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刹那に想いを込めて 其の七

 どうやら穴は途中で滑り台のように斜めに曲がっていたらしく、いつの間にか落下から滑落、そして滑走へと切り替わって行き、最後はさほどでもない速度で穴の出口から隠しエリアへと滑り出た。そんな事よりも、


「死ねえ!」


「あっくそ!そうか兎の聴力で聞き取られてたか!」


 流石にこんなくだらない事でプレイヤーネームを赤に染めたくないので素手で殴りかかったわけだが腐ってもプロゲーマー、余裕で回避されてしまう。


「全く……ここがシャンフロじゃなかったらフルボッコだったぞ」


「ここがシャンフロじゃなかったら悩んでるところを穴に蹴り落としてたよ」


「二人とも仲良く!仲良くですわー!」


 はっはっは何を言うエムル、この程度平和な方だぞ。本気で敵対関係でゲームしてたら既に五回は互いに死んでる。


「ここがペンシルゴンの言ってた隠しエリア……「涙光の地底湖」か」


 視線の先、地底に在する深い青色の湖からは雪のような光が立ち登り、ファンタジー的な突飛さこそ少ないものの、非常に幻想的な光景だ。この場所こそがペンシルゴンが指定したパワーレベリング用の曰く「ボーナスエリア」、神代の鐵遺跡における隠しエリア「涙光の地底湖」だ。


「ここで釣りをすることがパワーレベリングになるらしいけど……正直半信半疑だよ」


「まぁやってみれば分かるだろう、釣りをすれば分かるらしいし」


 釣りゲーは個人的には苦手なんだよなぁ……いや、今までやった釣りゲー(クソゲー)がリアルを追求しすぎて三十分に一回くらいしか魚がヒットしないクソ乱数ゲーだったのが原因なんだが。

 ちなみに全種釣り上げ&裏ボスのシロナガスクジラも釣り上げてトロコンした。リアル追求路線なのに釣竿で世界最大の哺乳類釣れるのはどうなん? とは問うてはいけない。クソゲーの「リアリティ」は口約束よりも容易く破棄されるのだから。









「おっ、釣れた釣れた」


「幸運格差あり過ぎだろ!」


「お魚爆釣ですわ!」


 ふはは、幸運マジ神ステ。未だに坊主(ボウズ)のオイカッツォの叫びに渾身のドヤ顔をかましながら、俺は六匹目の魚……魚?を釣り上げる。




・ライブスタイドサーモン

生命の潮流に住まう鮭。その身は食した者の体力を回復させ、その卵は優れた魔法触媒となる。

大いなる大地にも命があり、血と命が巡る。



 見た目は薄く発光する銀色の鮭だというのにやたら壮大な説明文だ。鮭だと氷頭なますが好きだ。我が家では毎年父さんが鮭を釣って帰ってくるのでそれなりの頻度で鮭が食卓に上がる。



「幸運補正があるにしても釣れ過ぎじゃない……?」


「幸い、釣りのコツは偉大な師匠がいてね」


 ワカサギからカジキまで幅広く釣ってくる偉大な師匠(父親)がな。俺が本格的にゲームを趣味にするまではよく父さんに連れられて魚釣りに行ったものだ、今思えばアレは間違いなく魚釣りの世界に俺を引きずりこむための光源氏計画的な謀略だったな。


「さて、とりあえず釣ってる訳だが……」


「サンラク、アレじゃないか?」


「な、なんか浮かんできますわ!」


 来たな。俺とオイカッツォは釣竿をインベントリへしまい込み、戦闘体勢に入る。ゴボゴボと湖が泡立ち始め、水柱と共にそれは現れた。


「で、でっかい蛇ですわー!?」


「出たなライブスタイド・レイクサーペント!」


 こいつこそがペンシルゴンの指示によれば「いわゆる経験値タンク」……この場合はタンクは壁役という意味ではなく貯蔵を指す、これから倒し続けるモンスターの名だ。


「長い!なんか略称考えて!」


「じゃあ鰻」


「身も蓋もないね!」


 角があり、牙を備え、鱗に包まれたそれは要素だけなら間違いなくシーサーペント……所謂シーサーペント、ドラゴンに部類されることの多い海蛇モンスターの湖版なのだが、全体的に鋭角的というよりも滑らかな流線的なフォルムは鰻に角を生やしてドラゴンっぽくしたもの……というのが俺の印象だ。


 初手は噛みつきを含めた突進か。俺とオイカッツォは簡単な動きでそれを回避すると、互いに攻撃を開始する。


「小手調べだ、最大火力で行ってみようか……「黒」!」


「トバすじゃねーかオイカッツォ……じゃあこっちも新武器のお披露目だ!」


 致命の包丁(ヴォーパルチョッパー)改め、兎月【上弦】及び【下弦】がレベルの問題上使用不可になったことで、使用可能な武器がセカンディルで作って以来ろくに強化せず使って来た湖沼の短剣オンリーになる、という問題を解決したのは「武器で困ったことがあるならワチを頼れ」というビィラックのありがたい言葉であった。

