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刹那に想いを込めて 其の九

 期待するような、それでいて俺達を拒みたいような、しかして他の感情も混ざっているような……言い方は悪いがゼロとイチのデータがする目ではない眼差しで俺達を見るNPC「遠き日のセツナ」。

 瞬間的にオイカッツォとアイコンタクトを交わし、どちらから自己紹介するかを譲り(押し付け)合う。


「あー……どうも、ペンシルゴンの愉快な仲間達技の一号サンラクだ、こっちはエムル」


「ヴァイスアッシュの娘のエムルですわ!」


「ペンシルゴンの愉快な仲間達力の二号オイカッツォ、宜しく」


「馬鹿ワンツーとマスコットだよ」


 おいコラ。

 目線だけで俺とオイカッツォがペンシルゴンにガンをつけていると、セツナはそれぞれを見た後に口を開く。


「なんというか……凄いのを集めたわね、アーサー」


「まぁね、今でこそ雑魚だけど決戦までには仕上げるつもりだよ」


「そうじゃないわ」


 セツナは俺へと視線を向けると、自分の胸を指差して……ああ、この場合は俺の「呪い」を指し示しているのか。


「クロちゃんの強い気配を二つもつけてる人なんて初めて見たわ、それに灰被りちゃんの子供と一緒なんて……ふふ、懐かしい人を思い出しちゃった」


「ええと」


「ああ気にしないで、ただの郷愁……ずっとずっと、昔のね……」


 ペンシルゴンの様子からして、どうやら普段とは違うフラグが現在進行形で建設中らしい……オイカッツォ、ステイ。


「もう彼女はとっくに死んでいるのでしょうけど、あなたのお陰で懐かしい記憶を思い出したわ、ありがとう」


「え?あー、どういたしまして?」


 判断材料が少なすぎてどう返答すればいいか分からない。そうこうしているうちにタイミングを逃したのか、セツナは俺から視線を外してしまった。無理に聞こうとして好感度が下がるのもよろしくない。俺はペンシルゴンにアイコンタクトを送り、話の先を促す。


「セッちゃん、二人にもあいつの事を話してあげて欲しいかな」


「……分かった」




『ユニークシナリオEX「此岸より彼岸へ愛を込めて」を開始しますか?』


 来た。俺とオイカッツォは迷う事なく「はい」を押すと、セツナは一つ頷き、言葉を紡ぐ。


「彼は……ウェザエモンは私の恋人。ちょっとしたすれ違いで私が死んで……それからずっと、彼は私のお墓をずっと……そう、ずっと守り続けているの」


「なるほど、それで墓守か」


「生きていた頃の私が死んで、どれだけ経ったのかは分からないけれど、気づいた時には私はこうなっていた……別に私は死んだ事を未練に思っているわけじゃないの」


 セツナの見上げた先には、枯れ果て葉の一つもつけていない、生命力の塊のような千紫万紅の樹海窟の抜け道から彼岸花が咲き誇るこの場所に至るまでで異彩を放つ枯れ木。


「死とは終わり。終わってしまったものは過去であって、誰かの今を……未来を縛るものではないわ。だから、私はあの人が今も私の(過去)に縛られ続けていることが耐えられない……」


 だからこそ、とセツナは枯れ木からそのまま夜空を照らす満月へと視線を動かす。


「彼は私が構築したプログラ……ええと、魔法を使ってここに結界を構築した。月光の魔力を利用し、座標を次元の裏側に「反転」させることで誰にも干渉させないように」


 地味に気になる単語が聞こえたが、要するに今俺達がいる場所がコインの表なら墓守のウェザエモンはコインの裏側にいる、という認識で合っているだろうか。


「でも月がその光を失う時……新月の夜だけは結界に綻びが出来る。彼のいる裏座標へと通じる綻びが生まれるの」


「そこに飛び込んで戦う……ってことだね」


 オイカッツォの言葉にセツナは頷くと、居住まいを正して俺を、オイカッツォを、そしてペンシルゴンを見据える。


「どうか、ウェザエモンを……あの人を、眠らせてあげてください」


 セツナはそう言って頭を下げた。さてなんと返答したものかと悩んでいると、ペンシルゴンがニッと笑みを浮かべる。


「任せてよセッちゃん、あのへたれ共とは違う。この三人でセッちゃんを悩ませるあんにゃろーを張り倒してくるからさ」


 いつもの口調、いつもの仕草、されどペンシルゴンの言葉に込められた真摯な感情に俺とオイカッツォは目を丸くして顔を見合わせた。

 本当にあいつペンシルゴンか? ユナイト・ラウンズでNPC王を馬車で引き摺り回してエネミーを誘き寄せるルアーにし、NPC姫をシャンデリアに吊るしてプレイヤーを誘き寄せるルアーにしてのけたあの鉛筆戦士と同一人物?


