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敵を知り己を知れば百戦危うからず?

一歩踏み出す、一歩退かれる。攻撃は流され、反撃を弾く。

距離を離すのは悪手であると昨日気づいた、集中力をガリガリ削ることになるがあのクソAIマネキンに構えさせるよりはマシだ。

何度も立ち向かいその度に床に沈められて気づいたのだ、AI範士・極の……いや、龍宮院 富嶽のバトルスタイルは二つのステータスの複合であると。


「死にゃあばぁ!?」


逆手に持ち替えた左の竹刀で向かい来る胴狙いの横打ちを弾き、勝機を確信した一刀は本当に薄皮一枚程の回避で対処され、そして次の瞬間には頭をぶっ叩かれて床に沈んだ……俺が。


「勝てねー……」


何もかもが高水準、というよりも龍宮院 富嶽の戦い方は「相手の動きを紙一重で完璧に避け切る立ち回り」と「相手の急所へと攻撃を最速最適最短で叩き込む竹刀の扱い」の二点をそれこそ極限まで突き詰めたものだ。


ただ単純に全体的に強いのではなくどちらか一方を攻略したとしてももう片方で狩られる、赤か青でどっちか切ると爆発する爆弾でどっちを切っても爆発するみたいな酷い話だ。


故にこちらも同じ動きをトレースして相殺する作戦に踏み切ってみたものの、やはり付け焼き刃の見様見真似と死ぬまで研ぎ澄まされて来た技術の結晶では比較にすらならない。


「つーかこれ、身体の動かし方じゃなくて動体視力と経験則が怪物じみてるのがタネ(・・)か」


真似して分かった、あれの仕掛けは単純に強いとかそう言うレベルの話じゃないんだ。狂った技量の持ち主が立ち回りと取り回しの二点に生涯を注ぎ込んだ狂気の結晶だ。


だがこれは……あまり好きじゃない(・・・・・・・・・)

否定するわけではないしむしろそれこそが好きと言う者もいることは分かっている。


「……「若き頃は心に火を灯し戦い、今は我が身の河川を御するに注力せり」ねぇ」


つまりそれって自分との戦い(・・・・・・)って事だろ?












お祖父様(師匠)はある時()に言った。


「儂のようにはなるな」


と。

一体何を言っているのかと思った。

貴方はこの国最強の、いいやこの世界最強の剣士ではないか! 遍く全ての剣士が目指すべき到達点! そんな貴方が何故そんな事を言うのか。


結局答えを()に教えてくれる事なく、お祖父様はこの世を去った。老衰……少なくとも悔いのない人生であったと、残された僕達はそう思いたい。


「…………」


ラスボス(・・・・)AI範士と言えど、やはり剣道としての強さに比重が偏っている。

まさか現実の試合でやるわけにもいかないが、少し足癖を悪くしてやれば対処は驚くほどに簡単であった。


「はぁ……」


この「AI範士」の基になった人物よりも自分が優れているとは思わない。所詮はAIで、自分のとった手段は剣道としては邪道も邪道、そもそもルール違反なのだから。

だがそれでも、いやだからこそ落胆もまた大きい。

お祖父様の遺品整理をしていたお祖母様から「貴女への誕生日プレゼントとして用意されていた」と渡されたのがこの「VR剣道教室・極」だったが、一通りクリアした感想は失望の色が濃い結果だった。


成る程確かに教室……つまりあくまでも練習用のツールとしては優れている。だが所詮はツールであり、お祖父様の背を追って彼が名づけてくれた名前の通り「京の西から東まで敵無し」の剣士となった僕にわざわざこれを贈る理由が分からない。


「なんで、貴方のようになっちゃいけないのさ……」


答えは得られない、出題者はもうこの世にいないのだから。きっと僕はこの疑問をずっと抱えていくのだろう。

ログアウトし、雑に机の上へと投げ捨てられたVR剣道教室・極のパッケージがなにか言いたげにも見えたが……所詮は気の迷いだ。


「今週末、かぁ……出来れば「黒狼」の主力と戦ってみたいものだね」


答えは、戦いの中で見つけるしかない。かつてお祖父様が数多の試合を潜り抜けてきたように、未だ若い僕はより濃密な戦いの経験が必要なのだから。
















「ログイン天誅!」


「あばぁーっ!?」


「ログボ天誅!」


「ぐばぁーっ!?」


「天誅ァァァ!」


「危なっ、テメェ維新側か! 念入りに天誅してやるよぉ!」


「おのれ新撰ぐみぁぁぁぁ!?」


あははははは! 息抜きに雑魚共を快刀乱麻するのは最高だぜぇ!

