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深層的エピローグ:裏方、あるいは神と呼称される者

昨日の更新がエピローグとか言った奴がいるらしい、誰だそんなふてぇ野郎は




それはあまりに閑散とした部屋だった。窓すらない、太陽の光を拒むかのようなコンクリで囲まれた部屋にはLEDの柔らかな光とデスク……そしてたった一つ、このご時世にはあまりに時代遅れなデスクトップタイプのパソコンだけが置かれている。

タッチパネル式ですらない全時代的なキーボードに、あまり画質が良いわけでもなければコンパクトな薄型であるわけでもない。もはや骨董品と称しても遜色ない21世紀初期のPCが、一般にはまだ出回っていない最新鋭の技術で補強の限りを尽くされそこに鎮座していた。


「……………」


そして、そんな寂しすぎる部屋に一人の女性がいた。

上下を色の落ちたサイズ違いのジャージで包み、ものぐさにしてもあまりに伸びきった髪の毛は彼女が立ち上がっても後ろ髪の先端が地面にくっついてしまうだろう。

そんな彼女は古臭いコンピューターだけが置かれている部屋の中で、あまり画質のよくないディスプレイを眺めてこれ以上なく幸福な顔をしていたが、何かを思い出したのか数瞬前までの幸福な笑顔が嘘のようにこの世の悪意の全てを眺めたようなしかめっ面を浮かべる。


「はぁ………今からでもデスゲームにしようかしら……」


「勘弁してくれ継久理(つくり)、俺の首が物理的に飛びかねん」


「戯言よ木兎夜枝(つくよぎ)、私たちの……いえ、私の(・・)世界を悪名として残すなんて許容できないもの」


ぽつりと呟いた言葉に、部屋を訪れた男が真顔のまま女へと冗談を飛ばす。

それは旧姓で今は別の苗字なんだがな……とため息をつきながらも木兎夜枝と呼ばれたスーツをカッチリと決めた男は壁にもたれ掛かりながら女性に……継久理(つくり)と呼んだ女へと問いかける。


「恐らくあと少しで天地(あまち)の奴が怒鳴り込んでくるぞ」


「でしょうね、私も正直驚いているわ」


継久理、木兎夜枝、天地……シャングリラ・フロンティアという「ゲーム」を作り上げた三人のメンバーも、今では札束で家が建てられるほどの富を得た。かつて大学の一室で酒を片手に騒いでいた頃が懐かしいと木兎夜枝はなんとなしに過去を懐かしむ。


と、その時。扉を開けっ放しでいるというのもあるが、防音処理が施されているはずの廊下から大きな足音が凄まじいテンポで響く。それは明らかに誰かが猛烈な勢いで走ってきている証左であり、そして閉まりかかった扉を蹴破るようにしてその女は部屋へと入ってきた。

「汚れたらすぐにわかるのでそれが風呂に入るタイミング」という理由で白衣を纏い、文房具用のハサミで雑に散髪しているという女子力の欠片すら感じられないぱっつん前髪の女性は、眉間に肉体全ての皺を集約させたかのような表情で怒鳴り込む。


継久理(つくり)ィ! お前またデータ弄ったんじゃ無いだろうなァ!!」


「うるさいわよ、私の世界をいじりまわしたのは貴女でしょう?」


「そうでもなきゃこんな短期間にユニークモンスターが連続で倒されるわけねえだろ!」


カチン、と木兎夜枝はスイッチが入った音を幻聴した。なおもう一つのスイッチは恐らく今朝あたりから入っている。


「ふっっっざけないで! 私の可愛いクターニッドやウェザエモンに無粋な枷を嵌めたのは貴女でしょう! そのくせ倒されたら倒されたで私に文句を言うってどういう事よ!」


「全部で十五形態だの空間転移と時間干渉を使って過去と未来から奇襲を仕掛ける、だなんて実装できるわけねーだろうがぁ!!」


「ああかわいそうなクターニッド……たったの四形態で悲しい戦いを強いられたんだわ……ウェザエモンだって、機能をフルに使えば天下無双だというのに……!」


「なーにーが天下無双だ! ありゃ強いんじゃなくてクソって言うんだよ!」


「クソ!? クソですって!? 言うに事欠いて! 私の! 世界に! クソですってぇ!?」


木兎夜枝はため息を一つつき、もはや手放せなくなった胃薬を服用する。

シャングリラ・フロンティアという「世界」を作り上げた天才、継久理(つくり) 創世(つくよ)