「あのラスボスよりラスボスしてたペンシルゴンが、NPCと談笑……!?人の心を取り戻したというのかっ!?」


「サンラク君流石にそれは失礼ってやつじゃないかなー?」


「コノキモチ……コレガ、ココロ……?」


「おいプロゲーマー」


 数秒の沈黙の後、極めて普段通りの笑顔を浮かべたペンシルゴンが耳を真っ赤にしながら、明らかに何かしらのユニークでなければデザインされないような神々しい剣……いや、槍? を握る。


「よっしゃ貴様ら二人ともウェザエモン戦前の練習だ、レベル上限の暴力を脳髄に刻み込んであげよう」


 表面上は冷静だけど内心は感情がスクランブルしている状態を再現してのける神ゲーっぷりすげぇな、とか微笑ましげにこちらを眺めるセツナの表情といい本当にNPCなのか? とか様々な考えが頭をよぎる。

 数々の強敵との戦いが頭をよぎり、それはシャンフロのみに留まらずこれまでプレイしてきたゲームの記憶に……あ、これ走馬灯だな。


「おまっ!明らかにやばそうな武器を雑魚二人に出すんじゃねぇよ大人気ないぞ!」


「まずいサンラク目がマジだよあれ!PKする気だ!」


「ぴゃあああああなんでアタシまでぇぇぇぇ!?」


 HP九割で許してもらった、なおエムルはもふられていた。そしてその様子を、セツナは楽しげに……本当に楽しげに目を細めて見つめていた。






「全くもう、墓守のウェザエモン挑戦前じゃなかったら五回はリスキルしなきゃ気が済まなかったところだよ」


「聞いたかオイカッツォ、これでこそペンシルゴンよ」


「ああ、馬鹿正直に侵攻してくる分ラスボスの方が有情とまで言われたペンシルゴンが帰ってきたね」


「十割いっとく?」


 二人と一匹して両手を上げて降参のポーズを取れば、ペンシルゴンはため息をついて武器をしまう。


「そりゃライオンが家庭菜園作ってりゃ笑……おっと、我々は同じ志を持つ同志だ、話せばわかるそうだろう?」


「サンラク君、拳で伝わる青春もあるとは思わない?」


「全力で煽ってくサンラクのスタイル嫌いじゃないよ」


「アタシにもとばっちりくるからやめて欲しいですわ……」


 ゲームで得られるのはダメージの数値レベル差の実感だけです。そんな風にしばらく煽り言葉と拳が飛び交う帰り道であったが、しばし横一文字に引き締めていた口を開き、ぽつりとペンシルゴンが呟く。


「あー…………その、ね。たまにはNPC相手にカッコつけたいっていうかさー……こう、なんというかセツナって名前とか背景的にこう、他人事に思えないというか……えぇそうですぅー、私だってゲームに本気で感情移入することくらいあるわけでぇーっ!」


 顔を赤くして白状するペンシルゴンだが………それを俺たちに言うか。どうやらオイカッツォも同じ事を思ったらしく互いに苦笑を浮かべ、ご丁寧に二人してペンシルゴンを鼻で笑う。


「ゲームに本気になる?大いに結構だろ。何事も本気で取り組めるなら本気で取り組んだ方が楽しいに決まってる」


「そうそう……本気で遊ぶからゲームは楽しいのさ、というか俺それがお仕事なんですけど?」


「え、プロかつ本気で取り組んでユニークの一つも自発できていないんですか……? やめっ!指で目を狙うのはやめろ目は!」


 なんかこう、いい感じの流れにしたのにこの程度の煽り(ジョーク)も流せないとか大人気ないぞプロゲーマー。本気で取り組む場所間違えてるぞプレミかプロゲー……あっくそ押し負ける!

