刹那に想いを込めて 其の二
「一言で言ってしまえば、「墓守のウェザエモン」は阿修羅会が去年の冬に発見してからずっと秘してきたユニークモンスター。今じゃ新規メンバーのレベリングのための経験値サーバー兼対人の練習台にされた哀れな奴だよ」
ユニークモンスターは遭遇するだけで経験値が入る。確かにリュカオーンのようなランダムエンカウントでないユニークモンスターの場所を占有できたならレベリングの場としてはこれ以上ない存在だろう。成る程、阿修羅会のリーダーも中々効率厨のようだな。
「わざわざ抜けて行った連中にも箝口令を敷く隠匿っぷりだよ。でもさぁ、それは
「まぁ、確かに」
「少なくともMMOでそれをやるのは若干ナンセンスだとは思うかな」
満漢全席を眺めるだけで手をつけないようなもの、と言うべきだろうか。別にそれが悪いと言うわけではないし、責めるつもりもない……だが、そっちがやらないならこっちがやってもいいだろう、とは思う。
「だから私達は阿修羅会の奴らの隙を突いて、墓守のウェザエモンがいるエリアに潜り込む。具体的な作戦を話そうか」
俺たちへ鉛筆戦士からプレイヤー自身が情報を書き込むことができるアイテム「プレイヤーブック」が送られてくる。予め用意してたってことは、相当綿密に練られた計画っぽいな。
『ユニークモンスター「墓守のウェザエモン」はユニークシナリオEX「此岸より彼岸へ愛を込めて」を受注することで戦闘可能な人型ユニークモンスターである。
ユニークシナリオ受注条件は満月の夜に千紫万紅の樹海窟隠しエリア「秘匿の花園」に一切の武器を装備しない状態で訪れる事で出現するユニークNPC「遠き日のセツナ」と会話する事で受注可能。』
「ふぅん……」
「どうかした? 質問なら答えるけど」
「いや、こっちの話」
ユニークシナリオEX、ねぇ……やっぱりEXはユニークモンスターに直接関係するシナリオなのか。となると、俺が発生させたあれも……いや、今はそれは考えないようにしよう。
『シナリオを受注し、新月の夜に「秘匿の花園」を訪れる事で更に隠しフィールドへの道が現れる。』
「俺は未だにユニークシナリオってのをやってないから聞きたいんだけど、ユニークってのはどいつもこいつもこんなにまだるっこしいの?」
「どうだろう、セッちゃん……NPCがそれっぽいことを示唆してくれるからフラグさえ立てちゃえばそこまで悩む要素は少ないかな」
「で、次のページからがウェザエモンの攻略情報ってわけか」
『墓守のウェザエモンは戦闘開始と同時に「自身を除く戦闘エリア内の全てのキャラクターのレベルを上限50にする」スキルを発動するため、全プレイヤーはステータスが大幅に下がった状態での戦闘を余儀なくされる。
これはレベルが下がるのと同時に「レベル51から99までの間に割り振ったステータスポイント」が戦闘の間は消失するためである。
検証の結果、NPCにもこの効果は適用されるため、高レベルNPCで固める戦法も無意味と判断せざるを得ない。』
はいちょっと待て。
「レベルとステータスに干渉? 読んだ限り戦闘中限定なのは分かったが……これ無理ゲーじゃないのか、向こうは100とか余裕で超えてるんだろう?」
「鑑定持ちのプレイヤーが調べたけどレベル200だったよ、脳筋アタッカーのフルパワーですら歯が立たないチートスキルだよ全く……多分だけど特殊勝利系」
レベル差150のクアドラプルスコアを強制するとはなかなかに悪辣な。とはいえ特殊勝利系……イベント戦闘などでよく見る敵の体力を0にするのではなく、別の条件を達成する必要のあるタイプだ。いわゆる負けイベもこれに該当するわけだが、ユニークモンスターとの決戦で負けイベはあり得ないだろう。
考えられる可能性としては「特定のオブジェクトの確保、破壊」「時間経過」「特定の攻撃からの生存」……珍しいところでは「戦闘中の説得」なんてのもあるな。
「成る程、レベルは関係ないってのはこう言う理由か」