シャングリラ・フロンティアを「ゲーム」として調整した天才、天地(あまち) (りつ)

そしてこの水と油よりな(・・・・・・)お相性が悪い(・・・・・・)二人の仲介こそが自分……旧姓木兎夜枝(つくよぎ) (さかい)なのだ。


キャットファイトと言えば聞こえはいいが、この女性二人の対立はそのまま「シャングリラ・フロンティア」という巨大なシステムの瓦解につながりかねない。

であればこそ、木兎夜枝は日々胃腸薬と愛妻弁当をエネルギーとしてこの二人の仲介に奮闘しているのだ。


「アタシがいなけりゃ「データの藻屑」になってた世界で神サマぶってねぇでマトモに働きやがれ!」


「私の世界の「おこぼれ」に吸い付いてるアブラムシが言うじゃない!」


「……落ち着け、言いたいことは尽きないだろうがまずは深呼吸だ」


「ふーっ! ふーっ!」


「ぐるるるるる……!」


まさしく獣同士の殺し合いの如き様相の二人ではあるが、仮に実力行使に発展したとしても悲しきかな両者共に運動神経がゴミ以下なので、ハムスター同士の喧嘩よりも情けない光景が広がることになるだろう。なにせ双方ともに、缶のプルタブに敗北する貧弱っぷりである。


「まず天地。データの改ざんはされていない以上、二体のユニークモンスターは正しい手順で討伐された……それは事実だろう」


「……にしたって早過ぎる」


「討伐のタイミングが偶然近かっただけだろう、ウェザエモンは以前からプレイヤーが挑戦していたはずだ。それにクターニッドも前提シナリオ自体はすでに発生していた」


「……まぁな」


「継久理も、お前が本気を出すと我々でも気付けないんだ。ユニークモンスターのデータを改ざんしていないと……君の祖父殿に誓えるか?」


「……それを出すのは卑怯よ木兎夜枝。えぇ……お祖父様に誓っていいわ」


最近は妻も忙しかったようで、少々夫婦関係が冷えていた感は否めないが、今日の愛妻弁当にはタコさんウィンナーが入っていた。つまり今の木兎夜枝は無敵である。

大恋愛の末にゴールインした背景があるためか、生真面目な性格がバグった木兎夜枝が今の状態になると面倒くさいことになる。それを承知している二人はひとまず怒りの刃を鞘に収めるのだった。


「それよりも、私としてはウェザエモンとクターニッドを倒したプレイヤーの中に同じ名前があることの方が気になるのだけれど?」


「それはアタシも調べた。少なくとも「身内」じゃあねぇ、一般プレイヤーだ…………」


「何よ、思わせぶりに黙り込んで」


「こいつ、ゲーム開始して一ヶ月程度しか経ってねぇんだよ」




しばし沈黙。

天地は苦虫を噛み潰したような顔で、木兎夜枝は真顔に若干影が差し、継久理は驚いたように目を丸くする。


「しかもリュカオーンとヴァイスアッシュのEXシナリオも発生させてる」


「……αテスターか?」


「いんや、α、βテスター両方調べたが無関係だった。しかもログを調べたらレベル18でリュカオーン相手に「呪い」の条件を二つ達成してやがる、チートやツールの線も疑ったが……」


「私の世界にそんなものを持ち込めるとでも?」


「と、神サマもこう仰ってるからな。幸運発動で条件達成はまぐれでもあり得るかもしれないが……つまりはこいつの「腕」だけでこれだけのことをやってるってことだ」


天地の言わんとしていることは二人にも理解出来る。即ち偶然にせよ、なんらかの理屈があるにせよ、シャングリラ・フロンティアにおける重要なイベントを猛烈な勢いでクリアするプレイヤーに対して何らかの干渉をするべきか、と問うているのだ。


「……いいえ、それは認めない」


「一応理由を聞いてやるよ」


立ちっぱなしでいることに疲れたのか、車輪付きの椅子を引っ張って腰かけた継久理……シャングリラ・フロンティアという世界の根幹を作り、管理するまさしく神のごとき女はそれに相応しい傲慢を以って宣言する。


