あの日見た笑顔に憧れて
真理書も書かないといけないのに……番外編も書きたいの多いのに……二週間経ったから畜生!
おいおい書いていきます
(雨……これは明日まで降るかな)
轟々と降り注ぐ雨を窓越しに眺めながら思う。
台風が近づいていることは予報で分かっていた、そして明日から明後日にかけて暴風警報が発令されそれによって学校が休みになることも。
傲慢……というわけでもないが、自分が優れているという自覚はある。だがそれはそれ、これはこれ。今日と明日が休みなのだからと各教科の教師から課された山積みの課題は優等生とも言えど憂鬱なため息をつかせるには十分であった。
そしてさらに台風の前哨戦とも言えるこの大雨と強風である。
自分はまだいい、すでに連絡を入れたので十分程度待っていれば迎えの車が来るだろう。家柄故の役得、この雨を予期することを失念して傘も合羽も無しに帰宅する同輩達には少々の憐憫を抱かなくもないが、天の機嫌なのだから仕方がない。
(憂鬱……なのかな、とりあえず家に帰って課題を片付けて……ああ、お稽古もあるし…………今日だけ休みにしてもらえないかな)
きっとその要望は通らないだろう。
女性故の非力に甘んじることなかれ、家訓でもあるこの言葉に従い自分だけでなく二人の姉も護身としての武術を身につけている。雨の日であろうと鍛錬を怠ることはきっと認められない。
(やっぱり、憂鬱……かな)
どうやら恵まれた家柄の自分であっても他の人たちと同じく憂鬱を共有することはできたようだ。
どうにも思考が嫌な方向に傾いてしまう、そんな自分に苦笑しながら今のご時世には珍しい上履きと靴を履き替えるための玄関へと向かい…………ふと、それに気づいた。
「んー、まぁ水は入らない……か。財布と端末も鞄の中、服は……まぁ、岩巻さんなら笑って許してくれるか、多分」
土砂降りの雨が降り注ぐ外と雨から人間達を守ってくれる校舎の境界、玄関口に一人の男子生徒がいる。
着ている制服からしてまず間違いなく同じ学校の生徒、そして自分の記憶が間違っていなければ多分クラスメイトの……
(日……違う、陽、つとめ……どっちの「つとめ」だったっけ)
少なくとも鈴木や佐藤よりは珍しい苗字の同級生、「勤」と「務」のどちらかは失念してしまったが確か「ヒヅトメ」という苗字であったはずだ。
念入りに屈伸しながら外を見つめるその男子の傍らにはおそらく学校側から貰ったのだろう透明なビニール袋の中に鞄が入れられた上で口を縛られている。そして本人が傘も合羽も持っていないことから、この「ヒヅトメ」何某が雨の対策を忘れていたということは理解できた。
(この雨の中、大変そう……)
その様子からしてこの土砂降りの中を傘もささず合羽も着ずに走って帰ろうとしていることは分かる。彼の家がどこにあるかなど知らないが、少なくとも彼が帰宅する頃にはずぶ濡れの濡れ鼠になっていることは確定だろう。
この雨の中を濡れ鼠で帰り、帰ったとしても大量の課題が待っている。彼は災難続きだと思っていた、だが。
「っし! 行くか!!」
「……え?」
笑っていた。
雨の中に飛び出し、シャワーのような水滴の連打を浴びながら。ビニール袋の中に物質的な重さはなくとも大量の課題が詰まった鞄を持って。それでも彼は満面の笑みを浮かべて走っていたのだ。
豪雨の中、走り去っていった「ヒヅトメ」何某の悲鳴が遠ざかる。その後ろ姿を眺めながら、心に浮かんだ疑問を考える。
「なんで、あんなに嬉しそうに……楽しげに……?」
それが最初の出会い、きっと彼は自分がその後ろ姿を見ていたことすら知る由もないだろう。
それからも、自分は何度も彼の姿と笑顔を見かけた。春も、夏も、秋も、冬も……どれだけ面倒な課題があっても、彼が体育の時間に派手に転倒して保健室の世話になるようなことがあった日でも。
「っしゃあ! 遂に
いつだって彼は笑顔で帰宅する。何時しか自分は彼が「なぜ」笑顔を浮かべて帰るのかという疑問と並行して、彼を笑顔にさせるものとは「何」なのかを知りたいと思うようになった。
だからある日、彼の後を追跡することにしたのだ。何度かの調査で彼の帰り道は把握している、そして彼がどこに寄り道するのかを知りたいと思ったのだ。不思議なことに今自分がしている行為が世間一般的に「ストーキング」と呼ばれるものであることはなぜか頭の中から抜け落ちていた。
そしてたどり着いたのが、おそらく個人経営なのだろう一軒のゲームショップ。
「ロックロール……ロック「ン」ロールじゃないんですね……ひゃっ!?」
「ふふふふふ……遂に、遂に手に入れたぞサバイバル・ガンマン……! 」
手動の扉が開き、飛び出すように店から出てきたかつては名前がうろ覚えだった彼、
「ん? 猫かな……まぁいいや、初回特典付きも無事確保したしさっさと帰るか」
(ああ、やっぱり楽しそう)
学校での彼は決して不真面目な生徒というわけではない。授業は真面目に受けているし、成績も良好、友人付き合いも愛想が悪いわけではない。
だが、学校にいる時には決して浮かべないような笑みを浮かべている。
そうして走り去っていった陽務の姿を曲がり角の陰から見送った自分は、意を決してゲームショップ「ロックロール」の扉を開いたのだった。
まさか、その店の店主に本人が気づいてすらいなかった感情の正体を指摘された上にあまつさえ協力者となるとは、この時は思いもしなかったのだが。
「夏休み……終わっちゃった、か……」
土砂降りのあの日から、同じ季節を数度巡った。そして今、自分でも分かる。
ただ見ているだけの……雌伏の時は終わったのだと。
「お嬢様、お車の方用意できました」
「……いえ、ごめんなさい。今日は歩いて学校に行きたいと思います……その、夏休み明けですし、気分転換と言いますか」
「成る程……かしこまりました」
朝食を済ませ、制服を着て、鏡の前でちょっと気合を入れて身だしなみを整える。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
いつもは車で送迎されているとはいえ、道くらいは覚えている。だけれど、今日は違う道を通って学校に行こう。
もしかしたら……そんな予感がするから。
岩巻ノーズ:恋愛の匂いを敏感に嗅ぎ取るぞ!
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