 ラビッツにおける武器屋の解放に成功した俺は、とばっちりで壊滅するという憂き目に遭った哀れなエンパイアビーの素材から新たな武器を、そして湖沼の短剣の強化を行ったのだ。


「その名も「帝蜂双剣エンパイア・ビーツイン」!」


「ひゅー!かっこいいですわー!」


 全体的に細身の刀身……下手に振り下ろせば折れてしまいそうな右の剣はビー・クイーンの素材が用いられたエストックタイプの剣であり、女王の甲殻を使った黄金と黒の意匠に針を加工した銀の刃のコントラストは、ビジュアル面でも優秀さを発揮している。

 対照的に左の剣はマン・ゴーシュと呼ばれるパリングダガーの役割を持つ短めの短剣だ。女王配下のビーの素材が用いられたそれは右のレイピアに比べるといささか地味な印象を抱かせるが、右剣の攻撃を際立て、使用者を守るという堅実さが伺える。

 個人的にこういう右と左で形が異なる双剣は大好物だ、その分フルダイブでは扱うのが微妙に難しいのだが。


「カッコつけてないで戦闘貢献してくれませんかねぇ!」


 意気揚々と殴りかかったはいいものの予想外にレベルの差が響いたらしく、無駄にヘイトを集めて鰻の攻撃から逃げ回るオイカッツォの叫びに、俺は改めて帝蜂双剣を構えて鰻へと肉薄する。鰻の注意はオイカッツォへ向いている、攻撃のチャンスだ。


「さぁ、補正込みの火力を見せてもらおうか!」


 スパイラルエッジのエフェクトを帯びた右剣の刺突が鰻の脇腹……脇腹だよな? ともかく突き刺さり、螺旋にポリゴンが撒き散らされる。

 だがそれだけじゃあない、この帝蜂双剣は右と左で異なる効果を持つ双剣。右の刃は刺突攻撃、及び刺突系スキルにダメージ補正が入るのに加えてもう一つの効果がある。


「ジィアアア!?」


「成る程、リュカオーンめ……こんな便利な効果をデフォルトで備えてやがったのか」


 ビー・クイーンの針が持つ属性がそのまま武器の属性となった右剣の一撃を受けた鰻の脇腹は、通常の攻撃による損傷と異なり、肉が抉れるようにして損傷がそのまま残っている。ポリゴンで血や肉が見えないよう処理されているのは愛嬌だ。これは帝蜂双剣の右剣が備える「壊毒」によるものだ。


 このゲームでは一部の武器やスキル、魔法……場合によりごく一部モンスターの攻撃などに「破壊属性」が付与されている。例えば剣を持った敵から攻撃を腕に受けた場合、破壊属性持ちでなかったら全力で斬り付けられたとしても基本的には大ダメージを受けるだけで腕が千切れ飛んだりすることはない。

 だがリュカオーンの噛みつきだったり、一部には問答無用でプレイヤー、引いてはMobの肉体を完全破壊する攻撃が存在する。基本的にHPが尽きるまで通常武器で一点を攻撃し続けたとしても、腕が千切れる事はないが破壊属性を帯びた武器であればそれを可能とすることが出来る。


 …………プレイヤーキラーで悪用される以外思いつかないような要素だ。恐らくそういったプレイヤーへのペナルティ、カルマポイントと言ったか、アレが更に重く課されるなどの対処がされているだろうが。


 話を戻そう、そんな破壊属性だがこの右剣の持つ「壊毒」はもう少し特殊だ。これは攻撃した部位を汚染し、スリップダメージのように徐々に破壊属性を適用させていくというものだ。さらに連続でヒットさせればさせるほどに壊毒は侵食し、スリップダメージの量は増えて行く。遅延型の破壊属性とでも言うべきか?

 そしてスキル「スパイラルエッジ」は多段ヒットする攻撃であり、クリティカルも含めた全ヒット命中であれば。


「攻撃した場所に弱点を作れるって訳だ!」


まぁそう何もかも上手くいくわけではないのだが。破壊属性を適用させるにはそれなりのダメージを与えなければならないし、態々モンスターの手足を切り落とすくらいなら頭を殴り続けて倒したほうが早い。

というか破壊属性にせよ壊毒にせよ、敵Mobやプレイヤー全てに無条件で効くわけでもない。精々元々部位破壊が前提のボスで便利……程度の代物である。


というのがビィラックの広島弁+世界観に基づいた説明をプレイヤー視点で噛み砕いて理解したものだ。世界観的に「Mobの抵抗力」を「モンスターの肉体の強靭」と言い直したりするのは分かるが面倒なんだよなぁ……ビィラックの言葉を翻訳する面倒臭さを思い出し、思わず口の中に苦味が広がるような感覚になる。


「サンラクサン!サンラクサン!思考の世界から戻ってくるですわーっ!」


「ん?ああ戦闘ちゅぼぁっぶねえ!」


咄嗟に横っ飛びしなければ死んでいた。考え事は戦闘中にするものではないな! うん!