「確かにこれじゃレベルで押すタイプのプレイヤーは肉盾にしかならないな」
いや肉盾も立派な役割ではある、タンクとかその最たるものだし。だがレベルの差を強制的に150も開かされてはタンクも多少硬いだけで軽戦士と大差はなかろう。
「ちなみに勝利条件に心当たりは?」
「とりあえず負けイベ、オブジェクト関連の線は薄いと考えていいと思う。時間経過だとは思うけど、確証はない」
「ふぅん……おっ、戦闘パターンも書いてあるや、ありがたいねぇ」
格ゲーマーのカッツォからすれば相手の技が分かっているのは非常にありがたいことらしい。以前それについて話した時は「フレームも分かれば差し込める」と中々に荒唐無稽なお言葉をいただいた。初見の楽しみが削がれるのは少しだけ不満だが、鉛筆戦士の計画が挑戦一発での成功である以上四の五の言っていられない。
『通常攻撃は刀を使用したものが殆どであり、時折格闘攻撃を繰り出す。だが格闘攻撃と刀攻撃の二択であるならば刀攻撃を選択する思考ルーチンである。
以下はこれまでに判明した墓守のウェザエモンが使用する特殊行動
・
発生1フレーム疑惑のある神速の居合、致死レベルのガード貫通性能。喰らえば死ぬ。
予備動作で見切って回避する必要あり、とはいえ予備動作自体も短いのでタゲられたら死ぬ前提で行くべきか。
・
溜めモーションの後に巨大な雲の腕でエリア全体を薙ぎ払う。喰らえば死ぬ。
恐らく安全地帯は上と至近距離、AGIがあれば走って逃げ切れるかも?
・
刀に雷を纏わせ、広範囲を爆撃する。喰らえば死ぬ。
着弾場所はある程度プレイヤーをホーミングしている、着弾地点は重複するためプレイヤーが密集すると一網打尽にされる。』
おいおいオワタ式極まってんな、喰らったら死ぬが前提なのか。とはいえこれだけの性能を誇ってまだ全貌が明らかになっていないのか。
「全体攻撃かぁ……苦手なんだけど俺」
「格ゲーって普通に全画面攻撃ないか?」
「いつの時代の格ゲーだよ、フルダイブで問答無用の全画面攻撃とかどうしようもないし、便秘くらいだってそんな理不尽攻撃」
かつての2D格闘ゲームでは存在した全画面攻撃も、3D、フルダイブと移行していく内に見かけなくなった。フルダイブではプレイヤー自身が身体で対処しないといけないからな、問答無用で全ての空間にダメージを判定を与える全画面攻撃は時代の流れと共に減少してきた。あるとしても範囲攻撃くらいだ。
ウェザエモンのスキルは全画面とまではいかないがエリア全域を薙ぎ払う攻撃は中々に厄介だ、安全地帯があるのは有情だが……成る程、とことん大人数での戦闘をメタっている訳だ。下手に安全地帯にプレイヤーが殺到すれば詰まって一掃、そして数が減ればどうしようもなくジリ貧と。
「ウェザエモン自体も相当強いんだけど、本当に厄介なのはこいつ。測ってみたけど大体十分経過で出てくるウェザエモンの追加武装……」
「戦術機馬【騏麟】?」
『戦闘開始から十分ほど経過した時点でウェザエモンは追加武装を呼び出す。
戦術機馬【騏驎】は第一形態は馬の形をしたロボット、と呼ぶべき姿であるが完全に出るカテゴリを間違えているような性能をしており、ミサイルやらレーザーやらを撒き散らしながらエリア全体を爆走するため非常に危険。
さらに放置するとウェザエモンと合体し、その場合はどうしようもなくなる。
対処法としてはウェザエモン以外の存在、つまりプレイヤーが【騏驎】に飛び乗った場合、騏驎は全アクションを中断して振り落としモーションを取るため、ひたすらそれで耐え続ける。』
ファンタジーなゲームでは見ないはずの単語がチラホラと……ミサイルて。だが中身は厄介そのものだ、嫌が応にでも対応せざるを得ない上に下手をすればウェザエモン本体が手をつけられなくなる。
成る程……おおよその計画が見えてきたぞ。
「俺がウェザエモン、カッツォが騏驎、お前は……アシスト、ってところか?」
