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狼争開幕、最初にガラスをぶち破れ

急がば回れ、という言葉がある。要するに「横着すんな」と言う真理を例え話も絡めて馬鹿でも理解できるよう非常に分かりやすく教えるための言葉だ。もしかしたら賢い人にも言っているのかもしれないが。

だが待ってほしい、本当に賢いやつならそもそも急ぐような状況に陥らないからつまりこれはやはり馬鹿に向けた言葉なのだろう。


そして俺は馬鹿ではない、ちょっと無茶をやったりするが少なくとも廃人クラン相手に派手に喧嘩を売ろうとか考えないし、ユニークが自発できないわけでもない。あと粘着されたからって徹底的にPKも………しないと、思うよ?

ともかく俺は馬鹿ではない、つまり「急がば回れ」は俺には適用されない、我ながら完璧なロジックだ。


なので、


「だっしゃらーっ!!」


遅刻ギリギリ故に屋根づたいに走り、目的地のドアから入るのでは間に合わないということで濁った不透明な窓ガラスをぶち破り、談合場所として指定されたフィフティシアのクラン「黒狼」の拠点である「黒狼館」へと突入した。


「ふぅ……セーフ」


「…………? ………!?」


「おっすペンシルゴン、どうしたそんなアホヅラ晒して」


「……痴女?」


失礼な、性別女の方が若干AGI補正が高いからわざわざ聖杯使って走ってきたんだぞ。

そりゃあラビッツで色々実験してたから装備品全部外してほぼ下着姿とかいう格好だけどさぁ、ははは我ながら初期キャラかよと突っ込みたくなるな。はー胸が揺れて痛い!














時間は少しだけ巻き戻る。


「こういう時新作スイーツでも食べに行くみたいな顔が出来る性根がちょっと羨ましいよ」


「まぁ別に殴り合いに行くってわけじゃないからねぇ」


「の割に現役でレッドネームの僕まで連れてっていいわけ?」


「今回の談合は話題が三つくらいあるからねぇ、一応君重要参考人だから」


黒狼が大規模なMob狩り(スロート)の末に建造した拠点「黒狼館」。言うなればクラン「旅狼(ヴォルフガング)」にとっては敵の胃の中へと飛び込むようなものだ。

とはいえ新入りの京(アルティメット)も含めて一癖も二癖もある連中である。ペンシルゴンは今から私の弁舌がフルスロットルになるぜと唇をぺろりと舐めているし、オイカッツォもしれっと装備品を確認、京極に至っては明らかにその手の騒動が起きることを期待するかのように腰に佩いた刀の柄を撫でていた。


とはいえ、今回クラン「旅狼」は四名が出向くことになっている。同盟を結んだ時点で所属していた最初の三人と、ある騒動の「当事者」である京極を含めた四人……の筈なのだが。


「あいつこないんだけど」


「んー、流石にばっくれた、ってことはないだろうけどリアルの事情って可能性もあるしねぇ……」


「リアルで何かごたついたのなら、メールくらいは寄越すんじゃないのかい?」


「となると寝てる可能性がなきにしもあらずになってくるねぇ……」


「厳罰に処す必要があるねぇ……」


「自然な流れで二対一にしていくなぁ」


まるでそれが当然とでも言うかのように、この場にいない四人目の制裁を計画し始める二人に京極は苦笑いを浮かべる。

黒狼館に入った瞬間、何人かの何故か装備が貧相な(・・・・・・・・・)プレイヤーが京極を射殺さんばかりの目で睨みつけているが、当の本人はと言えば人にあるはずのない獣の耳をぴょこぴょこと動かしながらにこやかに手を振り返す。


「見てよペンシルゴン、ああ言う目を見るとPKerやっててよかったと思うよ」


「否定はしないけど割と大概なこと言ってるって自覚あるかなー?」


積極的にプレイヤーに嫌われるレッドネームを貫き通す京極の発言に適当に相槌を返しつつ、ペンシルゴンはちらりと視線を横に向ける。


(ま、クランの方針が強硬策になっても、穏健派全員が意見を合わせたら洗脳の領域だしねぇ)


京極にキルされたプレイヤー達とは異なり、どこか困ったような申し訳なさそうな目でペンシルゴン達を見るプレイヤー達。

穏健、と言うよりもどちらかと言えばオンラインゲームにおけるマナーを重視するプレイヤー達だろう。


(モモちゃんはこう言うところ甘いから可愛いなぁ……)