冷静に考えて強エネミーの巣窟に突っ込むのが息抜きって頭おかしいもんな!


辻斬・狂想曲(カプリッチオ):オンライン……通称「幕末」。

このゲームにモラルなど存在しない、プレイヤーキラーのために作られたプレイヤーキラーの為だけのゲームである幕末ではログボの確認ですら致命的な隙となる。


基本的に「野良」のプレイヤーはNPCの長屋を奪ったり、このゲームでは異端とされる土下座コマンドを使って居候になったりしてセーブポイントを確保するわけだが……まぁ、そんな事をすれば基本的にカモな訳で。

ある程度このゲームに慣れたプレイヤーならば野良ではやっていけない事を理解できる。だからこそ陣営に所属する、少なくともセーブ中に奇襲を受ける可能性は低いからな……


ゲーム故エフェクトがあったり物理的におかしい動きの多少はあるが、基本的な世界観は日本の幕末期に準拠している。プレイヤーは「幕府軍」側か「維新軍」側のどちらかに所属するのがベターだ。

そしてこのゲーム、そもそものコンセプトが畜生真っしぐらな修羅の道である事を除けば割としっかりとした作りなのだ。

「維新軍」に所属した場合は基本となる刀剣系スキルの他に鉄砲を武器として使用可能になる。

「幕府軍」の場合は刀剣系スキルにボーナスが付与され、刀剣オンリーの戦いならスペック上は維新軍を上回ることが出来る。


「誰かと思ったら「一桁隊」の壬生狼(みぶろ)じゃねーか!」


「あ、ちなみに最高記録は二番隊の切り込み隊長やってたぜ」


「ガチガチのランカーじゃねーか!」


今は半分引退状態だったから九番隊まで落ちているが、今日一日だけとはいえ五番隊くらいまでスコア叩き出すかな。流石に三番隊以上はガチ勢領域だから無理だろうし。


このゲームにおいてランカーとはそれだけのPKを成した実力者に他ならない。腰の引けた維新軍プレイヤー達を睥睨しつつ、これでは実験(・・)にならないので発破をかけてやる。


「屁っ放り腰なお前らをやる気にさせてやるよ」


腰の二刀を鞘ごと掴み、見せつけるように維新軍プレイヤー共へと突きつける。


「去年の春限定のランカー報酬「枝垂夜桜(しだれよざくら)」、そして同年夏限定ランカー報酬「玉花火(たまや)八尺(はちしゃく)」……そして俺は「死に引退」じゃない、あとは分かるな?」


流石に一番隊々長賞(ランキング一位)報酬である「国宝級」は持っていないが、それでも期間限定刀が魅力的な餌になる事に変わりはない。


「「「天誅ァーーッ!!」」」


欲望に忠実で大変よろしい!

このゲームにおける最大のカモ、大量のアイテムを抱えた肉袋に巡り合うチャンスは持ち物全損というゲームシステムのリスクを無視するだけの価値がある。


イキイキとした表情で斬りかかってきた維新志士共へこちらも笑みを浮かべながら抜刀。さぁさ皆さんご一緒に、人斬りの業を全部責任転嫁する魔法の言葉を唱えましょう。


「天誅ッ!!」


天がやれって言いました、だから仕方ないね……天誅に御座る!









「介錯してやろう、辞世の句を読め」


「粋がるな……俺は志士でも、最弱だ……俺より強い、志士がお前を……!」


「見事な短歌! 打首獄門!!」


「できればアイテムは質屋に……ぐばぁ!」


実質的な降伏コマンドとしても機能する土下座コマンドで命乞いをした幕末志士の介錯を済ませ、俺はようやく一息つく。切腹で死ぬとデスペナが免除される、って控えめに言ってこのゲーム頭おかしいよ……まぁ介錯側にもボーナス入るので結構な頻度で切腹するプレイヤーを見ることは出来るのだけど。


武士の情けという事で獲得アイテムは全部質屋に放り込む、俺が借りた金を返さず時間が経てば彼らが購入できるようになるだろう。


「やっぱ同じ敵とばっかり戦ってても技は身につかないな、実践あるのみ!」


さぁーて、ラビッツ防衛戦までには AI範士・極を片付けておきたい。本格的にモノにしてやろうじゃねーの、見様見真似(なんちゃって)を超える次のステージ……役割模倣(ロールプレイ)を!!

本名をプレイヤーネームにする度胸、なお本人は「読みが違うからセーフ」などと供述しており……


ちなみに「私」は剣道をしている時に使う一人称で「僕」は普段使う一人称です

お祖父ちゃんが「女として剣を握る事を恥じてはならない、剣が曇る」という理由で剣道をしている時は「私」を使うよう約束させたためです

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