その者居ずとも世界は進む
「……「若き芽よ 西へ東へ 研ぎ
表面だけを読み解けば、これから剣の道を歩む者達への剣聖からの激励の言葉。だが、京極にとっては祖父から孫娘へと送られた想いに他ならない。
「……「富嶽スタイルは自分の動きからミスを減らす動き、故に相手の人間性を見ていない」、か」
電脳の世界で出会った、祖父ならざれど祖父の剣を再現して見せた者が教えてくれたその「剣」の本質。
きっと、祖父が「自分のようにはなるな」と言った理由はそれだったのだと、今になって京極は気づいた。
きっとそれは、京極が自力で気づくべきだった真実。きっとそれは京極が祖父の剣をなぞり切った果てに気づくかどうかであっただろう真実。
だからこそ、祖父が遺したゲームの……真なるボスとして己を待つ祖父の写し身にはまだ挑めない。
祖父が晩年に悟った絶望を、孫娘である己は自分自身の「剣」で超えて初めて今は亡き祖父への孝行、と京極はそう結論づけた。
「名前は……まぁ、京
知り合いから高確率で「いやそうは読まないだろう」と言われる名前ではあるが、京極は最高に
───お祖父様も褒めてくれたしね
アバターを作成し、表記だけなら本名そのままのデータを作った京極は件のプレイヤー……サンラクが「そんなに切った張ったのPKがしたいなら是非オススメしたいゲームがあるんですけどねぇえ?」と非常に胡散臭い笑顔で勧めてきたゲーム……「辻斬り・狂騒曲:オンライン」の世界へと降り立つ事になったのだ。
「つまり、二陣営に分かれての対戦ゲームって感じなのかな?」
ある程度調べた感想としてはPKをそもそものコンセプトとして作られたゲーム、と言ったところか。
成る程確かに自分向けのゲームと言える。シャンフロと比べてしまっては幾分か劣る操作性ではあるものの、自分の剣を振るうに弊害が出るほどではない。
今はまだ、だがいつか必ず超えると誓った祖父の写し身に挑む前の修行の場としては中々に良い場所である。
だが京極は知らなかった。
サンラクというプレイヤーが「クソゲーハンター」と揶揄される悪食ゲーマーであることを。
公式サイトも攻略サイトも、示し合わせたかのように「プレイヤー達は和気藹々の仲良しです!」と言わんばかりの文章やスクリーンショットを並べていることを。
そして何よりも、「幕末」……幕府が
「うーん、とりあえずチュートリアルから始め」
「ウェルカム天誅ァーッ!!」
「え? あ───」
すぱん、と肩口から腰にかけてを袈裟斬り。ゲームを始めたばかりの
「許せ新入り、だがこれが幕末なのだ……」
「余韻天誅っ!」
「うぎょべ」
己を殺したプレイヤーが、背後から忍び寄った別のプレイヤーの兜割りによって脳天をカチ割られたのを最期に京極の視界は途切れ……
「リスポン狩りとか、やってくれるじゃな……」
「若干経験値足りないから埋め合わせ天誅!」
「ちょっ」
シュッ、と喉を切り裂かれ死亡。
「よしレベルアップ、お先ー」
「どうする?
