<< 前へ次へ >>  更新
50/869

過去から学ぶ闘争術×逃走術○

・ エンパイアビー・ワーカーの貯粉毛

エンパイアビーの中でも花粉や蜜を集める事を使命とする個体に生えた柔らかな毛。

花粉を始めとした粉末を溜め込むその毛は戦闘よりも日常生活でこそ重宝される。



・ エンパイアビー・ハンターの狩針

エンパイアビーの中でも狩猟及び外敵への攻撃を使命とする個体の針。

その特性上毒を使うことができない為、針から生えた返しによって突き刺し、毟り抉る事で敵にダメージを与える。



・ エンパイアビー・ハンターの大顎

エンパイアビーの中でも狩猟及び外敵への攻撃を使命とする個体の顎。

彼らの顎そのものに求められたのは、鋭さではなく、硬い攻殻をも砕く頑丈さだった。





「虫ってすごいよなぁ、シンプルに殺意に満ちた進化してて」


 哺乳類や爬虫類と比べてもずっとずっと死にやすいからこそ、万能性ではなく特化性を突き詰めた姿は何か大きな力を感じる。

 そう考えればタンクや前衛職と比べてもずっとずっと死にやすいからこそ、万能性ではなく特化性を突き詰めた姿はまさしく俺のことではなかろうか。

 なんて事だ、あのビー達はある意味俺の写し身だったのか……まぁなんだ、経験値とドロップアイテムご馳走様です。


「サンラクサン、じゃああれ見て一言お願いしますわ」


「殺意の塊を捕食する以上、さらなる殺意を重ねるのは基本だよなぁ、って」


 俺たちの目の前、恐らくはワーカーやハンターとはまた違う職業なのだろうエンパイアビーが花に食われている(・・・・・・・・)。いや、訂正しよう。あれは花ではない、俺もモチーフになったのだろうその昆虫の名前と姿は図鑑で見たことがある。


「ハナカマキリってやつか……ありゃ初見で見破れるやついなくねーか」


「お花がぐばーっ! って変形したですわ……」


 エムルの言葉は誇張ではない。俺もエンパイアビー・なんたらの犠牲がなければ気づかなかった、それ程までに見事な擬態をしていたのだ。すごいな、カメレオンみたいに体色を変えた上で絶妙に花畑に隠れる姿勢だ。困ったな、気楽に進めないぞ……


「とりあえず狩るか」


 アイテム説明見れば何か分かるかもしれないし。俺は懐から売店で購入した投げナイフ……クソ鳥(トキシックイーグル)の悪夢から学んだ遠距離攻撃手段をハナカマキリが潜伏していた場所に投じる。


 外部からの衝撃、それもダメージを伴ったそれは擬態が看破された事実を示しており、ハナカマキリは擬態を解いてバラバラに吹き飛ん……おっおーう?


「成る程……毒とか擬態とかじゃなくて、シンプルに物理で轢き殺すのがベストなのね」


「おっきな虫ですわーーーっ!!」


 その甲殻はまさに装甲と呼ぶに相応しく、頭部より伸びた四本角は王者の証か。同じ虫なれど蜂とは決定的に違う、重装を支えるに相応しい重くこちらの心胆を震わせるような低い翅音。


「カブトとクワガタのキメラ……ううむファンタジー」


 ガチガチと左右の()と上下の()が動く様は、まさにカブトムシとクワガタムシ双方の象徴を兼ね備えた究極の甲虫。


「ふむ、逃げるか」


「あ、あれ! 逃げるんですわ!? てっきり戦うと言い出すのかと……」


「じゃあ戦うか」


「わぁい逃亡大賛成! 脱兎のダッシュをお見せしますわ!」


 いや、戦いたい衝動は結構あるのだが様々な要因を加味して考えた結果、ここでこのカブトクワガタと……いや、厳密にはこのFoE臭い強敵Mobと戦う事はデメリットの方が多い。


 まず目立つ。俺がサードレマにいて、すでに街を出た事は遅かれ早かれバレているわけで、その内この千紫万紅の樹海窟にも人が来る。というか俺がいるいない関係なく人は来る。あのハナカマキリですら五分くらいは倒すのに手間取りそうな予感がしていたんだ、それよりも更に厄介なカブトクワガタと戦う場合、恐らく十数分かそれ以上足止めを食らうことになるし、プレイヤーから目立つ率も高い。


