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合縁奇縁は林檎の香り

クソが、このクソ田舎街隠れられる場所が少な過ぎるぞクソが。


「エムルぅ……予定変更、流石にこの状況じゃギルド登録は無理だ」


「きゅー……」


「ウェイカップ!」


「ふぎゅっ!? お、おはようですわむぐぐ!?」


「アーンド、クワイエットプリーズ……?」


女体化と高速着替えを経て人混みにダイブしての逃亡。揉みくちゃになりながらの逃走劇に目を回していたエムルをチョップして起こし、大声を出そうとした口を塞ぐ。

今俺はファステイアの出口、すなわち跳梁跋扈の森へと続く門の前に来ていた。


既に俺が逃走した背後で爆発した熱狂の余波はここまで来ているらしい、なんだなんだと騒めき始めたプレイヤー達に気取られぬよう俺自身も「なんか起きたの? ぱなーい」とでも言いたげな態度をとりつつファステイアからの離脱を試みる。


「いいかエムル……ラビッツだ、兎にも角にもラビッツに逃げ切ればあとは寝るだけだ、そうだろう? 脱兎の如く、だ……」


「は、はぁ……」


大丈夫、サンラ子の事を知る者は少なくともこの街にはいねぇ。インベントリアでほとぼりが冷めるまで退避も考えたが、何時間格納空間にいれば良いのか分かったもんじゃない。

畜生恨むぜ神ゲー、深夜帯だってのに何でこんなにログインしてる奴がいるんだ……明日が土曜日だからかクソが。


「いいか、背景に溶け込め。ありふれた日常の一コマ、俺たちは街を去るご令嬢だ……」


サンラクだな(・・・・・・)?」


「ぽひょっ」


口から心臓出るかと思ったわ。


「いやいやいや、ワタシサンラクじゃなくて「サソラワ」ですわ。人違いですわ」


「アタシの真似っこぶぶぶ」


しゃらーっぷ!

俺の心臓を鷲掴みにするような低い男声、にこやかに振り向くとそこには声とは真逆の荒々しさと凛々しさが両立した茶髪をポニーテールにし、鼻から左頬へと走る傷ペイントを顔に刻んだ女キャラが歯を見せる笑みで真っ直ぐ俺を見つめていた。


「あぁ気にすんなや、一個だけ聞きたい事があるだけだ。黙って見送ってやるからそう警戒すんなよ」


「………で? 何が聞きたい?」


「俺は「φ鯖」の「バイバアル」だ、お前は「μ鯖」の「サンラク」か?」


「!!!!」


口から心臓が飛び出たかもしれない。

問いと同時に送られて来たフレンド申請。言わずとも分かる、このサバイバアル(・・・・・・)からのフレンド申請への返事として表示された「YES or NO」が答えとなる。


「………孤島からの「生還者(サバイバー)」ってか?」


「応よ……まさかこんな偶然があるたぁな……!」


何てこったい、初対面だなんてとんでもない。

俺とこいつは会ったこ(・・・・)とがある(・・・・)。フレンド申請を受諾し、ただ無言で視線を交わす。これまで別ゲーの知り合いと再会したことは何度かあるがこれは別物だ、サバイバル・ガンマン……鯖癌。それも「ギリシャ文字鯖」の連中は単に同じゲームをしていただけ、で片付けられるほど単純な関係ではないのだから。


「積もる話もあるが……大分ごたついて来たからなァ……一息ついたら連絡をくれや」


「オッケー」


にまりと笑みを交わし、何でもないかのように別れる。どうやら「ティーアスちゃんを着せ替え隊」のメンバーと思しきプレイヤーがサバイバアルへ話しかけていたが、うまいこと足止めしてくれたようだ。


「サンラクサン、お知り合いですわ?」


「んー、まぁな」


φ鯖……バイバアル……知ってるさ、心許ないとはいえ拳銃という武器がある鯖癌において「徒手空拳(ステゴロ)」で巨大生物相手にサバイバル生活を敢行するイカレポンチ共が巣食っていたサーバーだ。そこで一番暴れてたプレイヤーが「バイバアル」って名前だったはずだ。


「全く、酷い目に遭っ」


三分経過


砕け散る変装用胴・脚装備(お値段合計九十万マーニ)


服が弾けた衝撃で揺れる乳。


それを目撃したプレイヤーの目が釘付けになり。


その瞬間を逃さず野生のヴォーパルバニーがプレイヤーの首を包丁で切り裂いた。


「……訂正、現在進行形で酷い目に遭ってるわ」


「……サンラクサン、ラビッツに戻るですわ。きっと今日は厄日だったんですわ」


「あーいや、フィフティシア……いや、やっぱエイドルトで頼む」


「はいなはいな、お友達(・・・)のところにいくですわねー、じゃあアタシはラビッツで待ってるですわー」


まぁそれもあるがもう一つ、な。













カフェ「蛇の林檎」、裏通りのならず者達を受け入れる………という設定の、ほぼ全ての街に存在する(ついでに店主が全部同じ顔、このゲームがつまらない妥協をするとは思えないので多分何かしらの設定があると思われる)カフェだ。


