刹那に想いを込めて 其の三
「んんん……最近はシャンフロしっぱなしだったから身体が鈍ったなぁ……」
袖をまくったジャージ上下というファッションのカケラもない格好でジョギングしながら俺は乱れる息をなんとか整えようと苦心する。
ゲーマーは身体が資本、フルダイブゲームはその特性上筋肉が衰えやすい。故にプレイヤー自身のリアルのステータス管理をおろそかにするとゲームにも影響が出てしまう。
だからこそ、俺は買い物に行く時はわざわざ少し遠い三件先のコンビニに走って行く。例えそれが炎天下の中でも…………正直少し後悔している。
「あっつ………」
照らす日光は燦々……というよりもギラッギラに熱と光とを地上に叩きつけ、アスファルトは負けじと下からも熱を発する。意地はらなくていいから負けてくれ、夏場に床暖房する意味はないんだよ。
身体からスリップダメージの如く水分が減少しているのを体感しつつ、俺はようやく見えてきたコンビニへと駆け込む。
「あ゛あ゛あ゛ー………」
冷房最高、人類はもっと大自然に反逆すべきだね全く。ジャージの袖で汗を拭いながら、俺は店内を歩き始める。とりあえずエナジードリンクがそろそろ切れかけてるし、これから二週間はハードスケジュールだ、2ダースは買っておきたい。
「ん?」
ふとこの場にいないはずの人物が見えたような気がして、振り向いてみればそこは雑誌コーナー。様々なカテゴリの雑誌が並ぶ中、俺が目を留めたのは一冊の雑誌だ。
そこにはいつもの人を小馬鹿にする笑みとは真逆の好青年! と言った涼やかな笑みを浮かべる青年の写真が。
「週間VRフルダイバー、特集「プロゲーマー
興味を惹いたのはつい数時間前までユナイト・ラウンズでひたすら茶菓子を口に放り込みながら二週間後の戦いについて共に作戦を立てた友人の名前だけで、それ以外の
「シャングリラ・フロンティア夏の大型アップデート、鉛筆戦士が言ってたのはこれか……」
そうだな、今俺は神ゲーをやっているんだ。こういう雑誌も読むようにしないとな……そんなことより「週間クソゲーマー」とか発売されないかな、無いか。
「ふぅん……ふむ、成る程新エリア「断絶の大海」に「開拓船団」、まだ見ぬ「新大陸」……新職業「ライダー」ねぇ」
ゲーム内のスクリーンショットと思しき写真には、人の手が入っていない大自然や森の中に微かに見える奇妙な輪郭の人影、何かが浮上しようとしている海面と、見るものの好奇心を強く刺激する光景が煽り文句と共に何枚も掲載されている。
これを夏にやるってのが上手い、新規プレイヤーを引き込む方法ってのを熟知している。クソゲーはそういう広告関連も残念な事が多いからな……へぇ、それ以外にも幾つか修正が入るのか。
「何々……ほう、ふむ……」
おっといけない、つい読み込んでしまった。戻り次第色々用意をしないといけないんだ、さっさと買い物を終わらせないと。俺は買い物カゴの中にエナジードリンクを十二本入りのケースを二つ、ガッシャガッシャとカゴに入れていく。ああそうだ、菓子類も買っておくか。
「これで」
「8930円になります」
お財布の中にいる諭吉さんを一枚犠牲に、やたらに重いビニール袋と釣り銭を受け取る。昨今では電子マネーが幅を利かせているが、やっぱりリアルマネーの方が金銭をやりとりしているようで好きだ。紙一枚が何千倍もの重さに変わる感覚は中々こう、良い。
「さて、帰るか……」
「あ、あのっ! 陽務君……ですよねっ!?」
「ん?」
陽務という名字がそう何人もいるとは思えない、つまりこれは俺を指し示しているのだろう。既にコンビニから出てしまったために
いやいや、それ以前に名前だ名前。完全に初見ではない、どこかで……あ、そうか確か同学年の…………えーと………ヤバい、早く思い出せ俺。
「えーと………………斎賀さん?」
「は、はいっ! 斎賀です! 斎賀 玲ですっ! き、奇遇ですねこんなところで!」
「さ、さいですね」
この炎天下故か、顔を真っ赤にした斎賀さんがブンブンと手を振って自己アピールする。あ、なんかエムルが頭によぎるな………………ああ、だんだん思い出してきたぞ。斎賀 玲、確か高一の時は同じクラスで今は隣のクラスの人だったかな。新学期にクラスメイトが「何故斎賀さんと同じクラスになれなかったぁぁぁぁぁ!」とか嘆いてたな。
あの時はクソゲーメーカーが満を辞して発売したスクショの時点で地雷臭がする新作ゲームに思い馳せてて話半分だったが、案外覚えてるものだな。
「そ、そそのっ! 今日は暑いですねっ!」
「確かに、まだ七月でこれじゃ八月はもっと酷いことになりそうだ」
本格的に外出たくねぇな、通販でエナジードリンクとか注文しようか……いやいや、流石に不衛生すぎるか? でも暑いからなぁ……
「ええと、ええと……ず、ずいぶんと重そうですけど何を、ご購入されたのですかっ!?」
「え?あー、エナジードリンクだよ。ちょっと二週間くらい缶詰でゲームするつもりだから……」
「もっ!」
も?
