表面上エピローグ:戦火を嗅ぎつける獣
カラーン、カラーンと鐘の音。
『シャングリラ・フロンティアをプレイされている全てのプレイヤーの皆様にお知らせ致します。』
記憶に新しい、運営によるアナウンス。
いいやまさかね、とある種の警戒を抱きながらそれを聞くプレイヤー達はまたしても驚愕を叩きつけられることになる。
『現時刻を持ちまして、ユニークモンスター「深淵のクターニッド」の撃破を確認いたしました。撃破者はプレイヤー名「ルスト」、「モルド」、「秋津茜」、「サンラク」、「サイガ-0」の五名です。さらにユニークモンスターの撃破に伴い、ワールドクエスト「シャングリラ・フロンティア」の進行を報告させていただきます』
ユニークモンスター「深淵のクターニッド」、
しかもその栄誉を獲得したプレイヤーの中にまたしても「あの」名前がある。
「またサンラクって奴だ……」
「でも
「にしたって同じプレイヤーが短期間で二体も倒すとかありえないでしょ」
「実は運営の関係者だったりして」
「噂じゃそこらへん滅茶苦茶厳しいらしいから多分ないんじゃないかな……」
「それ知ってる、「個人でシャングリラ・フロンティアをプレイするべからず」誓約書を書かされるんだっけ?」
「その代わり給料すげーって話だぜ」
かつてたった三人で未知のユニークモンスター「墓守のウェザエモン」が討伐されたことは記憶に新しい。そして今、その三人の内の一人が再びユニークモンスターを倒すことに成功したのだ。
否が応でもその情報はプレイヤー達の間を駆け巡り、伝言ゲームのように伝わった情報は肥大化していく。
「なんでもバニーガールを連れた半裸のプレイヤーなんだって……」
「俺が聞いた話じゃ空を飛ぶスキルを持ってるとか」
「マジで? 俺は「SF-Zoo」のメンバーを全員PKしたって聞いたんだけど」
最終的に「バニーガール姿の奴隷を鎖で引きずり、近づく者の頭を握り潰す人外種族のPKプレイヤー」という情報が出回り始めた時点でプレイヤー達も「いやさすがにそれはないだろう」と気付き始めるのだが、少なくとも「サンラク」というプレイヤーの名が広まったのは事実であった。
怒髪衝天という言葉がある。
怒りのあまり髪が逆立ち天を衝かんばかりの怒りの感情……「不倶戴天」とプロセスこそ違えど、「やろうぶっころす」という最終的な殺意で落ち着くという意味では似たような言葉かもしれない。
そして今、クラン「黒狼」でそのうち髪の毛が蛇となって暴れだすのではないかと思えるほどに、怒りを抱く者が一人。
「あ、あの……団長……………」
「………………………………………………なんだ」
「な、なんでもないです!」
表面上は冷静に見える。だがそれは限界まで加熱された金属を冷やした感情だ、触れれば肉を焼く熱さはなくとも、触れるだけで肉を斬る刃のごとき鋭さを内包している。
話しかけた団員は団長……サイガ-100の顔を一切動かすことなく眼球だけを動かしての返事に気圧され撤退する。
撤退し本陣、もとい他のクランメンバーのところまで戻った団員は小声で他のメンバーと相談を開始する。
「無理無理無理無理! リアル上司よりおっかないんだけど!」
「頼むって! 今いるメンバーの中で団長にコミュニケーションできるのお前くらいなんだって!」
「仮にも壁タンクならお前が前に出ろよ!」
「ほら、俺は精神攻撃系の対策してないから……」
「……ちょっと、「じゃあ魔法職に行ってもらおう」みたいな顔でこっち見ないでよ! 嫌よ怖い!」
クラン「黒狼」では現在、半ば確信を以って語られる噂話がある。
曰く………リアルで姉妹関係にあるという「サイガ-0」と「サイガ-100」が大喧嘩をした、という噂が。
クラン「黒狼」の設立者にして、メンバーをまとめ上げるサイガ-100。そして団長の肝入りで入団し今ではシャングリラ・フロンティア最高の火力を獲得するに至ったサイガ-0。この二人の人間関係は決して悪いものではなかった。
第三者視点から見ても少々強引だが無茶ではない程度にメンバーを引っ張るリーダーと、そのために火力貢献するエースの関係性はリアルで姉妹関係であるということを差し引いても良好と言える。
だが数日ほど前からサイガ-100の様子がおかしい。常に刃のような冷たさをまとっている上に、サイガ-0の話をすると露骨に機嫌が悪くなる。
永遠に仲良しでい続ける関係など存在しない、姉妹喧嘩くらい別に珍しいものでもないし……と事態の沈静化を待っていたメンバーに齎されたものは、件のサイガ-0がある程度最前線を走るプレイヤーからすれば悪夢の代名詞とまでされるアーサー・ペンシルゴンと共に、ユニークモンスター「墓守のウェザエモン」を討伐したプレイヤー「サンラク」と他数名でユニークモンスター「深淵のクターニッド」を討伐した、というものであった。
「……なぁ、これ結構
「だよなぁ……割と末期の匂いがする」
トップクランというだけあって、所属するプレイヤー達は素人ばかりではない。中にはサイガ-0のようにシャンフロが初MMOでありながら驚異的な才覚を発揮する手合いも存在するが、大抵は他のMMOを経験したことがある者ばかりだ。そして当然、ゲーム内における人間関係の悪化がもたらす終焉も心得ている。
クラン、もしくはギルドとは要するに団体行動である。その列を乱すものはそれがどんなに優秀なプレイヤーであれ害悪以外の何物でもない。確かに突発的にユニークシナリオが発生することもあるこのゲームで何もかも予想通りに事が起きることはない。