「ちょっと集中切れてた、すまんな」


「お前に死なれると戦線瓦解するんだから勘弁してよ……な!」


「あいよ……っとぉ!」


俺とオイカッツォの同時レペルカウンターが鰻の顎をかち上げ、ノックバックを発生させる。


「さぁ、どんだけ経験値を落としてくれるか……鰻の三枚おろしだ」


「俺打撃系だから鰻の叩きになるね」


「タタキならみょうがが美味いぞ」


「唐突な飯テロはやめて!」











と、まぁカッコよく決めたはいいものの、隠しエリアだけあって中々レベルが高い鰻ことライブスタイド・レイクサーペントをレベル平均30に満たない雑魚二人で倒すのは中々に骨が折れた。

最終的にエムルに手伝ってもらいようやく倒すことができた。精神的な疲れから地面にへたり込み、ポリゴンとなって爆散した鰻を眺める俺達。


「タフネス……ほんとタフネスだった……」


「明らかに雑魚二人で倒す相手じゃあ……なかったな……」


「正直アタシの魔法受けてもピンピンしてる時は心折れそうでしたわ……」


だが、その分リターンも大きい。俺は新たに獲得した10のステータスポイントを見て笑みを浮かべる。どうやらオイカッツォの方もレベルアップにより相当量のステータスポイントを獲得したらしい。


「なるほど確かに、これは美味いな」


「4レベルも上がったよ……レベルが低いことを含めても相当経験値をくれるみたいだ」


だがこれで若干心に残っていた疑心も晴れた。確かにここで二週間も戦い続けていればレベル50……墓守のウェザエモンが指定する上限までレベルを上げることは容易いだろう。


「お、新しいスキル覚えた」


「おー」


「レベリング終わったら特技剪定所(スキルガーデナー)連結(コネクト)できるか確かめないと」


「おいおい、いきなり別ゲーの話か?」


「えっ」


「えっ」


えっ?

俺とオイカッツォの間に奇妙な沈黙が降りる。


「いやいや、シャンフロじゃ自然習得したスキルを組み合わせて合体特技作るのは基本でしょ?仮にもスキルゲーなんだから」


「がったいとくぎ」


「えっ」


「えっ」


えっ……?

奇妙な沈黙から、互いに異なる感情と表情へと変わっていく。オイカッツォは「マジかこいつ」という驚愕と疑問が混じったものに、俺は「マジですか」という致命的な大ポカの判明による驚愕と乾いた笑み。


「……ファステイアで、チュートリアルあったでしょ?」


「……オレ、ファステイア、ヨッテナイ」


「えぇ……」


もしかしなくても……何か俺は、致命的に大事な要素をすっぽ抜かしているのではないだろうか?


「あー………ぶっちゃけ聞くと、そのスキルガーデナーって要素的にどれくらい重要?」


「必須……ではないかな、基本自然習得スキルが中々良スキル揃いだからそれだけでも戦うには十分だね、実際スキルガーデナー縛りするプレイヤーもいるみたいだし……だけど選択肢の幅が体感二倍くらい増える」


「ニバイ……」


ああだめだ、目眩がしてきた。


ここに来て特大のガバが判明した事で、色んな意味で心が折れそうな感覚に、俺は上を見上げる。

今だけは空も太陽も見えない洞窟が恨めしい。


Q.具体的に破壊属性武器でPKし続けるとどうなるの?

A.街の外でも確率で賞金狩人が襲ってくる上に、あまりに酷いPKをしていると賞金狩人が複数で殺しにかかってきます。さらにペナルティも重いです、新しく垢作って最初からやり直したほうが効率いいくらいのペナルティです


後で書き直しするかもしれませんが、とりあえず破壊属性に関しては某狩りゲーの「破壊王(部位破壊の蓄積値にプラス補正)」で考えて頂けますと助かります


そしてついに発覚する主人公の大ガバ、「スキル制MMO小説なのにスキル要素が薄いのは何故?」というかつて投げかけられた質問にようやく答えることができます。正解は「主人公がチュートリアルすっ飛ばしていた上に最低限の施設にしか寄っていなかったから」です

俗に言う「早くマルチ対戦やりたいからとストーリーモードやっていなかったせいで基本的なアイテム無しでやっていた」現象ですかね

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