「もしかしてっ! シャングリラ・フロンティアですかっ!?」
何故分かったし。俺は怪訝な目でそのうち跳ね出しそうな斎賀さんを見つめるが、よくよく考えたらゲームに詳しくない人からすれば「ゲーム=シャンフロ」でもおかしくないな。今のシャンフロはそれくらいの知名度を持っている。
「あーうん、まぁそうだね」
「そ、そのっ!………………………」
突如としてフリーズした斎賀さん。処理落ちめいたその動きに俺は思わず一歩後ずさる。ゲーム内だからこそ苦笑で済ませられるが、リアルで見ると中々にアレだな、怖い。
「わ、わたひも、シャンフロ……やってる、です………」
「へぇ」
なんか
「も、もしよけれ……っば! い、いっひょに……」
あ、メールだ。
「ごめん、ちょっと失礼」
「あひゃいっ!」
やっぱり鉛筆戦士か、何々……「はよこい」? どんだけスパルタ強行軍するつもりなんだよ、もう少しゆとりのある買い物をさせてくれよ……うわ、連続メールはやめろよ! メールボックスが凄い勢いで未読メールで埋まっていく!
「あー、斎賀さんごめん。フレンドに急かされちゃったからこれで……」
「あ、はいっ! お引き止めしてごめんなさいっ!」
謙虚な人だな、別に謝る程の事でもないだろうに。いや、こういう気配りが社会人として重要なんだろうか。俺は小さく手を振りつつ、帰宅のために駆け出すのだった。
「ああそうだ」
斎賀さんがシャンフロやってるなら、プレイヤーネームとか聞いておけばよかったなぁ。
嫌がらせの如く送られてくるメールに若干キレつつも、ログインすればそこはラビッツのベッドの上。
「おはようですわ!」
「あー、うんおはよう」
あいも変わらずテンションの高い
「NPCはリスポーンしない、かぁ……」
リスポーンとはゲームという娯楽にとってあって当然の機能である。たった一度しか遊べないゲームなんてものがあったとしたら、それはゲームとは呼べないだろう。というか「ゲームオーバーしたらデータ抹消」というゲームは実際にあった、世間からの評価は察するが。
リアル寄りのデザインのくせにやけに感情表現が激しいエムルを見ながら俺は考える。俺が二週間後に挑むのはユニークモンスター「墓守のウェザエモン」、夜襲のリュカオーンと同じカテゴリに属するそれが隔絶した力を持っていることは火を見るよりも明らかだ。
もしその場にエムルを連れていけば、高確率でエムルは死ぬだろう。というかパーティメンバーとして扱われている以上、参加人数が増えるのは鉛筆戦士の計画にズレが生じてしまう。とかなれば、事前に話しておくべきか。
「なぁエムル、実は話しておかないことがあってだな」
「なんですわ?」
「実は二週間後に墓守のウェザエモンとかいうのにケンカを売ることになってだな、その時は一時的にパーティ解散するかもしれん」
それを無理やり言語化するなら、「ビョッ!」「ゴヅン!」「ぼすっ」だろうか。
つい先ほどどこかで見たような数秒のフリーズの後、ギャグのような跳躍力で天井に激突したエムルはベッドの上に落ちて、そして頭を抱えて悶絶し始めた。
「ほぁぁぁぁぁ……っ!?」
「だ、大丈夫か? 薬草いる?」
「う、ううぇ、ウェザエモンんんんん!?」
「お、おう」
「お、おとーちゃんに知らせてきますわぁぁっ!」
「うおっ」
普段の運動嫌いは何処へやら、転がるようにしてエムルは部屋を出て行った。やまびこのように「ですわー…ですわー……ですわー………」と響いているのはちょっとだけ笑えたが、何かフラグを踏んでしまったのか?
「んー、後で鉛筆戦士……こっちじゃペンシルゴンか、二人に謝っておかないと」
直感だが、このイベントは外してはいけない気がする。
エムルが「おとーちゃんが呼んでますわ!」と戻ってきたのは大体五分ほどしてからだった。
なにやらパニック状態のエムルに連れられ、ヴァッシュの元へと行ってみれば、いつにもなく険しい顔をしたヴァッシュがそこにはいた。
まずったかな……何か地雷を踏んでしまったか? 好感度が下がるようなフラグを立ててしまったのなら鉛筆戦士のせいなので俺は悪くない。
「おう……エムルから話は聞いたがよう、お前さんの口から聞かせてくれや………あの
「あー、ええ、厳密には俺の友人が挑むのに手を貸す感じですかねぇ」
死に損ない、か。俺は墓守のウェザエモンについて、そこまで多くは知らない。だからこそ、リュカオーンの時もだったがやけにユニークモンスターについて詳しいヴァッシュの言葉は記憶に留めておく。
「おめぇさんも分かってんだろう? おめぇさんはまだ
「そうっすね」
レベル31だからな、準備期間無しに挑めばまぁ九割九分九厘即死だろう。肉盾にすらなりはしないのは確定だ。
だが、ここは重要だぞ。NPCからの質問は高確率で好感度やフラグに影響する、この場で求められるのは「二週間あればパワーレベリングできるし事前調査でメタるんで無問題っス」なんてプレイヤー的な言葉じゃない。
世界観とキャラクター性に基づいたロールプレイング、それがこの状況でのベストアンサーだ。
さぁどう答える? まずはシチュエーションの確認からだが……「わざわざ死にに行くような真似をする自分を引き止める強キャラを説得する」? いいぞ、割と良く見るシチュエーションだ。問題は何を根拠にどのようにして説得するかだが……いや待て落ち着けサンラク、お前はあの
記憶から言葉を集めろ、ヴァッシュのキャラクター性を思い出せ、俺の立ち位置を、キーワードはヴォーパル魂……っ!
「……別に俺は、「勝てる」という確信があって挑むわけじゃあないんです兄貴」
「ほう?」
単語は繋がった、文章は出来た。見せてやるぜ俺のロールプレイング!
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