喉から手が出る程に災渦
ヴォーパルバニーによる防衛軍の内訳は最前線でゴルドゥニーネの眷属を食い止めるタンク、堰き止められた眷属を一掃しタンクと共に戦線を押し上げるアタッカー、迅速に横穴を封鎖し安全確保を行うカーペンターの三種の兵科をメインとして構成されている。
まぁ他にも衛生兵やら後方支援のヴォーパルバニーがいるようだが大半は「止める」「叩く」「塞ぐ」が中心になっている。
そして俺の役割は作戦の初期段階に行われる一掃に混じって敵本丸へと辿り着く事。敵大将であり、ヴォーパルバニー達を蝕む「呪い」の元凶として存在するゴルドゥニーネの分け身を撃破する事だ。
ちなみに秋津茜はアタッカーとカーペンターを状況に応じて支援する遊撃、エムルは後方支援、シークルゥとエードワードは最前線でタンクだ。
「大将が前に出て大丈夫なのかよ?」
「誰よりも前に立つ事こそがヴォーパル魂、そう父に教わりましたから」
その観点から言えば俺のヴォーパル魂はカンストしてないか? まぁいい、俺は俺がすべき事を遂行するだけよ。
とはいえゴルドゥニーネの分け身に関する事前情報は少ない。分け身そのものを目撃したヴォーパルバニー自体が少ない上に、目撃者の生還率も低いと来た。
エムルを介した情報集めの結果分かったことは「サイズ自体はそれほど大きくない」と言うことと「単純な蛇の形をしていない」と言うことくらいだ。
シンプルな蛇型ではないなら八岐大蛇型やメドゥーサ型など色々候補はあるが……現実の兎サイズに近いヴォーパルバニーが「それほど大きくない」と言うならばリュカオーンやクターニッド程のサイズではないのだと信じたい。
水晶群蠍程度なら、まぁ……いやあれもあれで大型乗用車くらいあるしなぁ……そして懸念すべき最大の問題。
「当たり前だけど、灯りとかあったりはしないよな」
「当然でしょう、開拓者の方々は夜目が利くのでは?」
そりゃNPCが「真っ暗」と感じる暗さもプレイヤーからすれば「薄暗い」程度まで見やすくはなるが、それでも薄暗いのだ。派手なエフェクトの攻撃なら見逃さないだろうが……地味な、ましてや隠密系の攻撃は直撃する可能性は捨てきれない。
「一応リスポン地点更新するべきか……? いや、だがもう一走りできる可能性はそう高くないし…………まぁいっか」
なんとかなるさ、今の俺はカフェイン大明神の霊験あらたかな勇魚兎月を携えし大剣豪だ。自分でも何言ってるか分かんなくなってきたぞぉ?
「こほん……少々失礼を」
「ん?」
一つ咳をして喉を整えたエードワードが眼鏡を外す。あれ、これ大抵インテリヤクザ系キャラが本気出すときの……次の瞬間、
「べらんめぇぇっ!!」
「べっ……」
「らんめぇ?」
なんとなく予想はしていたが、それでも突然の大音量に目を丸くする俺と秋津茜。成る程これで空欄が一つ埋まりましたな。
上から極道、インテリヤクザ(江戸っ子)、広島弁、御座る、?、?、京都弁、と……ヴォーパルバニーの上位層が軒並み濃すぎるぜ。
「おうおうおうおうテメェらぁっ! シケたツラァ晒してねぇでしゃんとしやがれぃ! あんのクソ蛇にカチコミかけんぞぉ!」
全身の毛を逆立たせ、色々な意味ではっちゃけたエードワードの咆哮に周囲のヴォーパルバニー達が耳をピンと立てる。
「今回は食い止めるなんてぇなまっちょれぇこたぁ言わねえ! テメェらの鬱憤、
剣が、斧が、手鎌が、槌が。ヴォーパルな殺意にコーティングされた兎達の武器が次々と掲げられ、この場の戦意が鰻登りに高揚していく。
「
「あ! 私もお手伝いします! サンラクさん、頑張ってくださいね!」
「おうよ」
魔術師的な装備のヴォーパルバニーが一列に並び、その中に秋津茜も紛れ込む。
「いくぞテメェらぁ! 覚悟きめやがれい!」
しゅらり、と「鍛龍」と言うらしい長ドスが抜き放たれる。緊張を帯びた沈黙が数秒続き、そして。
「おいおい、ヌーの大移動みたいな音してんぞコレ……!」
蛇だよな? 蛇なんだよな? なんでドドドドド……! みたいな音してるんだ音声バグってなぁい?