「神は個人を観測しても、個人を愛さない」


「なんだ、ニーチェの名言集でも読んだか?」


「あら、だったら精神的ゴリラでも理解出来るように理由を5Gバイトくらいにまとめて提出してあげましょうか?」


だが、天地ははぁとため息をひとつつくと首を横に振る。

確かにこのプレイヤーが現れるまでシャングリラ・フロンティアが一種の停滞に陥っていたのは事実だ。

それを見越しての新大陸実装でもあったのだが、予想外の進展に無駄に焦ったのもまた事実。主に仕事が激増したので。


「メモリを一つゴミ溜めにする気かよ……まぁいいさ、我らがワールドクリエイティブ・アドミニストレーター様がそう仰るならアタシはなんも言わねぇよ」


さて、と天地は思考を切り替えるようにべちべちと頬を叩くとそれ(・・)とは違う要件を伝える。


「んで、こっちが昨日の時点で予定していた事項だが……二件、てめぇに用件があるってよ」


「ふーん……どこかしら?」


「おう、「ガキ大将」と「てめぇの実家」だ」


「一応要件だけは聞いてあげるわ」


先ほどまでの険悪な雰囲気はどこへやら、一転して悪巧みをする子供の集まりのようにある種の団結すら感じさせる嘲笑を浮かべる二人に木兎夜枝は胃がキリキリと痛み出すのを自覚する。


「前者は「新情報をリークしてくれ」だとさ」


「本当、こらえ性の無い子供のようね……「オルケストラ」にデータを入れてあるから適当にチラつかせてあげなさい。ああでも、前におイタ(・・・)したんだからちょっとお仕置きが必要かしら?」


「ガキ大将のケツを叩くのは気持ちいいだろうなぁ……後者はメンテナンスのお願いだ。奴ら、「何もしていないのに壊れた」だとさ」


「ぶふっ……どれだけ前時代的な言い訳よ……ふふふ、子離れできない親を持つと恥ずかしいわ」


何でも無いことのようにバカにしているが、前者も後者も下手を踏めばこの場にいる全員の首を飛ばすくらい造作の無い存在である。もっとも、継久理に限っては死んだことにして拉致される可能性も否定できないが。

そしてさらに言えば、矢面に立たされるのは自分である。この恐ろしいまでに天才的な二人の女性が言う通り「ガキ大将」が寄越した使者の何とも言えない表情を見るのは暗い喜びがあるのも事実だが、加速度的に胃薬の消費が早まるのも事実だ。

前に発注ミスで1グロスの胃薬を経費で落としてしまったことがあったが、半年で使い切る程には木兎夜枝の胃はダメージを受けている。昨晩妻の作ったオムライスがなければ即死であっただろう。


「ほら、いい加減私の至福の時間を邪魔しないでちょうだい……出てって。」


「言われずとも。こちとら第四段階(・・・・)の調整でやることが山積みなんだからよ」


「……一応君も社会人なのだから、ほどほどに仕事もしてくれよ」













「さて……と。例のプレイヤーはっと……一ヶ月前なら「リヴァイアサン」かしら……あったあった」


市販のものでは無い彼女だけの携帯端末を弄り、継久理は目当てのプレイヤーの情報を検索する。

彼女の忠実なしもべであり子供であるモノからの迅速なレスポンスに笑みを浮かべながらも、そのプレイヤーの軌跡(ログ)を眺めていた神はぽつりと呟く。


「ふぅん……「ツクヨ丸」は無理でも、「キョージューロー」なら出来そうね……ま、偶になら観測()てあげようかしら」


ファイル分類が神の手によって変わる。いくつかのプレイヤー名が表示される中、その一番下……最新の項目に「サンラク」の名が表示された。






神は個人を愛さない、だが神は世界を観測している。であれば───

ようやっとここまで来た………わりと初期に書きたい内容だったのに気づけば82万字書いてますねぇ……


というわけで三章エピローグです。しばらくお休みをいただきます、具体的には古戦場が……シヴァシヴァマンとしては最低12箱は開けたい

インベントリアの方に番外編を上げるつもりですのでもしよろしければそちらのほうもよろしくお願いします。







実はこの三人の中に一人だけ……

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