「囲んでボコれば行けるべ、数集めろ」
「よし時間を稼ぐ……肉盾式はやめろよ? うおおお天誅ぅぅぅ!!」
お先に失礼と告げて去らんとしたプレイヤーを囲んで襲いかかるプレイヤー達を眺めつつ視界が途切れ……
「ああそういうゲームなわけね! くっ、上等じゃない……へ?」
ドスッと、何故か空から落ちてきた刀が胸に突き刺さり、貫通した刃が地面に刺さったことで串刺しにされ死亡。
何故空から、そんな疑問に支配される京極の視線の先で恐慌状態に陥ったプレイヤー達が悲鳴を上げる。
「ちょっ、これ「刀雨」の……ぐぇえ!」
「そう言えば昨日「刀雨」と「
「
先程まで袋叩きする側とされる側であったはずのプレイヤー達が結託して別のプレイヤーをスケープゴートにせんと動き出す姿を眺めつつ、視界が暗転し……
「サっ………」
顔を引きつらせ、おそらく全部知っていた上でしらばっくれたのだろう男に、怒りと少しだけの喜びが混ざった絶叫を上げる。
「サンラクぅぅぅぅぅぅう!!」
「うるせぇ! ルーキーは黙って死んどけ! それがここでの
背後から火縄銃で頭を撃ち抜かれながら、京極は考える。
───あの野郎、どうしてくれようか。
とある会社、とあるカフェテラス。
男女を問わず羨望の眼差しを向けられつつも、それは当然であると言わんばかりの堂々たる態度でアフタヌーンティーを楽しむ女がいた。
「そのくつろぎっぷりは流石というか何というか……」
「あら
「まぁな……あとスコーン寄越せ」
「ヘイヘイヘイヘイ、ラスイチを持っていくのは大罪だって教わらなかったのかい?」
「おおよそお前と同じ教育を経て今に至るが初耳だな」
「くっ、メロン女め……」
新たに現れ、空いた席についた女……斎賀 百は、我こそが世界の中心であると言わんばかりの態度であった女……天音 永遠が残していたスコーンを掠め取ると一口齧りようやく肩の力を抜いた。
「んふふー、にしても予定通りリベ君達を体良く追い払えてよかったねぇ
「人聞きの悪いことを言うな、あくまでも「新大陸攻略組」と「リュカオーン攻略組」に分かれただけに過ぎないさ。ジークヴルムに興味はない、彼らがそちらに心奪われている間に私達はリュカオーンを討つ」
「かっこいい風に言ってるけどクラン経営の幹部連中をまとめて引っこ抜いたくせに、この子の口はよくもまぁ……」
「お前にだけは言われたくない」
いけしゃあしゃあとそうのたまう百であるが、二人とも理解しているのだ。
良くも悪くも戦う事しか出来ないリベリオス達では、その内立ち行かなくなると。だが彼らがサイガ-100を頼る事はないだろう、リベリオスは「黒狼の二巨頭としてクランを任された」というプライドが邪魔をするであろうし、彼についていったプレイヤー達の神輿から降りるほどの度胸もない。
「にしても良かったわけ? 新大陸にはレベル上限解放イベがあるんだしリュカオーンに挑む前に行けば良かったのに」
「ふっ、理論上ではなく実際にレベル99だけでもリュカオーンが倒せると証明されてしまったからな……」
「彼はちょっと特殊パターンだからねぇ……叩くほど知らない情報を吐き出すんだもの、埃まみれの畳かって話だよね」
パラパラと落ちるスコーンのカスが百の大きく前へ突き出した胸に積もっていくのを非常に濃密な負の感情を帯びた目で眺めつつ、永遠は残りわずかとなった紅茶を飲み干す。
「さて……百ちゃん」
「ん?」
「
それはクラン「黒狼」「旅狼」のトップ同士で結ばれた密約……ではなく。勇者武器の所有者同士としての会話、サンラクが怪しんだ通りにもう一段階奥に仕込まれた密約。
「あぁ、こちらは既に条件を達成しているが……特に変わりはない、どうやら激突を重ねても次の条件に影響は出ないらしい」
「じゃあお陰様で私も百ちゃん達と同じフェーズに入ったのかな?」
「だろうな」
ユニークシナリオ「勇ましの試練」、勇者武器を所有している事が大前提となるそのシナリオはいくつかのフェーズに分かれている。
そのうちの一つが「勇者武器同士で戦闘を行う」というものであり、勝敗に関係なくサイガ-100とアーサー・ペンシルゴンの相対が実現した時点で既に目的は達せられていた。
「前々から話には聞いてたけど、やっぱりあれってそういう事なのかな?」
「だろうな……考えてみれば武器はあって防具は無い、というのも妙な話ではあった」
同じユニークを持つ者であるからこそ通じる主語の欠落した会話、互いに同じ領域に立ったからこそ共通の話題として成立するその内容は勇者武器同士の相対を経たユニークシナリオの次段階。
「……『勇ましき者よ、己が相棒振るいて黄金の手が守りし地殻の扉を開け。その先に万象に打ち克つ鎧有り』」
「命名法則に則るなら……「
聖なる武器が指し示す新たなる力、それは誰の為に……何のために用意されたものか。
今はまだ誰も知らない。
だがそれは、竜達の声が絶えし時……明らかとなる。
リスキルされた時に「は?クソゲーじゃんやってられるか」ではなく「殺した奴、顔覚えたからな……地獄の果てまで追い詰めて切腹させたるからなぁ……っ!」となったら幕末適性が高い
次回エピローグ
え? ヒロインちゃんの本気はどうしたって? 忘れてないですよ
ヒロインちゃんの本気の「──」をご覧に入れましょう