトリガーにウェザエモンに攻撃が通るようになるから攻勢に転じる……成る程こういう流れだったわけね)


「なんか狂人じみた笑い声が聞こえるんだけどあいつ大丈夫?」


「大丈夫だと思いたい……けど、どうであれコイツを食い止めないと勝ち目はないよ」


 実質無敵状態に等しい第二形態までのウェザエモン相手では活かすことができなかった追加効果付きの攻撃スキル。それが解禁された事でサンラクの生存率は上がっている……とペンシルゴンは見立てている。

 アレ(・・)は逆境であればあるほど……訂正、逆境(クソゲー)であればあるほどモチベーションとプレイヤースキルが跳ね上がる手合いだ。

 どうやら二十分間にも及ぶ耐久の鬱憤を存分に晴らしているようで先程から高笑いが止まないのでまだ生きているようだ。


「サンラク君も言ってたけど、こいつとウェザエモンを合流させたら多分詰む。ウェザエモンに攻撃が通るならこいつにもダメージが入るようになった……と思う」


「少なくとも二人掛かりで倒すような敵じゃないよね」


 墓守のウェザエモン本体が人型エネミーの臨界であるとするのなら、今の騏驎は極めてシンプルな……強敵としてのデザインだ。


「なんかこう、隠し球とかないの? ウェザエモンにぶつけた瓶みたいなさ」


「実はあるんだなこれが」


 そう言いながらペンシルゴンは、随分と寂しくなったインベントリから僅かに残ったアイテムを取り出す。


「じゃじゃーん!」


「なにそれ」


魔魂丸薬(イヴィル・フォース)っていうおクスリ、原材料は聞かない方が精神衛生上健康デス」


「効果は?」


「十五分間実質レベル99の力を得る代わりに、副作用(ペナルティー)で酷いことになる。昔私も使ったことあるけど、色々酷かった」


「オッケー」


 ご丁寧に三つ用意された黒い丸薬の一つを受け取ったオイカッツォは躊躇うことなくそれを使用した……次の瞬間、オイカッツォの見る世界の何もかもが反転(・・)する。


「うおお!?」


「まず視覚情報の色調反転、まぁ元々色が逆転したようなフィールドだし問題なかったり? 他にも聴覚が靄がかったような状態になったり鼻が効かなくなったり……まぁ致命的ってほどじゃないけど五感が鈍くなったりおかしくなったりするわけで……まぁそれすらも序の口だよ」


 自身も魔魂丸薬を使用し、自身に莫大量のバフが付与されたことを確認して改めて騏驎甲冑へと向きなおる。


「さぁ、ここからは三十秒毎に1レベルずつレベルダウン(・・・・・・)する喪失感との戦いだよ……!」


「はぁあ!?」


 実質的な「30レベル消費」という重い制約を代償に、十五分間限定で小学生でも最強になれる禁忌のドーピングアイテム。

 視覚的にあまり健康的ではないモンスターの、例えデータでもあまり触りたくない部位(アイテム)を調合した魔魂丸薬によってやけくそドーピングを行なった二人は、サンラクの……厳密にはサンラクと戦う墓守のウェザエモンの方へと向かおうとする騏驎甲冑へと駆け出す。


「クッソ、これが終わったらレベル20からやり直しぃ……!? あーもう、サンドバッグにしてやるから覚悟しろロボットめ!」


 人型という形を得たが故に、人と同じ弱点を抱えた騏驎甲冑。その脚部が地面を踏みしめた瞬間に、オイカッツォは拳に緋色の光を纏わせ関節を狙う。


「赤、黒……足して緋色! 混合拳気【火緋彩】! んでもってインファイトからの……デュアルインパクト!」


 赤よりも濃く、黒よりも明るい緋色の輝きを放つ左拳のジャブが騏驎甲冑の膝関節へと命中する。しかしその程度で揺らぐ程騏驎甲冑は軟弱ではない。それはオイカッツォも承知の上、左で殴りつけた場所に浮かび上がる十字状のマークを今度は渾身の力を込めた右拳のストレートで打ち抜く。

 次の瞬間、騏驎甲冑の膝関節に無色無熱の爆発が如き衝撃が襲いかかる。流石の巨体も膝関節にここまでの負荷を受ければノーリアクションとはいかない、騏驎甲冑は膝かっくんでも食らったかのように不自然な動きで体勢を崩す。