そもそもクラン内部の意識を統一できていない時点で万全ではないの��。

すでにクラン「黒狼」は三つの勢力に割れていると言ってもいい。

当初穏健派と強硬派に分かれていたのが、強硬派がさらに「直接旅狼を殴りたい派」と「情報を奪えればそれでいい派」に割れている。


これに関しては京極が予想外のPKをかました事によるイレギュラーではあるが、イレギュラーが全て害持つわけではない。


(さぁて、どこからつついて行こうかなぁー……? やっぱ手持ちの札が多いと楽しくてたまらないねぇ)


「……随分と楽しそうだなアーサー・ペンシルゴン」


「んふふ……そう見えちゃうかな、サイガ-100ちゃん? その節(・・・)ではお世話になったねぇ……」


机に肘を置いて来訪者を見据えるサイガ-100の表情は硬く、かつてペンシルゴンが引き金を引いた「阿修羅会崩壊」の話題に対しても眉一つ動かさない。


その様子にオイカッツォはそっと目をそらし、京極は目を輝かせ、そしてペンシルゴンは笑顔のまま心中でため息をついた。


(全く……後先考えずになんでも皿に載せちゃうからこうやってごちゃごちゃになるんだよ)


異なる思惑が複雑に絡み合った此度の談合の手綱を握らなければならないのはペンシルゴンだけではない。

当然ながらクラン「黒狼」の長であるサイガ-100は様々な感情渦巻くクランメンバーを背負ってこの場に臨まなければならない。


「一人足りないようだが?」


「それはこっちのセリフでもあるね、とりあえずウチの鉄砲玉は……ふふ、もしかしたらまた新しいユニークを見つけてるかもねぇ……」


大当たりである。

だがこの場にいる面面はまさか本当に話題の渦中にいる半裸が七体目のユニークに到達していたなど知る由もなく、明らかな挑発に「旅狼」の面々を睨むプレイヤー達の雰囲気が更に刺々しくなる。


「成る程……どうやらお前でもあのプレイヤーの手綱は握れていないようだな」


「そりゃあ鉄砲玉だもの、銃弾に縄を括り付けてどうするのさ」


好き勝手に動く駒の手綱を握れていない事に対する追及と、それを華麗に受け流す返答。

今にも爆ぜてしまいそうな雰囲気の中、「旅狼」の三人がテーブルにつき、そして



「だっしゃらーっ!!」


吹き抜けになっている黒狼館の二階の窓をぶち抜いて、下着姿の半裸の()が館の中へと落ちてきた。














「なぁペンシルゴンよ、いい加減笑いすぎでは?」


「いや……っ、だって……んふふっ、たった一日で玉無しになってくるとか……ふふふふふっ、思わないじゃん……ぷふふっ」


玉無し言うなや。蛸さんの奇跡による産物なんだぞ、胸の大きさが邪魔過ぎて少し困るが。


「このゲーム性別変更できたの?」


「お前には無理だよユニーク自発できないマン」


「分かったユニーク絡みね、それはそれとして殴るわ」


「きゃあこわーい、ユニーク自発できない奴の嫉妬こわーい」


「声まで女声になってるから余計腹立つ……!」


ユニーク自発できない奴を弄るのは楽しいなぁ! 声含めて性別反転してるからエセネカマであるお前の上位互換(パーフェクトネカマ)なんだよなぁカッツォくぅーん?


「やーいユニーク自発できないマンやーい」


「サンラク……ちゃん? まぁいいや、流れ弾が向こうに飛んでるよ」


「ん?」


京ティメットが指差した方を見ると……おや、なんだかプルプルと震えているクラン「黒狼」の方々が。

しばし考え、カッツォをおちょくる為の台詞が全てユニークモンスターを倒すどころかEXシナリオを発生させることすらできていない黒狼にも適用されていたと言う事に気づく。


「あっ……まぁその、なんだ……ごめーんね☆」


ペンシルゴンに殴られた、理由は「あざといキャラ見てるとなんか腹が立つ」との事。

おめーが被ってる肉厚な化けの皮よりはマイルドだろうがよぉ!!

ごめーんね☆(半裸でガラスをぶち抜き二階から落ちた事で割と瀕死)

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