「ご明察、アレと戦った結論として私はねサンラク君、キミじゃないとウェザエモンの攻撃には対処できないと思ってるんだ。プロゲーマーに反応速度で三割勝ちを取れる君じゃないと……ね」
「それはいいけどなんで俺が馬担当なんだ? ロデオなんて別に得意じゃないけど?」
「カッツォ君さ、確かキャバクラやってたよね?」
「キャバクラ?」
キャバレークラブ……ではなく、多分ゲームの略称なんだろうが知らない名前だ……成る程、クソゲーではないのだろう。カッツォに関係するということは格ゲーなんだろうけど……肉体的に鍛える必要がなく、それでいて素人でもプロボクサーのような殴り合いができるようになる今の格ゲーはVRゲームの中でも人口が多い一大カテゴリだ、それ故に国内国外を問わず大量の格ゲーが発売されている。
その中でもクソゲー、かろうじて凡ゲーに限れば俺でも心当たりはあるが、それ以外の良ゲー神ゲークラスとなると流石に名前を朧げに記憶に引っ掛けてる程度だ。
「そこまで調べたのか……分かったよ、その騏驎ってのは俺が受け持つ」
カッツォは再び茶菓子を口に放り込むと、本格的に熟読の体勢に入る。
「しかしそれでも三人は少なすぎないか? 俺的には五人は欲しいところだが」
具体的には騏驎対処にもう一人、アシストの鉛筆戦士に加えてより直接的なバフ強化、可能ならデバフ援護をする魔法職が欲しいところだが。そんな意味を込めて問えば、返ってきたのは苦笑を浮かべた答え。
「バフ援護なら期待できないよ、少なくとも一度十人がかりで一人を攻撃バフガン盛りにしたけどそれでも惨敗……いや、完敗だったからね」
レベル制限によるオワタ式強制、追加Mob、合体による手のつけられない暴れよう……幾ら何でも強すぎる。特殊勝利はほぼ確定と見ていいが、果たして何が条件なのかを確定させないと勝ちの目は薄いな。
「騏驎はカッツォが、ウェザエモンは俺が対処するとして、お前は?」
「遊撃としてアシスト入れたり、戦線崩壊を防ぐのに徹するつもり。私じゃウェザエモンは止められないからね」
実質二人で戦線もクソもないだろうが、どちらかが崩れればそこで終わり、というのは事実だ。
「じゃあ次に具体的な進行の説明を……」
「……と、こんな感じで「時間経過」が勝利条件という前提で私達は墓守のウェザエモンに挑む」
ウェザエモンの戦闘スタイル、フィールドの特徴、騏驎の攻撃判定……諸々を話し合い、気づけば日付を跨いでいた。
墓守、という名前から特定オブジェクト……おそらく墓になんらかのアクションを取ることが勝利条件ではないか、と議論があったりしたものの、下手に墓守が守る墓に手を出して発狂モーション突入! とかされても困る、ということで徹底耐久による挑戦という結論になった。と、ここで俺はふと思い浮かんだ疑問を口に出す。
「ああそうだ、今俺NPCがパーティに入ってるんだがどうしようか?」
「SF-Zooのリーダーがヤバい顔してて見てた例のウサギちゃん?」
「いいなーユニークいいなー、俺もなんかユニーク見つけたいなー」
ドヤ顔かましたらプレイヤーブックで殴られた、本の角はやめろ本の角は!
「うーん、外した方がいいと思うよ。シャンフロは……」
NPCはリスポーンしないから。
なんとなくそんな予感がしていたとはいえ、鉛筆戦士の言葉は俺の中にストンと突き刺さる力を持っていた。
キャバクラ、正式名称キャバリー・クライシス
「騎兵同士の格闘ゲーム」という新しいタイプの格ゲーであり、動物愛護の点から馬が槍で突こうがビームを撃ち込もうが常時無敵モードであることを除けば中々の高評価を得ている良作ゲーム。
プレイヤーは体力が0になる、もしくは騎馬から落ちることで敗北し、従来の格ゲーと同じくゲージを溜めることで超必などを放つことができる。
ちなみにエイプリルフールにはペガサスに乗って空中対戦、というネタアップデートをしたら想像以上に反響が大きかったため正式に実装された……という話があったりなかったり