「スイッチ!」


「はいよ!」


 スイッチを切り替えるように場所を入れ替わったオイカッツォとペンシルゴン。その槍の穂先が狙うのは……オイカッツォが狙った膝関節。


「その膝、砕け散るまでイジメ倒してあげるよ……!」


 ペンシルゴンが握る槍には既に複数のエンチャント、そしてペンシルゴン本人にも自前で付与したバフで強化が重ねられている。

 傷口を抉るようにダメージを受けた騏驎甲冑の膝関節へと突き出された槍が帯びるエフェクトは、槍系スキルの中でも最上位に位置する「日差しの穂先(スピアオブサンレイズ)」。叩き込まれた攻撃が追い打ちをかけるように熱量を解放するが、それでもなお騏驎甲冑の膝関節が破損することはなかった。


「硬いなぁ……」


「でも通った(・・・)。やっぱりここが正念場だよ」


「とりあえずこっちも避けゲー開始だけどね!」


 騏驎甲冑の背から発射された二人をホーミングするミサイルを回避し、オイカッツォとペンシルゴンはそれぞれの手段でそれらを回避する。

 その隙に立ち上がった騏驎甲冑は見せつけるようにペンシルゴンへと掌を向けると、そこから莫大な熱量と破壊力を内包したレーザーを放つ。


「やばっ」


 身を捻ったペンシルゴンの左半身を熱線が襲う。魔魂丸薬の効果もあってか驚く事に即死しなかったペンシルゴンではあるが、その左半身は今にもポリゴンとして解けてしまいそうなほどに不安定になっている。


「よいしょお!」


「せめて一言欲しかったなぁ!」


 思考は一瞬、器用に右腕だけで槍の穂先を自身へと向け、躊躇う事なくペンシルゴンは槍を自身の腹へと突き刺す。

 なけなしのHPが全損し、ペンシルゴンの身体がポリゴンとなる……前に、オイカッツォが投げた蘇生アイテムによってペンシルゴンは全快状態で復活する。


「左手が使えないんじゃ槍使いとしてはお荷物だからねぇ……!」


 インベントリから使い捨て魔術媒体(マジックスクロール)を取り出し、その中に込められた雷撃の魔術を器用に騏驎甲冑の膝関節に叩き込みながら、ペンシルゴンは槍を携え走り出す。


「拳気「赤衝」、ハイストレングス、剛力充躯(ごうりきじゅうく)、……転べ!」


 縄傀儡【蛇】によって縄が騏驎甲冑の足へと巻きつき、ありったけのSTR強化を付与したオイカッツォが縄を騏驎甲冑の進行方向とは真逆へと引っ張る。膝かっくんとはまた異なる、さながら足を引っ掛けられたように体勢を崩した騏驎甲冑がうつ伏せに転倒し、その隙に二人の攻撃が叩き込まれる。


「ああもう、火力も手数も何もかもが足りない!」


「ヘイトを稼いで死ななきゃ私達の役割は及第点だよカッツォ君。殴れこそすれ、耐久戦には変わりないんだから……!」


 騏驎甲冑の掌から放たれる拡散型のレーザー掃射を最低限の被弾で対処しながら二人は改めてそれぞれの得物を構え直す。


「ちなみに満点は?」


「そりゃあ、あの暴走ロボットをスクラップにしてやる事でしょ」


「成る程、だったら目指してみようか花丸満点!」













 下から真上へと頭を振って首を断つ横薙ぎを弾く。頭パリィ、便利なんだが疲れるな……


「チッ……やっぱりレベル50が一人で倒せるようなデザインはしてないか」


 幾度となく攻撃を叩き込み、それなりの回数怯ませてはいるが……流石に俺一人で倒せるような相手ではない。仮にも夜襲のリュカオーンと同じカテゴリに属する奴だ、分かってはいた。だがこちとら足を噛みちぎられ上半身むしゃむしゃされるまでリュカオーン相手に粘ったんだ、ほぼ対人戦で超速フレーム攻撃程度なら恐るるに足らん。


「クソゲーレベル足りてないんじゃないのか?」


 クソゲー度合いをレベリングしろとは言わない……言わないぞ。

 戦角兜【四甲】の頑丈さもさる事ながら、やはり兎月の調子がすこぶる良い。自前で体力調整できる、というのは古今東西どのようなゲームでも強力な要素だ。


(体力調整は出来た……さて、いつ使うか)