 ステータス配分の関係上、レベルでは上回れどSTRに劣る俺が一切の躊躇いなく目を狙う人差し指を押しとどめていると、くつくつと笑う声が。


「ふ、ふふ……ああ、そうだったね……君達も大概だったね、ふふふふ……あははは!」


 晴れやかな笑みを浮かべたペンシルゴンは両手で頬を叩くといつもの表情、ド派手な花火を打ち上げる刹那主義らしく不敵に口の端を歪めて宣言する。


「相手は畜生ストーリーボスもビックリなレベル差150を強制するユニークモンスター! それでも私達ならできる、本気でやって勝ちに行こう!」


 その言葉に俺もオイカッツォも……ついでに流れ的に乗ってきたのかエムルも無言でサムズアップする。


「馬車馬の如く扱き使って死んでも休ませないから覚悟してもらうよ!」


 決戦まで残り二週間を切り、俺たちは慌ただしく動くことになる。




「まぁ二人ともレベル50になるまでは魚釣り続行だけどね」


 デスヨネー












「くぁあ……!」


 ベッドから身体を起こしつつ大欠伸をする。昨日は色々過密スケジュールだったな、と目を擦って部屋を出る。

あの後テンションがちょっと暴走的方向にハイになったペンシルゴンに引っ張られるように徹夜で魚釣りを敢行したり。

 俺がライブスタイド・レイクサーペントよりもレベルが高くなったことで忌々しい呪いの効果によって鰻が出現しても逃走し始め、レベリングがストップして二人からネチネチ文句を言われたり。

 離れた場所に隔離され、キレた俺が釣りをしまくっていたらレアモンスター「ライブスタイド・デストロブスター」なるレベル80のモンスターを呼び寄せてしまったり。

 本格的に強過ぎてエムルでも歯が立たなかったのでペンシルゴンに全部押し付けて笑っていたらオイカッツォがまさかのロブスター二尾目とエンカしやがったせいで地獄絵図になったり。

 正直よく死なずに済んだとは思う、だが二尾のロブスターを倒した事で俺はレベル51、カッツォはレベル46にまで成長していた。レベリングを驚異的速度で完了した俺は、特技剪定所(スキルガーデナー)の事もあって一旦離脱……と、ここまでが昨晩のログインで起きた出来事。


 登り始めた朝日を窓越しに眺めつつ俺は、今日の予定を考える。


「とりあえずスキルだ、新しく覚えられるスキルがあるならそれに越した事はないし……後いくつか欲しい素材もあるし、ともかく先ずはラビッツに特技剪定所があるかどうかの確認をして、品揃え次第じゃ他の街の特技剪定所も行っておきたいが……」


 ブツブツと呟きながら牛乳をコップに注いでいた時、ふと机の上に置かれた雑誌に気づく。

 どうやら我が妹、瑠美(るみ)が持って行き忘れたファッション誌のようだが、その表紙には輝くような笑みを浮かべた女性モデルが写っている。

 その人物の本性を文字通り痛感していなければ、素直に綺麗な人だと思うだけであっただろう。つい先程まで一緒にゲームをしていたその人物をしげしげと眺めていると、横から伸びた手が雑誌を掠めとる。


「あ」


「何々?おにーちゃんもトワ様のファンになっちゃったの?」


「トワ様……?」


 俺としては「何故妹が奴の事を様付けで呼んでいるのか」という意味で口からこぼれた呟きだったのだが、どうやら瑠美は違う意味で受け取ったらしい。雑誌を掲げるようにして如何に「トワ様」が素晴らしい存在かを語り始めた。


天音あまね 永遠とわ! 日本が世界に誇る花形モデル!モデルを目指すティーンでトワ様に憧れない人なんていないわ!いたとしたらそいつはニワカだよ」


「ハナガタモデル」


「トワ様はね、変に気張る必要がないの!一挙一動を撮影するだけでファッション誌が一冊完成しちゃうくらい、もうモデルになるためだけに生まれたような人なの!すごいんだよ? 以前街でファンの子がトワ様をコッソリ撮影したのをSNSにアップしたんだけど、こっちに気づいてないし撮影のタイミングすら分からないはずなのに本当に様になってて、まるであらかじめ撮影されるのを知ってたみたいなすっっごいベストショットで………」


「あ、そうか」


「?」


「いやなんでもない、こっちの話だ。そのトワ様(・・・)とやらにもプライベートがあるんだから無断スクショは勘弁してやれよな」


 牛乳を一息に呷り、瑠美にそう言って俺は部屋へと戻る。成る程成る程、そういうことか。


「刹那主義の永遠(トワ)と永久を過ごした刹那(セツナ)ね……」


 仮に俺がペンシルゴンだとしたら例えそれがゲームというフィクションであっても、単なる偶然の一致だとしても、確かに本気で取り組みたくもなる。それも人と変わりないような反応をする神ゲーのNPCともなれば尚更に。


 一丁俺も気を引き締めますか。


厳密にはセツナは「幽霊」ではなかったり


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