 次に純粋に不利。これが地上戦闘であればやりようはいくらでもあるが、向こうは空を飛ぶことが出来て、なおかつ一撃でハナカマキリを粉砕するだけの馬力を飛行中に発揮することができる。流石にこの装備で暴走車に飛び乗るような曲芸はキツい。それを差し引いてもあの重装甲だ、攻撃できる場所が限定的すぎる飛行する敵とか飛び道具が投げナイフともう一個しかない時点で無理ゲーすぎる。少なくとも投げナイフの数が有限である今現在は。


「というわけで逃走ルートだが……うおっと」


「ぴゃぁあ!」


 全身スパイラルエッジ……いや、スパイラル(バイト)&(ホーン)と言うべき全身を螺旋回転させながらのカブトクワガタの突撃を回避する。エムルはと言えば、まさしく脱兎の如き動きで俺の首筋にしがみつく。お前そこ定位置になってないか。


「ははは! 直線番長に負けはしねぇよ!」


 その時、丁度頭一つ分のすぐ隣を急停止から反転再突撃を敢行したカブトクワガタの角が通過する。


「訂正、ちょっとやばい」


「きゃああああ!!」


 わぁ、思ったより攻撃間隔が短い。これスタミナ管理間違えたら撥ねられるな。

 貧乏性なので粉砕され、ポリゴンとなったハナカマキリのドロップアイテムを拾ってから俺は走り出す。カブトクワガタは再び反転し、こちらへと突っ込んで来るが既に俺はその場にいない。


「どこ狙ってんだバーカ!」


「挑発やめるですわぁぁぁぁ!」


 おっとつい癖で。








 個人的に「樹海」というステージは嫌いではない。なにせ障害物と足場の宝庫、逃げ隠れするには非常に都合のいいフィールドだ。

 傾いだ木の上を走り、(たわ)む枝葉を命綱代わりに高所から飛び降りる。

 大樹は盾であり道、正直このエリアで鬼ごっこするとして、俺は絶対に捕まらない自信すらある。だが、プレイヤーとモンスターの「障害物」の定義が異なることを、先程からずっと痛感している。というのも……


「オイオイ嘘だろ障害物すら意に介さないってどんだけ直線番長なんだよ……!」


 先程から背後よりずっと破砕音が聞こえる。ちらと振り向けばへし折れる大樹、若干頭を振るだけで特にダメージを負った様子もないカブトクワガタ……まさかの迂回放棄の直線追跡に流石の俺も開いた口が塞がらない。

 道理でこのエリア、やけに倒木が多いと思っていたが……犯人はお前か。


「どうするんですわ!?」


「ちょっと考え中」


 花の絨毯を遠慮なく走り抜けながら考える。何故こいつはこうもしつこく俺を追って来る? 先程から何度か適当なモンスターになすりつけ(・・・・・)を試みたが全て失敗、いくらなんでも執念深過ぎる。運が悪い……で片付けるには少々妙だ、知らず知らずのうちになんらかの条件を俺が満たしている可能性が高い。


「このエリアに来てからやったこと……おっとと」


「落ちてきますわー!」


 カブトクワガタの突進でへし折れた大木、それに実っていたリンゴと松ぼっくりを合体させたような鎧リンゴとでも形容できる奇妙な木の実の爆撃を避けつつ、いくつかキャッチしてインベントリに入れる。採取の手間が省けたぜ。


「蝶、蜂、採取……虫型……カブトムシ……クワガタ……樹液? いや、このエリア的にもしや……」


 思い当たるのはストレージパピヨンからドロップした蜜を溜め込んだ腹袋。蜂や蝶が積極的に集めていることから、このエリアのモンスターの主食として設定されている可能性は高い。

 では見ての通り甲虫がモチーフのこのモンスターの主食が蜜だったとして、明らかにせっせこ蜜を集めるのに適していない巨体が効率よく蜜を集めるスマートな方法といえば?


「ユナイト・ラウンズからの刺客かよ!」


 オーケーそういうことか、道理で蜜を貯めてないストレージパピヨンやエンパイアビー・ワーカーになすりつけを敢行しても失敗するわけだ。狙いはインベントリ内の蜜か! 他者から略奪しようだなんて恥ずかしくないのか、やるならユナイト・ラウンズでやれよ!