基本的にこのゲームでは味覚系が意図的に薄く設定されているが例外的にこのカフェで注文できる物はちゃんとした味がある。

と言っても甘味であればケーキだろうが砂糖の塊だろうが同じような味がするしペンシルゴン曰く「酒という名前なだけのノンアルコール炭酸」だそうなので結局のところリアルで食えということだ、うん。


「……いらっしゃい、注文は?」


そして、賞金狩人ルティアが去り際にとあるアイテムと一緒に残した言葉もまた、この場所を指し示していた。

というわけで早速それっぽいロールプレイを絡めつつ行ってみようか。


林檎の香り(・・・・・)に誘われて(・・・・・)ね、アップルパイとかあるかな?」


「……ウチの「隠しメニュー」、どなたから?」


「ルティアって人から。熱く激しい夜だったよ……」


本当に激しかった、気を抜けば六等分とかPKK特化NPCの恐ろしさを実感させられた。

そんな軽口を叩きつつ、俺はルティアが渡して来たアイテム……「鍬形紋(スタッグエンブレム)の紹介状」をすすす、とカウンターに乗せる。


「…………なるほど、確かに。それではお客様、アップルパイが焼き上がるまであちらの個室でお待ちを」


「あいよ」


ほんの数秒の沈黙、しかし何事もなかったかのように紹介状を懐にしまい込んだ店主が手で個室の方向を示す。

服で隠れようとその威圧感が霞むことはないのか、一応今は華奢な少女の姿である俺に対して、ならず者NPC達が絡んでくるようなことは無かった。

おん? 何見てんだ見世物じゃねぇぞぶっ飛すぞこのヤロー。


「はてさて、何が起きるか……」


目を逸らしたNPC達を尻目に俺は店主が指し示した個室へと歩み寄り、こんなアングラな場所で個室とか色々黒いイメージしか想像できないなと扉を開き……


エムルの使う「門」とは違う、随分と荒っぽい衝撃を伴った暗転で視界が黒く染まった。


「……んおっと!?」


まるで無意識のうちにバナナの皮を踏んで滑ったかのような、直前まで維持していた直立のためのバランスをリセットされたかのような浮遊感。幸い、足元にちゃんと床があったのでなんとか踏ん張って転倒の阻止に成功した。


大型のモンスターに吹っ飛ばされた瞬間とかに似ている、ほんの僅かな間だけ三半規管がシェイクされるような……つまりは転移魔法だ。


「また、随分と大雑把な……」


「あら……聞いた話では男性だったはずだけれど……?」


少女と思うには低く、老婆と断ずるには張りのある女性の声。

顔を上げれば、そこには貴族的なそれとは違うドレスを纏った女性……なんというか貴族的なものではなくキャバクラとかそういう系のボス感が漂う女性だ。


「訳あって女体化してるけど中身は同一人物だ……で? アップルパイはいつ届くんだ?」


「……ふふふ、中々度胸があるのね。いいワ、彼女(ルティア)の招待に値する人物のようね」


にまぁ、と。

一応形式上は上司たる外道モデルの加虐的な笑みとも違う、総受け魚類や人力TAS女のような激闘を期待する笑みは少し近い。

どこかデジャヴを感じる、なんとも言えない只々楽しげな笑みを浮かべる女性は端的にこう述べた。


「ようこそカフェ「彷徨う剣」へ……貴方に「仇討人(あだうちびと)」の選択肢を示しましょう」




『隠し職業クエスト「か細き願い(リベンジ・デ)を叶える者(ッド・エッジ)」を開始しますか?はい いいえ』




無職俺氏、就職のチャンス来たる。


Q.この顔どこかで見覚えが

A.クソゲー並べた棚を見てる時のお前の顔だよ



仇討人(あだうちびと)

最初から上級職として設定された隠し職業。厳密には「無所属」を初期職業と見れば普通に上位職。

割とこの話を更新する寸前まで「仕事人」とか「代行者」にしようか迷っていたが前者は暗殺色が強いし後者は眼鏡の神父が頭をよぎるので今の名前に決定しました。

「賞金狩人」は仇討人の中でも「殺人鬼(プレイヤーキラー)」のみをターゲットとする者達。


世の中には、誰にも聞き届けられない叫びがある。金か、権力か、それとも如何な理由か。

故にこそ使い手(しがらみ)を持たぬ彷徨える剣が必要なのだ、動機は問わない、前歴は多少問う。


要するに賞金稼ぎですね、人知れず集めたヤバい案件……それこそ職業名の通り「仇討ち」であったり

なにもシャンフロ世界で仇になり得るのは人だけではありませんから

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