だがそれでも、このゲームで七体しか存在しないオンリーワンなモンスターをクランとは別のメンバーでクリアしてしまった……というのは非常に不味い、と団員達は思う。これは……ギスる兆候であると。
それに、クラン「黒狼」がほぼ蚊帳の外でユニークモンスターが攻略されているのも不味い。なにせトップクランであっても……否、トップクランだからこそ
「蛇の林檎」フィフティシア支店。
なぜかどの街でも同じ顔の店主が出迎える味覚制限が解除された知る人ぞ知る店の中、告げられたアナウンスにアーサー・ペンシルゴンは苦笑する。
話自体は聞いていた、要約すると「直前で踏みとどまろうと思ったら直通だったのでちょっとクターニッドボコってくる」「クラン「黒狼」の
「いやーしかし、これは荒れそうだなぁ」
出る杭は打たれる、それはある程度のランキングや位階が存在する世界であれば当たり前に存在する概念。
これがペンシルゴンやサイガ-0であれば事はそう大きくならない。小っ恥ずかしい二つ名で呼ばれるだけの「実績」を持ったプレイヤーがその快挙を成したのであれば納得もできるというもの。
だがサンラクにはそれがない。彼に親しい自分やカッツォであれば「まぁやらかしてもおかしくはないか」と納得できるがそれ以外のプレイヤーにその納得を強いるのは酷というもの。
「どこかしらに着地点を置いて納得させないとマトモにゲームもできなさそうだしねぇ」
「あはは、君をそんな
「本当そうだよ、私の周りにはいきなり無理難題をふっかけてくる奴が多すぎるよ……ねぇ」
「おっと、弁舌の穂先をこっちに向けられても僕は気の利いた返しなんてできないよ」
そしてこの場にはもう一人、ペンシルゴンと同じテーブルを囲むプレイヤーがいる。
軽装の剣士装束に身を包み、袖を通さず羽織を肩にかけた女性が一人、カップを傾けながら男性的ではないちゃんとした女性の声でペンシルゴンの皮肉に返答する。
何を隠そう、黒い長髪を一纏めにしたその女性もペンシルゴンに無理難題をふっかけに来た手合いであるのだから。
「……で? あのロリコンに続いて阿修羅会をばっくれた
「彼はいい対人プレイヤーだったんだけどね……いやはや、まさかファステイアに常駐してしまうとは」
「ま、私以上にバトルジャンキーだったのが大人しくなったならこのゲーム的には歓迎すべきなんじゃない?」
ペンシルゴンは彼女が自分の元を訪れた理由を知っている。彼女は元々阿修羅会に所属していたプレイヤーであり……そして、阿修羅会の中でも対人戦そのものに重きを置いた武闘派に属していたプレイヤーだ。
そして、元三位の名誉のPKKによって脱退した事を皮切りにあっさりと阿修羅会を去り、今では野良パーティをメインとして新大陸に行ったという話だったが……
「私としちゃあ、絶賛サバイバル中の新大陸からどう戻ってきたのか聞きたいところだけどねぇ」
「ああ、ちょっと
【
NPCには何人か習得している者がいるらしいが、プレイヤーではまだ片手で数えられるほどしかいなかったはずである。それに対して
(一体何をしたんだが……)
「さて、君も忙しくなるだろうし単刀直入に言おうかペンシルゴン」
「はいはいよっしゃばっちこい」
「ふふ……君ら、クラン「黒狼」とやり合うんだろう? だったらさ……僕も入れてよ、クラン「
予想通り。この女に「ユニークの恩恵に与ろう」という考えはない、そもそも「刀が一本あれば戦える」と明言して憚らない生粋の剣士プレイヤーである。かつてクラン「黒狼」への侵攻を提案し、愚弟に却下された過去を持つこの女はクラン「旅狼」の噂を聞きつけて戻ってきたのだろう。
全てはシャングリラ・フロンティア最強のクランと戦うために。その果てに敗北し、自身の持ち物を全て失うことになってもだ。
「一応私、今は足を洗ってるんだけど?」
「足を洗って性根が綺麗になるわけないじゃん」
ここにサンラクとオイカッツォがいれば爆笑必至の一撃にペンシルゴンの頬がひくり、と震える。
「よーしお姉さんまた名前を赤く染めちゃおっかなー?」
「あはは、準備なしの一対一なら君程度には負けないよ」
傲慢、だがそれを虚言としないだけの対人スキルを持っている。だからこそ厄介なのだ。
一期一会が基本の野良パーティで新大陸の過酷な環境を斬り拓いた実績はまごう事なき事実、それは彼女のステータスに燦然と輝く「レベル104」の文字が如実に示している。
「……言っても引くようなタマじゃないし、まぁ一考の余地はあるとしておくよ」
「それは
「ま、うちは主に私含めた三人の民主制だから要相談だけどね」
戦力としては上等も上等、サイガ-0に匹敵する戦力を手札に加えられる事は上等ではあるのだが、いかんせん自爆と暴走の危険を内包するジョーカー……と、ここまで考えてふと悟る。
(よくよく考えたらうちのバカ二人もジョーカーみたいなもんだし今更大した問題じゃないか)
はぁー……とため息をつく。ペンシルゴンにも苦手な手合いというものは存在する。
それは眼前の、以前見たときはあったはずもない
「それと」
「まだ何かあるの?」
「僕の名前は
どういう原理かまるで元からそうであったかのように狐系の耳を揺らしてそのプレイヤーは宣言する。
「僕のPNは「
「言いづらいから却下って結論出てるから」
却下であった。
えぴろーぐです(にっこりえがお)