「ん? ああ、投げるってそういう……」


 要するに蜜の詰まった腹袋はヘイトを自分から外すアイテムとしての役割を持っているのか。まぁ


「投げないけど」


「なんでですわ!?」


「エムル、覚えておけ……降参は敗北より賢く、敗北より悔いるべき行いだ」


 ほぁあ、とエムルが偉人の名言でも聞いたかのように呆けているが、要約すると「負けて全アイテム奪われ煽られるよりも降参して自分からアイテムを渡して煽られる方が数倍腹立つ」というだけのあるクソゲーでの話なのだが。

既にあのカブトクワガタにはハナカマキリの経験値を持っていかれているのだ、さらにうまい具合に手に入ったレアアイテムまで捧げろ、だなんて……イラつくだろう?


「意地でも逃げ切る……!」


 その為の策は既に考えてある。雑魚に押し付けられないなら同格のモンスターに押し付ける。

 だからこそ、さっきから逃げながらもずっと追いかけてる(・・・・・・)。さぁ労働者くん、君の上司に会わせてもらおうか……!







 蜂や蟻が持つ特性といえば、やはり女王を頂点とした社会を形成する点だ。古今東西、様々な娯楽作品において蜂や蟻をモチーフにしたフィクション作品において、特に蜂型Mobが登場するゲームにおいて、それらの親玉としてデザインされるのはやはり女王。

 「呪い(マーキング)」から放たれる黒狼の気配、そして弱肉強食に基づき労働の成果を己の命ごと狙う上位者たる甲虫。これらが同時に出現したのならば、一旦巣に帰投するのが自然な行為である。

 巣へ逃げ帰るエンパイアビー・ワーカーは逃亡と同時に追跡を行う俺にとってのロケーターであり、ゲームとはいえ所詮は虫としてデザインされたデータは自身が巣への案内役とされていることを理解できない。


「見えた見えた……案内ご苦労!」


 巨大な蜂の巣……六角形の集合体たるそれを目視した俺は温存したスタミナを枯渇させる勢いで全力で駆け抜け、ビー・ワーカーを追い抜く。巣の防衛をしているのだろう、ビー・ハンターとはまた異なった見た目の……恐らくはビー・ガーダーかキーパーそんな感じの防衛蜂達が俺という巣への侵入を試みる者に対して戦闘態勢に入る。


「ああ、俺の事は気にしなくていいぞ。主賓はこっちだから……な!」


 スライドムーブの補正も含めた減速しない全力の直角右折(・・・・)、回避ではなく道を譲る為の移動。そして、俺の持つつまみにもならない蜜なんかよりも、もっと多くが溜め込まれたエンパイアビーの巣に、カブトクワガタが突撃の勢いのままにビー達を粉砕しながら突っ込んだ。


「ははは、見ろよエムル。あれが本当の突撃隣の晩御飯ってな。」


 急激な方向転換にはカブトクワガタが反応できない事、それなりの空間がなければカブトクワガタは急速反転できない事、その場合は何かに突撃して勢いを殺してから反転する事……実証検証確証は既に完了している。

 俺なんかに構っていられないほどの脅威、カブトクワガタという特大のモンスター相手に、エンパイアビー達が一斉に襲いかかる。怪獣大決戦ならぬ昆虫大決戦だ。

 俺とエムルは木陰で息を潜めながら蜂と甲虫の大喧嘩を観戦する。その光景を例えるなら、味方武将が全て出払ってるタイミングでCPUがクソ強武将を本陣に突っ込ませてきた時の戦国モノのRTSみたいだぁ……いきなり戦場のど真ん中から敵武将が生えるのやめろや。


「や、やりましたわ! うまいことエンパイアビー達に押し付けられましたわ! さっさと逃げて……」


「なぁエムル、あれ……」


 俺の指差した先、そこにはカブトクワガタが自身に群がる蜂を角で、顎で、膂力で、重量で粉砕する度にボロボロと地面へ落ちていく大量のドロップアイテム…………エムルの「マジかお前、マジで言ってるのか」という顔が非常に印象に残った。悪いな、予定とかプランとか、俺が組み立てる作戦的なサムシングは大抵アドリブで破壊されるんだ。


 懸念していた他プレイヤーの気配はないし、搦め手込みでカブトクワガタも消耗し始めている。蜂はいわずもがな現在進行形の大損害だし……ちょいとハイエナプレイ、やってみるか?

樹海窟には食物連鎖が存在し、彼ら虫型モンスターにとっての食料である花の蜜を集めるモンスターとそれを横取りするモンスターに大体分けられます。

エンパイアビーは個々の弱さを数による袋叩き&女王とその親衛隊の単純な強さで搾取される側のモンスターでありながら樹海窟での生態系ピラミッドでは上位に位置します。

<< 前へ次へ >>目次  更新