 体力は三分の一より少し下、レベルは向こうが遥か上。良い感じに空腹パラメータも底をついている。

 これによりクライマックス・ブースト、餓狼の闘志(ハンガーウルフ)共に発動条件は満たした。だがいつ使うのか、それが問題だ。クライマックス・ブーストは発動から五分間の間、体力を三分の一で維持し続けられれば効果が持続するが、餓狼の闘志(ハンガーウルフ)はそれを踏まえた上で一分しか効果が持続しない。


(このまま時間終了まで何事もなく、なんてありえないよなぁ)


 全体攻撃? さらなるフレーム攻撃? それとも別の何か? 少なくとも時間経過しましたハイ終了、なんてアッサリした終わり方ではないはずだ。蒼炎が虚空に青い軌跡を描きながら振るわれる三連撃をステップと受け流しで対処し、振り下ろされた刃が地面に最も近くなったタイミングで太刀の(みね)を踏みつける。


 足裏を焼かれるような痛みは錯覚だ、そこにダメージ判定がないことは承知している。いや、厳密には感覚として焼かれてはいるが体力ゲージはミリも減っていない……リアルに焼かれているわけではなく、痛みと言っても熱いコーヒーが注がれたコップに触れた程度の熱さ、つまりは実質無害。

 ベストステップ起動、地面に置かれている状態ですらない太刀の峰の上で踏み込んだ足が理想的な跳躍を成す。


「ふっ!」


 下弦を後ろへ投げてインファイトを起動し、続けてハンド・オブ・フォーチュンを起動し顔面にパンチを入れる。軽く仰け反ったところに上弦の攻撃を叩き込み、胸板を蹴って距離を離す。一秒ほど浮遊感の後に着地し、墓守のウェザエモンの動きを警戒しつつも投げ捨てた下弦を回収する。


「いてて……グローブとか欲しいな」


 素手で金属を殴る、というのはオイカッツォのようにスキルや魔法のアシストがなければこちらの拳が痛むだけだ。スタミナを回復させつつ、高揚に反比例して手持ち無沙汰な退屈を紛らわせるために墓守のウェザエモンへと話しかける。


「どうしたどうした、ロボ武者流剣術が通用しないのがそんなにショックか?」


 残念だが俺は他ゲーのアクションも手動である程度再現できる、あくまでもこのゲームのスキルや魔法で調整された墓守のウェザエモンを攻略するにあたって、これは大きなアドバンテージだ。そもそも俺が今使用している双剣の立ち回りも別ゲー由来だしな。


「まぁアンデッドだかサイボーグだか知らないが、そのまま削られて自壊しな」


「…………ァ、」


「!!」


 ……違う。これは違うぞ。

 ただ立ち尽くし、静かに太刀を握り直す墓守のウェザエモン。奴がこれまで「声」を出すことは何度かあった、だが今のは明確に違う。今のは……「言葉」だ。


「……ァ、リス」


「何……?」


「そ、の、断片……アリス、は……紡が、れた、か」


 それはユニークモンスター「墓守のウェザエモン」ではなく、シャングリラ・フロンティアというゲームに登場するキャラクター(・・・・・・)「墓守のウェザエモン」としての言葉。ヴァッシュの言葉、ペンシルゴンの分析、それらから俺は勝手に「魂は死んでも肉体は未だ動いてるとかそんな感じのモンスター」だと思い込んでいた。だが今、目の前には確たるAIによって言葉を発する鎧武者の姿があった。


「アリス……?」


「悠久は、果てな、く……我が身、朽ち果、て、彼ら、の……行く、末、見ざれ、ど……確かに、「フロンティア」は、為され、成さ、れた……」


「おいおいおい、この盤面でそれ(・・)は無いだろう……!」


 墓守のウェザエモンを攻略することに全神経を向けている今の俺の脳みそが考察にまで考えを巡らせることなんて出来るわけないだろ!? というかこれはイベントフラグか! ペンシルゴンの読みは当たっていたが、俺の読みも当たっていたか。何か来る、この会話イベントが終わったと同時に何かが。


「行くぞ……「二号計画(セカンドプラン)」の、申し子よ。我が、誓いを……踏み躙る…であれ、ば……我が、「晴天大征(セイテンタイセイ)」にて…………潰えよ」


ぞわりと背筋に電流が流れるような、データの意識に警鐘が鳴り響く。


「やっべ」


 次の瞬間、俺は墓守のウェザエモンというキャラクターの本気を身を以て体感させられる事になる。

第一、第二形態:オート、死んでいないだけ(・・・・・・・・)

第三形態:マニュアル、生きている(・・・・・)


大体これくらい違います



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