「おっと、俺も準備しないと……」
一応この日のために小学生がかけっこの練習をするようにオーバーフロー状態の過剰挙動を慣らしてきたんだ、あとは露払いをしてくれる兎達を信じるしかあるまい。
壁にぶつかる、転んだ勢いが強すぎて首が変な方向に曲がる、顔面スライディング、顔面バウンド、ギャグみたいな壁激突、空中三回転半顔面着地……今日に至るまでどれだけのデススコアを稼いだと思ってやがる、デスペナのステータス低下中の動きにすら慣れきったわ。
「来るぞォ!」
祈るように
陸上選手の如くクラウチングスタートの姿勢でただ前をまっすぐに見据え、そして遂にその姿が見える。
「おぅっ……」
えーと、
「ぶちかませぇえっ!!」
一斉に放たれる業火、そしてそれらを呑み込み眼前の全てを蹂躙する竜の息吹。
「がんばってくださぁぁぁぁああああああああ!!!!」
謝罪砲ならぬ応援砲ってか? だが貫禄の火力だ、味方の攻撃すらも食い尽くしたエネルギーの奔流が散り消えた時、そこには無理矢理こじ開けられた道が………レディ、ゴー!!
ふふふ、かつてゴリライオンラインでサブでチーターを使っていた俺の足捌きを見せてくれようぞ!
なおライオンの謎吸い込み判定のある猫パンチで最高速度で突っ込んでも叩き潰されたんだがな、無情すぎるぞゴリライオン。
もはや倒れる一歩手前の状態で踏み出された足が俺の身体を前へ前へと傾ける。
その一歩が推進力となり、その二歩がさらなる加速を齎す。周りの全てが後ろへと流れていき、秋津茜が放ったブレスの残滓が粒子となって漂う破壊痕の道を真っ直ぐに突き進む。
目指すはゴルドゥニーネの分け身、俺の背中に視線がのしかかる。
流れ行く蛇の奔流、足を踏み外せば流動する質量に呑まれて砕け散る。
狂ったように同属を圧し潰してでも前へ前へと進まんとするゴルドゥニーネの眷属共……多様な大蛇達の波濤を逆行して奥へ奥へと加速する。
なんというか、爬虫類苦手な人は精神が死ぬレベルの光景だな……ドラゴンがそもそも爬虫類寄り故にその手の耐性はゲームで鍛え上げられた俺ですら若干引くレベルの光景だ。
「こっちが踏んでもっ……ヘイトがっ……来っ、なっ、いっ、のはぁっ……!」
救いといえば救いだが、ボコボコに歪んだベルトコンベアを逆走しているようなもので気を抜けば容易く転倒してしまいそうだ。
普通に走ったんではまず間違い無くエードワード達のいる激突ラインまでミンチになって送り届けられていただろうが、今の俺は気を抜けば壁にぶつかるまで走りかねない暴走特急だ。むしろ程よく速度が殺されることで走りやすいとまで思える。
しかしこれ、通常プレイの場合はどうするんだろうか。いや、その場合は普通に分け身とエンカするまで戦線を押し上げるだけでいいのか、むしろこんなクソトンネルを強行突破してる俺がおかしいだけで。
「よっ、ほっ、頭借りるぜっ」
過剰な挙動と、増幅された運動量。例えるならばスーパーボールかバッタ、跳び上がった先にいた大蛇の頭を踏んづけ、頭蓋を踏み潰すつもりで力を込めて再跳躍。
グラビティゼロで円形に掘り貫かれたトンネルの壁や天井を駆け抜ける。
ふふふ、かつてゴリライオンラインで「肉食獣より獰猛なトムソンガゼル」と呼ばれた俺の跳躍センスを見せてくれようぞ!
なおライオンのくせに何故かワニより高性能な
まぁ何故かこれらの極悪戦術がゴリラにだけは通用しない、という謎調整は今でもクソゲー界(俺限定)の謎の一つとされて……内側に向かっていた思考を戻せ、どうやら到着したらしい。
「……もしかしなくてもアレだろ」
横穴の多少はあれど真っ直ぐ伸びたトンネルに穿たれたすり鉢状の穴。うじゅうじゅと筆舌に尽くしがたい混沌ぶりを見せるその「穴」の中心に、一匹の蛇がいた。
全身を漆黒の鱗で覆い、一般的なイメージの蛇とは大きく異なる異様に膨れ上がった腹部……うん、俺これ何か知ってるぞ。
「ツチノコじゃねーか!」
ゴルドゥニーネの分け身改め黒ツチノコは眷属共が続々と俺が来た道へと殺到していく中、ただ一匹俺へと視線を向けて敵意を燃やす。
そして穴の中で蠢いていた蛇が全てトンネルの先へ消え、グラビティゼロの効果切れで着地した俺と黒ツチノコが相対する。
「ツチノコ……いや、明らかに機動力なさそうだが見た目だけで判断んんぃぃぃい!?」
ばづん! と俺の顔があった場所で閉じられる巨大な青白い
「……悪かった、悪かったよ見た目で判断して」
だが言わせてくれ。
「
大きく口を開いた黒ツチノコの口腔から伸びた「腕」に、俺は渾身のツッコミを放ち……剣を構える。
こいつは歯ごたえのある戦いになりそうだ。
呪腹の大樹のアレ的な
ゴルドゥニーネ・レプティカ3
ゴルドゥニーネの脱け殻が自律行動能力を獲得した個体をレプティカ1、魔力を吸収蓄積したものをレプティカ2、蓄積した魔力で肉体を精製したものをレプティカ3と呼称する
なお、レプティカ4に到達した個体は……嗚呼、私は誰だお前は誰だ。あらゆる生命が持つ当たり前が揺らぐ、故に人を憎む。